第三皇子の婚約者の気持ち
私の名前はアルターニア・フォン・シャルネ。
ジノア様の元婚約者にして現婚約者ですわ。
私とジノア様の婚約は政略的な意味合いが強かったのだけれど、私達は互いに愛し合っていました。
だと言うのにジノア様ったら、少し前に兄君からの策略でシャルネ公爵邸で不貞疑惑をかけられてしまいましたの。
もちろん最初は私もドキッとするものはありましたわ。
なにせ、自身の婚約者と女性が一矢纏わぬ姿で、床に伏せっていたのだもの。
でもジノア様と幼い頃から共にあればわかることがありますわ。
彼はその現場にいたにも関わらず、弁明ひとつしませんでした。
それで私は彼が何者かに嵌められたのだと気付けましたのよ。
頑固ですからね。
自身が行っていない罪は絶対に弁明をしません。
自分の正義を疑ってないんですから笑えますよ。
でもその方向が間違った方向に進んでないからいいですね。
「思えばお父様には迷惑をおかけしましたわね」
庭の花を眺めながらつい言葉が出てしまいました。
その一件の他にもジノア様は貴族令嬢を食い物にしていると、数々の家の人間から声が上がります。
そしてジノア様の廃嫡が決まり、お父様は彼との婚約を正式に白紙に戻してしまいました。
あの状況ではお父様の反応が普通で、むしろ信じている私の方が異常ですもの。
しかし私は公爵家の一人娘。
政略結婚で婿を見つけなければいけない身でした。
お父様はすぐに婚約者を見つけてお見合いをさせたのです。
「ご機嫌様アルターニア嬢」
「ご機嫌様」
「本日はシャルネ公爵様のご好意によりお会いできて光栄に思います」
「そうですわね。私もニアズ侯爵令息様ににお会いできて光栄ですわ」
「これはこれは。アルターニア嬢は公爵閣下に似て聡明と聞いております」
「ふふっ、お上手なこと」
これはお見合いの一部風景です。
ニアズ侯爵令息の次男様と縁談でしたが、まぁ私やシャルネ公爵家を舐めていますわよね。
恐らく皇子に浮気された傷物と思って接していたのでしょう。
そもそも初対面で家格が上の人間に対して、呼び方が様ではなく嬢を使う時点で私を見下していることが窺えます。
その後も何度かお父様が縁談を組みましたが、どの殿方も同じでした。
しかもどの殿方も私の中身を見ようとはしていません。
シャルネ公爵家の娘の婿養子という地位が欲しいことを匂わせているのが腹が立ちますね。
領地経営に関わらない程度の次男くらいしか傷物の私と縁談は組めなかったのだから仕方ないことですが。
あまりにも縁談がうまくいかないこともあり、お父様と喧嘩にもなりましたね。
「いい加減にしろアルア!もうこれで20人目じゃないか!」
「えぇ、20人全員がシャルネ家を見下していて、私を公爵家の当主になるため道具と思っていますね」
「仕方ないだろ!お前は公爵令嬢なんだ!そういう目で見られるのも最初だけだ!このままじゃ生き遅れるぞ」
「ジノア様との婚約を勝手に解消しておいて!私はジノア様がいいのです!」
「犯罪者を公爵家の婿に嫁がせられるわけがないだろう!それに浮気者などお前の婿には相応しくない!」
「ジノア様は浮気なんてしてません!なんでわからないのですか!お父様の慧眼も堕ちたものです!」
「このっ!」
お父様が生まれて初めて私に手をあげようとしました。
私が目を瞑りましたが、その手は振り荒らされることはありませんでしたわ。
何故なら今にも射殺すような視線をお母様がお父様に向けていたからです。
「旦那様。もしその手を振り下ろしたならば、わたしはアルアと共に実家に戻ります」
「ラミア・・・すまない。カッとなってしまった」
「よろしい。アルアもよ。パルファムは貴女の事を思って縁談を組んでいるのよ。世間はどうあれ貴女は傷物として扱われてるわ。多少の事は多めに見て欲しいの」
お母様にそう言われて仕舞っても、引く事はできません。
「私はジノア様には深い事情があったのだと思います。そしてジノア様は必ず冤罪だった事を証明するはずです」
「そうは言ってもできなかったらどうするの?わかってる?」
お母様の言いたい事は、もしそれができなければ生き遅れの公爵令嬢として今よりも笑い物にされるという事でしょう。
でもそれでも構わないと私は思っているのです。
それだけジノア様と紡いだ時間はとても大事なものだから。
そんなのをどこからちゃちゃを入れた奴なんかの為に失いたくなんかない!
