幕間:バグバッドに派遣されたアマゾネス③
リアスとサンドラが闘っていたその頃、バグバッドではアマゾネスの三名とジャベリンが大統領とこれからの事と事態の収集にどう取り組むかを相談していた。
「と言うわけでして、あのアンデッドの群勢は我々では手に余ると判断しました」
「そうか。彼の有名なレアンドロ様の精鋭部隊でも無理だと言うのならそうなのでしょう」
「差し当たりまして、避難活動に我々は参加したいと思っております。また避難の際にアンデッドの群勢が到達した場合の時間稼ぎも致しましょう」
この状況で見捨てられてもおかしくないと言うのに、まだ助けてくれるのかとバルベーコンは驚きを隠せない。
しかしドゥーナにも思惑があった。
彼女の仲間のドロデアはこの国の民を見捨てることは許さないと言う。
さらに加えて、この場で逃げて仕舞えばそれに越したことはないが、もし逃げずに国
ドロデアの不況を買わずに、バグバッドに恩を売れるならそれに越したことはないのだ。
「それはありがたい。ですが、避難誘導は難色を示す事にございましょう」
「どういうことでしょう?」
「我々は共和国なのです」
あくまで国家間の橋渡しとして代表が必要な為に大統領としてバルベーコンが就任しているが、彼にこの国をどうこうする権限はない。
いや、彼自身にはあるが共和制である以上、彼一人の意見ではどうすることもできない。
しかし共和制ではない国の出身のドゥーナにはその意味が理解できなかった。
「どうして共和国であることが、避難誘導が難色を示すと言うことに繋がるのかしら?」
「我が国は絶対君主や王のいる国とは違い、非常時といえど民達の意見が尊重されます。この国の人間は愛国心が強い。そして故郷を捨てて生き延びようと言う提案を私がしたとなれば、それは批判され私は糾弾されることでしょう」
ドゥーナはその命と国を天秤にかけると言う考えに酷く非効率だと感じた。
命あっての物種とはよく言ったもので、生きてさえいれば国だって復興できる。
確かに復興にお金や時間が掛かるが、人生の時間をそこに費やすと言うのは馬鹿げている。
「だとしてもこの国は一度放棄すべきです。はっきり言いますけど、この国がアンデッドを迎え撃つとしたら------」
「えぇ、確実に滅びますね。わかっています。ですからまずは民の意見を聞くことから始めましょうか」
ドゥーナは舌打ちした。
文化の違いがここまで会談に難色を示すとは思っていなかったのだ。
自分の命より大切なものは確かにある。
でもそれは自身の尊厳だったり、大切な人の命だったり、少なくとも土地を守る為に賭ける物じゃない。
アンデッドの大半は自由意志を持たない烏合の衆。
例外も確かにいるが、それでも大半は自由意志がない為、逃げ出した生存者を全滅させると言うことはしないだろう。
これが人間同士の侵略戦争ならまた話は変わるが、少なくとも今現在は確実に敵わぬ脅威で闘争手段があるのだから、逃げるのが正気の人間の選択だ。
「この国が何故我が国と同盟を結ばなかったのかわかったわね」
バルコニーへと外へ飛び出すバルベーコンを見ながらそうつぶやくドゥーナ。
ヒャルハッハとは考えが合わないと言うことだけはよくわかったのだ。
聖女自体がどう言った考えをしてるかわからないが、少なくともこの国の思想に寄っている事は確かだろう。
「ご主人様の為だもの。多少のストレスは多めに見るわ」
そしてドゥーナもバルコニーへと続く窓のところまで歩いていく。
バルベーコンの補佐たる人物が、バルコニーにあるシンバルを大きく二度鳴らした。
シンバルを一度鳴らすのは大統領演説の呼びかけ、二度鳴らすのは緊急事態の呼びかけ、三度鳴らすのはこの国が滅んだと言う呼びかけだ。
緊急事態の知らせを受けて、バグバッド共和国の国民達が一斉に大統領府へと集まってきた。
「バグバッドを愛する諸君!バグバッド共和国大統領バルベーコンだ。先程国の外れにでアンデッドの魔物大量発生が発生した。そこで私から二つの提案がある」
バルベーコンは一度深呼吸を吸った後に、大きな声で叫ぶ。
