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暴君の最期(過去編)

「自分が何を言ってるかわかってるのか?」


「わからないでこんなこと言うわけない」


「どうして・・・いやだ。俺は絶対にリサナを殺したりなんかしない!」


 残念ながら渉が民とリサナを天秤にかけたら、ぶっちぎりでリサナになる。

 ちょっとだけ罪悪感が生まれるが、それでも最愛の人を失うくらいなら平気で見捨てる。

 それが渉の正直な本音だった。

 

「じゃあどうするの?魔族を見捨てる?」


「もしリサナが命を落とす選択肢しかないなら俺はそうする!」


「うん。ワタルくんはそうだろうね。でもじゃあディマリアさんの覚悟は?プロスミの死は?今まで死んできた同胞達の死体の山を踏み越えて、それで貴方はわたしと幸せに余生を暮らせる?」


「・・・」


 黙るしかない。

 ディマリアは最愛の契約者の親友を失い、それでも彼女が愛した魔族を救おうとしていた。

 渉にとってのプロスミのようなものだ。

 それにこれまで魔族は、魔王である渉が魔族の暮らしやすい生活をする為に身を扮して闘ってきた。

 それこそ命を落とした者の数は計り知れない。

 そんな人達を踏み台にしてリサナを助けたら、自責の念で押しつぶされることだろう。

 渉はそれほどまで人としての感情を切りはしている訳じゃない。


「止めてやる!こんな事でリサナが犠牲になる必要はない!」


「あー、そういうコトしちゃう?でもね?わかるかい?君は僕の本質を理解してるだろう?」


「その口調、田内か!」


 怒気を孕んだ口調で千鶴を怒鳴りつける渉。

 しかし頭の中で何故リサナが、二人で窮地を脱しようと言わなかったのか理解してしまった。

 そもそも渉には効かなかったが、王国のほぼ全員が洗脳によって支配されていたことは確か。

 そしてその洗脳を支配していたものは勇者アラン他にはいない。

 

