声の意味
今回は、シュウさんの焦りを少し切なく…と思って書いてみた回です!そして何気に大事な一部謎解き回となってます!
是非お楽しみください!
※日々更新チャレンジ達成中!(2020/9/3)
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
ヤナが、花夏の手を引っ張ってあちこちの店を覗いている。
雑貨屋では花夏とお揃いの小さな手鏡をねだり、果物屋では花夏と同じ果実ジュースを頼み、久々に会う父親としては若干仲間外れ感がないでもないが、ヤナの嬉しそうな顔を見たら愛しくて何も言えない。
――ずいぶんと懐いているものだ。
花夏を母親に、と騒ぐくらいだ。本当に花夏の事が好きなのだろう。山でのハルナとの二人きりの生活は、ヤナには大分寂しいものなのかもしれない。遊び相手もおらず、母親の温もりもなく。
それにしても、とシュウは花夏を見る。
先ほど花夏に半ば強引に購入したかんざしで髪はきれいに上でまとまっており、うなじがすっとしていて美しい。やがてもう少し大人になれば、花夏とお近づきになりたいと言ってくる男共が群がるのが想像できる。だが今はまだ大輪の花の蕾、といったところだろうか。
(普通、心を読まれるって分かったらもう少し距離を置きそうなものだが……)
花夏は、シュウとハルナから話を聞いた後もちっともヤナへの接し方が変わらない。若しくは、花夏のこういうところをヤナはちゃんと感じ取っていて、それ故のあの懐き具合なのかもしれない、とシュウは思う。
「やあ、これはカルセウス様」
シュウが少し離れた位置でヤナと花夏を見守っていると、シュウに声をかけてくる人物がいた。厳つい顔をした、騎士団団長のヨル・アリエンタールだ。
「これはアリエンタール殿」
セリーナとの関係もあり、ヨルとの関係は良好だ。セリーナ亡き後の事件で、色々と気を遣ってもらったこともあり、その際の手際がとても誠実だったこともあり、以来会えばこうやって立ち話をする仲になった。たまに一緒に飲んだりもする。
「今日はどうされたのだ? こんなところで珍しい」
普段は一人ということもあり、シュウはこういった場所を滅多に歩き回らない。確かに珍しいだろう。
「実は、今娘のヤナがこちらに来ておりまして」
「おお、ヤナちゃんか。大きくなっただろう。して、ヤナちゃんはどこに?」
「ええ、あそこに……あれ?」
先ほどまでヤナと花夏がきゃっきゃと眺めていた店の軒先に、姿がない。内心焦って、辺りを見渡すが、いない。
「……見失ってしまいました」
「すまん、私が声をかけたばかりに」
厳つい顔がしょぼんとする。素直なのだ。
「いえ、アリエンタール殿のせいではありません、自分が目を離したのがいけないのです」
失礼します、と一言断りを入れ、シュウは急いでヤナと花夏がいた場所に向かって走り出した。
この辺りは、治安は悪くない。悪くないからといって、犯罪が無いわけではない。ヤナを失う事を想像してしまい、ゾッとした。
つい先程までふたりがいた店に着く。店主にふたりがどちらに行ったか聞くと、すぐ横の細い路地だという。小さな子が黒い髪のお姉さんを引っ張って行ってたよ、と気の良さそうな中年の男性店主が教えてくれた。この辺りでは黒髪は非常に珍しい。その事が役に立った。
ヤナはかなりはしゃいでいた。街も相当久しぶりだった。そして花夏は異世界から来た人間だ。こちらの勝手はまだ分からないだろう。
(自分の、落ち度だ……!)