「この国を捨ててアンデッド達から逃げおおすか、それとも死ぬとわかっていても迎え撃つか!」
ドゥーナは開いた口が塞がらない。
百歩譲って国民からの反対の声があったならまだ迎え打つのもわかる。
しかし大統領自らがその選択を視野に入れるのは到底受け入れられるはずもない。
この瞬間、ドゥーナは少なくともバグバッド共和国は見限った。
レアンドロから受けた命令はあくまで聖女の確保。
この国の安否など二の次だ。
ここで国民達が逃げると言う選択をしたならば話は変わるだろう。
しかしこの国に来たばかりのドゥーナと、大統領を務めるバルベーコン、そのどちらが言うことが正しいかは火を見るよりも明らかだった。
「まずは国を捨て逃げおおす選択を取るもの!」
そこには手を挙げるものがいた。
子供が二人いる夫婦だった。
この状況で手を挙げるものがいた事にもドゥーナは驚く。
そして見所もあると。
「そうか。君達が逃げる選択肢をしたなら止めはしない。逃走の補助をしてくれる協力者がいる。あとで大統領府まで足を運びなさい」
「は、はい。申し訳ございません」
「良い。それでは他の皆は迎え撃つと言うことで相違ないな!」
「「ウォォォォォ!」」
民衆からの大喝采が鳴り響く。
この国に正気の人間はたった4人の家族だけだと言う事をドゥーナは残念に思った。
「それでは各々は迎え撃つ準備をしていてくれ。アンデッドの軍勢が近づいてきた時、4回シンバルを鳴らす。その時が決戦の時だ!」
「「ウォォォォォ!」」
そして家族連れ以外が蜘蛛の子を散らすように家に戻っていった。
満足そうに戻ってくるバルベーコンを横目に、持っていた通信機でドロデアにコールするドゥーナ。
『ドゥーナ、今の、なに?』
「聞いての通りよ。この国の人間は闘う道を選んだ。それだけ」
『理解、不能』
「でしょうね。ジャベリンはどう思っているのかしら?」
もしかすると、特殊な環境で育ったアマゾネスだけが理解できないだけで、普通の育ちをしたと思われるジャベリンは理解できるものがあるのかもしれないと聞いてみたドゥーナ。
『ジャベリンも理解できないって言ってる。それが普通』
「はぁ、この国はイカれた人間が多いのね」
『ん。せめてあの家族だけでも救わないと』
「えぇ、恐らくここに連れて来られるだろうから連れて行くわ」
そして通信機の電源を切った。
バルベーコンは先に席について、側近と話し合いを始めている。
「通信機とは珍しい物を持っているのですな」
「えぇ、人類の叡智から授かったわ。一応先に忠告だけしとくわよ?この国は終わるわ。それでも闘うのね」
「話し方が砕けていますな」
「えぇ、明日には存在しない国の大統領に敬意を払う意味もないもの」
ぎりぎりと歯軋りを立てるバルベーコン。
彼本来の性格は感情を表に出す傲慢な性格だ。
しかし大統領と言う立場と、追い込まれた今の状態で鳴りを潜めていた。
「貴様!女の分際で舐めた態度をとりおって!」
「あら、それが本性かしら?」
「助けがないと言うなら------」
「礼節を弁えない殿方は滑稽でしてよ?」
バルベーコンの顔は真っ赤に染まる。
ドゥーナはそんなことよりも、そのまま内閣府を後にする前に、逃走を決断した家族のところに行かなければならなかった。
共和国とはお笑い種だ。
大統領と言う名の王を持つこの国が、王の言うことを逆らった家族をそのまま無事にしておくとは思えなかったのだ。
しかし内閣府どころか大統領室からの退出もバルベーコンは許さなかった。
警備の者達が、持っていた槍をドゥーナへと向ける。
「お待ちくださいアマゾネス殿」
「大統領殿はまだ退出を許してはおりません」
「実力差は目の前に立った時点で察するべきよ」
女性だと侮っているのが目に見えてわかる。
ドゥーナをはじめ、アマゾネス達はその視線を幾度となく受けて育った。
それ故にその視線はよくわかっているし、その都度制裁を与える事で認めさせてきた。
しかし認めさせる必要は今はないので、二人の警備の胸を軽く押してそのまま押し倒す。
「っ!?」
「一体何を!?」