「わかりました。縁談を持ち込むのはひとまず止めましょう」
「おいラミア!」
「あなたは黙ってて!」
お母様が普段見せない声色の怒鳴り声に、私とお父様は萎縮してしまいました。
お母様は真剣な眼差しでこちらを見て、そのあとすぐに笑顔になります。
「娘が信じてるんだもの。わたし達も信じてあげましょうジノア様を」
「わかっているのかラミア?もしジノア様がやった行いが事実なら傷つくのはアルアなんだぞ?」
「女はそんなに弱い生き物じゃないわよ?それに公爵家の領地経営を貴方よりも担えるほどの頭があるアルアよ?いくら恋は盲目と言っても、アルアにしか見えない何かが見えたのですよ」
初めて勉強していて良かったと感じました。
領地経営は男の仕事で、女の仕事は社交会と貴族の社会では常識です。
しかし私はそんなつまらない常識に囚われたくなかったから頑張りました。
「むぅ・・・」
「何を唸っているの?いいでしょう?わたし達だってそうやって苦難を乗り越えて今までやってきたんですから」
「わかった!しかし条件がある!」
条件ですか。
恐らく期日の設定か、もしくは証明する為の手助けを行わないか、或いは証明するまでジノア様には近づかないようにするとかでしょうか?
「3年だ!お前が成人する15歳までにジノア様が真実を証明できなければ、持ち込んだ縁談を受け入れろ」
3年ですか。
短い期間ですが仕方がありません。
流石のお父様もこれ以上は折れないでしょう。
「わかりました。大丈夫です。ジノア様からやってくれるでしょう」
そういうとため息を吐きつつも、2人は安心していた。
今思えば、もっと安心できる一言もあった事でしょう。
私も反省する点が多いですね。
「アルア〜!おはよっ!」
「おはようございますジノア様」
無邪気に手を振りながら走ってくるジノア様。
私は彼が愛おしいですわ。
もう二度と彼と離れたくない。
彼は私の期待に応えてくれた。
今の私はちっぽけで何も手助けをしてあげることさえできなかった。
ジノア様もリアス様と言う強い後ろ盾を得つつも、自身の立場を確立させ、見事皇族に戻る事に成功した。
これからも彼の醜聞は流れていくだろうけど、それは私も支えてあげなくちゃいけませんね。
「浮かない顔してどうしたの?」
「いえ、お祖父様とお祖母様が迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「それはもういいって言ったよ?むしろ彼らがリアス達にちょっかいを出したおかげで皇族に戻るのが早くなって助かったくらいだよ」
私のお祖父様とお祖母様はガラン様・・・いいえ、セバスの息がかかっていました。
表向きは孫の婚約を破棄されて怒り心頭でジノア様に嫌がらせとしてアルバート様をけし掛けたと思っていたのですが、どうやら賄賂を渡されて応じてしまったようです。
それ以外にもセバスの指示の下、横領、殺人、禁忌魔法の使用等々、キリがないほどの罪状がかなり出ていました。
どうやら公爵だった頃から横領や禁忌魔法等には手を出していたようで、それが発覚した為に降格された様ですが、現当主のお祖父様な代まで続けていた様です。
我が血縁者ながら情けない限りです。
「本来であれば、私はジノア様の婚約者に相応しくありません。私は不甲斐ないばかりですので」
「アルアは関係ないよ!アルアとラミアさん以外のシーソルト家の人間が腐っていただけだからね!?」
ジノア様は優しい。
お母様は自分の実家の不始末は自分でつける為、シーソルト領の経営を引き継ぐ事になりました。
領民は文句を言えないほど疲弊しており、飢餓こそ起きていないものの、栄養失調等身体に異常をきたしていることがほとんどで労働力が足りません。
つまり本当にゼロの状態からの経営で苦労を要します。
労働力がない上に非健常者の面倒を見ないといけないこの領地に人が集まるとはとても思えません。
そういう意味でお母様は一生この罪を背負わなければならなくなったのです。
そしてそれはおそらく私の代まで続くでしょう。