「正解だよ。君は洗脳が中途半端にしか効かなくて本当に焦ったよ。転生者の中でも強力な特典も持ってたしね」


「くそ!もっと早く気づくべきだった。簡単に予想は立てられたってのに!」


「どうやら国から追い出して正解だったみたいだよ。君が王国に居たら僕の計画がパァになるとこだった」


「計画?」


「世界を牛耳る計画さ」


 なんだその幼稚な思考はと渉は思った。

 しかしそうじゃない。

 幼稚な計画も力ある者が実行すれば脅威。

 それどころか洗脳までできる相手となれば、世界を牛耳るなんて馬鹿げた計画が成功する可能性すらあった。


「ワタルくん。彼の情報は魔王妃の情報網を持ってしても何一つ見つからなかった。他の勇者はそんなことはなかったのに」


「君に発言権をやった覚えはないよ魔王妃リサナ」


 その言葉の後、リサナはガチンと口を閉じられてしまった。

 そしてこの状態の意味とリサナの発言から何が読み解けるかわかってしまった。

 リサナには、洗脳が効くのだ。


「お前の計画なんかどうでもいい。本当にリサナを殺せば、お前は攻撃の手を辞めてくれるのか!」


「もちろん。僕の計画には魔族も生き残ってもらわないと困るからね。でもまぁ事と次第によっては優先順位は低いってことも確かかな」


 奥歯で苦虫を噛んだ様に表情を歪ませる渉を見て、気分が優れたのか鼻歌を歌うアラン。


「わかった。今生の別れだ。リサナの洗脳を解いてくれ」


「もちろん。魔王妃リサナを洗脳せずに居てよかったよ。見てて面白かったし」


 アランの声を他所に、ゆっくりとリサナの元に歩いていく。

 渉はその時、リサナとの思い出走馬灯の様に流れていた。

 初めて牢屋で出会ってから苦楽を共にし、魔王となり20年もの間支えてくれた最愛のパートナー。

 それは今でも変わらない。

 彼女の願いは、自分を洗脳する前に殺してくれ。

 自分が自分でいられるうちに。

 そう言うことだった。


「ワタルくん・・・」


「リサナ」


 もう目と鼻の先にリサナがいて、渉の手が届く距離にいる。

 今すぐ抱きしめて逃げ出したい。

 しかしそんなことアランが認めるはずもなかった。

 だからこうしてリサナに剣を向ける。


「リサナ、すまない。俺の無力さで、お前は------」


「いいの。わたしは貴方に殺されるなら本望よ」


 その目には涙を浮かべているが、笑顔は絶やさない。

 せめてもの最後の意地だろう。


「すまないリサナ。魔族の為に、死んでくれ」


 そしてリサナの胸に渉の剣が突き刺さった。

 その時のリサナがした強烈な笑みは、渉の心を砕くには充分すぎる一撃だった。


「え。ワタル・・・くん?どう・・し・・て・・」


「リサ・・・ナ?」


 その言葉でこの状況がどういう状況かわかってしまった。

 分かったからこそ急いで治癒魔法を実行する。

 しかしリサナは心臓を貫かれてしまった。

 いや自身の手で貫いてしまった。

 そして致命傷は渉ではエリクサーでしか治すことができない。

 そのエリクサーを作って延命措置したとしても、ディマリアと契約しなければリサナは助からない。

 渉は叫ばずにはいられない。


「田内ぃぃぃぃい!」


「アハハハハ!その怒りに支配された顔!実にいいよ!僕はそういう顔が大好きだ」


 渉は急いでリサナにエリクサーを飲ませる。

 しかしリサナがそれを服もうとしなかった。


「ワタルくん・・・今のやり取りで・・貴方が嵌められた・・・のは・・わかったわ」


「リサナ、喋るな。エリクサーだ。これを飲めば延命できる。あとはディマリアと契約すればまだ死なない!」


「いいの・・・そんなことしてもどうせ・・勇者アランが・・わたしを洗脳する。だから・・これで・・・いいの」


「そんなことない!俺達はまだまだ共にいるんだ!生涯共にするんだ」


 涙があふれてやまない。

 渉の手は大量の血液。

 そしてそれは地面にも浸透している。

 リサナはもう助からない。

 自分がその手を下したのだ。


「ワタルくん・・・最後の頼み・・聞いて・・・くれる?」


「最期って言うな!お前の頼みならなんでも、いつでも聞いてやる!」


「うれ・・・しい」


 リサナは渉の唇にそっと口をつけた。

 そしてすぐに二人の口は離れる。

 渉の頬にそっと手を伸ばすリサナ。


「ありがとう・・・ワタル・・くん。どうか・・自分を・・・責めない・・・で」


 リサナの手はそのまま自由落下する。

 その瞳に光が灯ることはない。

 眠る様に瞼をそっと閉じるリサナ。

 そして彼女の息吹が、止まった。

 

「おい、リサナ!?しっかりしろ!おい!リサナ!目を開けてくれ!」


「アハハハハハッ!彼女も勇者を大量に殺したからね!きっと地獄に堕ちただろうよぉ!」


「田内ぃぃい!貴様ぁぁ!」


 渉は怒りのあまり、千鶴の分体を壊してしまった。

 分体が壊れてしまった以上、アランの声は渉には届かない。


「リサナ・・・」


 別れを決めて決断した。

 しかしそれはアランが洗脳を使って魅せた幻の様なもの。

 残ったものと言えば、妻をその手にかけたと言う虚無感だけ。


「リサナ・・・」


 その時、核攻撃は止んだ。

 アランはせめてもの情け、いや人を馬鹿にしてる様に攻撃をやめたのだ。


「リサナ・・・」


 うわごとの様に何度もリサナと呼ぶ渉だったが、その声に返事する者は誰もいない。

 昨日まで生きていた命が次の日にはなくなる。

 それはどの世界でも同じだった。

 その時を迎える時に、自身が受け取れる覚悟があるかどうかの違いだけ。

 魔王として渉はその事に覚悟してるつもりだった。

 つもりだったのだ。


「リサナ・・・」


 しかし渉はそれを受け入れる覚悟は全くできてはいなかった。

 そして数時間後に、魔族の被害状況を報告する為に幹部達が渉の元に駆けつける。

 そこで初めてリサナの亡骸を発見する幹部達は、なんと言葉をかけていいかわからなかった。

 

「あぁ、報告?助かるよ」


「あ、あの魔王様?」


「今回の被害報告だよね?我も色々忙しくてさー、はいはい確認するよー」


 その口調は明らかに今までのものと違った。

 満面の笑みを浮かべて、軽い口調で話している。

 しかしその言葉が紡がれる度に、魔族達は冷や汗をかいていた。

 今までの渉は、魔王としての威厳のある発言とは別にどこか優しさと温かさがあったのだ。

 しかし今は全く逆。

 陽気な口調なのに冷たい。

 

