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ガヤの憂鬱

 ワタクシの名前はアルナ・フォン・アルゴノートですわ!

 腹違いの兄貴のおかげで、貴族の淑女として立派に育ちました。

 世間一般での貴族淑女として正しいかはわからないけど。

 

「お前ぶつぶつと何話してるんだ?」


「さぁなんでしょう?」


「まぁ言いたくないならいいけどな。なんかあったら言えよ?お前は妹なんだから」


 兄貴は情に厚い人間で、過去に虐げて酷い事をしていたワタクシの心配をしてくれたわ。


「兄貴は優しいのね」


「なんだ急に。気持ち悪いな」


「酷いわ!褒めただけなのに」


 でも仕方ないですわ。

 ワタクシは兄貴にそれだけのことをしたのだから。


 今から7年前に当たります。

 ワタクシは腹違いの平民の兄がいる事を知りました。

 魔力量の高さと、当主の座を得る為にアルザーノ魔術学園にワタクシの代わりに通わせて、時が来た時に処分するつもりでお父様は引き取ったと言っていましたわ。

 恥ずかしながら当時のワタクシは、お父様の愛人の平民との間に出来てしまった卑しい血を持つ忌み子として蔑んでいたわ。


「平民が同じ机の椅子に座らないでくださいましっ!」


「あの、でも僕はその、君の兄だからさ」


「オホホホ!面白い冗談を言いますのね」


 引き取られてすぐの食事の時に、ワタクシは兄貴と同じ食卓を囲む事を嫌がりました。

 お父様もお母様もワタクシの願いを聞き入れてくださり、それ以降一年間は同じ卓で食事を共に口にすることはありませんでしたわ。

 そしてこの対応は食事だけに関わらず、私生活から何から何までに続いたわ。


「平民の血が流れてる貴方にこの服は相応しくないわ」


「それは、お父様が買ってくださった------」


「そんなこと関係ありませんわ」


 服もビリビリに何枚も破いてしまいました。

 その他にも嫌がらせの数々を数えたらキリがありません。

 お母様はストレスの吐口に兄貴を使っていたようで殴る蹴るなどもあったようですわ。

 このヒャルハッハ王国では愛人を囲う事を推奨しているようですが、この国には愛人という制度はありません。

 だから横からお父様と身体を重ねた女性の息子の兄貴をさぞ恨みを持って接していたのでしょう。

 エルーザ陛下の旦那様に当たる元皇帝陛下は愛人をたくさん囲っているので、非合法でありながらも愛人を囲う事を暗黙の了解としているらしい。

 理解できませんけどね。

 後に聞いた話ですが、どうやらお金に困っていた兄貴のお母様が、前領主に懇願し税の徴収を遅延させて欲しいと懇願したところ、お父様の夜伽の練習をしたら許可するって言ったことが発端だったようね。

 しかしワタクシにはそんなこと聞かされたところで、平民だから仕方ないと、寧ろ貴族の子供を孕んでしまったことを悔いるがいいと、より一層に兄貴を虐げていました。

 そんなことを1年続けたある日、兄貴のお母様の様子が変わったのよ。

 それはいつものように朝食を食べようとしていたとき。

 

「さて、言うことを聞いたから、今は手を出すのはやめておいてや------」


「こ、これはなんですの!?」


 お母様が兄貴の前で倒れていたのです。

 

「どうしてお母様が倒れているんですの!お前の仕業ですね!」


「おぉ、愚妹にしては良い線ついてるな。母上、どうしてこの状況になったか教えてやれ。一言一句、虚偽の報告を言えばどうなるか、わかってるよな?」


 まるで別人でした。

 この日までの弱々しい態度の兄貴は一切感じられず、あまりにも別人過ぎて怖くなってしまった。

 そして他にも女性と動物を連れていれば、もう今までの兄貴は何だったのかと感じる出来事だったわ。


「平民が無礼ですわよ!」


「おい、母上?」


「ひっ!あ、アルナお辞めなさい!彼は兄でしょう」


「お、お母様?お前、お母様になにをした!」


「辞めなさい!今回は私が不手際でリアスの料理を片付けようとしてしまったからです。リアス、ゆっくり食事を楽しんでくださいな。そこのお嬢さんもごゆっくり」


 お母様が兄貴に対しての態度が目に余るのがうちでの日常だったと言うのに、その時はまるで何かに怯えたかのように逃げるように部屋を後にしたのよ。

 

