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砦の人々と私

 砦に入るのは何年ぶりだろう?

 というか、全然覚えていない。むしろ記憶にない。私が住んでいたのはもっとずっと端のほうだし、部屋以外はほぼどこにも行かなかった、もとい行かせてもらえなかった。だから初めて来た場所と言っても過言ではない。


 2人は砦の中を全部知っているのではと思うほどの足取りで進んでいる。ぐるぐる巻きにされた私は何もできずにただ通り過ぎる風景を見ていた。この2人、こんな広いところをよく覚えられるな。見ただけでは憶えられないほどの広さでめまいがする。


 そのうち、豪華な金を貼られた扉の前で止まった。目的地らしい。


 こんなところがあったのだな。


 通された部屋は気持ち悪いくらい色鮮やかで、きらきら輝いていた。すっかり上った日が窓から差し込みとても明るい。塔に慣れた目には毒でしかないな。頭が痛くなりそうだ。


「失礼します」


 そう言うと、男はゆっくりと私を下ろした。足が着くとよろけないように自分で立てるまで支えてくれる。灰色は口パクと違って気遣いのできる紳士と認識。礼を言うと、灰色は得意げに微笑んだ。気に入らなかったらしい口パクと何やら言い合っている声が耳に入るが聞こえないことにしよう。


 男の肩から下ろされた私を見て、その場にいたたくさんの侍女が悲鳴を上げた。


 まあそうだろう。私は書庫塔にいた悪魔だ。鏡がないので見たことがないがとんでもなく醜いか、夢に出そうなくらい怖い顔をしているのだろう。可愛らしい侍女たちの女性らしい曲線が眩しいが、恐れられていると思うと少し悲しいな。


 肩を竦めて笑っていると、そのうちの一人が近づいてきた。かなりの年配女だ。白髪が多い。苦労したのだろうな。

 女はとてもきれいなお辞儀をすると、私の体からマントを外した。

 再び小さな悲鳴が上がる。年配の女は私を見て息を飲んだかと思うと、小さくつぶやいた。


「こんな、古くて薄い服……。しかも、男物? 1枚しか着ていないとか、ありえません……」


 ありえないと言われても、塔で着ていた服はこれしかない。しかも7歳の時に渋々差し出されたシャツだったから、成長する体に合わなくなってしまい、魔法で何度も修復したものだ。愛着があるのでケチつけられるのは辛い。

 すべてのものに感謝しよう56ページに「今あるものに感謝して大事に使う」ってあったのだが、古い情報なのだろうか? ショックだ……。


 そんなことを思って固まっていると、侍女たちがじりじりと近づいてきて、号令とともに飛びかかられた。

 驚く間もない。

 あっという間に担ぎ上げられ、服を脱がされて、風呂に放り込まれ、全身をがっつり磨かれたのち、髪を肩甲骨の下で切りそろえられ、新しい服を何枚も着せられた。一番下の服はぎゅうぎゅうと締めつけるもので、とても苦しい。

 せっかくくれるのだから感謝して着るが、記憶にある子どものころの服とは違うようで着ているだけで辛い。人がいなくなったら元の服に替えようと決意する。


 磨かれたのち、なぜか再び担がれて移動した。

 今度は口パクのほうだった。私を横抱きにし、ザクザクと進んでいく。

 重さを感じさせない腕力に感心したが、一人でも歩ける。

 そう言って断ったが、笑って流されてしまった。塔に閉じ込められていて歩くこともままならないと勘違いされているようだ。めんどくさい。


 知らない者がみな、振り返って私を見る。

 知らない輩に見つめられたところで何ともないのだが、なぜか全員、目を大きく見開いてこちらを凝視したのち、顔を赤くして立ち尽くすのは勘弁してほしい。

 そんなに私の顔はおかしいのか?

 我が身を悪魔だと自覚して落ち込んでしまうではないか。


 そんなことを思っているうちに大きな扉の前に来た。

 ゆっくりと開くのを待つ。


「これから陛下との謁見になります」


 口パク男が恭しく言った。


 陛下?

 誰だそれ?

 たしか、今の王様は……、最近即位したと聞いた。先月届いた瓦版に出ていたな。どんな姿かも知らないし、名前すらわからないんだが。


 まあいいか。どうせ悪魔の顔を見たいだけなんだろう。


 扉が開き、奥から声がかかったのと同時に、男は再び私を抱え上げた。今度も横抱き、俗に言うお姫様抱っこだ。上から見下ろすようにこちらを見ると、なぜか少し顔が歪んだ。さすがにずっと抱いていたので疲れたのだろう。私が思っていたより重かったのかもしれない。筋トレの効果は確実に出ているようだ。筋トレ理論に筋肉は裏切らないってあったが真実だな。


 扉の奥は今まで見たこともない広い部屋で、遠くに立派な椅子があり、そこに男が座っていた。

 陛下というからどんな中年だと思っていたけど、意外に若い。30歳を過ぎたくらいだろうか? 遠目でもわかる豪奢な銀色の髪は月の光そのもののように美しく波打っている。朝焼けの紫の瞳は意志が強そうだ。髪が良く映える浅黒い肌は鍛えた筋肉を伴っていて、椅子の豪華さにとても合っていた。

 それだけでない。なんだろう、このすごい威圧感。これが王様オーラというものなのだろうか?


 私を下ろした男は膝をついて恭しく平伏する。一緒に来た灰色は王の近くに立った。王の横に立てるほどの者だったのかと感心するが、それだけだ。


 私は少し考えたのち、去年秋に届いた『王族の友』の特集だった難しい礼をした。やり方が載っていたので、筋トレついでに習得していたのだ。

 速度はわからなかったから綺麗に見えるよう祈りつつゆっくりと行うと、周りからどよめきが起こった。

 ため息を吐きたくなるのをこらえる。きっと失敗したのだろう。付け焼刃ではダメなんだと反省。今後も精進しよう。

 しかしこの礼は地味に足腰に来るな。鍛錬が足りない。もっとスクワットを増やさなくては。


「お前が、俺の……」


 椅子から離れたところで声がする。


 顔を上げると、いつの間に来たのか目の前に王がいて、驚く間もなく覆いかぶさってきた。

 多分抱きつかれたのだと思うが、いかんせん相手の体がデカすぎる。離れようと抵抗したが、ものすごい力でぎゅうぎゅうと抱き締められてしまった。


 く、苦しい……。服の締め付けと相まって死にそう……。


 息ができない。なんとか顔だけでも離してと思っているのに、分厚い胸板に押し付けられて身じろぎひとつさせてもらえない。


 その時になって気付いた。


 あ、これ、ひょっとして、悪魔を殺そうとする王の作戦とか?

 身を挺して国を守ろうと?

 王ってすごいな……。そこまでできるなんて、かっこいいじゃないか。


 そんなことを思っているのにさらにきつく締められる。

 結果、私はあっという間に落とされて、気絶してしまったのだった。







読んでいただいてありがとうございます。

再び少し加筆しています。筋にはほぼ影響ありません。

やっと終盤です。加筆しすぎた……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 抱き締めて気絶させるなんざ…陛下ただ者では無いな!(笑)
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