獣の猛攻(エンペラーリッチ視点)
なに!?
なによこいつ!?
「はぁ!ゾンビ風情が大したことねぇなぁ!」
「貴方こそ、性格変わり過ぎじゃ無いかしら?」
「あぁ!?」
拳の一つ一つが痛い!
拳を交差させて彼の拳を受け止めれば、腕が拉がれる。
逆方向に曲がってはいけない曲がり方をして吹っ飛ばされる。
他のアンデッドと違って肉体が離散しないのは、単純にこの身体が強いからだわ。
「危険ね。ドラゾン!」
「承った!」
死神のドラゾンが庇うように前に出る。
彼はわたしが生きている限り不死身。
けれど不死身だからと放置していれば殺される可能性もある。
そもそも生命体として死んでるのだから、わたしの庇護が無くても生きてはいけるのよ。
しかし死神は為す術もなく彼の拳によって爆散する。
どれだけ身体能力が上がってるの?
拳一つで霧散するほどの身体強化なんて、リサナの記憶にはなかった。
「あぁ!死体じゃ乾キは満たされねぇ!あぁ、テメェも死体だったなぁ!」
「ッ!イグニッション・レイ!」
「しゃらくせぇ!」
イグニッション・レイが彼の拳一つで吹き飛ばされた。
あれは一体なに!?
エンペラーリッチに進化して尚、理解できないものに出会う事になるとは夢にも思わなかった。
「ふふっ」
「んだぁ?」
「うふふふふふ!」
理解できないもの。
知恵の探求者たるリッチにとって、これほど面白いものはない。
わからない事が、わからないってこんなに楽しいのね。
齢数日のわたしにしか楽しめない何かがある。
こんなに楽しいことはないわ。
「グラビティアース!どうかしら?貴方の魔法よ?」
「あぁ!?こんなチンケなのが俺の魔法だぁ!?面白いこと言うじゃねぇの!」
グラビティアースはこの少年の魔法を見様見真似でコピーした魔法よ。
重力を操ると言う強大な力を使うこの魔法は、かなり興味深い。
でもそれ以上ね。
「重力が俺を縛り付けられっか!ライトニングスピア!」
ライトニングスピアを唱えると同時に、彼がその場で爆発する。
グラビティアースも霧散した。
「ライトニングスピアを暴発させて、魔法が干渉し合う特性を活かして消し去ったってとこかしらね」
「よそ見すんなよ!」
「問題ないわ。イカロスマーキュリー」
この雷、風、土、水、火、光、幻、無属性のどの属性でもない魔法属性はすごいわね。
無属性のように特徴的な魔力の質がないわけでもないのに、他の属性とは違い色々な魔法に干渉できる属性。
今の彼も興味深いけど、あの彼もまた興味深いわ。
この属性をどうやって見つけたのかしら。
「ちぃ!離せこの野郎!ブレイズファイア」
「その程度の魔法でどうにかできると思ってるのかしら?ボルテックランス」
中級魔法のブレイズファイアがボルテックランスが拮抗するはずもない。
そう思っていた。
「なんだぁ?あめぇなぁ!」
「なにっ!?ボルテックランスを押し戻す!?」
中級魔法が最上級魔法を上回るなんてありえない。
それならば括りがつく必要がなくなる。
「あはっ!どんな手品を使ったかわからないけど、面白いわね!」
魔力量が桁違いにだったわ。
それこそこの世の魔力が集合したような魔力量。
彼の魔力自体、わたしと三日三晩闘って尽きる様子がなかった。
しかし今の彼も同じではあるけど、魔法の威力が天地だ。
確かに彼の使う魔法は特殊な性能で強力だけど、今の彼は純粋に火力が高い。
「あぁ、ほしいわその身体♡殺したわたし達の仲間入りにしてあげる」
「テメェの血は俺の渇きを潤わせる」
そこから動き出しは向こうに軍配が上がる。
わたしの腕を掴み取り、ぐしゃりと握る潰す。
しかしそれは相対の範囲内。
予想を超えてこない。
痛みなんかアンデッドにあるはずないのに。
「ゼロ距離ならどうしよもないわよね?ボルテックランス!」
「ハァァ!カッ!」
声だけで最上級魔法を消し去るか!
面白いわね
しかしそれと同時に彼の口から血が溢れてきた。
「最上級魔法の咆哮は喉が耐え切らなかったみたいね」
「アッガッ!」
再生能力自体はないようね。
なら残念だけど最初から勝負は決まっていた------
「ペッ!」
「ッ!?」
思い切り口から放出された、頬を掠る彼の血液にすらダメージがある。
一体どう言う手品かしら?
確かに彼自身、それなりの体術は会得していたけれどこれほどじゃあなかった。
今とさっきまでの彼の違いは何?