少し見えなくなっただけでこんなに不安になる。怖くて怖くて仕方なくなる。普段どんなに自分を誤魔化してても、いざとなるとすぐに恐怖に飲み込まれる。
細い路地を曲がると、案外人が多くて先が見えない。
人と人の隙間を多少ぶつかりながら先へ進むと、少し行ったところで人だかりが出来ていた。すまない、と言って人だかりをかき分けて行く。
――どうした、何があったんだ。
人だかりの中心に、空間が出来ている。シュウの脳裏に、3年前の光景が蘇った。動かない、セリーナの姿。
背中に、汗が流れる。
空間の中心を見る。
……ヤナと花夏が、いた。
ヤナが、花夏に抱きついてビービー泣いている。花夏は、地面に座り込んでヤナを膝の上に乗せて全身で抱きしめ、背中をトントンしてあげている。花夏の服の裾が床に広がり、まるで花のようだ。
ヤナを抱きしめるその顔は、聖母のように優しげだった。
(ああ……生きている)
身体中の力が抜けそうになり、普段は絶対に出すことのない余裕のない声が出てしまった。
「……みつけた……!!」
その瞬間。
花夏が、驚愕の表情でシュウを見た。
冷静になって考えてみたら、少し目を離してヤナを見失っただけなのだ。治安のいい街中で、保護者になりうる花夏も一緒なのに。
だが、シュウはそこから『死』を連想してしまった。連想してしまい、3年前と同じような状況を目にし、また失う事が怖くなり恐怖に心を支配され――そして、今度は花夏がしっかりとヤナを抱きしめ護っている場面を見た。
これは、救いだ。
そう、シュウは感じてしまった。シュウをあの恐怖から解放するため、花夏から与えられた救いなのではないか。
そう思ってしまった。それ程に、慈愛に満ちた光景だった。
(ありがとう、カナツちゃん)
心の中で礼を言った。花夏に言っても首を傾げそうだったから。
ふーっと息を吐き、自身を落ち着かせてから、シュウは人だかりを抜けて花夏とヤナの元へ行った。ヤナは泣いているので、花夏に事情を聞く。
「どうしたの?」
優しくトントンを続けながら、花夏が答える。
「手を離してた時に転んじゃって。足を捻ったみたい。腫れてる」
目線で怪我の箇所を教えてくれた。左足首だろう、ぷっくりと腫れている。
「あー、こりゃー痛そうだね」
相変わらずビービー泣くヤナ。おいで、と手を伸ばしても聞こえてないようだ。
(仕方ない)
シュウはヤナを背後から右腕で抱え、同時に左腕で花夏の腰を抱えて立たせた。花夏が「わっ」と小声で言っているが、いくらなんでも女性をそのまま座らせていく訳にはいかない。
ヤナを花夏から引き剥がして、お姫様抱っこをした。
顔中涙だらけのヤナの顔が見えた。そのほっぺに優しくキスをする。
「ヤナ、帰って冷やそう。そう泣いてカナツちゃんを困らせるんじゃない」
すると、グジュグジュ言いながらヤナが反論してきた。
「カナツはヤナのこと『かわいい』って言ってたもん。困ってないもん」
本当? という顔をして花夏を見ると、少し顔を赤くした花夏が言い訳を始めた。
「だ、だって、いつもませてるヤナが泣くから……」
可愛く思って、つい抱きしめちゃったと? 人目も気にせず?
「――ぷは!」
思わず吹き出すシュウ。
「やっぱ君、最高」
くすくす笑いながらそう言って、シュウが歩き始めた。
翌日の噂話に拍車がかかったのは、言うまでもない。
シュウの家に戻り、ヤナの足首を濡らしたタオルで冷やしてみる。他に傷がないか確認してみたが、膝が若干すりむけた以外は大きな傷もない。始めに見た時よりは腫れは引いたが、まだ痛そうだ。
「ヤナ、痛い?」
やれやれ、といった表情でシュウが尋ねる。
「うん……歩けないかも」
流石にもう泣き止んだが、まだ目は真っ赤だ。
ハルナはまだ帰ってきていない。明日の山への帰還は、この足では難しいかもしれない。だがしかし、雪が降り始めてからでは大変だ。何か手を打たないとな、とシュウは考え込む。
夕方になってくると、この辺りは急に冷え込む。シュウは暖炉に火を点け、暖炉前のソファーにクッションを用意して、ヤナを横にならせた。
「シュウさん、お茶入れましたよ。ヤナ、ミルク入れたよ」
見てられない、と花夏が我慢できずにきれいに片付けたキッチンから花夏がふたりに声をかける。まずはヤナに暖かい物を飲ませよう、とミルクを温めて中にはちみつを入れてヤナの前に置いた。先程、2階の使っていない部屋から使っていない小さなテーブルをさっさと持ってきて、ちゃっちゃとソファーの前に設置していた。
(素早い……)
なんというか、気が利く。ただ、花夏を見ていると、配慮とか気遣いとかが足りてないのはもしかして自分やハルナの方なんじゃないか、という気もしてきた。
「カナツちゃん、色々手際いいよねー。気が利くね」
はは、とシュウが笑うと、花夏はシュウの方につかつかと歩いてきて指をピン! と立てた。顔が、怖い。
「1! 玄関の鍵!」
どうしたんだろう、カナツちゃん……? シュウは、珍しく引き気味だ。
花夏は続けて2本目の指を立てる。
「2! ガラスのない窓!」
シュウは、なんとなく花夏が何が言いたいか分かってきた気がしてきた。
「3! 鏡のない生活!」
あ、やっぱり山の家のことだ。
「4! お風呂!」
それは個人的なあれか?
