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ヤナの力 2

引き続き回想編です。

今回は新たにヤナのお母さん、前にチラッと出てきたサルタスさんに、ナイスなおじいちゃん魔術師が登場します!


日々更新チャレンジ、本日(2020/8/29)も達成です!

※行間等微修正しました(2020/10/13)

※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)

ある日シュウは、城の地下にある、天井の高い広々とした図書室にいた。


 壁一面、本で埋まっている。見渡す限り、本、本、本だ。


 その図書室の天井近くに作られた窓から、春の陽の光が差し込んでいる。窓の形の陽だまりの中で、シュウはとうとう求めていたものを見つけたのだった。


 古い本だった。片手で持てはするが、ずっしりと重い。様々な変わった魔法の持ち主についての記述ばかりがある、早い話が記録書であった。正に今、シュウに必要な内容ものだ。


 背の高い本棚と本棚の隙間にあるひんやりとする石壁に背をもたれかけ、パラパラとめくっていく。垂れた薄い金色の前髪の隙間から差し込む光が、ちらちらとまぶしい。剣を握ることに慣れた固い指先で、髪を耳にかけた。


 もしこの場で誰かがその光景を見ていたら、その均整のとれた姿態に思わず目を奪われていたに違いない。鍛え上げられた身体はサラリと着こなされた服の上からも見て取れる。シュウ自身は、そこまで自分の体形に拘っていないのだが。


(似たような能力でもいい、何かないか)


 ヤナの今後がどうなっていくのか、指標となるようなものが欲しい。


 そこそこ分厚い本の半ばを過ぎたあたりで、シュウの手が止まった。


「心読みの術……これだ!」


 そこに書かれていたのは、ただの一例のみ。他の能力のところを参考にざっと読んだ限りでは、複数名の記録が載っているものが多かったので、やはりヤナの能力は非常に珍しい部類のものなのだろう。事実、シュウも今まで見たことも聞いたこともなかった。シュウは、深く集中していく。


 ひとりの男性、だった。ヤナと同じように、幼少期から非常にさとい子で、言葉をよく理解し、大人と同じような言葉を好んで使用したという。


 とある貴族の後継ぎだったこともあり、将来は城に上がり活躍されることが期待された。


 子供の頃はそれ以上目立った問題はなかったようだ。記述がなにもない。


 とりあえずヤナにすぐどうこうという事はなさそうだ。シュウは少し安心する。


 軽く息を吐き、続きを読む。ハラりとまた前髪が落ちてきた。

 

 思春期に入り、度々周辺の人間との軋轢が見られるようになった。交友関係も広がり、近しい関係の他人が増え、家族以外の声を聞く機会も増えたのであろう。


 女性関係も、付き合ったと思えば別れるを繰り返し、あまり周囲の評判はよくなかったとある。


 成人を迎え、念願の城仕えが叶ったが、この時期になると段々と人を寄せつけなくなり、偏屈者との評判を得るようになった。


 ただし、仕事は非常に優秀だったという。それもあってか、ひがまれることも多かったようだ。


 外部へは自身の能力を公表していなかったが、時折事情を知る実家に寄ると、城では皆が同時にふたつの異なることを喋るのでどちらがどちらかが分からない、皆声が大きくてうるさくて仕方がない、頭がおかしくなりそうだ、と訴えていたという。


 心配した家族があれこれと相談し、その当時の家長である父親が早めに隠居して家督を譲り、王都から離れた領地の統治を任せようかと話がまとまりかけた頃、城から早馬がやってきた。


 前触れもない報告だった。後継ぎである青年が登城中に乱心し、周りを数名切り捨て最後は「うるさい、みんな黙ってくれ」と泣きながら叫んで城の上から飛び降り亡くなったと。その時、周りは驚くばかりで皆静かに様子を伺っていたため、幻聴を伴う乱心、と判断が下されたという。

 


――死んだ?うるさいと言って?