「三流ね。その程度であれに勝てるなら苦労しないわ。それではバルベーコン殿、さようなら」
そのまま大統領室から出て行くドゥーナ。
退出した瞬間にその姿はその場から綺麗さっぱりなくなった。
「さて、あの家族はどこにいるのかしら?」
ドゥーナは牢に閉じ込められてるだろうと思い覗いてみる。
しかしその姿はなかった。
ドゥーナはその辺にいた警備兵を痛めつけて、場所を聞き出そうとする。
「へへっ、何も話す気はないぜお嬢さん」
「そう。だったら喋るまで殴るわ。がんばってね」
そう言うドゥーナは警備兵の顔面を殴り始める。
それこそ、警備兵が口を開くまでは殴り続ける気でいた。
バキボキバキボキと、大凡人間をただ殴っただけじゃ鳴らない骨が砕ける音がする。
警備兵の顔面の形がもはやわからなくなったところで、やっと警備兵の口が開いた。
「は、はなしまひゅ」
「最初からそう言えばいいのよ」
ボロボロの警備兵を抱えて、案内される場所に着く。
そこは拷問部屋だった。
「世も末ね。聖女様はこのことを知ってるのかしら?」
傲慢部屋ではおそらく生き絶えた妻と、かろうじて息のある旦那、娘、息子の姿があった。
「バルベーコン様に逆らうから悪いんだよ!」
「スークー!貴様!絶対に許さない!」
恐らく先程まで息はあったのだろう。
スークーと言う女性の腹には、拷問を行ったとされる男の釘バットが刺さった痕がある。
内臓はボロボロになり出血死したのだろう。
旦那や子供達にもその痕があり、恐らく男の趣味でスークーと呼ばれる女性を先に痛めつけたのだろう。
「見所があった家族達にこの仕打ち。この国は支え合って生きているのだと思ってたけど、違うわね」
バグバッドという国は事実として支え合って生きてはいたことだろう。
しかしそこに相反する意見を出すものがいれば、このように排除される。
「貴族社会も私利私欲が重なってるけど、共和制とやらも支配者の形が違うだけで私利私欲で生きているのね」
もちろんドゥーナはそれを見て何も感じない。
助けに入るには、旦那の怪我は手遅れのように見える。
かろうじて子供達は助かる可能性があった。
「わたしは拷問は好きよ。でもそれは因果応報があってのこと。だから旦那さん、貴方に問うわ」
「何だ貴様!」
「黙れ痴れ者!」
話を遮られた事で怒りを見せたドゥーナに、拷問官は後ずさる。
拷問官が聞いて呆れる気の弱さだった。
「わたしはバルベーコンの言っていた逃げる補助をする協力者よ。でも何の手違いか貴方達は拷問室に入れられてしまったわ。貴方の命と子供の命、片方しか助かる可能性はない。貴方はどちらを選ぶ?」
実際は旦那は助からない。
子供達を助ける選択をしなければ、全員見捨てるつもりだった。
ドゥーナとしては、帰りの荷物が増えることを望んではいない。
「本当か!?では子供達を頼む!」
「ふふっ、迷いはないわね」
「おとーさん?」
「やだよおとーさん!」
子供達は泣きつく。
当然だ。
母親を目の前で拷問されて失い、父に縋りたいのはよくわかる。
子供達は明らかに普通の育ち方をしている。
それがドゥーナは眩しく見えた。
故に普段のドゥーナらしくない救いの選択を与えたのだ。
「何を勝手なことを!邪魔できると思っているのか女ぁ!」
「そうね。邪魔する必要はないと思うわ」
「あ?」
「だって数秒後の貴方はもうこの世にはいないもの」
次の瞬間、その場にいた拷問官達はドゥーナの手にした拳銃によって生き絶えた。
「これは一体・・・?」
「貴方、致命傷を負ってるのにどうしてそんな普通に入れるのかしら?」
「やはりそうか。驚いた事に痛みを感じないんだ。家族を守るために逃げる判断を選んだのに、結果的に妻は死に絶え、俺もこの様。子供達にも傷を作ってしまった」
旦那が呟いてる間に縛り付けにされていた家族をドゥーナは全員解放する。
そして妻の亡骸を見て、旦那は涙が溢れ出る。
「スークー、君は俺より先に逝かないと約束しただろう・・・ちくしょぉぉ」
「お母さん!」
「お母さぁぁあん!」
しかしスークーという女性にいくら語りかけても返事はない。
