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乙女ゲーのガヤポジションに転生したからには、慎ましく平穏に暮らしたい  作者: 茶坊ピエロ
二章 入学式と転生者の秘密
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蜘蛛の巣から落ちる獣

 英雄パーピルと浅知恵の蜘蛛総長スピカは、対峙してから数分間、お互いに出方を窺い動くことがなかった。

 さすがに時間を稼がれて困るのは敵陣に乗り込んだスピカであり、先に動く。

 風が吹くと同時に後ろへふわりと飛び上がった。

 

「ふんっ!」


「やはり英雄。我が国が煮え湯を飲まされただけあるな」


「見えない魔法に自信があったのか知らんが、その程度じゃ大して牽制にも脅威にもならん」


 スピカの魔法は見えない。

 その魔法を駆使して、ターニャ邸の襲撃の際に警備の人間が手も足も出ず、何をされたかわからないように殺した。

 今、それと同じ方法でパーピルにも攻撃を行った。

 しかし彼は英雄と呼ばれる男であり、実戦経験もかなり高い。

 見えなかろうとも、かすかに感じる音の流れと空気の流れのズレを読み取り、魔法を剣で弾いた。

 何度も攻撃を繰り返すが、その全てにパーピルは対応する。

 

「その程度じゃ終わらないだろう?」


「これも結構強みなんだがなぁ」


 そう言うと、不可視の魔法を解くスピカ。

 見えてきたのは宙に浮く剣だった。


「珍しいモノを使う。物体操作魔法か、空間操作魔法か」


「どっちでもないぜ。オラァ!」


 浮遊する剣はパーピルの横を通り過ぎ、別の方へと向かって行く。

 それは彼の仲間の捕らえられている牢屋の方向だった。


「なるほど、悪くない考えだ」


「俺達の目的は奪還だからなぁ!あんたを倒すことじゃねぇんだよ!」


「ふっ、そんなの当然だ。それを視野に入れてないはずがないだろう」


「オォォォォオ!!」


 牢の奥から、まるで咆哮のような音ともに剣が弾きかえってくる。

 それは剣に意志がないと言うのに、まるで怯えているようだとスピカは感じた。


「ほぅ」


 スピカは思わず嘆息が漏れてしまった。

 英雄パーピルのことを誰よりもよくわかっている王国の古参の人間たちは、口々に彼の印象をこう言った。

 百獣の人間だと。


「あのジジィたちが怯えてた理由がわかった気がするな」


 そしてスピカも冷や汗が止まらない。

 地下牢奥からのしのしと、重い足音を立てて歩いてくるのは、白い毛並みに立派な(たてがみ)を持つ獣の姿をした精霊。


「クラミツハ、ナイスだ」


「がぅ!」


「白い獅子か。なんともユニークな姿をした精霊だな」


 ユニークなんて軽口を叩いているが、その鋭い眼光はスピカにとって恐怖以外の何物でもない。


「クラミツハ、援護を頼む」


「がぅ!ガォォォ!!<百獣の威(ハイパーブレス)>」


 百獣の威(ハイパーブレス)は、ターゲットを硬直させるクラミツハの固有魔法(オリジナル)