「ジノア様がもし私と結婚してくださった場合は、公爵家の領地経営の他に、元シーソルト領の経営までしなければならないです。今からでも婚約をお辞めになりますか?」
「まさか!僕はアルアが好きなんだから、苦労なんて気にしないよ」
「で、でも・・・」
「それに元シーソルト領は近いうちに立て直るさ。とっておきの助っ人だからね」
ジノア様はそう言いますが、助っ人の方だって恐らく根を上げるでしょう。
借金まである領地のため給料すらろくに払えないのですから。
「実はアルゴノート領と提携して、領地の改革を行おうと思うんだ。侯爵領からは土地を貸す代わりに、そこで出た利益の半分をいただくという契約さ」
アルゴノート領と言えば特産品が次々と生み出され、男爵領だと言うのに移住したいと人気が出るほどのリアス様の実家の領地ですわね。
それを他の貴族はよく思っておらず、どぶさらいと蔑んでいました。
いくら他の人を蔑もうと、自身の経営難がどうこうなるわけじゃありませんのに。
しかしそんなまだまだ発展途上が留まらない領地から労働力を借りれるのはありがたい事なのですが------
「失礼ですが、いくらジノア様がリアス様と知己間柄だとしても、子息に領地経営が良くも悪くも傾く可能性がある様なことを簡単に可能なのですか?」
「ふふっ、リアスはすごい奴だからね。領地経営の細かい内容はアルゴノート夫人が担っているみたいだけど、他はほとんどリアスとアルナ嬢が行っているそうだよ」
嘘!?
私は思わず口を押さえてしまいます。
リアス様は長男ですしまだ分かりますが、令嬢のアルナ様までが経営に担っているとは思いませんでした。
公爵家ですら馬鹿にされることを、失礼ながら男爵家の令嬢が行うなんて信じられませんわ。
「君と似てるでしょ?アルナ嬢は」
「えぇ、驚きました」
「きっとこれからも驚く事になるよ。さっきアルアは簡単って言ったけど、簡単なわけないよ。無理言ってリアスの領地から借り受けるんだ。だから領民が満足する様な暮らしを保障させないといけない。ある程度の期間はアルゴノート家が労働賃金は出してくれるけど、いつまでも続けるわけにもいかないし、簡単なはずないよ」
「そうですわね・・・」
「それに実は僕、リアスにはまだ皇太子になれないこと言ってないんだ♪」
「え!?」
ジノア様がいくら冤罪だと発覚したとしても、それまで流れた醜聞が消えるわけじゃありません。
エルーザ様の威を借りて無理矢理戻してもらえたと中傷する方もいるでしょう。
だからこそ皇太子になることはジノア様には難しいと判断されたのでしょう。
でもそんな大事な事をリアス様に言ってないなんて!
「言い出せる状況じゃなかったんだ。だってその、僕の為に頑張ってくれたのに言いにくくて・・・」
「気持ちはわかりますけど、リアス様の魔術学園が夏季休暇になったらアルバート様と共に領地にお邪魔するのでしょう?だったら言わないと」
私はジノア様の両頬を掴み伝えます。
「リアス様なら嫌々ながらもきっと了承してくれますよ」
「うん。そうだね」
ジノア様はそこまで気の強い方じゃない。
そんなジノア様を今まで支えてくださったリアス様には感謝してもしきれません。
これからは私が支えていかなければ!
「こんな性格だから側近に裏切られてることにも気づかないんだ。直してかないと」
「そうですわね。でも完璧な人間なんていません。どこかしら足りない部分を補っているのです。ゆっくりでいいんですよ」
リアス様はきっと人情が厚い方です。
じゃなければいくら陛下の命だとしても、ジノア様に手助けなんてしませんわ。
きっとこれからもジノア様の手助けをしてくれる事でしょう。
でも私も負けてはいられません。
ジノア様の精神的安寧くらいは、私が支えてさしあげないと。
「ジノア様、お慕いしております。願わくば、天寿を全うするまで共に歩んでください」
「もちろん」
そして私達はそっとお互いの唇を合わせた。
一読いただき誠にありがとうございます!
今回から番外編に入ります。
番外編の間はリアス達はお休みです。
何話か続きます!
短いですが楽しんでいただけると幸いです。