サルタス ☆
今回は、これまでちょこっと登場していたサルタスさんが登場します!
シュウさんとの掛け合いを是非お楽しみください!
日々更新チャレンジ達成中(2020/9/4)!
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
久々のヤナとの再会と花夏との出会いから一夜明けた今日、シュウは昼前から登城して国土調査隊の執務室にいた。
昨夜、『追手』の可能性、花夏の身の振り方、ヤナの足の状態などについてハルナと延々と話し合い、一通りの方向性は定まった。尚、ヤナの足の腫れが今朝もまだ引いていなかったので、とりあえずもう1泊することになっている。
(あと足りないのは人手だが……)
シュウ自身が山の家に行くことも考えたが、冬の間に国土調査隊隊長としてやらなければならない事が出来てしまった。自身が現在抱えている任務の早期解決にも繋がる事のため、こればかりは部下に丸投げ、という訳にはいかなかさそうだ。
「うーん」
書類が山積みになっている執務机で頭をわしゃわしゃやっている自分の上司を見て、サルタスが一言。
「何してるんですか」
サルタスは、今日も濃い金色の真っ直ぐな髪をオールバックで後ろにひとつできゅっと結んでいる。彼の定番スタイルだ。相変わらず感情の起伏があまり読めない、スッとした顔立ち。一部の人間に、『血が通ってなさそう』と揶揄されることもある。日頃から国のあちこちを主にシュウと一緒に駆けずり回っているが、シュウについているようなしっかりとした筋肉はなく、スラっとしたスタイルをキープしている。年齢は27歳、未婚。非常に優秀な、シュウの片腕である。
「いや、どうしても人手が足りなくて」
「今隊長が担当している案件以外は、今のところ大きなものはないと聞いていますが」
「新規案件」
「? 私の耳には入ってませんが」
「だよね」
はぐらかすようなシュウの態度に、サルタスのこめかみがピクリと動く。怒らせたかもしれない。
今度は椅子にもたれかかって腕を組んでみたが、いい案は思い浮かばない。
「……そういえば隊長。今朝、妙な噂を耳にしたのですが」
「噂? どんな?」
「隊長が、とある女性に婚約用の一粒石のついたかんざしを購入されてその場で贈られたと」
疑わしそうな目でシュウを見ている。これは、噂を疑っているのかもしれない。
「ご自分の目の色に合わせた石で、大層その女性にご執心のようだったとか」
思った以上に噂のスピードが速いようだ。分かってはいたが、やはり王宮は怖い。シュウが無言でいると、サルタスは更に続けた。
「街中で、そのかんざしを着けた女性を抱きしめられていたとか」
抱きしめる? ……ああ、助け起こした時の事か、と思い至る。正直そこまで噂にのぼるとは思っていなかった。やはり王宮は恐ろしい。
「朝から、あちらこちらで噂を聞きます。というより、事実確認が私の元にひっきりなしに来ています」
サルタスをちらりと見る。苛ついているのがシュウには分かった。恐らく、朝からひたすら色んな噂好きの人間に聞かれていたのだろう。
「みんな好きだよね、そういう話」
他人事のように言ってみたが、サルタスをまたちらりと見ると、全く納得していないように見える。シュウを無言でじっと見ている。シュウが何かしらサルタスが納得のいく回答をするまで梃子でも動きそうにない。シュウは諦めた。経験上、待っていても無駄なのはよく知っている。
「……婚約は、していない」
「かんざしを贈られた後、振られたんですか」
にべもない。
「いや、始めから振られてる……ていうか、相手は未成年だから、元々ないよ、そういうのは」
花夏に結婚しようと言ったことは、黙っておこう。サルタスに知られたら何を言われるか分からない。
「未成年者に手を出されたんですか」
仮にも相手は上司なんだからもう少し遠慮というものがあってもいいと思うが、サルタスにそれを求めるのは無理かもしれない。
「だから、手も出してないよ」
「手を出してない女性を往来のど真ん中で抱き締めたんですか」
この噂を流したものは、明らかに故意に話を盛っている気がする。
「だから、あれは不可抗力というか、立たせてあげようと思って」
「抱き締めた、と」
まるで尋問を受けているようだ。
「抱き締めてないってば」
「成程、そういう事にしておきましょう」
まだ続きそうだ。
「では、何故婚約用の一粒石のかんざしを、婚約もしていない、まだ未成年の、手も出していない女性に贈られたんですか」
かなりいいお値段でしたよ、とサルタス。すでに支払い処理を済ませてくれたらしい。
「……別にお金は足りてるだろう」