「ねぇ、君。リサナの死亡が入ってないんだけど?」


「す、すみません。今確認したもので・・・」


「ふーん。つまり我に虚偽の報告をしたわけだ」


「いえ、そんなことは・・・」


「次やったら君、処刑するからね♡」


 明らかに今までの渉と違った。

 渉はなんだかんだ言いながら、魔族の為に尽くしてきたのだ。

 この様な言動をするような性格でもなかった。


「人は、大事な人が死ぬと変わるとは聞いていたが・・・まさか魔王様が」


「しかし我々も魔王様に頼るほかない。もう我々には、彼しか実力者はほとんど残っていない」


 幹部達の願いは成就する。

 あれから渉は何年も奮闘した。

 ヒト族における新たな召喚勇者を次々の屠っていった。

 そこにはシナリオ通りに動く者。

 だらだらと過ごす者と、魔王にとって脅威にならない人物であっても渉は殺した。

 それは魔族であっても同じだった。

 魔族が魔族に不利益のある行動を起こせば、その都度粛清していき、気がつけば暴虐非道の魔王として魔族からも畏れられた。

 実際彼にも考えがあっての行動だった。

 彼には封印魔法の影響で自殺が許されていない。

 何度もリサナを後追いしようと、剣を自身に胸に突き立てようとしても、全く動かない。

 渉は死にたかった。

 だから勇者を重点的に狙った。

 謀反を起こしそうな魔族を狙い自分を殺させる様に誘導した。

 しかしその願いは叶わなかった。

 

「殺意を向けられた相手に手加減ができない。とんでもない呪いだ」


 死にたい渉にとって、封印魔法を使って起きたこの呪いほど不服なものはなかった。

 自分より強い人間が現れないと死なない。

 そして渉より強い人間はおそらくいない。

 純粋な実力で言えば、アランですら届かないだろう。

 

