幕間:バグバッドに派遣されたアマゾネス②
一晩が経ち、ドゥーナはバグバッド共和国大統領のバルベーコン・ムハンマドと交渉に来ていた。
「お初にお目にかかりますバル大統領閣下。ヒャルハッハ王国のディッセンブルグ公爵家所属のドゥーナにございます」
「こちらこそ遠路遥々よくぞお越しくださいました。大統領のバルです。いやはや、彼有名なレアンドロ様の関係者の方が来てくださるとは、感銘にございます」
バルベーコンはそう言わざるを得ない。
いくら同盟国ではないと言っても、今の状況で頼れる人材がいないのだから仕方がない。
「あまり時間もないようですので手短に話しましょう。聖女様は不在だと伺いました。そして現在、砂漠で確認されたアンデッドはSランクの魔物のデザートオルキヌスを超える魔物だと言うことも」
「もうご存知でしたか。流石は聡明な方だ。デザートオルキヌスは為す術もなくアンデッドに倒されました。そして現在、そのアンデッドがゆっくりではありますが、我がバグバッド共和国へと向かってきていることも」
アンデッドは生物を喰らう魔物で、より生命力の溢れる人間の地、バグバッドへと向かっていた。
それはこの地に魔力の高い人間がいるからではなく、アンデッドは生前の種族を喰らうことで力が増幅する為、本能的に同族をターゲットにする。
「概ねは。そこで我々が戦力を提供しようと考え、こううして話し合いの場を設けてさせて頂いた所存です」
「あぁ、なんとありがたい申し出だ。フリマリ様は現在土神様が庇護していた民達の元へ赴き、祈りを捧げているとのこと」
「ほぅ、聖女様も大変なのですね」
「えぇ、恥ずかしながら我が国には神殿はございませんから」
バルベーコンはディマリアが土神で亡くなった事も、その力の一部がサロンガに移っている事も知っている。
そしてフリマリが向かった森には獣人やエルフといった人外が住んでいる事も承知して送り出している。
しかしそれを他国のしかも同盟国ではない国に知られて隙を見せる訳には行かない為、祈りと言う名目で話をした。
ドゥーナもその事はどうでもいい為、深い言及はしなかった。
「それで、報奨の方なのですが、こちらも国庫の方から出せる額に限りがございまして・・・」
「あぁ構いませんよ」
バルベーコンはそれを聞きホッと息を吐いた。
当然だ。
Sランクの魔物を歯牙にもかけないアンデッドを狩るのだから、それなりの報奨金を出さなければいけない。
それは人として当然である。
命懸けの事に他国の、しかも同盟国じゃない人間が何の報酬もなく動くはずがない。
しかし財源にも限界がある。
湯水のように出てくる訳ではない。
「こちらから一つだけお願いを聞いて欲しいのです」
「お願い、ですかな?」
「えぇ。聖女フリマリ様を我が国に招待したいのです」
「フリマリ様を・・・!?」
さすがに思ってもみない事でバルベーコンは驚きを隠しきれない。
何故なら聖女を抱え込む聖国からならば、打診は何度もあったが、同盟国も含めて他国からそのような申し出はなかったからだ。
当然、聖国は使いも出して来ない為、今現在フリマリは聖国へと向かったことはない。
向かえば、フリマリは拘束され聖女としての教育を受け、正しい聖女の在り方へと変わっていただろう。
「ダメですか?」
「いえ、本人の事ですのですぐに返事は出来かねず・・・」
「まぁそうでしょうね。人権は大事です。無理にとは言いません。交渉の場を設けてくださればそれでいいのです」
「えぇ、それはもちろんでございます」
「ふふっ、そう言っていただけるとありがたいですね。有意義な時間になりました。それでは我々はアンデッドを討伐すべく、我々は準備致します」
「ありがとうございます!」
ドゥーナは後ろに付くドロデアとジャベリンを連れて出ていく。
「あんなこと言って良い?」
「もちろんよ」
「まだ戦力確認してない。もしアンデッド強かったら、どうする?」
「そうしたら逃げれば良いのでは?別に同盟国でもないわけですし」
ジャベリンのその発言に怪訝な顔をするドロデア。
ドロデアはレアンドロに保護される前は、傲慢な領主の領地で村人として貧困生活を送っていた。
それでも両親とはそれなりに楽しく暮らしていたし、人並みの幸せをドロデアは感じていた。
しかしその幸せは長くは続かなかった。
「それはダメ。ここで引き受けないと言えば、避難はできる」
「そうね。アタシもそう思うわ。アンデッドを倒せない場合は責任を持って誘導しましょう」
「ん。ならそれわたし、やる」
「えぇ、貴女には負担をかけてしまうけど頑張りなさい」
「ん!」
「ドロデアさんはそれでいいんですか・・・」