 その姿にふさわしい、貫禄のある魔法だ。


「ぐっ!」


「ハァァァ!!」


 そしてその主人であるパーピルもまた、英雄にふさわしい剣裁き。

 身体が硬直しているスピカは、慌てて魔法操作で剣を動かす。

 剣と剣がぶつかり合う音は地下であることもあり、あたりに響き渡る。

 鉄と鉄のぶつかり合い、そして幾度も繰り返される攻防を制したのはスピカの方で、パーピルがスピカに斬りかかるあと一歩のところで硬直が溶けてしまった。


「おぉ、こわい。生きた心地がしなかったわ」


「安心しろ。フラメニックがどう言うかは知らんが、帝国に仇為した時点でお前の命運も尽きている」


「たかが、少し追い詰めたくらいで調子に乗るなよ!ヘルズファイア!」


 上級魔法ヘルズファイアがパーピルに襲いかかるも、パーピルは驚くことなく自ら炎に飛び込んでいく。

 そして次には炎を弾き飛ばし、その刀身に炎を纏わせていた。


「逆エンチャント」


「ざけんな!ライトニングスピア!」


 逆エンチャントとは、敵の魔法を自らの剣に付与する魔法で、こちらも上級魔法に当たる。

 しかし、ヘルズファイアやライトニングスピアと違い、一般的に知られてるような魔法ではなく、限られた人間にしか使えなかった。


「ライトニングスピアのキレは良いが、所詮ガキのライトニングスピア。威力は大したことがない!」


 ライトニングスピアをあっさりと斬り捨てるパーピルだったが、スピカは攻撃が落とされたと言うのに笑みを零していた。

 それに違和感を持ったパーピルだが、時は既に遅かった。

 パーピルの頬から軽く斬れた。

 頬から顎を伝って身体に滴る血を見て、やっとパーピルも自身の頬が切れたことに気づく。


「ライトニングスピアの後ろに剣か。考えたな」


「くっ、そこの白獅子が邪魔しなきゃ首を行ってたのによぉ」


 白獅子の無言の牽制により、精細さを欠いたため、軌道がズレた。

 それがなければ、パーピルは今ごろ胴と頭に切り分けられていたことだった。


「けどまぁ、俺はどっちでも良かったんだけどな」


「なにっ?」


「あんたはもうそこから動けない」


「ふんっくだらん」


 動いた瞬間、パーピルの首を三角形で囲うようにピンと糸が張り巡らせた。

 暗闇の中で気づかなかったパーピルだったが、剣が彼の横を通り過ぎるたびに、足元に糸が落ちていた。

 どんなに繊細な感覚を持っていようとも、剣が浮いている中、落ちていく細い糸を認識するのは難しい。


「いつの間にこんなモノ?」


「いいだろこれ?俺は空間操作魔法を覚えた時に、この組織名にふさわしい技を考えついたんだ。蜘蛛の巣(ハンターズテリトリー)!かなり細いが、こいつはピアノ線で、振動してんだぜ?この意味、わかるだろ?」


 時に糸は鉄をも切り裂くほどの切れ味になることがある。

 糸は力のかかる範囲が限定されるためであり、振動させることにより人間の肉体は簡単に裂けてしまう。


「その程度で動きを封じたつもりなら浅はかと言わざる得ない。浅はかな蜘蛛に名を変えたらどうだ?」


「負け惜しみか?この糸は魔力によく馴染む糸でな。故に魔法で引きちぎることは不可能に近い。更にさっきのライトニングスピアが当たったことで、電力も帯びてる。触ったら傷から感電で、肉体は大変なことになるだろうさ!まぁ傷口は塞がるだろうから、安心して四肢でも切られちまいな!」


