葬儀 ☆
回想編はいよいよ今回でおしまいです。
今回は、ヤナちゃんが何故おばあちゃんと山で暮らすことになったのか、その理由が明らかになります。
是非お楽しみください!
※日々更新チャレンジ達成しました(2020/8/31)!
続いてる!!
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
セリーナの葬儀は、城の敷地の脇にある、城に仕えていた者たちのための専用墓地で行なわれた。貴族もそうでない者も、国に貢献したとされる者、またその家族はこの墓地で眠ることが許される。
春の風が吹く。空は晴れ渡り、つがいだろうか、鳥が2羽仲良く並んで飛んでいる。ラーマナ山脈には、なだらかな雲がかかっていた。
真新しい石碑が建てられている。その手前の緑の芝の上に、これまた真新しい棺が置かれている。中には、永遠の眠りについたセリーナが横たわっていた。もう動くことのないその姿は、だがとても美しい。参列者が供えた花が所狭しと棺内に敷き詰められ、ただ眠っている様にしか見えない。
セリーナ・カルセウス、享年27歳。
風にたなびく裾の長い黒い礼服を纏ったシュウの表情は、周りからは読めない。手を繋ぐヤナは、棺の中のセリーナと青い空を見比べている。
「カルセウス殿」
ラーマナ王国騎士団団長であるヨル・アリエンタールが一歩進み出る。中年の、見た目は厳つい男だが、人情味に溢れ団員の信認は厚いと聞く。
彼の後ろには、騎士団団員数十名が控える。全員、騎士団の制服を着用してきていた。
「アリエンタール殿」
シュウが静かに応える。
「カルセウス殿、この度は心からお悔やみ申し上げます。貴殿の心痛、お察し致します」
「……ありがとうございます」
ヨルが、ここでピシッと姿勢を正す。
「元騎士団団員であるセリーナへ、我々から送る言葉を申し上げても宜しいでしょうか」
シュウが、静かに肯く。
「是非、お願いします。あれも、喜びます」
「セリーナは、私たちにとっても大事な……大事な仲間でした。お許しいただき感謝致します」
一礼すると、ヨルは声を上げた。
「団員、前へ!」
剣を携えた団員たちが、横2列になり綺麗に整列する。ヨルが、くるりと回りセリーナに向き合う。
続き、よく通る声で号令を出す。
「ラーマナ王国騎士団、元団員セリーナ・カルセウス! 貴台の、ふたつ名【闘いの女神】の名に恥じぬ働きに――敬礼!!」
前団員が、セリーナに一斉に敬礼した。
太陽の光にキラキラと煌めく、微動だにしない剣。
シュウはその光景を見て、セリーナがもうシュウの隣に立つことが二度とないことを、改めて実感したのだった。
参列者達が、シュウ、ヤナ、ハルナたちにお悔やみの言葉を述べて、次々と墓地を後にする。先程セリーナに敬礼をした団員たちの番が来て、数少ない女性団員たちからの挨拶を受けていた時。
それまで大人しくシュウと手を繋いでいたヤナが、ビクリと体を震わせ、一歩下がった。
礼をして頭を下げていたシュウが、相手に気づかれぬようその姿勢のままチラリとヤナを見る。
ヤナは、たった今お悔やみの言葉を述べていった団員を、まるで化け物でも見るような目で凝視していた。
セリーナの葬儀が終わり、事務手続きや関係者への挨拶等やることがあまりにも多く、直接シュウが行わなくても問題ない事はサルタスが「これは側近の私の仕事ですから」と涼しい顔をして奪っていっても、それでもひと通り終わるまで5日を要した。
その間、ハルナがヤナの面倒を見てくれていた。本当にありがたい。
シュウは疲れ切っていたが、セリーナが死のその瞬間まで寝ていたベッドに横になると、どうしてもそこにいた人が居ないことが寂しくて哀しくて……なかなか寝つくことが出来ず、睡眠は明らかに足りていない。
――いつか、慣れる日が来るんだろうか。
分からない。早く慣れたいとも思わない。悶々としてしまい、ようやく面倒なことが片付いたというのにやはり眠れない。