わたしは彼の頭から足先まで見る。
彼が変わった点はただ一つ。
「そのマフラーかぁ!」
「チッ!」
彼の舌打ちからもどうやら正解のようね。
だとしたらあれを奪えばわたしもあれだけの力が?
ふふっ、いまから楽しみだわ!
「だったらそんなのは簡単なのよ!ブレイズファイア!」
ブレイズファイアと魔力量の分配を同じにすれば複合魔法というものができる。
そこに同じ魔力量のウォーターカーテンを混ぜる。
発生するのは水蒸気。
煙幕よ。
そしてこの煙幕の中でも、相手の魔力を可視化してみえるリッチには大した不可視の効果はない!
向こうはこっちを見失ってる。
貰いよ!
「あめぇよ?」
声を聞いたときには遅かった。
マフラーを掴むと同時に奴もわたしの腕を掴んでいる。
そして喉が潰れてるはずの彼がなぜ喋れるのか。
照らし合わせた答えは------
「マフラーが本体・・・」
「あぁ。今の俺はテメェらと同じ肉体と魂が別になってんだよ」
リッチやアンデッドは死体に、魔力の奔流と偶然が積み重なることで魂が生まれて存在する。
しかしそこには元の魂がない事自体が前提になる。
元の魂があれば互いが反発しあって消滅するから。
「どうやってその身体に?まさかこの身体は死んでいるの?」
「残念ながら生きてるぜ?それは今からテメェが体験する事でわからぁ!」
次の瞬間、頭に流れてくる数々の記憶。
しかしそれはリサナと言う生前の記憶が脳にインプットされてるものとは違う。
正真正銘、魂に刻まれた記憶。
しかも悪い意味で。
「ほぅ、流石は魂の存在キングリッチ。まだこいつに流した魂の十分の一も流してないのにな」
10パーセント!?
彼の魂構造は一体どうなってるのよ!?
これでも思考ができるくらいには魂を維持できるけど、それでも気持ちが悪い。
「100パーセントならどうだろうなぁ!?」
頭が割れる!?
あぁ、ヤバい。
恐怖,憎悪,憤怒,絶望,殺意と言ったありとあらゆる魂に込められた負の感情が、エンペラーリッチの魂を砕こうと流れ込んでくる。
まるで湖に向かって、決壊して氾濫する川のように。
マフラーから手を取ろうとするも、彼が腕を離そうとしない。
腕を離さないので咄嗟に腕を切り離して距離をとった。
「ハァ、ハァ、ハァ。なによ、これ」
思わず倒れ込んでしまったのは仕方のない事。
しかし彼はそんなわたしに容赦がない。
「休んでる暇なんかねぇぞ三下!」
頭を潰すために踏みつけてくる足を転がる事で避ける。
それを何度も続けると壁に突き当たった。
殺られる!
「ドラゾン、クビナシ、ピール!」
死神とデュラハンとヴァンパイアの名前を呼んだ。
わたしは、妾は皇帝だ。
そんな妾のピンチに駆けつけるのは臣下として当然のこと。
そして3体は同時に彼を吹き飛ばした。
「ったくなんつーもんと闘ってんだ」
「無事か皇帝」
「助かったみたいでよかった」
「気をつけろ。奴は俺達を一度、拳一つで滅ぼしましたのだから」
助かった。
魂が壊れかけるなんて思わなかった。
精神魔法かなにか?
いや、あのマフラーに触ってから10秒ほどでそれは起きた。
そして彼の口調や雰囲気が変わったのも10秒ほど。
なるほど、あのマフラーを装備扱いになったわけか。
そしてあの魂の奔流に耐えられる者が装備の資格があることになり、奴に身体を貸し与えるってところかしら?