「お母様!どうして平民の卑しい血を持つ彼の肩を持つのよ!」


「しっ!聞こえたらどうするのですか!」


「お、お母様?」


「どう言った心境かは知りませんが、あれは逆らいました。平民は野蛮な人種なのです。平民と喧嘩になれば、我々高貴な血を持つ者は野蛮人に殺されてしまいます。殺処分を検討しますから、アルナは少し自重しなさい」


「さ、殺処分!?」


 ワタクシは当時本気で兄貴を毛嫌いしてたけど、そこまでのことを考えたことはなかったわ。

 良いストレスの吐き口程度に思ってはいましたけど。

 お母様は無情にもお父様にこのことを伝え、お父様も暗殺者を兄貴に送ろうと検討してしまいました。

 しかしその計画はおそらく頓挫したことでしょう。

 ワタクシ達が行動するよりも先に兄貴が行動を起こしたのです。

 兄貴がお父様とお母様を、ミライちゃんがワタクシの3人の首根っこを掴んで不満が溜まった領民に突き出したのです。


「領民の皆様。今回はお集まりいただきありがとう

ございます」


「おいリアス、お前貴族に引き取られて随分偉くなったみたいだがわかってんのか!俺たちゃお前も含めたアルゴノート家全員に恨みを持ってることをよぉ!」


「もちろんさ。でもさぁ皆の不満をコイツらに伝えないとな」


「そのあとは好きにしていいんだな?」


 兄貴はその問いに応えることなく首を振る。

 ワタクシは何を考えているのかと怒鳴りつけたくなりましたけど、その手に武器を持つ領民達の血走った形相を目にしたら、騒ぐことすら恐ろしくなってしまいました。

 そして領民達からの罵詈雑言の嵐。

 それは何時間にも及ぶ物になりました。

 気がつけばワタクシは涙を流していました。

 お父様とお母様に聞いていた話と違っていたからです。

 平民は卑しい血を持ち、貴族がいなければ何もできない自分のことしか考えない貴族から金を摂取するグズだと。

 それは間違いだと気づいても遅いと言うこと。

 本来であれば領民達を虐げ、働いたお金を趣味に使いあさり、彼らが飢えてしまう原因を作ったワタクシ達は、彼らに命を取られても仕方のない事です。

 それが今まで自由に暮らしてきたツケなのですから。

 でもワタクシは死にたくない気持ちが勝ってしまった。

 貴族の人間の方が自己中心的な人間だと、自分の気持ちが証明してしまったこと、そして死にたくないと言う気持ちが、気がつけば目から涙を流してしまっていたのです。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 ワタクシはただ一人謝るしかありませんでした。

 お父様とお母様の目にはもはや生気が宿ってませんでした。

 しかしそんなの遅いのです。

 彼らが苦しむ前ならまだしも、苦しんで追い込まれて死を直面しているのです。


「ぁあ!?今更遅いんだ!栄養が足りなくて倒れた奴らもいんだぞ!そいつらにお前らはなにかしてやれんのか!」


 そう言う領民の言う通りでした。

 ここでワタクシ達を殺せば、しばらくは徴収されることなく食料を確保できるもの。

 領民の一人が持っていたクワをワタクシに振り下ろしました。

 ワタクシはもうダメかと目を閉じますが、いつまで経っても痛みは来ません。

 目を開けてみると、クワを柄を片手で掴んでいた兄貴が居ました。


「どういうつもりだリアス?」


「悪いな。確かにコイツらは、いや貴族は平民に対してとんでもないことをした。でもまだ取り返すチャンスはあるはずだ。頼む!コイツらにもチャンスを与えてやってくれないか?母さんの息子である俺からの頼みだと思って!」