 シュウは、先が気になって読み進めた。とりあえず、考察は後回しだ。


 青年のよわいはわずか23。

 まだ婚姻もしておらず、跡取りは彼のみだった。複数の貴族を殺害した罪を父親が負い、爵位剥奪の上領地よりも辺鄙な地域での隠居を余儀なくされた。


 だが、まだ死罪でなかっただけマシだったのだろう。優秀だった青年のこれまでの功績をかんがみての恩赦だったに違いない。


 とても優秀だった人材の乱心だけに、王宮は事後の調査を行ない、その調査の最後に訪れた青年の父親の告白に、ようやく隠されていた青年の魔力の性質が明るみとなったのだった。


 父親曰く、青年は幼少の頃から優秀と褒め称えられ、自身で努力することを恥ずかしむ傾向があった。


 相手の心の声が聞こえるが故に常に優越感に浸り、その能力を制御する努力を怠った。それにより、青年は成長するにつれ強大になっていく魔力に呑まれたのだ、と。


 青年についての記録は、最後にこう綴られている。


 前例のない希少な性質を持つ魔法の上、青年の血縁者にも同じ魔法を扱うものがいなかったため、幼少時に制御方法についての検討及び適切な対処が為されなかったことが青年の自己崩壊を招いた原因と推測される。後世に同じような魔法を持つ者が現れた時のために、この記録と考察を残す、と。



 シュウは、パラパラと最後のページをめくり、そこにこの本の著者名を見つけた。


【ラーマナ王国国土調査隊隊長サルネ・オリバー】


(一体、何世代前の隊長なのかは不明だが……)



「感謝しますよ、先輩」


 流石は『何でも屋』だ。


 シュウはパタンと本を閉じ、背の高い本棚に本を戻して図書室を後にした。







 記録を読んだ後、シュウは素直に読んだ内容全てを話した上で、今後についてセリーナに相談した。例えヤナの魔法の性質が異質なものといえど、セリーナがヤナの母親だ。ヤナの性格も、セリーナが一番よく分かっている。羨ましいことに。


 初めてこの話をした時。


 セリーナはヤナと同じふわふわの薄い茶色の髪を指でクルクルしながら、ほわっとした優しい笑顔をシュウに向けて、少し考えてから、


「うーん? まだ制御コントロールを教えるのは早いと思うなあ」


 と笑った。だって、まだ赤ちゃんに毛が生えたくらいよ、と。セリーナの考えでは、もう少し大きくなってはっきりと自分というものが確立された時に初めて、何故それを覚えないといけないのかをようやく理解出来るのではということだ。そうじゃないと続けられないよと、いつもシュウを癒しまくるまるで空に舞う女神みたいだと思う顔を傾けて、笑う。


 ああ、いいなセリーナ……! じゃない。今は真面目な話だ。


 聞いてみたらなる程だ。シュウ自身、ここは判断を迷っていたところでもあったので、セリーナの意見は眼から鱗だった。あまりにも幼い時から力を抑え込むことに、後々何か悪影響を及ぼす可能性があるのではと危惧していたが、どうすべきかがハッキリせずにモヤモヤしていたからだ。


「うん、流石セリーナだ。僕も君の意見に賛成だ」


 今はただ優しく見守ろう。そう決め、ふたりは微笑み合い、そしてシュウは最愛の妻の額にキスをした。


「ヤナが焼きもち妬くわよ」

「ああ、そうだね」


 本当はもっとセリーナといたいけど。セリーナの足元で玩具で遊ぶヤナを抱き上げ、シュウはヤナの頰にもキスをした。







 夫婦で当面ヤナを見守るだけにとどめようと決めてから、しばらくののち。シュウはその日も国土調査隊の執務室にて、つい先日訪れた、村の報告書を書いていた。日帰りの短い調査だったので、かなり楽な範疇はんちゅうに入る調査であった。