「お金の話ではありません、用途の話をしています」
そういうところが、血が通ってないと言われる原因だと思う。
「……簡単に言うと、虫除け代わりだよ」
「虫除け?」
「そう、虫除け」
「……」
サルタスはシュウの言葉の続きを待っている。納得いっていないらしい。
「……ヤナが懐いている女性なんだよ。恩人でもある。なんだけど、あまり世間慣れしていないから、変な男に引っかからないようにと思って、そこそこいい物をあげました」
「相手はそれをご存知なんですか」
痛いところを突く。
「いや……それは」
どうせなら、少しくらい楽しみは先まで取っておきたい。
「成程。世間慣れしていない未成年の女性に、婚約用の一粒石のかんざしを理由も告げずに差し上げたと」
「虫除けとは言ったよ」
「隊長」
「……はい」
サルタスが、一歩詰め寄る。
「それだけですか」
「それだけって?」
「理由は、それだけですか」
本当に尋問だ。
「……すみません、僕の虫除けも兼ねてます」
「そうですか」
サルタスが、一歩下がった。納得してくれたらしい。
「それでは、この件はどう処理すればよろしいですか?」
いかにも側近らしい物言いだ。サルタスのこういうところが、回りくどくなくていい。
「そのままに」
「承知しました。では、相手は未成年者である為まだ正式に婚約はされていないという事でよろしいでしょうか」
「いや待て」
やはり怒っているらしい。
「それはだめだ」
いくらなんでもそれはまずい。絶対花夏に怒られる。
「ではどうしますか」
「サルタス……お前はもう少し優しさってもんがあるといいんだけどな」
シュウが愚痴った瞬間。
「隊長! あなたは普段は仕事一筋で真面目な方なのに、ど―――して時折こういう突拍子もないことをするんですか!」
先にサルタスに怒られた。
「いや……その」
花夏をからかうのが面白くてつい、なんて言ったら、また何を言われるか分かったもんじゃない。素直に謝っておくに限る。
「すみません、調子に乗りました」
「本当ですよ全く」
これではどちらが上司なんだか分からない。
「では、仕方ないのでご要求通りに知らぬ存ぜぬで通しておきます。隊長自身の虫除け効果を望むのであれば、そうせざるを得ませんね」
「すまん」
まあ、確かにサルタスは被害者ではある。しばらくはずっとあれこれ聞かれるのだろう。冬の時期は調査の為の移動も減るので、余計酷そうだ。確かにすまないことをしたとは思う。彼もきっとここを離れたいだろうに。離れたい……離れたい?
「……おお」
「どうされました?」
シュウは、にっこりとして告げた。
「例の新規案件だ。サルタス、君には山の観測所に行ってもらう」
「……はい?」
「ほら、打ち合わせ行くぞ」
「え? ええ、はい、わかりました」
シュウの自宅に向かう事も知らぬまま、サルタスは彼の上司の後を追いかけて行ったのだった。
「……ハルナ様、お久しぶりでございます」
「サルタス! 久しぶりだね」
「あ、サルタスだ!」
「ヤナ、大きくなりましたね」
先程城に向かったシュウが、あっという間に戻ってきた。サルタスを引き連れて。
ヤナは足首がまだ腫れているため、ソファーからの挨拶だ。
「こんにちは」
「隊長、こちらの方は?」
ペコリと会釈をした花夏を見て、サルタスはシュウに尋ねる。
「あー、えーと、かんざしの彼女です」
「……成程」
サルタスは花夏の前までつかつかと歩み寄ると、丁寧にお辞儀をした。
「私は、ラーマナ王国国土調査隊の隊長補佐を務めさせていただいておりますサルタス・ワイナーと申します。以後お見知りおきを」
花夏は、今まで出会った3人と明らかに毛並みの違うサルタスに、どう距離を取ったらいいのか一瞬分からず混乱した。
「は、初めまして、花夏です」
「カナツ……異国のご出身ですか? 見事な黒髪ですね」
シュウが目を見張ってサルタスを見ている。その表情が気になって、つい花夏は聞いてしまった。
「シュウさん、どうしたんですか?」
「え……いや、サルタスも女性を褒めることがあるんだな、と」
「隊長。私を一体何だと思ってるんですか」
「いや、社交辞令もあんまり聞いたことがないな、と……」
サルタスが、深い深いため息をついた。
「とっくに成人した大人を捕まえて何を言ってるんですか。隊長じゃあるまいし、私は未成……」
「わー! わー! すみません!」
シュウが慌ててサルタスの言葉を遮った。しー! と口に指をあてている。一体何のことなのか気にはなるが、いかんせん初対面のサルタスの前で仮にも彼の上司に詰め寄る訳にもいくまい。
