花夏の魔法
ようやく、話が現在に戻りました!
ようやくお風呂にも入れました…
これからどんどん話を進めていきたいと思います。
ではお楽しみください!
日々更新チャレンジ達成中(2020/9/1)!
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
長い、長い話が終わった。
静まり返る部屋では、花夏が静かに涙を流している。
――なんて深い愛なんだろう。
こんな覚悟、花夏はしたことがない。こんな覚悟が存在するなんて、知りもしなかった。
斜向かいに座るシュウが少し困った表情で、ポケットをガサゴソと漁っている。そして探し当てたのは、いつから入っていたのか分からなさそうな、クシャクシャのハンカチ。ちょっと首を傾げてから、花夏に差し出した。
(そこ、渡しちゃうあたりがなあ)
涙が引っ込み、花夏はくすりと笑った。
「……それ、きれいなんですか?」
鼻水付きのハンカチの話を聞いた後では、疑わしいものがある。シュウは少し考えてから、
「うーん? 使った記憶がないけど、いつからあるかも分からないから、多少僕の匂いがするかも?」
と言ってハンカチの匂いをくんくん嗅ぐ。
「お前は、本当にもう……」
ハルナが額を押さえてため息をついた。口の端には小さな笑みがチラリと覗く。
血の繋がりはなくとも、このふたりはしっかりとした絆で結ばれている、ちゃんとした親子なのだ。
シュウもハルナも、花夏よりも全然年上でしっかりしてて自立してて花夏なんてふたりからしたらてんでお子ちゃまなんだろうが、でもよかった、嬉しい、となんだか安心して嬉しくなってしまった。
「カナツちゃん、あと少しだけだから、お風呂はもう少し待ってね」
「はい、大丈夫です」
そう、現在のヤナの状況の説明がまだだった。
シュウが促す。
「お母さん、お願いします」
ハルナが軽く頷いた。
「……今話したように、ヤナの魔法は、ヤナがある程度大きくなるまでは基本はそのままでいさせよう、とシュウと決めたんだけどね、魔力が吸い込まれていくあの場所、カナツが今朝までいたあそこだね、あそこでも、ヤナは私の心に浮かぶ言葉が聞こえていた」
花夏は、無言で頷いた。ハルナが続ける。
「ただ、私の感じたところでは、こちらにいる時ほどの感度ではなくてね、向かい合っていたり体の一部が触れていたりしている時は聞こえている、という感じだったように思う」
シュウはそのハルナの言葉に賛同し、付け加えた。
「僕も、時間を見つけてはふたりを訪ねて行ってたけど、こっちにいた時のように、隣の部屋に居ても聞こえるということはないようだったね」
つまり、シュウの狙い通りヤナの魔法の出力を抑えることに成功した、ということか。
「ただ、時折今日みたいに町に出てくる度に、段々参ってくるようになってきてね。山では基本私の声しか聞こえないけど、こちらは市場にでも行くと人だらけだから」
つまり。
「ヤナは、他の人の声も、ふつうに聞ける?」
ハルナが頷いた。
「そう、その通りだ。もう、そこに近い人間とそうでない人間との境界線はなくなっていた。気付いたのは、ヤナが6歳になるすぐ前だったから、カナツがこちらに来るちょっと前、最近だよ」
前回ここに来たのは春だと言っていた。その時に気付いた、ということらしい。
「その時はシュウはいなくてね。このままここにふたりで居続けてもヤナにどう影響するか分からない。それで、それまではもう少しちょくちょくこちらにも来ていたんだが、今回は間を開けてみたんだ」
シュウが、頭の後ろで手を組んで、補足説明を入れる。
「お母さんからは手紙が残されていたから事情は分かってたんだ。ならこちらから会いに行こう行こうと思ってたんだけど、なかなか時間が取れなくてね。こんなに長い間ヤナに会わなかったのは初めてで、僕も結構きつかったなあ」
成程、それがあの号泣の再会に繋がるわけか。
「だけど、本当近い内に会って、とうとう制御するすべを覚える時期が来たのかどうかの確認をしなければならなかった」
シュウの目が真剣なものになる。
「ヤナの考えも、もうはっきり出るんじゃないか、そう思って早く山に行こう行こうって気持ちばかり焦ってたんだけど、秋口から、かなり厄介な任務が入ってきてそっちに付きっ切りになっちゃってね。実は今もまだ全然片付いてないんだけど、一度王都に帰ってきて作戦練り直しだ! というところで君たちがここに現れたわけだよ」
――では、本当にたまたま偶然会えたということか。
「で、ここからがシュウにもまだ話していない部分だ」
ハルナがシュウに目を向ける。
「あの日、カナツが空から降ってきた日から、ヤナは私の声が聞こえなくなった。いや、正確には、前のように接触していれば聞こえるみたいだけどね」
(私が来てから、魔法が弱まった?)