 村の中を通る川の魚が急に減った原因を探れ、という任務であったのだが。


「まさか上流の村がせき止めて独り占めしてたなんてなー」

「独り占めというよりか、つかみ取り大会の準備ですね」


 サルタスが冷静に訂正する。濃いめの金髪をオールバックで後ろに結び、スッキリとした淡白な顔には笑顔のひとつもなく涼しい顔をしている。


 サルタス自身は、任務で使用した経費の報告書を作成中だ。


「お前もちょっとは冗談てもんをわかって欲しいよ」

「面白ければいいですが」


 フフンと笑う。


「でたでた、その顔! そういう顔するから女が寄って来ないんだよ!」


 顔は悪くないが、性格に難があるのか、女性関係の噂はとんと聞かない。


「寄ってこなくて結構です。私は無骨者なので、お洒落しか頭にないお嬢様方の相手は少々苦手ですから」

「ふーーーん……」


 何かありそうだが、今は報告書だ。あとで根掘り葉掘り聞いてやろう、と決めて、とりあえず報告書作成に戻ることにした。


「あと一行くらいほしいなー」

「隊長!」


 サルタスに叱られて、シュウは肩をすくめた。


 そこへ、慌てた様子の部下のロンが飛び込んできた。


「隊長! た、大変です! 奥様、セリーナ様が!」

「どうした!!」


 空気が、一瞬で引き締まる。サルタスもすぐさま駆け寄ってきた。


 肩で息をしているロンが一瞬言うのを迷ったように見えたが、一呼吸後すぐにシュウに伝えた。


「町で暴走した馬車の下敷きになったと……!」

「……!!場所はどこだ!」

「西市場です!」


 家のすぐ近くじゃないか! セリーナは無事なのか!? ヤナは!? どうしてこうなった!

 逸る気持ちを抑え、指示を出す。


「サルタス! 馬を!」

「は! すぐに!」

 

 シュウは急いで城門に向かった。すぐに、別ルートから自身も馬にまたがりシュウの愛馬の手綱を引き連れてきたサルタスが現れる。


 ひらりとまたがり、「すまない」とひと声かけて


「は!」


 と馬を走らせた。


――セリーナ、セリーナ、セリーナ!!


 後ろから追従してきたサルタスが、「道を開けてくれ!」と道行くものに声をかける。


西市場の入り口に着くと、人混みで通れなさそうだ。


(……済まない!)


 シュウは『見えない手』を使って辛うじて自分が倒れるだけの道をこじ開けた。なんだなんだ、と押された人々が騒ぐが、今はそれどころではない。


 人混みを抜けると、そこには空間があった。


 馬車が倒れている。御者なのか、馬の下敷きになって動かない。横倒しになった馬は口から泡を吹き、足がおかしな方向に曲がっている。折れてしまったのだろう。


 そして、馬から少し離れたところに、ヤナが呆然として立っていた。


――とりあえず、ヤナは無事だ!


「サルタス、悪いがヤナを!」

「お任せください!」


 保護をサルタスにまかせ、セリーナの姿を引き続き探す。いた。馬車の横に、市場の者だろうか、数名の女性に囲まれ手当てを受けている。


 馬車は、町の人たちが協力して退かしてくれたのだろう、すでにセリーナ達からは少し離れた場所にガラクタとなって積まれていた。


「セリーナ!!」


 シュウが駆け寄る。


 セリーナの腰の帯を解いている最中の恰幅の良い中年の女性が、焦った様子で振り返る。


「ああ、騎士様! この方が…!」

「彼女は私の妻だ」


 女性は少しホッとした表情をした。別の初老の女性が状況を説明する。


「大きな怪我はないようなんだが、なんだか息がおかしいんだよ……胸が苦しそうなんで、帯を解いていたんだ。馬に正面からぶつかっちまってその後馬車の下敷きになって……!」


 野次馬は近づいてこない。この人たちは、セリーナを助けようと必死だったのだ。


「ありがとう、本当にありがとう……!」

 

 この人たちの優しく強い心がなければ、生きているセリーナには会えなかったかもしれない。シュウは、心から感謝の気持ちを述べた。


 遅れてこの場に到着したロンにこの場の収束をひと言「頼む」と告げ、セリーナをそっと魔法ちからで持ち上げる。途端、野次馬がザワザワと騒ぎ始める。


 シュウ自身は、この方が運ぶ際揺れずセリーナに負担がかからないだろうとの判断だ。周りなんて気にしてられない。


「サルタス、ここならうちが近い! そこに医療系魔術師を呼べ!」

「は! 直ちに!」


 城には、医療系の魔術師たちが常駐している。職権濫用がなんだ、使えるものは何でも使ってやる……! なり振り構ってなんかいられない。野次馬がサーっと道を開けてくれた。