「助かったわ」
「だからあめぇって言ってんだろ!」
瓦礫の一部をドラゾンとピールの頭部に直撃され、脳髄ぶちまけて弾け飛ぶ。
クビナシだけは頭部がない為狙われなかった。
「俺を狙わないとは余裕だなぁ!」
「わざとだ馬鹿が!」
クビナシの腹部に膝蹴りが直撃し、内臓が弾け飛ぶ。
その内臓が妾めがけて飛んできた。
「アンデッドすらも武器にするとは!」
「これで終いだ!」
「そうだな。さっきが妾を仕留める最後のチャンスだったと言うのにな」
これで終いは妾ではなくこいつ。
妾は彼を蹴り飛ばしながら少しだけ飛び上がり、宙に舞う。
そして空中で固定される。
ドラゾンとピール、彼らは頭だけになりながらも妾の前を守るように浮き上がってきた。
再生されるのにもう少し時間はかかるのでしょうね。
「下がりなさい。ここからは妾の仕事」
死霊魔法で奴らの仲間の殺した彼をアンデッドに変える。
これで彼が巻き込まれても問題はないわ。
実力もかなりあるようだし、Aランクくらいにはなって欲しいわね。
「ボルカニックマグマで決めるわ」
「俺がさせると思う------か!?」
アンデッド達を彼にまとわりつかせた。
これで彼も終わり。
一瞬で隙を作ったのが命取り。
魔法を発動する時間も稼げたし、これで終わりよ。
「ボルカニックマグマ!」
そしてこの範囲は倒れてる奴の仲間も含まれている。
デスストリークが塞がれた理由はおそらく、マフラーの彼が魔法を防いだから。
しかしそれは別に宿主だけでよかったはず。
なのに彼の仲間も守った。
そこから示される答えは------
「チッ!」
「やはり仲間のところに動いたわね」
おそらく彼の魂と元々の身体の魂は一心同体なんでしょう。
そして先程アンデッドとして蘇った男が死んだとき動揺した。
彼一人を守っても魂として終わる可能性もあった。
魂が死ぬ条件が、肉体的な死を迎えると同時とは限らないもの。
「残念よ。妾と其方では、器が違った。それが主の敗因よ」
ボルカニックマグマは摂氏1000℃弱。
マグマに近いからこの名がついたらしいわ。
まぁ全部リサナの記憶から持ってきたから知りはしないのだけどね。
これに飲み込まれれば人間はタダじゃ済まない。
終わりよ。
「敵の生存を確認しますか?」
ピールが生存確認をしてくるけど、妾にもプライドはある。
確認なんてチンケな真似はせん。
それに生きていたのならまた殺せばいいだけのこと。
「いいわ。死体はどうせないもの」
「そうですか」
「クドイわ」
ピールの心配する気持ちもわかる。
しかし矜持がそれを許さない。
リサナと言う魔王妃だった頃の人間の記憶がある所為か気にしてしまう。
それもまた心地がいい。
「貴女たち三人もよくやったわ。彼らを返り討ちにしなければ、妾が相手をする羽目になった。感謝している」
「そんな、畏れ多い」
「また頼ってくれや」
「口の聞き方がなってないな。お前を殺す」
「冗談通じねぇなドラゾン」
「勝利の余韻に浸るな。次はこの国を攻め落とす。そしてこの国の人間全てを臣下に加える。心してかかれ!」
「「御意」」
そして3体は各々と各地に散っていく。
他のアンデッドも同様よ。
残るは先程アンデッドにしたこの人物。
生前はかなりの腕前だったからそれなりに働いてくれるはずだわ。
「アルジ、ゴメイレイヲ」
「そうね。貴方の初仕事は何がいいかしら?あ、そうね。貴方の使命はこの国の一番偉い人物を仕留めることよ」
この国は王制度かしら?
それても皇帝?
はたまた平民から代表を選ぶ共和国?
なにかはわからないけど、彼は質問の意図がわからないのか首を傾けてる。
「一ついいことを教えますよ。彼はこの国の守護者である聖女の付き人、つまり聖騎士ですよ。そしてこの国は共和国であるけど、大統領が王のように振る舞ってる。だから王を殺せと命じれば、それで解決ですよ」
先程主人を裏切った聖獣が告げてくる。
なるほど、聖騎士に狩られる王とは中々面白いわね。
「ふーんなるほどね。だったら王を取ってきなさい」
「カシコマリマシタ」
カタコトなのが妙に気になるわね。
ドラゾンもクビナシもピールも最初からSランクだったのに。
いや、そうだ。
名前をつけてなかったわ。
「名前をつける------わ?」
「行ってしまいましたよ。戻ってくるまでどうするのです?」
そうね。
ただの蹂躙劇も面白くないわ。
少しでも抵抗して妾を楽しませてもらおう。
「聞け!たったいまこの国はアンデッドの軍勢により攻め込まれた!生き残りたければ武器を取り戦え!それが貴様達の生存を伸ばすことになるだろう!」
この国全てに聞こえるように声を放つ。
それが鼓舞だと捉えたようで、国が揺れそうなくらいの咆哮が国中に響き渡った。
「面白いな。敵の声で鼓舞される人間というのも」
「この国の人間はそれだけ頭が悪いということです」
「ははっ、国の守護者の一部が言うと説得力はあるな!さて、妾もアンデッドを操りこの国を崩壊へと導こうではないか」
さぁ、この国が死の国になるのももうすぐだ。
妾を楽しませられる人間がいると願おう。
「ふふ!ふははははは!」
一読いただき誠にありがとうございます。
今回はリアス達はお休みです。
次回をお楽しみに