そこへ、「お父さん……」というヤナの声が聞こえてきた。
――もう、大分遅いが……
身を起こして、廊下から顔を覗かせているヤナを確認する。腕には、ヤナの枕。
「ヤナ、一緒に寝てあげる」
「ヤナ……」
恐らく、かなり情けない顔をしていると思う。こんな小さな娘にも心配させてしまっている。情けない……と反省する。
「お父さんが情けないのはいつも通りだよ」
当たり前のようにヤナが応える。
「ヤナ……? お父さんの声、聞こえたの?」
「? うん」
少し前まで、シュウの声は滅多に聞こえなかったはずだ。
「お父さん、夜になるとセリーナセリーナってお母さんばっかり呼んでうるさいから、ヤナも寝れない」
「……ヤナ、その、ご、ごめん」
なんだか、ちっちゃなセリーナがいるみたいだ。シュウはついまごまごしてしまう。
「だから、今日からヤナがお父さんにトントンしてあげるの。そうしたら寝れるでしょ?」
だってヤナは【お父さんを守る隊隊長】だもんね。
一瞬の後、シュウは破顔した。
「……流石隊長。宜しくお願いします」
うふふとヤナが布団に潜り込んできた。言葉通り、シュウの胸の辺りをトントンしてくれる。リズムは不規則で、手がちっちゃくてなんだかこそばゆいが。
昨日まで広かったベッドが、今日はそんなに広く感じられない。シュウを、久々に穏やかな睡魔が襲う。なんだか、今夜はようやくちゃんと寝れそうだ。
シュウは思う。セリーナはいなくなってしまった。でも、ヤナがいる。そして、ヤナにはシュウがいるじゃないか。
セリーナがいなくなってしまった穴をこうやって少しずつお互い埋めていって、何がいけない?
シュウをトントンしている間に寝てしまったヤナをそっと抱きしめて、シュウは数日ぶりに深い眠りについたのだった。
実は、ヤナはあまり自分のことを語らない。
セリーナの葬儀の際のおかしな態度も、だからヤナは何も言ってこない。
あの、セリーナとの別れの時。あの後事情を全て説明されたハルナと検討してみたところ、今まで精神的にもずっと一緒にいた母親との別れ――分離による一時的な力の爆発なのでは、との結論が出た。あのように、周りを巻き込んだ共鳴は、余程のことがない限り起こらないだろう、との見解で一致した。
ただ、そのせいなのか、今まで聞こえなかったシュウの心の声まで聞こえるようになってしまっている。力が強くなったのか、それとも共鳴後の名残なのか。
しばらく様子を見ていたふたりだったが、一時の平和は予想外の訪問者により破られた。
「カルセウス様、先日以来ですね」
長い栗色の真っ直ぐな髪を垂らした騎士団の制服を着た女が、シュウの家を訪れてきた。セリーナの葬儀に参列していた内のひとりのようだ。なんとなく見覚えがあるようなないような。
「突然の訪問、申し訳ございません。団長より言付けがございまして、僭越ながら私めがその任を承りました」
胸元をややわざとらしく見せ、妖艶な雰囲気を醸し出すその女性団員は、そう言って一振りの細い長剣をシュウに渡した。
「これは……!」
「はい、セリーナが使用していた剣でございます。退団の際返却したようですが、団長が形見に是非、と」
セリーナの愛用していた剣だ。忘れるわけがない。
「……ありがとう。アリエンタール殿のお心遣い感謝する、有り難く頂戴致すとご伝言いただきたい」
シュウが謝辞を述べると、女は目を怪しげに輝かせてシュウに一歩近づいて来た。
「あの、カルセウス様、女手がおりませんと、色々と不都合などお困りの事がございましょう? なんなりと私めに仰っていただけたら、セリーナの先輩団員として、必ずやお役に立てるかと……!」
シュウは思わずぞくりとして一歩下がる。気持ち悪い。なんだ、この無遠慮な女は。
それを屋内への招待と思ったのか、女が家の中に笑いながら一歩踏み込み。
