昔話と私
そこから先は知らないことばかりだった。
私の母は前国王の弟に婚約破棄された公爵令嬢だったそうだ。
一方的な婚約破棄だった上に濡れ衣を着せられた形だったため、母は非常にショックを受けて公爵領に引きこもったらしい。
その際、見舞いに来た前国王に見初められたのだが、母は王族にかかわることを拒否した。前国王との謁見も病気を理由に断り、部屋に閉じこもって日々泣いていたという。
公爵も娘の意向を大事にしたいと言ったために話はなくなった。
はずだったのだが……。
逆上した前国王は母を無理やり連れ去った。前国王は傷物になった公爵令嬢に情けをかけてやるのだと言っていたそうだから、相当プライドに傷をつけられたのだろう。
公爵家はもちろん抗議したが、聞き入れてもらうまでに約半年かかった。
半年、それだけの短い期間で、前国王が母に飽きたということになる。
半年間、前国王に嬲られた母は私を身ごもった挙句、精神を病んでしまった。
慌てたのは周りの者だ。
国王ともある者が自分の意に沿わないからと公爵令嬢を軟禁した上に子供を身ごもるような行為をしてしまった。しかも王族二人の傍若無人な振る舞いで一人の令嬢が心も体も壊されてしまったのだ。
公爵は腹を立てて財務大臣の職をやめると言い出し、大変な騒ぎとなった。当時は火の車だった財政を財務大臣が発案した改革で立て直しつつある大事な時期だったからだ。この大事な時期に財務大臣がいなくなり、指揮を取る者がいなくなったら、想像するだに恐ろしい事態になってしまう。
公爵は必死に引き留める王族に、娘の将来を任せる相手がいないならばともに公爵領に戻って二度と王都には来ないと宣言。事態は悪化の一途をたどっていった。
そんなときに、生贄となったのが父、ゲイブリエル=アークロイド侯爵だ。
父は祖父の横領によって大変な負債を持っており、国の重鎮たちにいじめられていたらしい。自分のせいではない借金のために領地を手放すか爵位を売るかするしかないところまで行っていたという。
当時、財務大臣だった公爵の下で働いていたので人となりを公爵が知っていたということも大きかったのだろう。そんな父に前々国王は「息子の尻ぬぐいをすればすべてチャラにしてやるし、重鎮たちに一目置かれる存在としてやる」と囁き、母を押し付けたそうだ。
うん、なかなかひどい。
侯爵になったばっかりに自分のせいではない借金の責任を取らされた父も辛かったろうし、王族に人生を壊された母は気の毒としか言いようがない。
そして、私が生まれた。
母の腹を喰い破って、というのはあながち嘘ではなかったようだ。
もともと母は私を産む前に身も心も衰弱しており、子供か母体かを迫られていたそうだ。それに加えて私の魔力が大きすぎ、妊娠6か月で起きれないほどになっていたという。
だから私が生まれたとき、母はショック状態になり、その場は何とか持ちこたえたものの、一か月後に息を引き取った。
出産時、羊水が血のように赤かったそうで、産婆は赤子がはらわたを喰っていると叫んで倒れたらしい。食うわけないだろうと笑ってしまうが、痩せこけた母の腹の上に載せられて魔力光で輝いていた私は悪魔そのものだったろう。想像すると怖い。
生まれ落ちてから、私の魔力はよく暴走したそうだ。
そのたびに父が人を雇ってなんとかしたらしい。もちろん王室が金銭的な負担はしていたという。何をしたのかは父に聞かないとわからないというが、ろくなことじゃないみたいで正直聞きたくない。責任取れないからな。
母が死んですぐに父は再婚した。
相手は母と結婚する前に婚約者だった義母。子爵令嬢で幼馴染だという義母と父は幼いころから相思相愛だったので、母のせいで婚約破棄になったと大変怒っていたそうだ。
私を睨んでいたのも納得した。いろいろたいへんな思いをしたのだろう。
だが、義母は悪い人ではなかったと思う。母を憎んでいたようだが、私に嫌がらせをしたことはない。その分近づいてきたこともなかったが、お互いにとって最善だった。塔に入れられる前に見たっきりの義母はほぼ他人だしなんの感慨もない。
でも申し訳ないが私には関係ない。恨むなら王の誘いに乗った父を恨めと思う。いろいろな圧力に屈してしまったのは父だし、それを受け入れたのは義母だ。どうせ母はすぐ死ぬからと高をくくっていたのもあったろう。自分たちのことを棚に上げて他人を責めれば楽なのはわかるが、赤子の私に何ができた?
まあそんなわけで、私はこの家ではまさにお荷物。殺されなかったのは一応王家の血を引いているからって話だった。
実際はそれだけでない。魔石の再利用のため、魔石に再度力を込めるための道具として残されていたのはわかっている。領民のためとか家のためとか言ってたけど、本当のところはわからない。実のところ領民の暮らしは良くなかったそうなので、全部売り払っていたんだろうな。
私も魔力暴走を防ぐために魔石に力を入れるのはむしろありがたかったし、生活も安定していて本が読み放題の私にとってはよい環境だから問題なかったんだけどな。
魔石の再利用の話は全く知らなかったという。
最近侯爵領の羽振りがよく、隣国と裏でつながっていてこの国の経済に害を与えているという噂があったため、密偵を入れて探ったところ、侯爵家が魔石を他国に高値で販売していることが分かった。
王国法では魔石の販売には国を通すことになっているため、侯爵家に使者を送ったが、知らぬ存ぜぬではじき返されたそうだ。
それが続いたので謀反を企てたとなり、王国軍が乗り込んできた。
乗り込む前に情報を仕入れていた時、私のことを知り、魔石のことも知ったのだとか。
「そして、今、こうなっております」
シミオンは恭しく頭を下げた。
「我々は貴方様を迎え入れる用意があります。その美しい銀の髪と朝焼けのような紫の目は確実に王家のもの。侯爵家には不要です。王宮にいらしてくださいませんか、アルシア姫」
姫、と呼ばれて戸惑う。
そういえば私、女だったな。一人だったからすっかり忘れてた。
というか、姫? そうか、実の父は前王だから一応王族になるのか。
……、めんどくさいなあ。
その私の両手をシミオンはしっかりと握った。
「いらしてくださいますね」
どうやら拒否権はないようだ。私は深くため息を吐いた。
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