 これで集中して仲間を脱獄させることができる。

 先程の剣を吹き飛ばす咆哮も、下手すれば巻き込んでしまう可能性があり使えない。

 ゆったりと、横を通り過ぎようとする。

 強者の余裕というやつを見せたのだ。


「英雄のあんたが死ぬ気で俺を止めるメリットはないしなぁ。ここでこうするだけで、俺は勝利したってわけだ。精霊さまさまだねぇ」


 しかしここで黙っているのなら、そもそもパーピルという男は、英雄などと呼ばれては居なかっただろう。

 振動の起きた糸を鷲掴みにした。

 当然、掴んだ部分からは溢れんばかりの真っ赤な血が、野水のように溢れ出る。


「あがぁぁぁあ!」


「なにを、してる?」


 一体なにを考えてパーピルが糸に触れているのか、全く理解ができないスピカ。

 振動する糸がどれだけ鋭い凶器になるかは、大人ならわかるはずだ。

 それこそ峰の無い剣を素手で鷲掴みしてるのと大差ない行為だ。

 そんなこと、子供だってやらない。

 好奇心で触ることがあっても、鷲掴みなんて絶対にしない。

 だからスピカは少しだけ対応が遅れてしまう。

 スピカの絶対的自信のある蜘蛛の巣(ハンターズテリトリー)が破られることがないと言う、自尊心にかまけてしまった。


「ふんっ!」


「あ、あえ!?」


 人間は理解のできない事象に出会うと、思考を停止し恐怖や畏怖と言った念に捉われてしまい、動くことができない。


「惚けるな!はぁぁあ!」


「うっぐぁぁ!」


 パーピル自身、両手は切断こそしていないが今にも引きちぎれそうな状態だ。

 しかしそれでも彼は剣を握りしめて、スピカに斬りかかる。

 本当にあとコンマでもスピカが我に帰らなければ、この場で命は尽きていただろう。

 致命傷にこそ至らなかったが、それでも傷は決して浅くない。

 今すぐに治療しなければ大変なことになると言う状態だ。


「ばかな・・・素手で俺のいと------ぶふっ」


 そして不幸にも、このタイミングで脇腹に大きな傷ができる。

 フラメニックとルヤの闘いで出来た傷を、監獄地獄(ヘルズプリズム)によって移されてしまった。

 これ以上剣が持てる状態でないパーピルは、いつもなら闘いの邪魔をされたと憤るところ、感謝しかない。

 そしてスピカ自身、これ以上の戦闘継続は危険と判断し撤退の意思を見せる。


「なにをしたかは知らないが、脇腹にまるでライトニングスピアが突き刺さったかのような傷を、知らないうちに負わせるとはな・・・」


 失血により、意識が朦朧とする中で悪態をつくスピカ。

 パーピルは笑っている。

 それこそ戦闘継続しようと負ける気はないと言う、強気な姿勢だ。

 

「逃げるのか?どのみちお前は我が帝国に、王国の諜報員として忍び込んだという事実は知れている。帰国したところで命はないぞ?」


「さて、どうかね。その手の傷では、いくら聖女の魔力と言えど、すぐに治療は済まないはずだ。俺は英雄を潰した王国の英雄になるだろうよ」


 スピカが言っていることは負け惜しみでしかない。

 実際彼の失態は計り知れない。

 いくら英雄パーピルを無力化していたとしても、この帝国には魔物の軍勢を歯牙にもかけない人間が残っている。

 パーピルを無力化して喜べる段階は、最早過ぎているのだ。

 大事な精鋭部隊を、副総長も含めて4人も失い、費用もかなり掛けた魔物大量発生(スタンピード)も被害は最低限であり、費用に見合わない結果となってしまった。

 例え国に帰ったとしても、叱咤こそあるにしろ、褒められることや、まして讃えられるなんてことは絶対にない。


「自動操縦にして剣を二つ置いていこう。満身創痍なあんたはどうなるかね!じゃあな!」


 そういうと、浮かび上がる二つの剣が、彼の闘争とともにパーピルへと襲いかかる。


「ふんっ、オレ一人ならどうにかなっていたかも知れないが、オレにはクラミツハがいるんだ」


「ガァォォオ!」


 咆哮と共に剣は天井と地面に突き刺さる。

 それと同時にパーピルはクラミツハにもたれかかる。


「追いかける気力はねぇなぁ」


「がぅ!」


「悪いなクラミツハ。オレを背負って医療施設まで向かってくれ。オレは少し寝る」


 そういうとクラミツハの背で寝息を立て始めるパーピル。

 腕の深い傷は本人は顔に出していないが、意識を手放すほどの大怪我であり、再び剣を持てるかどうか一刻を争う。

 それ故に少しでも無駄な動きをしない為に、自ら意識を手放した。

 絶対的に信頼しているクラミツハに任せて。



 スピカは難攻不落と言われた、帝国の地下牢をなんとか抜け出し、ヒャルハッハ王国の国境に向けて、歩みを進めていた。


「あぶねぇ、フラメニックの他に女帝エルーザまでいるとは」


 スピカはパーピルの治療をさせない為に、せめて医療施設を潰そうとするが、フラメニックとエルーザが居たため断念した。

 スピカは彼らのいうところの精霊共鳴(レゾナント)により、魔力が強化されているが、それでも炎の上級精霊であり、獄炎の豚と恐れられるヘビモスを使役するエルーザ相手に、深傷を負ってる自身が勝利をもぎ取れると思うほど自惚れては居なかった。