亡骸は返事をしない。
「ごめんなさいね」
「いや、あのバルベーコンを今の今まで信じていた俺が悪い。俺も思うように身体が動かせないみたいだ。お嬢さん、息子と娘を頼むよ」
「えぇ、引き受けましょう。貴方は、ここでその女性と眠るのね」
「あぁ。言いたいことはわかる。アンデッドの軍勢が迫っているんだ。俺達を火葬でもするんだろう?」
「それもありね。でもそうしてもスケルトンになる可能性もあるわ。そのままにしておいても問題ないわ。貴方がしたいようにさせてあげる」
少しだけ考えたあと、旦那は答えを出す。
「だったらこのままにしてくれ」
「そう。わかったわ。貴方、名前は?」
「ハフティ・ノワール。息子はレム、娘はソムだ」
「そう。レム、ソム。父親に別れを告げなさい。今生の別れよ」
「何だよこのババァ!お父さんは死なない!適当なこと言うなぁぁ!」
ドゥーナの脛を思い切り蹴る。
レムの方が肩からの出血がすごかった為、心配していたドゥーナだったが、安心してそしてゲンコツを食らわす。
「次ババァって言ったら殺すわ。早くしなさい?それともここで死にたいの?」
「あぁ!どうせ死ぬならお父さんとお母さんとここにいたい」
「何を馬鹿なことを言ってるレム!俺はそんなの許さ------ガハゴホッ!」
「お父さん!」
口から信じられないほどの吐血をするハフティ。
彼の命もそう長くはないだろう。
身体の感覚が無くなってる為の結果だった。
「頼む。お前とソムは俺とお母さんが生きた証なんだ。言うことを、聞いてくれ」
「でも!」
「お兄ちゃん、お父さんの最後の頼み、聞こうよ!」
涙いっぱいに溜め込みながらも、父親の意見を尊重しようとするソム。
「兄より妹のが優秀そうね。貴女いくつ?」
「13です」
「ご主人様のストライクゾーンとしてはギリギリね」
アマゾネスに入隊させることも視野にいれて、ソムなことを観察するドゥーナ。
その目を見て、危機を察知したレムがソムを背にドゥーナに立ちはだかる。
「ソムをそんな目で見るな!」
「幼いわね。貴方は14くらいかしら?」
「そうだ!悪いか!」
年齢より肉体も中身も幼く見えるレムを一瞥し、ハフティに視線を向ける。
「ハハっ、最後にお前達の仲の良い姿を見れてよかった。良い土産話が出来た。お嬢さん、息子達を頼む」
兄妹喧嘩が絶えない日々だったが、それでも確かに幸せだった。
その生活を思い出してソムはその場で泣き出してしまう。
それに釣られてレムも泣き出した。
「こらこら、泣くな。お嬢さんに迷惑だろう」
「わたしはドゥーナよ。貴方の望みは叶えてあげるわ。おやすみなさい、ハフティ」
「そうか。ありがとうドゥーナ殿。この恩を返せない俺を許してくれ」
「元々勝手にやったことよ。この政権に異議を唱えられる貴方達は見所があったのよ」
「逃げると言う選択は間違ってはいなかったか」
「えぇ、誇りなさい。ヒャルハッハのアマゾネスが貴方の最後の願いを引き受けるわ」
「ヒャルハッハ、そうかあの、ディッセンブルグの私兵。ハハ、人生最後にとんでもない買い物をしたようだ」
「えぇ、わたしもとんでもない安さで売ってしまったわ」
ひとしきり笑い合うと最早何も話すことはないと、暴れているレムを抱えて、ソムと手を繋ぐ。
「お父さん、今まで育ててくれてありがとう」
「ソム、レムは馬鹿だから、頼むぞ」
「うん。バイバイ」
レムは暴れていた為に、言葉を交わすことはなかった。
それでもハフティはそれで良いと思った。
子供の元気な姿が親にとって最高の幸せなのだ。
「ありがとうドゥーナ殿。こんなところで死ぬのは甚だ遺憾だが、それでも最悪の気分で死なずに済んだ」
ハフティは妻の亡骸の頬に手をやる。
スークーの遺体はもう冷たくなっていた。
「スークー、俺ももうすぐそっちに逝くぞ」
しばらくスークーの頬を撫でた後、ハフティの手は静かに地面に落ちる。
最後に妻の亡骸を愛でたハフティもそこで生き絶えて、死んだ。
一読いただきありがとうございます!
今回はリアス達はお休みです。
更新頻度が落ちてしまい申し訳ありません!