心の中であれこれ突っ込んでみたが、花夏の言いたいことはよく分かる。恐らく、それまでなくて当たり前だと思っていた物が、街に降りてきたら普通に存在することに気が付いたのだろう。
「ヤナ、女の子ですよ!」
腰に手を当てて怒っている。ソファーからヤナが少しだけ顔を覗かせて、にやにやしている。ヤナよ、なぜ父を助けない。
「まず、鍵付けましょう!」
シュウが姿勢を正す。
「はい、すぐやります」
女所帯で鍵なし、確かにまあ……何かあった時には遅い。あの辺、他の人はいないけど。
「ガラス! あるじゃないですか! 女の子、体冷やすの駄目です!」
「はい、すぐ手配します」
おお、女性からの意見。シュウはそこは思い当たらなかった。確かにそうかもしれない。確かにあの寒い家で吹きさらしの窓。寒いだろう。
「大きな鏡! 女の子には鏡大事です!」
「はい、すぐに」
いや正にその通り。男にだって必要ですし。というか、あの家に鏡がないことに気付かなかった。
「お風呂……は、厳しいんですかね?」
そこだけ大人しくなるあたり、やはりそれは花夏の個人的な要望らしい。
「あそこには確か……少し離れた洞窟にあるはずだよ、温泉」
「【温泉】?」
言葉の意味を説明すると、花夏の顔がぱあああ~! と明るくなった。本当にお風呂が好きなようだ。
「ハルナ、なんで言わなかったんだろう?」
花夏が首を傾げる。そこはシュウにも分からない。
「多分……必要ないと思ってるのかも」
「……ハルナと話します」
「……うん、それがいいかもね」
なんとなく会話は尻すぼみになってしまった。
「あ」
ばたばたしていてすっかり聞くのを忘れていた。
「カナツちゃん」
「はい」
急にシュウが真面目な顔に変わる。
「さっき、君とヤナを僕が見つけたとき、すごくびっくりしてたよね。どうして?」
あ、という顔を花夏がした。家に足りないものについて主張する方を優先してすっかり忘れていたようだ。この子も案外あれだ、でもはっきり思うとヤナに読まれそうだからやめておく。
「あの、シュウさん」
「うん」
「私、こっちに来た時に聞いた言葉が分からなくて、ずっと何だろう、て思ってたんです」
こっちに来た時……つまり、何かに引っ張って来られた時だ。
「いつ聞いたの?」
「私の世界で。黒い、真っ黒いところから声がしました」
闇のようなものだろうか。
「ヤナから、聞いて知ってた言葉だった。でも、気づかなくて」
「……さっきは、どうして気付いたんだと思う?」
シュウを、上目遣いで見てくる。言いにくいのかもしれない。
「いいよ、言って」
「あの……」
隠しても仕方ないのは分かっているのだろう。今度はしっかりとシュウの目を見てきた。
「シュウさんと同じ、焦った声、でした。シュウさんと同じ、男の声でした。だから、その言葉だったんだ、て思い出したんです」
花夏が、言った。
「『みつけた』って」
「『みつけた』……」
つまり、それは。
「誰かこちらにいる男が、わざわざ異世界で君を探していた。そして、見つけたから連れてきた……そういう事になる」
「……ですよね?」
異世界の人間の誰でもよかった訳ではないという事になる。花夏だから、連れてきた。
――それは、とんでもない事なのではないか?
異世界の存在を知った上で、花夏を探り当てる知識。そして、無理矢理攫ってこちらの世界まで連れてきた、技術と魔力。生半なものではない。
――個人でできるような類のものではない。これは、国家が絡んでいる可能性があるのでは。
そうすると。
ふと、思い当たる。異世界から、こちらの世界へ力任せに連れてきたとしたら、結界はどうなる? あり得ない程強大な魔力を使用しているのは間違いない。すると恐らく……衝撃で結界に欠損がでる。それが穴なのかヒビ割れのようなものなのかは分からないが、遅かれ早かれ花夏をこちらに連れてきた者も気付くに違いない。ラーマナ王国の結界に揺らぎが出ている個所があることを。そして、元々ラーマナ山脈の結界には隙間があり、結界の効力が薄い場所がある事を。
ラーマナ山脈麓の結界の効力の薄さ、それ故に、花夏はハルナたちの元に落ちてきたのではないか? ……結界の効力が強い、そいつの元ではなく。
であれば。
「カナツちゃん。君は、何か目的があって僕たちの世界に連れてこられた。そいつは、君を探している。目的は分からない。ただ、これは普通の人間が思い立って出来るような事ではないと思う」
花夏は、こくんと頷く。シュウは続けた。
「となると、遅かれ早かれ、この場所にも探しにくる可能性が高い。僕の予想では、結界の調査という名目でここを訪れる国がいたら、そいつらが追手だ」
「結界の調査?」
シュウが頷く。結界を調べること、と補足説明すると納得がいったらしい。
「ここ最近、ラーマナ王国の結界に薄い箇所が出来ていた。僕はこの3ヶ月程ずっとその調査に追われていたんだ。恐らくそれと君は、繋がっている」
結界が薄くなっている?それとどう花夏が繋がるのか、花夏にはよく理解できない。ただ、3か月……花夏がこちらに来てからの事だ。でも。
花夏は首を横に振ってみせた。
(よく分からないよ、シュウさん)
「あとでハルナが戻ったら、もう一度詳しく分析が必要だろう。だが、追手の目的が分からない状態で花夏をそいつらに渡すわけにはいかない」
分析、追手、という単語の説明もして、花夏もシュウが言いたいことは理解したようだ。
目的……そう、そこには何か目的がある筈なのだ。シュウが真剣な眼差しで花夏を見る。
「目的があるから、わざわざ異世界で君を探して連れてきた。君をただこの世界に住まわす為だけに連れてきたとは思えない。そんな事のために連れて来られる程のレベルの話ではないんだ」
「シュウさん……」
「もし見つかってしまったら、ただ平穏無事に保護されるとは思えない。君の身に危険が迫っている、と思う。何をされるか、分からない」
そうなると。
「ここに長居していると危険だ」
シュウの言葉に、花夏は目を見張った。もう……ハルナやヤナたちと、いれない?