これはドロデアの出自も知ってるドゥーナの慈悲でもあった。
面倒ごとを押しつけたと言えばそれまでだが。
「それよりもアンバーは先走ってないわよね?」
「ご主人の命、あったから、動かない」
「それもそうね。じゃあアンバーは何処に行ったのかしら?」
「アンバーならあそこ」
ドロデアが指さした方向には警備兵と共に訓練をしているアンバーの姿があった。
訓練と言っても、一方的な蹂躙のように見えるのはご愛敬。
「おー、ドゥーナ、ドロテアー!話終わったのー?」
「はぁ~、貴女もアマゾネスなのよ。わかる?アマゾネスなの」
「わかってるよー!」
「だったら他国の兵士の尊厳くらい守ってあげなさいな」
「えー、訓練一緒にしてただけなのにー」
「ストレス発散の間違いかしら?」
何人かは頷いている。
これだけボコボコにしたとなると困ったことになる。
何せここに集められた訓練中の警備兵は避難誘導の為に待機してる者達なのだから。
「はぁ〜、まぁいいわ。アタシ達は自分の役目を全うするだけ。ドロデア、頼むわよ」
「ん!任せる」
「大丈夫ですかね?」
ジャベリンは彼女らは優秀だが、後先考えない人間だとこの度できちんと理解していた。
故にこの行き当たりばったりの作戦もうまくいかないんじゃないかと心配になっていた。
*
時は変わってバグバッド北部砂漠。
アンバー、ドゥーナ、ドロデア、ジャベリンの4名は、例のアンデッドの実力を確かめるべく現場に来ていた。
「暑いです。本当に暑いです」
「あー、もううるさいわね!ドロデア、ジャンキーくんを騙されてちょうだい」
「ジャベリン、薬物、やった?」
「いや、名前が覚えられてないだけです。それにしても今は昼間ですけど、アンデッドは活動してるのですか?」
アンデッドは基本的に夜にしか活動しない。
別に昼に活動できないわけでもないが、アンデッドはあくまでも死体なので、昼間に活動すると肉体が劣化する可能性があるのだ。
しかし今回のアンデッドは特別性の死体で出来ているため、その枠には当てはまらなかった。
「あれは昼でも活動するらしいわ。本当に他のアンデッドと勝手が違うわよ」
「ん。ドゥーナ、来た」
砂漠にのそのそと歩く一つの影がある。
元魔王妃の肉体から蘇ったアンデッド、リサナだった。
しかし4人にそれを知る由もない。
「なんかうさぎの耳してるよー」
「異形のアンデッド?キメラの類かしら?」
「わからない。でも様子見。ゴーレムコスモス」
幻影魔法と土魔法の複合魔法で固有魔法ゴーレムコスモス。
アマゾネスで唯一複合魔法が使えるドロデアの作った魔法だった。
ドロデア自身この魔法しか複合魔法は使えないが、このゴーレムコスモスは、ドロデアの意識を一部共有する事ができた。
「ゴーレムですか。これまた高度な土魔法を」
「貴方達精霊に頼ってる奴らは使えないのは、得意属性じゃないからでしょ。それにこの魔法は集中力を割かないと使えないから奇襲にあえばドロデアだけではどうしようもなくなるし」
ゴーレム自体高度な魔法で土の上級精霊の一部しか使うことができず、使えてもなんらかの負担がのしかかる。
「ゴーレムコスモス、ワタシの分身。問題ない」
「はいはい。じゃあドロデア行ってきて」
「ん!」
ゴーレムコスモスは空高く跳び上がり、アンデッドの前に立ちはだかった。
「わ・・・た・・る・・・く?」
「何か言ってる?」
「アンデッドが喋ったですって!?なんて言ったの?」
「わたるくん?」
わたるくんという単語に聞き覚えのないドゥーナは首を傾げる。
何かの呪文だろうか、それとも生前の記憶か。
少なくともアンデッドが喋る事例を聞いたことがないため、普通のアンデッドではないと気を引き締める。
しかし次の瞬間には、ドゥーナの背中に冷や汗が吹き上がる。
「ち・・・が・・う・・・お・ま・え・・」
「くっ、あっ!い、痛い!?」
ゴーレムコスモスが一瞬で砕かれ、その瞬間にドロデアに痛みが走った。
ここで声を上げれば見つかってしまう為、かなり声を抑えたが、もし叫べるなら叫びたかった。
そんな痛みだ。
「嘘でしょ。ドロデアのゴーレムコスモスはドロデアに劣るといっても、それなりに強いのに一瞬で?」
「ドゥーナ、あれに手を出しちゃダメだよね?」
「アンバーこんな時に何を言ってるの」
「やりたい!」
「ドロデアがやられた敵、絶対面白い」
「善戦したなら闘わせたけど、一瞬じゃダメよ。死にたいの?」
「闘いの中で死ぬのは本望だよ!」
「アンバー、ご主人様の命令、忘れる、ダメ」
お腹を押さえながらアンバーに向かってレアンドロから言われたことを思い出すように言う。
アンバーも昨日の言葉を思い出して、端が悪そうに武器に手をかけていた自分に反省を聞かせた。