「ハルナ、でも、ヤナは私のこと、よくわかってくれたよ」
ハルナは首を横に振る。
「カナツ、お前の世界の言葉は、ヤナには分からないよ。だから、聞こえてたとしても理解ができない」
「あ……」
そういうことか。でもそうすると、ヤナのあの勘の良さは、今まで育まれてきたものの集大成、てこと?
「カナツ。私も昔、城仕えをしていたんだ。セリーナと同じ、騎士団員だったんだ」
「え?」
(騎士団? ハルナさんが?)
余程花夏が驚いた顔をしたのだろうか、シュウがぷっと吹き出してしまった。
「カナツちゃん、お母さんて本当はすごいんだよ」
「本当はとはなんだ、全く」
ハルナの抗議はサラッと無視してシュウは続ける。
「お母さん、なんで教えてあげなかったんですか。元騎士団副団長だったんだって」
「あー……まだいいかな、と」
こめかみをポリポリ掻いて上に目線を逸らしているハルナは、なんだか新鮮だ。
あーもう、と息を吐いて、諦めたように尋ねた。
「わかりました、そういうことにしておきます。で、カナツとヤナについて、お母さんはどう思われたんです?」
話を逸らしてあげたんだ、とでもいうような態度だった。それについて、ハルナは抗議を避けたようだった。
「そう、で、城仕えしていた時分、招かれていた大陸の外の異国の留学生の面倒を見たりしたこともあるんだけどね」
交換留学生的なものだろうか? この世界にも、そういったことはあるようだ。
「皆、カナツみたいにすぐに言葉は分からなかったんだよ。早い人間でも、半年、1年経ってようやく少し会話が成り立つくらいだったよ」
(……どういうことかな?)
話の意図が読めなくなってきた。それが、花夏とヤナにどう関係があるんだろう?
「いいかい、カナツ」
「はい」
思わず姿勢を正す。
「私の考えでは、カナツは、あの土地でも納まっていなかったヤナの溢れる魔法を自分の物として吸収してるんじゃないかと思っている。だから、こんなにもこちらの言葉にすぐ馴染むことができたんじゃないかと」
――どういうことだろう?
「ハ、ハルナ、私、心の声聞こえないよ!」
「まあ、今はまだそうだろう。ヤナも、始めは言葉の意味を覚えていってるだけだったというし。ヤナの魔法は、言語に適用されるものなんじゃないかと思っているよ」
シュウも頷く。
「それはあり得ますね。さっき僕がカナツを視た感じ、器に対して中身が大分少なかった。ほとんどないと言って差し支えないくらいに。でも、少し魔力は感じました。その魔力がヤナから溢れた分だとしたら、この推測と合致しますよね。ただそうすると、このままずっと一緒にいるとその内カナツも心の声が聞こえるようになるんじゃ」
話がどんどん勝手に進められているが、いや待て待て待て。心の声が聞けちゃう? このままいると? それは……ヤナの手前あれだけど、正直嫌だなぁ……。
花夏の微妙な表情を読み取ったのだろう、ハルナがカカッと笑った。
「そんな顔するんじゃないよ、カナツにまで心を読まれるようになったら溜まったもんじゃない」
「ご、ごめんなさい」
なんと言ったらいいのか分からず、花夏は小ちゃくなって謝った。シュウも笑う。
「僕らにしてみれば、吸い取ってくれてありがとうだよ、カナツちゃん。それだけ制御に費やせる時間が稼げた訳だから」
うう、なんか気を使わせちゃってすんませんシュウさん。
シュウが続ける。
「でも、君への影響を考えると、早くヤナに制御の術を教えないとね」
そのシュウの言葉にハルナも深く頷く。
「恐らく、期限はカナツが完全に言葉を理解できるようになるまでだろうね」
何というか、時限爆弾的な。
ちょろっと思ったが、幸いヤナは寝てるし、そもそも日本語分かんないみたいだし、まあいいだろう、と思う花夏であった。
もう一点、気になることがある。
「シュウさん、人の魔法って、吸い取れるんですか?」
「普通はできないよ」
あっさりと言う。
そもそも、こちらでは、人は皆器に魔力が溜まっている状態が常だ。
「あの、でも魔術師のお爺さんは、シュウさんの魔力を使ったんですよね?」
(ルッカの爺さんと呼ばれてた医療系魔術師は、自分の魔力が空になっちゃうって……)
「カナツちゃん」
シュウが真面目な顔をする。この人もギャップがすごいな……と頭の片隅で思う。こんなにイケメンなのに。おじさんだけど。
「はい」
思わず唾を飲み込む。
「ルッカの爺さんは、未だに現役なんだ。何故だと思う?」
よく分からない。素直に首を横に振る。
「ルッカの爺さんの魔法は、とても希少なものなんだ。何十年も待ったが、未だに後継者が現れない。引退したくてもさせてもらえない、それが理由だよ」
それは、つまり。
「カナツちゃん、君の魔法はまだ分からない。でも、気付かない間に人の魔力を吸い取れる力なんて、僕は聞いたことがない」
花夏は、何と返答したらいいものか分からなかった。
「で、お母さん。ご相談なんですが」
おもむろにシュウが切り出す。テーブルに身を乗り出し、距離の近さに若干引き気味のハルナ。
「な、なんだい急に」
キリッとして、シュウが言う。
「カナツちゃん、なんでこんなおばさんみたいな服着てるんですか?」
(はい?)