 セリーナを優しく魔法ちからで支えたまま、急いで家に向かう。状況がよく分かってないのであろうヤナは、城に向かうサルタスの腕に抱えられて「お母さんお空飛んでるー」と言っているのが聞こえた。ヤナの方は怪我もなさそうだと少し安心する。

 

 市場を出て平民街を全速力で駆け抜け、自宅近くまで来た。周りをさっと見渡すと、うまい具合に人通りはない。シュウは、通常であれば決してこんな往来で見せる事のない技を使った。もう一本、今度は小さめの『見えない手』を出して鍵束を持ち、『手』に自宅の鍵を探させた上で鍵を開けさせ、ついでにドアも開けさせたのだ。セリーナをもう一つの手で抱えて中に入り、今度は小さい手の方でドアを閉める。


 基本的に、一度魔法(ちから)を発動している場合、更に重ねて発動はしない。本来は出来ない、のだが、実は裏技があり、同時にふたつの違うことを行なうには術者が異なる魔法の関連付けをしてしまえばいい。シュウにとっては『同じ』なので特別な事をしているつもりはないのだが。この技を見せると、周りがざわついて良い意味でも悪い意味でも面倒なことになるのが予想できるので、この事を知っているのはセリーナとサルタスくらいだ。


――右手と左手ってだけなんだけどね。


 子供の頃、いちいち動くのが面倒で魔法で物を取ろうとして出来てしまった、という物ぐさエピソードがあることは秘密である。


 ベッドにセリーナを寝かし、改めて怪我の具合を確認する。セリーナを看病してくれた市場の女性が言った通り大きな外傷はないようだが、確かに呼吸が短く荒い。


「セリーナ、苦しいのか?」


 顔色は青く、額には汗が浮かんでいる。


「前を開くぞ」


 そっと服の前を開け、胸の辺りを触ってみる。肋骨あばらが折れているのか、おかしな触感がある。心なしか、胸の高さが薄くなっているような。


 馬に正面からぶつかったと言っていた。その後馬車の下敷きになったと。


――肋骨が、肺に刺さっている?


 職業柄、怪我はするし周りにも怪我人は多く、この症状は見覚えがある。放っておくうちに治っていくものだという認識だったが、あれは屈強な男だったからであろうか。


 シュウがベッドの脇に膝をつき、セリーナの手を握っていると、ドンドン!! と玄関のドアが叩かれた。「隊長! 連れてきました!」というサルタスの声が続く。


「入ってくれ!」


 そう大声で呼びかけ、「ちょっと言ってくる」と目を閉じたままのセリーナにそっと声をかけて階下に急ぐ。


「おとーさーん!」

「ヤナ! 大丈夫だったか?」


 飛びついてきたヤナをサッと肩の上に乗せて、サルタスが連れてきた、これまで何度もお世話になったことのある王室付医療系魔術師、ルッカに向き合った。かなりいい年齢の小さな爺さんである。気難しそうな顔をしているが、いい人だ。


「急に呼び出して済まなかった、ルッカ」

「道中、サルタスから聞いたよ。あのお嬢ちゃんがまさか怪我とはね。様子は?」

「肋骨が折れているようだ。息が短くて顔色が悪い。上に寝かせている。こっちだ」


 2階に続く螺旋階段を先導する。ルッカもすぐにその後を追う。ふたりがバタバタと寝室に入っていく中、階上まで追従していたサルタスは、セリーナが寝かされている寝室には入らず廊下で部屋に背を向け、階下に目線を移した。

 

 ルッカが言う。


「触るぞ。怒るなよ」

「当たり前だ、怒るか」


 ルッカはふんと鼻を鳴らす。


「どうだか。お前が切れたらいくつ命があっても足りんからな、念のためだ」

「爺さんは殺しても死ななそうだがな」

「言ってろ」


 軽口を叩き合う。そうでもしなければ、耐えられない緊迫感が漂っていた。


 触診ののち、両手をセリーナの上からかざす。白い光がセリーナを包む。ルッカの魔法で、『正常でない』場所を探っているのだ。場所を特定したのち、『正常もとに戻す』のがルッカの医療魔法の正体だ。