「医療施設が出口から遠くて助かった」


 帝都は混乱の嵐で、そのおかげもあって国境へと続く道の手前へ誰にも気づかれずにたどり着いた。

 そこでスピカは言葉が出ない光景を目にする。

 ヒャルハッハへと続く道は森で覆い隠されていたはずなのに、今はその森は無く、帝都からヒャルハッハとライザーの国境が見えるほどになっていた。


「ははっ・・・これやったのは、化け物達だと思いたいな」


 ただでさえこの光景を作れる人間は脅威だ。

 もしこれを作った人間が、魔物大量発生(スタンピード)を足蹴にした者と別の人間だとしたらと思うと、今更ながら背筋が凍る思いをさせるスピカ。

 更に腹に穴も空いていて、応急処置したとは言え気分が悪くなったので木の影で休む。

 そこで、帝都の学生達が馬車で避難誘導をしてる光景が目に入る。

 イルシアを含めたアルザーノ魔術学園の生徒だ。

 その生徒にチャチャを入れるチンピラ騎士がいた。

 自分が起こした事態だが、こんなときになにを考えてるんだと王国の人間としてはなんとも言えない思いになる。


「おい、ガキども。あとは俺たちが引き受けてやる」


「無礼な奴だ。お前所属は?」


「あぁ?ガキは知らなくていいんだよ!とっととどけやオラァ!」


「全く、お前みたいのはどこにでもいるよな。全く貴族は少しはリアスを見習え」


 イルシアは呆れながら手を挙げてやれやれと首を振る。

 騎士も爵位を持つ貴族であり、この事態に貴族の子息は絶対に避難誘導を行わない為、平民の生徒しかいないことを確信してこの男は近づいたのだ。

 手柄を奪いのし上がる為に。


「とっとと失せろ。お前みたいのに任せたら、民間人になにがあるかわかったもんじゃない」


「あぁ?平民風情が調子に乗ってんじゃねぇぞゴラァ!!」


 騎士が拳を振り下ろす。

 しかしその手は届かない。

 一人の少女が、その振りかぶる腕を受け止めたからだ。

 リアスの妹アルナだ。

 

「騎士がそういうことするものじゃなくってよ」


「ぐっ、この!離しやがれ!」


 スピカは黙ってその光景をみていた。

 というより恐ろしくて目が離せなかった。

 受け止めたアルナには目もくれず、肩に乗っているイタチが彼をじっとみているからだ。

 彼は恐怖のあまりゾッとする。

 目を逸らせば確実に殺られる。

 そういう気持ちにさせる獣を初めてみたからだった。


「この生意気な女ガァ!」


「はぁ、結局暴力に走る。あなたは騎士に相応しくないですわ」


 剣を振り上げる男に恐れることなく、回し蹴りで鮮やかに手を蹴り飛ばして、剣を弾きかかと落としでへし折った。

 本来、アルナはイルミナほどみっちり訓練してないが、リアスの指導を軽く受けている為、そこいらの騎士程度は歯牙にも掛けない。

 ましてや自分の出世欲に目がない騎士などに負ける道理はなかった。

 そしてスピカはその光景をみて------

 

「喋り方と振る舞い的に貴族令嬢。にも関わらず得物を持つ騎士を、夜会で踊るかのようにさも当たり前に剣を蹴り飛ばすとは・・帝国はこれほど戦力に特化した教育を施しているというのか」


 盛大に勘違いを起こした。

 ライザー帝国自体は、前皇帝の所為で貴族は腐りきり、戦力自体はあまり多くはなく。アルザーノ魔術学園を真面目に通って卒業して爵位を継いだ者に、国境の警備を執り行ってもらっていた。

 現状では、皇帝の幼馴染み達やリアスといった一部規格外を含めたとしても、ヒャルハッハ王国の全戦力と互角になる程度だろう。

 しかしスピカの目にはそうは映らなかった。

 つい数ヶ月前は、脆弱な国が魔物に蹂躙される姿を想像して高揚していたというのに、気づけば自身が蹂躙されるかもいけない立場になっている可能性もあることに、忘れて奢っていたのだ。

「あんなイタチに構ってる場合じゃねぇな。早く報告に行かないと」


 痛む傷口を抑えながらふらふらと立ち上がるスピカは、このことを報告する為にヒャルハッハ向けて歩み出した。

 後に彼は強敵としてリアスの前に立ちはだかることになるのだが、それはまた別の話。

一読いただきありがとうございます!

夏休みリアス達は満喫し、次回からは後書き登場です。

楽しみにしている方はお楽しみにw

更新頻度落ちて申し訳ございません。

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