後ろで二人の様子をずっと見ていたヤナが、家への通り道を塞いで睨みつけた。
「……あんただ」
「え? ヤ、ヤナちゃん?」
女が、戸惑う。
3歳児、いやもうすぐ4歳だが、そんな幼い子がこんな冷たい声を出せるのか、というくらい温度の低い声色でヤナが続ける。
「あんたは、お母さんのお葬式の時、顔は泣いてるのに笑ってた。笑って、これでお父さんをあんたの物に出来るって喜んでた!! 今だって、違うこと言ってるじゃない! お父さんに触りたい、近付きたいって言ってる! お父さんはお母さんのなのに!」
女の顔が引きつる。慌ててシュウを振り返り、手を伸ばして近づく。
「カ、カルセウス様、誤解ですわ! ヤナちゃんてば、ななな何言ってるんでしょうね!? 私はセリーナの先輩として、その、カルセウス様のお役に立てればと思い……!」
ヤナは、今にも噛みつきそうな表情だ。日頃はあまり負の感情を表に出すことのないヤナの今のこの態度。葬儀のあの、化け物を見るようなヤナの顔。――そして、先ほどヤナが女に投げた言葉と、ここに来てからの女のこの纏わりつくような仕草。
(……成程ね)
この女のことはあまりよく知らないが、セリーナと交流を続けていた団員がいるとは聞いていたので、この女の事だろう。『ちょっとめんどくさいんだけどね』と、会う日は少し憂鬱そうだったので、もしかしたらセリーナは彼女の気持ちに気付いていたのかもしれない。シュウに厄介事を持ち込まぬよう何も言わなかったあたり、やはり出来た妻だ。
シュウの胸に伸びてきた女の手を、手の甲で押しのける。騎士団との関係に波風は立てたくはない……が。
低い、我ながら冷たいと思う声色で女に告げた。
「お気遣いいただき感謝する。だが、不要だ。そのお気遣いがアリエンタール殿からのご配慮ということであれば、こちらからお断りさせていただくのでご安心を。ご迷惑をおかけした」
「カルセウス様! 私は迷惑だなんてちっとも……!」
女が焦っている様子が分かるだけに……更に不快に感じた。汚物を見るかの様な眼つきになってしまったのは仕方あるまい、とシュウは自身を納得させる。
「ご不要だと今申し上げたはずですが? 過度なご厚意は申し訳ないがこちらにとって有り難いものではない。ご遠慮いただきたいのだが」
女は、こんな状況でも食い下がってくる。しつこい。
「で、でもカルセウス様! ヤナちゃんはどうですか!? お母さまを亡くされた心の傷を、同性である私めがお傍で癒せればと……」
シュウのこめかみがピクリとする。
「結構だと、何度申し上げればご理解いただけるのか?」
女が、びくっとして、また伸ばしてきていた手の動きを止めた。シュウの冷たい目に、初めて気が付いた様子だ。
「セリーナの剣をお持ちいただいた件はとても感謝している。後日、別途私の方からアリエンタール殿へは礼を差し上げるので、以降貴女のお手を煩わせる事はないよう配慮させていただく。貴女からの数々のご提案に関しても、こちらとしては不要とのことでアリエンタール殿にもお伝えさせていただくのでご安心を。ヤナに関しては私の親としての力不足とのご見解のようなので、そちらも併せてアリエンタール殿にご報告させていただこう」
シュウは玄関を出、優雅に手で城への道を指し示した。心の中は怒りで溢れているが、ここで表に出すほどの若造ではない。
にっこりと笑い、言った。
「どうぞ、お引き取りを」
女は、自分を睨みつけているヤナと恐ろしげに笑うシュウを交互に見やり、自身が失態を犯したとようやく理解したのだろう。ペコリと気持ち程度の会釈をした後、逃げるようにその場を立ち去って行った。
シュウが追い打ちをかけた。
「ああ、この辺りで貴女をお見かけした際は、アリエンタール殿にご報告させていただきますのでー!」
チラッと振り返った女の顔は、羞恥心からなのか真っ赤になっていた。
(これで、もうチョッカイ出してこないかな?)