「……今、すぐ?」
シュウは首を振って否定する。
「今すぐは無理だ。君はまだ、言葉もこれからだ。そしてまだ子供だ。逃げ切れるほどのこの世界の知識も、強さもない」
随分とはっきりと言う。だが、それは事実なのだ。事実だからこそ、はっきりと言ってくれているのだろう。わかってはいるが、花夏は泣きそうになった。
ただ、とシュウが続ける。
「まだ結界の揺らぎは城の一部の人間しか問題としていない。魔物が入り込んでいるわけではないしね。だから、結界に関する問い合わせも、城には入ってきていない。幸い、この土地はこれから雪の時期になり、外部からは簡単に入って来れなくなる。シエラルドもそうだが、特にあの山は外部から孤立する」
つまり、冬の間は『追手』はかかりにくい、ということか。
「外の人間がこの国で冬の期間に探索しようとするのは無謀なんだよ。遭難するからね。そして、それは割と広く知られていることなんだ」
ラーマナ王国の積雪量は、多い。ラーマナの生まれの者であれば町から町への移動もできるが、慣れていない者ではかなり厳しい。よって。
「最低でも春までは、まだ猶予があるということだ」
絶対とは言えないが。
シュウのその言葉に、今すぐふたりの元から立ち去らなければならないのか、と不安になっていた花夏はあからさまにホッとした。シュウが花夏のそんな顔をみて、困ったように笑った。この表情をされると、花夏は弱い。
「ごめんね、カナツちゃん。いきなり脅かしちゃって」
「いえ……」
「ヤナの足のこともあるし、お母さんが帰ってきたら彼女ともよく話してみる。間違っても君をこのまま放りだすようなことはしないから、安心して」
「……はい、ありがとう、シュウさん」
くよくよしていても仕方ない。花夏は少し無理をして、笑顔でそう返した。
それまでずっと静かに口を挟まず大人しくミルクを飲んでいたヤナが、ソファーから声をかけてきた。
「お父さん、ヤナ、花夏といれるんだよね?」
流石に話が難しいのか、あまりよくわかっていないようだ。
シュウはゆっくりとヤナの方に歩いていき、ヤナの頭の上に手をぽん、と置いた。
「そうだね。今のところは」
「今のところ?」
「そう。でも、ヤナにもやってもらわないといけない事が出来た。花夏が困ることになるのは、嫌だろう?」
「当たり前だよ!」
ヤナがさも当然、といった風に言った。不安な気持ちもあるけれど、ヤナのこの気持ちが嬉しい。
「ありがと、ヤナ」
「? だって家族でしょ」
「その割にはお父さんには厳しくない?」
シュウが茶々を入れてくる。
「だってお父さん……」
「ん? 何なに?」
ぶすっとした顔をしてヤナが言い放った。
「しつこいんだもん」
その時の、シュウの顔。何を言われているのか分からない、そんな表情だった。
「え……お父さん、しつこいの?」
「うん、くどい」
即答のヤナ。哀れシュウさん……でも、確かに分かる。花夏も今日、経験済だ。
「本当お母さんって心広かったんだなってヤナ思うんだー」
うんうん、と頷くヤナ。シュウががっくりと肩を落としている姿は、だが何とも言えず可愛らしいものだった。
その後しばらくの後、外の屋台で夕飯を買ってきたハルナが帰ってきたのだった。
いかがでしたでしょうか?
花夏にタジタジのシュウさんも書けてよかったです!
次回はいよいよ噂のサルタスさんがガッツリ登場します!シュウさんとの掛け合い、お楽しみください!
明日も更新予定です(2020/9/4)