また自分の話題、しかも……んん!? これ、おばさんの服装なの?
というか、このシュウの切り替えの速さ……。
ハルナは防戦一方だ。
「いや、だ、だって私の服しかないし」
シュウがテーブルにバン! と手をついて立ち上がった。
「これじゃ男も寄ってきませんよ? かわいそうじゃないですか、こーんな可愛い子なのに!」
グ! と拳を握って力説するシュウ。いや、そもそもこの世界で初めて話した男性がシュウさんなんですけど。
(シュウさん……男とか可愛いとか、なんか話がどんどんズレていっている気がするんですけど……)
もしかしたら、花夏の意思はあまりこの場では関係ないのかもしれない。
「お母さん……無いんですね?」
シュウが凄む。真剣すぎて怖い。
「え?」
花夏は、何だかハルナが哀れになってきた。
「カナツちゃんに似合うような服、与えてないんですよね!?」
「あ、ああ、機会もなくて……」
ハルナが認めた瞬間、シュウが言い切った。
「カナツちゃんは、この通り可愛い子です! ヤナも懐いてるなら、裏表のない素敵な女性です! であれば、この家には着道楽だったセリーナの服がいっぱいあります!! それをカナツちゃんに着せましょう! ぜっっったい、似合いますから!!」
お風呂上がりから着て欲しい、と2階へ軽やかに駆け登っていったシュウを見て、ヤナのあの塩対応の理由に納得がいった花夏であった。そして、思った。会ったこともないけど。
サルタスさん……大変なんだろうなー、と。
3ヶ月ぶりのお風呂は、至福の時だった。
流石にシャワーとかはないが、お湯に浸かれる、ただそれだけで身体が癒されていく気がする。心ゆくまま、お風呂の中で体を伸ばしてみる。
『……気持ちいい〜〜!』
発火石のおかげでお湯は冷めないし、足は伸ばせるし、こっちのお風呂も最高!
(体を拭くだけだと、イマイチ綺麗になった感がないんだよね。湿気はあまりないからベタつきは少ないけど、髪の毛もなんだか痒いし……)
日本のお風呂に毎日入っていた身としては、どうしても『足りない』と思ってしまうのは致し方ないだろう。でも、お風呂という概念がこの世界にあった、とわかったのは花夏にとって大きな希望となった。
ふう、と腕をへりに乗せてその上に顎を乗せる。
(でも、ヤナがコントロールの方法を覚えても、それだけだと魔力は結局漏れてるんじゃないのかな……そういう物でもないのかな?)
蓋をしちゃう感じなんだろうか? 分からない。
勿論、花夏は自分の世界に帰りたい。でも、帰れる前に、ヤナの魔法をマックスまで吸収してしまったら?
そうしたら、花夏はどうなってしまうんだろう。花夏としては、心の声を聞けるようになるのは正直ごめんだ。だけど、そうするとヤナからは離れないといけなくなる。
「……てことは、いつかは出て行かないといけないのか……な?」
勿論、いつまでもハルナにお世話になる訳にもいかない。いつかは自立しないといけない、のも分かる。
ちゃぽん、とお湯が揺れる。波紋が、引き締まった、少し前より女性らしく丸みを帯びてきている肢体に波打って消えた。
「ちゃんと、私も考えないとな……」
声に出してみる。
この世界での少し先の未来を考える。それが、今の花夏に出来る最善策のような気がした。
用意された、セリーナがかつて着ていた服を手に持って見てみる。
真紅のワンピース。襟はVネックになっていて、その縁には服よりも深い赤の糸で細かい刺繍がぐるっと一周されている。体のラインが綺麗にでるような、しっとりとした生地だ。胸元が若干開きすぎな気もするが……
まあ、とりあえず着てみる。思った通り、サラサラの着心地だ。
袖は先がフレアに広がり、布の重みで綺麗に腕のラインが出る。スカート部分も同様で、なんともまあ大人っぽいワンピースだ。ワンピースの下には、膝下までの黒いスパッツ的な物を履く。これは、肌着の一部であるという認識のようだ。
帯も見てみる。これまた細かい細工が入った、深い青の帯だ。
目線の先には、自分が先ほどまで着ていた生成りのシンプルなワンピースと、黒っぽい帯、緩い感じの白のスパッツ。
(まあ、確かにこれに比べたらおばちゃんだわ……)
与えられた物なので勿論不満などはないのだが、シュウが一所懸命説得してくれたのも一理ある、と思った花夏であった。
次回は、街探索編です。
シュウさんと花夏の絡みありです。
お楽しみに!
※次回更新は、明日(2020/9/2)を予定してます!