「そうだった。ごめんドゥーナ。指示に従うよ」
「えぇ・・・ねぇ待って。あのアンデッドこっち見てないかしら?」
「ドゥーナさん、危ない!」
ドゥーナを庇いながら頭突きするジャベリン。
長年の護衛をしていた勘で、殺気を感じたからの奇跡だった。
本当に偶然だったが、首の皮一枚繋がった。
「ジャステンディーバーくん?今のが見えたの?」
「殺気を感じたから咄嗟に身体が動きました。次は多分無理です」
「いいえ、助かったわジャベリンくん」
「今の攻撃、多分風魔法。ドゥーナ、離脱?」
「そうね。今の攻撃が何度も来たらたまらないわ。幸いあれは一応アンデッドだから歩く速度は遅い。でも近接戦闘ではかなり早く動けて、遠距離攻撃もできるとしたら、かなり問題よ」
「スタングレネード投げとこっか?」
アンバーはスタングレネードをクルクル回して問いかけた。
「スタングレネードとポイズンスモークグレネードをお願い」
ポイズンスモークグレネードは殺傷効果は低いが、人体に悪影響を及ぼす毒が仕込まれている。
レアンドロが前世の知識を使って作ったグレネードシリーズで、遺体にも毒が効いた代物だった。
故に使う時は本当に緊急事態にだけ使えとレアンドロに言われて、アンバーに渡された物だった。
筋力が最も強いアンバーが、的確に当てるのに適任だったからである。
「了解!」
「投擲後ドロデアを抱えて離脱しなさい。アタシはジャベリンを抱えるから」
「え、俺は大丈夫ですよ!?」
「さっきの攻撃避けられる?」
「いえ、その、はい。お願いします」
ジャベリンは頷くしかない。
次あの攻撃が来ても避けれないからだ。
アンバーは左手に力を込めて思い切りスタングレネードを投げ、そのまま右手でポイズンスモークグレネードを投げる。
アンデッドの足元に落ちると同時に、二つのグレネードが起爆する。
速やかにアンバーとドゥーナはそれぞれ、ドロデアとジャベリンを抱えてその場を後にした。
「アンデッドは追ってきてる?」
「大丈夫ドゥーナ。影ひとつない地平線」
ドロデアの言う通りアンデッドは追撃をしてこなかった。
4人は一度止まって息を整える。
「ふぅ、あの訳のわからないアンデッドはなによ。かなり肝が冷えたわ」
「アッシは一度闘ってみたかったよー」
「貴女のその能天気さが今は羨ましいわ」
実際4人で闘えば相打ち覚悟でなら勝てたかもしれない。
命懸けで国を守ったとなれば、聖女フリマリもヒャルハッハに顔を出す事を断ることは難しいだろう。
しかしそれは彼女達もレアンドロも望まない事だった。
「一旦戻りましょう。避難誘導は早い方がいいわ」
「ん。ワタシ、避難誘導、任された」
「あぁそれだけど、ジャベリンくんも手伝いなさいな」
「え、俺もですか?」
ジャベリン自身もその事については申し出ようとしていたが、下手に自分が動いてたと思って何も言えずにいた。
「そうよ。貴方は長年護衛の兵士だったのでしょう?パニック慣れもしてるんじゃないかしら?」
貴族の護衛としてそれなりにキャリアの長いジャベリンは、パニックになった元主人の横暴さにもなれている。
「確かに慣れています」
「だったら適任ね。ドロデアのサポートをしてちょうだい。ドロデアもいいわね?」
「ん、ジャベリンよろしく」
「よろしくお願いします!」
「じゃあ戻りましょうか。バルベーコンに話もつけないとならないもの」
「うーっ!不完全燃焼ぉぉ!でも仕方ない」
「あのアンデッドはどうするのですか?」
「ご主人様ならどうにかしてくれるわよ。アタシ達はアタシ達に出来る事をするだけ。お手を煩わせるのは心苦しいけれど」
「ディッセンブルグ公爵はそれほどお強いのですか?」
「強いわね。アタシ達じゃ到底叶わないわ」
Sランクを歯牙にも掛けないドゥーナにそう言わせるレアンドロと敵対しようとしていた事にジャベリンは身震いする。
ドゥーナはジャベリンの肩を叩いてニヤつきながら耳元で囁いた。
「レアンドロ様は味方には寛容な方よ。きっと、許してくださってるわ。次はないけど♪」
「・・・はい」
「ふふっ、ジャベリン、貴方はアタシを助けたわ。アタシも貴方は確実にアタシ達の仲間よ」
「は、え?」
「ドゥーナ、珍しい。ジャベリン、よかった。ドゥーナ、ジャベリン認めた」
「あ、あの、ありがとうございます!」
手をふらふらと振りながらドゥーナは歩いていく。
アンバーとドロデアとジャベリンもそれに追随する様に歩き出した。
この後バグバッドは再びパニックに陥る事になる。
一読いただきありがとうございます!
次回エピローグになります!
リアス達も復活しますので乞うご期待!