花夏は、おとなしく経過を見守った。何より、面白い。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「あ、いえ……」
シュウの見苦しいところなら初対面の時に見ているので全く問題ない。
「それで、隊長。私はどうしてこちらに? 打ち合わせをされるのではなかったのですか?」
相変わらずの無表情でシュウを振り返る。
「そう、その話をしたい」
話題が逸らされて、あからさまにシュウはホッとしている。サルタスにうまいことコントロールされているようにしか見えないのは、花夏の気のせいだろうか。
シュウが、テーブルに向かう。
「サルタス、座ってくれ」
「はい」
「お母さんもお願いします」
「わかった」
「花夏も……」
「お茶入れてきます」
「……気が利かなくてすみません」
すっかり花夏のペースになっている。サルタスは、珍しいものでも見るように花夏を見た。花夏がキッチンに消えていったのを見て、シュウに声をかける。
「成程、すっかり尻に敷かれてますね」
「いや、サルタス、そういうんじゃなくて」
まだ昨日会ったばかりだし、とごにょごにょ言い訳をしている。
「……会ったばかりの女性に隊長はかんざ」
「わー! サルタス、お願いだから!」
サルタスは、弱みを見つけたとばかりに薄っすらと笑っている。シュウは、人選を間違えたのではないか、と早くも後悔し始めていた。
――こいつ、絶対根に持ってるな。
花夏がお茶を用意してお盆に入れて持ってきた。お盆なんてこの家にあったのか。そう思ったシュウだった。
花夏も着席したところで、シュウが改めて切り出した。
「サルタス、一気に説明する。質問はあとだ」
「わかりました」
そうして、シュウは花夏の事、ヤナの力の事、花夏の聞いた声の事、結界が薄まった原因と思われる事をサルタスに話した。一切包み隠さず。
(サルタスさん、シュウさんに信頼されてるんだなぁ)
サルタスも、微動だにせず一言も口を挟みもせず最後まで静かにシュウの話すことを聞いていた。
「昨夜、春までにすべきことを昨日お母さんと話し合って決めた。それを今から言う。カナツちゃんも聞いてくれ」
「はい」
昨日の話し合いは深夜まで行われており、ヤナに付き添っていた花夏はそのまま寝てしまっていて詳細を聞いていない。今日説明するから、と言われたものの、シュウが城に行ってしまった為まだ聞けていなかったのだ。
「まず、カナツちゃんはヤナと部屋を同じくすること。春までに、ヤナの力を目一杯利用して、言葉に不自由しない位まで覚えてもらいたい。ヤナは、寝ている時は力の制御が利かない傾向があるので、それで大分違うと思う」
「……はい」
「次に、カナツちゃんはお母さんに剣術を学んでほしい。お母さんは騎士団副団長を務めたくらいの剣士だから、最適の人材だ。カナツちゃんが万が一襲われた時に自分の身を護り、隙をみて逃げることが出来るよう、春までに最低限の事を教えてもらうことになった」
「け、剣術? 私が?」
シュウが言っていた自立出来るための『強さ』とは、本当に言葉通りの強さだったという事か。
「カナツは色々と物覚えがいいから、春までは正直短いが、最低限ならなんとかなるだろうと思うよ」
買いかぶりのような気もするが、やるしかないようだ。
「サルタスは、ヤナの魔法の制御の特訓の相手をしてほしい」
「私が、ですか」
人手が足りなかったのは、正にここの部分だ。心を読まれてもヤナを気味悪がらずに協力してくれる人物。その人選に悩んでいたのだ。
「お母さんとカナツちゃんが訓練場で特訓をしている間、つまりカナツちゃんに力が吸い込まれない時間を狙ってお願いしたい」
「わかりました」
「これも、春までだ」
それと、とシュウが続ける。
「玄関の鍵の設置、窓へのガラスの設置をお願いしたい。あと、荷物の運搬」
なんだか急に雑用になってきた。
「山の上は、男手が必要だ。周りへの警戒含め、諸々お願いしたい」
「……わかりました。報告はいかが致しましょうか」
「事が済むまでは不要だ。余計な事をして目立つのは避けたい」
「わかりました。では、報告は書き溜めておきます」
トントンと話が進んでいく。
「して、隊長は」
「僕はこちらに残る。原因が予想通りであれば、結界を張り直せば現在抱えている任務も同時に解決する」
「王にどのように結界の張り直しを進言されるおつもりで?」
恐らく、これが一番難しい。だが、やるしかない。だがまずは前例がなかったかを調べねばならない。それほど、結界の張り直しとは難しい案件なのだ。
「それはこれから考える」
「このことは王にお話には」