ふう、と息を吐く。早急にヨル・アリエンタールに話をせねばなるまいが。
(また余計な仕事が一つ増えたなあ)
あのような女の好意など、迷惑以外の何物でもない。
剣を左手に持ち替え家の玄関の方を振り返ると、ヤナと目が合った。
「お父さん、やるね」
スカッとしたのか、片方の手を腰にあて、もう片方の手の拳をこちらに突き出してきた。なんでこんなこと知ってるんだ? ……まあ、セリーナ以外には考えられないが。
ふ、と笑って、シュウも自身の拳を出してヤナの拳にコツン、とぶつけた。
「いえいえ、ヤナ隊長のおかげですよ」
「お父さんとヤナ、最強だね!」
なんとも可愛いことを言う。シュウは嬉しくなってヤナを抱き上げ、家に入っていたのだった。
あれから、再度ハルナとはヤナの魔法について話し合った。
セリーナとの共鳴からもう2週間程経ったが、シュウの心を読む力は強いまま。念の為ハルナに聞くと、ハルナの心も読まれることがあるとのことだった。また、先日は近しくもない人物の心を2度も読んだ。余程あの女の想いが強かったのだろうか、とも思っていたが、最近では、城からの遣いが来たりするとノックの前に教えてくれるようになってしまった。
これはもう、明らかだった。
ヤナの魔法が開花したのだ。恐らく、今まではセリーナの存在があったため意図せず抑えられていたのだろう。セリーナの庇護下にいた為、必要がなかったという見方も出来る。
そして、気になるのがあの女に向かって言ったヤナの言葉。『今でも違うことを言ってる』というような事を叫んでいた。それはつまり、あの文献にあったような、青年を悩ませた『皆が同時にふたつの異なることを喋るのでどちらがどちらかが分からない』、に連なる事なのではないだろうか。
(その後は、『煩くて気が狂いそう』、じゃなかったか?)
ひとつ分かるのは、青年の時よりもヤナの魔力の成長速度の方が明らかに早いという事だ。分別のついた青年であっても、ふたつの異なることの区別はしにくかったとすると、まだもうすぐようやく4歳になろうとしているヤナに、一体何処までその違いが理解出来るものだろうか。
シュウひとりでは、限界がある。ずっとついていてあげる事も、職務上厳しい。不在の間、ヤナはどうする? 人を雇うとなると、ヤナの魔法の事も理解してもらわねばならないだろう。
だが、それがこの間のような、裏表のある人物だったら……?
シュウはそれを想像して、ゾッとして知らず両手で自身を抱きしめた。危険だ、危険過ぎる。
だが、ヤナの事を一番に考えるのはシュウには当たり前の事なのだ。
だから、目の前に座るハルナにお願いをした。
「お母さん、あの地でヤナと住んでいただけませんか」
状況からある程度予測はしていたのだろう、確認ともとれる質問が返ってきた。
「ここではなく……という理由は?」
「あの地の魔力が抑えられる状態なら、ヤナの魔法の成長も抑えられるのでは、と」
条件としては、ここにこのままいるよりは安心出来る。
「成程。その場合、制御についてはどうする?」
ハルナは、いつも的確だ。あのセリーナの母親なだけはある。
「これは、セリーナの望み通り、ヤナに自分としての確固たる自己が確立されてからにしたいと思ってます。それに……あそこなら悪意のある他人は来ない」
それまでは、のびのびと過ごしてもらいたい、と思うのは、親のエゴだろうか。
ハルナは、背もたれに寄りかかり腕を組んだ。
「それで、お前は耐えられるのかい?」
シュウは軽く笑う。ここでもシュウの心配ばかりだ。
「僕はヤナに守られてますから」
ヤナさえ無事なら、シュウは大丈夫だ。ヤナが健やかに過ごしているなら、少し……ではないかもしれないが、寂しいだけだ。
だって、ヤナは生きている。いつでも、会える。会いに行ける。
「任務の合間を見て、様子を伺いに行かせてください。この家の鍵をお渡ししますので、こちらに来る際は自由に使ってください。そちらに伺うのは、そうしょっちゅうは厳しいですが……僕だって、ヤナには忘れてもらいたくない」
「……ヤナにはなんて言うつもりだい?」
セリーナの二番煎じになってしまうが、これが効果的なのは実証済みだ。
「ヤナは僕の生きる支えです。『お父さんを守る隊隊長』として、僕を生かす為に行って欲しいと」
――そして数日の後、父娘はしばしの離別の時を迎えたのだった。
興味がない人にグイグイ来られる不快感を楽しく表現してみました!スカッと!なられましたでしょうか?
次回はよーーーやく花夏が再登場します。
明日(2020/9/1)も更新予定です!
よろしくお願いします!