「まぁこのペースで行けば魔族は救われる。ヒト族を全て根絶やしにすれば、勇者召喚もできなくなって、魔族の統治国家の始まりだ」


「それは私が許さない!」


 王国騎士ポリ・ランドール。

 渉にとっての最初の敵であり、実力で言えばこの時代屈指の実力者だった。


「ポリか。ずいぶん老けたね」


「貴様こそ」


「お前の国の勇者の所為で我は散々な目にあったんだよ。察せよ」


 渉の髪は白髪に染まっていて、その顔も50代とは思えないほど皺だらけになっていた。

 老人と言われても納得するのだ。


「勇者アランの件は本人からも聞いた。貴様が唆されたことも」


「だから?」


「精神誠意謝る。すまなかった」


 まさか頭を下げられるとは思わず拍子抜けする渉。

 しかしその謝罪には少なからず意図もあった。


「もう辞めにしよう。我々は魔族に手を出さない。だから君もヒトに手を出すのはやめてくれ」


「停戦交渉って訳だね」


「そうだ。我々は疲弊している。これ以上は君達の首も締める事になるんじゃないのか?」


「そうだね。多分ヒト族を滅ぼしたら、次は魔族間で戦争が起きるかもね」


「だったら!」


「でも残念ながら我はあんたらを滅ぼすこと止める気はない」


 その威圧に気押されてしまうポリ。

 彼の転生特典は相手の警戒心の気薄化。

 警戒心を無意識のうちに緩める能力だった。

 だと言うのに渉は警戒心が一切解けていない。

 それが証拠に渉の威圧にはダメージが乗っていた。

 もちろん緩めると言うだけで完全に警戒心が消えるわけじゃない。

 しかしもし能力が発動してるのに、これだけ警戒心が強いと言うのなら、警戒心は尋常ではないと言う事になるのだ。


「お前も洗脳系能力を使うんだよね?どうやら我には洗脳があまり効かないらしい」


「洗脳が効かない?」


「どうやら封印魔法を使った勇者は、洗脳系統が効かなくなるらしい」


 ポリには暴虐の限りを尽くしてる魔王アカギリが封印魔法を使用していたことが信じられなかった。

 しかし腑に落ちることもある。

 魔王妃が崩御した時から暴虐を尽くしていた。

 千里眼を使って魔王に就任するまでの様子は基本的に見ていたポリだったが、彼は基本的に相手を殺さない様に考えていることがわかっている。

 封印魔法を使った際はたまたま監視していなかった時間帯だった為、パリがそのことを知る機会がなかった。

 魔王としての暴虐非道は、彼が妻を失った失意の末の選択だったのではないかと。


「どうやら我々にも誤解があったようだ。私の転生特典は相手の警戒心を気薄にする能力だ。洗脳系統ではあるが、大した力でもない」


「そう。君が死ぬ前にそれが知れてよかったよ。モヤモヤを残したまんまじゃ気分が悪い!」


 剣を薙いて斬撃を飛ばす渉に対して、その場から離脱して攻撃を避けたポリ。

 しかしその一撃で、渉の戦闘能力を知ったポリはゾッとする。

 今のは魔法でも、転生特典でも無く、純粋な腕力が風を斬ってカマイタチを発生させたとわかったからだった。

 更に着地の瞬間、剣がポリの目の前に剣が迫っていて咄嗟に剣を抜いて弾く。

 しかし渉は弾いた剣を、そのままライトニングスピアで更に弾く事で軌道をポリの肩に刺さる様に修正した。


「ぐっ!」


「確かにあんたは、最近召喚された勇者達より強い。でもそれだけだ。それだけじゃ我には勝てない」


 上級魔法ライトニングスピアは魔力消費は高いが、攻撃の中で一番鋭く火力が高い。

 そして渉にはそれを連射するだけの魔力があった。


「知ってるか?勇者は勇者を殺すと魔力の上限が上がる。我はお前達の国を離れてから数十年。勇者を100人近く屠った。おかげで魔力は我一人で世界の1/3の魔力を占める」


 それがどう言うことかわかり、ポリはゾッとした。

 もし渉の言うことが本当ならば、どれだけ頑張っても勝てないからだ。

 ライトニングスピアの弾幕だって可能とされる魔力量ならば、シールド魔法は保たないし意味を成さない。

 つまり魔法を防ぎようがない故に、圧倒的物量で負ける事になるからだ。


「さぁポリ!お前もこれで終わりだ」


「終わるのは貴様だ!」


 精一杯の虚勢だった。

 ポリ自身はひとつだけ手があるが、それでもおそらく死ぬのはポリのみ。

 渉を殺すことができる人間は存在しないだろう。

 

「例えここで死んだとしても、私はヒト族を守る!」


「何をしようと無駄だよ!死ねポリ・ランドール!」


 ポリの予想通り、ライトニングスピアの弾幕が発射される。

 全身にどんどん穴が空いていき、肉体が焼けたり痺れたりするが、それでもポリは歩みを止めない。

 完全に致命傷を負ってはいたが、それでも渉の前に立ち尽くしている。

 そしてふらふらと渉の肩に倒れ込む。


「言っただろう。お前は終わりだと」


「あぁ。そして私も言った。終わりだと、な」


 渉の足元に魔法陣が浮かび上がる。

 この魔法陣には見覚えがあった。

 それは渉自身も使用したことのある魔法だったからだ。


「封印・・・魔法」


「お前さえいなければ、魔族は終わりだ。先に逝く。来世では仲良くできることを願う」


 そしてポリはその場で生き絶えた。

 しかし封印魔法は、発動して仕舞えば例え術者が死んでも効力が発揮される。

 

「やってくれたならポリ!しかしこれはこれで良かったのかもしれない」


 渉は死を望んでも死ねず、何の為に生きているかもわからなかった。

 それでも生きていかなきゃならなかった。

 リサナを殺した自分が心底嫌で、それでも誰かに怒りをぶつける事は責任転嫁でしか無くて。

 気がつけば渉の目から涙が流れていた。


「なぁリサナ。我は二度とリサナの元に辿り着くことはないのかな?」


 空に向かって問いかけても答えは返ってこない。

 

「封印魔法が解かれた時、俺を殺せる勇者がいればいいな。この世界の人間にはできなかった偉業だ」


 その言葉を最後に光に包まれて、渉は封印されてしまった。

 その何年後も先は、渉は封印するのではなく殺せる者と出会うのだが、それはまた別のお話。

リアス「次回からまた俺達の登場だ!」

ミライ「まぁこの章ではまだ前半だもんね」

イルミナ「後半は後半でまだあります!むしろここからが本番ですしね」

クレ『大丈夫ですか?』

リアス「ったりめぇよ!忘れちゃったって人は見直してくれたら嬉しいぜ!」

ミライ「それではまた次回会おうねー!バイバイ」

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