「状況を見て検討するが、最悪はお伝えしない方向で考える。それに、他国からの干渉があり得ることも考えると、下手に大っぴらにしたくはない。王の側近が納得出来るようなそれらしい理由をまずは考えるさ」
行なう内容としては、かなり大ごとにはなる。始めの話の持って行き方が鍵となるだろう。
「王への進言と、結界張り直しの実施。それらを冬の間に行う。そうすれば、春以降に他国からの探りが入ったとしても、すでに不具合は解決済みとなり、不必要に腹を探られる事もないだろう」
「承知しました。では、隊長が期限内に任務を遂行されるための後方支援を私に行なうようにとの指示との事で理解しました」
シュウが頷く。
「宜しく頼む。本来は親である僕がやるべき事ではあるが、国の大事がかかっている。申し訳ないが、しばらくは山籠もりの生活に耐えてほしい」
「問題ありません。噂話よりはましですから」
「サルタス……」
もごもご、と何か言いたげなシュウだったが、そのままそこには触れずに話を進めた。藪蛇は避けるのが賢明との判断だ。
「こちらの案件が片付き次第、一度顔を出すようにする。それまで、皆を頼む」
サルタスがしっかりと頷いた。
「お任せください」
ちなみに……と、サルタスがソファーから覗いているヤナを見る。
「ヤナ、読み書きはどのくらいできますか?」
「え……」
ヤナの表情が、サーっと暗くなる。基本喋りが専門のヤナは実は読み書きが苦手だ。ハルナが教えようとした事はあるが、本人のやる気がいまいち足りず思うように進まなかった経緯がある。
「では、魔法の制御の一環として読み書きも覚えましょう。書写がいいかもしれませんね。至急準備させていただきます」
「サルタス、あの」
有無を言わさず話を決めていくサルタス。
「あ、サルタスさん、私も覚えたいです、読み書き」
花夏が手を挙げる。カナツ、余計な事を……! という表情をしているヤナだが、これは今後の花夏にとってかなり重要だ。ひとりになった時、読み書きができないのはかなり痛い。
「承知しました、ではカナツ、貴方にも適切と思われる物をご用意させていただきます」
「ありがとうございます!」
ヤナは、もう軌道修正は無理そうだと悟ったのか、その表情には諦念感が漂う。そんなヤナを見て、サルタスが相変わらず感情が読めない顔で言った。
「ヤナ、カナツが他の土地に行った時、手紙が書けますよ」
「手紙……そうか!」
急にヤナが目を輝かせる。
「あのー、『手紙』ってどういう意味でしょう?」
首を傾げる花夏にヤナがぱーっと説明してくれた。成程、と理解した花夏は、流石サルタスさんあのヤナをいとも簡単に説得出来るなんて……と感心する。この親子の取り扱いが完璧だ。
「それでは、これから必要な物をひと通り準備させていただきます。ヤナの足の事も考えると、ハルナ様とカナツがまずは戻り、ヤナは私の馬に乗せて後を追いましょう。……隊長」
ん? という表情のみで返答するシュウ。
「私が山に行く事は公にしますか、それとも任務で別の地に行った事にしますか」
「いないと思わせた方が無難だろうな。その辺りは僕が手配しておく。サルタスは以降こちらに集中してほしい。馬も連れていったままでいい。古いが馬小屋はあっただろう」
「承知しました。では……」
ハルナと花夏に目線を戻す。
「それでは、ヤナを連れて行った後にいったんこちらに戻り、再度馬で荷物を運ばせていただきます。ハルナ様、今回は運搬人は雇わず結構です」
通常は上まで荷物を運ぶ者を日雇いするが、今回はサルタスの存在を隠す為雇わない、ということだろう。
「わかったよ。色々と済まない」
「いえ、任務の一環ですからお気遣いなく」
それに噂話も……と言いかけてまたシュウがわー! と止めていた。
「冗談です」
サラッとサルタスが言う。ぶすっとした表情でシュウが抗議した。
「お前の冗談は冗談に聞こえない」
「そうですか、では練習しておきます」
「冗談を練習するのか?」
「冗談です」
「……」
どうも見ていると、サルタスの方がシュウよりも一枚上手のようだ。
花夏が立ち上がる。
「皆さん、宜しくお願いします!」
ペコリと頭を下げた。
「カナツひとりの問題じゃないから、気にするな」
シュウが言うと、
「家族だしね!」
とヤナも続く。
皆、温かい。
花夏の心がじんわりと暖かくなった。こんなにもよくしてくれる優しい人たちの為にも、花夏は精一杯努力をしなければならない。
そう、固く心に誓った。
いかがでしたでしょうか?
サルタスに振り回されるシュウさんが楽しくて楽しくて一気に書いてしまいました。
明日(2020/9/5)も更新予定ですが、日々更新チャレンジは土日は除こうかな、とも検討中です。