 ルッカの力も、例の本に載せられるような珍しいものに違いない。


「……気休めはなしだ。肋骨が折れて、片方の肺が潰れている。もう片方の肺には、折れた肋骨が刺さって大きい穴が空いているな。こうなると、もう無理だ」


 シュウが、思わず息を呑む。


「ルッカ……! 何とか、何とかならないのか!?」


 ルッカがゆっくりとシュウを振り返る。眼差しは真剣そのものだ。


「お前は知っているだろう! 儂の力は、その者の魔力と体力を拝借して元に戻る手伝いをするだけだと!」


 今まで、何度も何度も同じことを聞かされながら治療を受けた。わかってはいる。わかってはいても、セリーナがいなくなるなんて、受け入れられない。


「わかってる! だから、聞いているんだ!」


 今にも泣きそうなシュウの声に、ルッカは、悲しそうに首を横に振る。


「……完全に壊れたものは治せん。なくなったものを新しく作れはしない。それに、元々セリーナの魔力量が少ないのはお前も知っているだろう?今はもう、息をするだけで精一杯なはずだ、使える体力ももう残り少ない」


 シュウの目の前が暗くなる。


(セリーナが、死ぬ? 僕の前から、いなくなる? そんな悪夢、あるわけがない。嘘だ……!)

 

 シュウをちらりと見やり、ルッカが続ける。


「今はもう、意識も朦朧もうろうとしているだろう。目が覚めることは期待するな。もっても今夜……だろうが、出来るだけ伸ばすことはする」

 

 そう言うと、「手を」とシュウに手を差し出した。シュウは、分からないままとりあえずヤナを横に降ろし、その手を取る。皺だらけの細い手だ。


 苦虫を嚙み潰したような顔で、告げる。


「お前の魔力を貸せ。手を離すなよ。潰れた方は無理だが、穴が空いている方の肺だけでも少しは持たせてやる」

「ルッカ……」


 再びふんと鼻を鳴らすと、挑むような眼つきで続けた。


「これをやると、儂の魔力も一時いっときからになる。お前の魔力と一緒に向こうに流れちまうんでな。もしも今夜国王が倒れでもしたら、儂では助けられなくなるぞ。その時はお前のせいにするからな」


 シュウの瞳から涙が一筋流れる。


「ルッカ……感謝する……」

「お前もきついぞ。覚悟しておけ」


 そうして、ルッカは自身の魔力を使い、再び魔法を使った。ぱあっと、先ほどよりも明るい光がセリーナの胸のあたりを包む。


――確かにこれは……持っていかれる……!


 きついが、全てセリーナのためだ。これくらい我慢できないはずがない。


 シュウが無言で耐えていると、ふう、と息をつきルッカがシュウの手を離した。ルッカの額には、じんわりと汗が浮かんでいる。


「どれぐらい足せたかは正直わからん。だが……なるべく早くハルナを呼んだ方がいいだろう」


 トントンと手で腰を伸ばし、ルッカがそう告げた。帰り支度を始めた。


「儂は帰って寝る。商売あがったりだ」


 シュウが玄関まで見送る。玄関を出て振り返らぬまま軽く手を挙げたルッカに、シュウは深く、深く敬礼をした。


 シュウがおもてを挙げると、横でサルタスも支度を始めていた。


「隊長、ハルナ様の元へは私が行きましょう。馬で行きます」

「サルタス……すまない」

 サルタスが薄く笑う。

「なにを今更仰ってますか。ハルナ様に馬を渡して、私は徒歩で戻りますんで」


 ハルナ様だったら久々でも馬の扱いなんて余裕でしょうから。


 そう告げると、サルタスは城に急ぎ引き返した。


「あとで食事を届けますから、ヤナにちゃんとあげるんですよー!」


 声が遠くから聞こえた。……できた側近だ。本当に。


 駆け寄ってきたヤナの肩に手を回し、走り去るサルタスを見送った。


「さあ、母さんのところにいこう」


 優しくヤナに声をかけ、パタンと玄関のドアを閉じた。

物語に少し動きが出てきたような気がします、が、実のところ、まだ花夏は風呂にも入れてない…


次回も引き続き回想編です。

お母さんのセリーナさんについて、もう少し語れたらなと思ってます!


明日も更新予定です〜(2020/8/30予定)

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