 兄貴は平民達に頭を下げて懇願しました。

 元々兄貴も平民だったこともあって、領民達はみんな頭を掻いて目を見合わせています。


「チャンスって言ったって、今まで贅沢を貪ってたコイツらが俺らの為になんかできんのか?」


「それは無理だな。精々俺の補助くらいだろ。あとは領地経営くらいか。現状より少し良くなるくらいしかできないだろう」


「おいお前」


「だから俺が、この領地から飢饉から救う。すぐには無理かも知れないが年内に必ず!」


 今年もあと2ヶ月を切ったところです。

 そんな啖呵を切っていいのかと不安にもなりましたが、そこまで言われれば領民も頷くほかなかったようでそれぞれ自身の家へと帰っていき解散していきました。

 そして数ヶ月後には、兄貴は本当に飢饉の危機を解消してしまいました。

 森にいた動物を狩り、食べられる植物を図鑑で調べて取りに行きを繰り返し、僅か1ヶ月で領民達は余裕のある食生活を取り戻したのです。

 本来であれば魔物の襲来の可能性もあるので、簡単に森には入らないのですが、当時の兄貴はクレセントと契約もしていて問題もなかったようです。

 もっとも二ヶ月経ったくらいで、ジャイアントベアが現れた時に素手で討伐したのを見た時は、ワタクシは興奮を隠さずに恥ずかしながら飛び跳ねてしまいました。

 そこから領地は変わり始めました。

 一年で稲と言う植物を栽培し、年間を通して食料を確保することにも成功し、2年で食料以外の特産品に着手。

 今では街に発展するほど売れ行きのある魔道具の開発をするまでになりましたわ。

 その噂は他領にまで飛び交い、移住を希望する人たちもかなり増えました。


「お兄様すごいですわ!お兄様がいなければ今頃ワタクシ達はどうなっていたか」


「さぁな。案外どうにでもなってたんじゃねぇか?」


 兄貴は褒められると謙虚になる癖があります。

 普段は鼻高くして自慢げに自分のことを話しますのに。

 今もこうして頬を赤らめながら、そっぽむいて返事をします。


「そうだ、お前は次期領主になるんだから、俺に敬語はやめようぜ?」


「え、お兄様がなるんじゃないんですの?」


「いや?親父とそういう契約を交わしたからな」


「こ、こ、こ、困りますわ!お兄様の人気は今じゃ領民の中でもぶっちぎりですのよ!」


「別にそれと領主の座は関係ないだろー?それにお前だって領地での人気は高いぜ?」


 それはお父様が遠征に飛ばされて、お母様は領地経営で経済管理が忙しくて屋敷からあまり出ないだけであって、ワタクシの功績ではない。

 必然と会う機会が多い人の方が人気が出ると言うだけですわね。


「そうだ、お前が領主で、俺がその補佐をするってのはどうだ?」


「え?いやでもそ、それなら・・・」


 願っても叶ってもない申し出ではあった。

 ワタクシはこの短い間に領民同様、兄貴を慕うようになっていたのですから。

 嫁に出てしまっては兄貴と話す機会も少なくなると思っていましたが、ワタクシが領主になれば婿を取る形になって家から出ることもない。

 兄貴が補佐をしてくれれば、安心して領地経営もできるし一石三鳥の申し出だったのです。


「じゃあ決まりな。あとこれからはお兄様呼びはなしな」


「え!?でもそれならどう呼べば?」


「兄上?いや兄貴とかか、なんならおにい------」


「わかり------わかった!じゃあ兄貴って呼ばせてもらいますわ!」


 何か言おうとしたところでワタクシが兄貴と呼んで、兄貴は苦笑いしながらも頭をわしゃわしゃと撫でてくださいました。

 そして兄貴との関係は今でも良き間柄となっています。


「兄貴、いつもありがとね」


「なんだよ急に。まぁ俺は兄貴だからな」


 今もあの時と同じようにワタクシの頭を撫でてくださいます。

 どうかこの日々が長く続きますように。

一読いただきありがとうございます。

今回は妹アルナの回でした!

楽しんでいただけたなら幸いです。

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