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燃える砦と私

 ものすごい音がして目が覚めた。

 窓から少しだけ見える空の端っこはまだ青い。ほんのり明るいのは端のほうから朝焼けが始まっている時刻だからか。普段なら当直の騎士たちが回っている時間だ。

 いったい何事だろう、とはしごを登って外を見た私は眼下の光景に絶句した。


 砦の南側が燃えている。あちらは確か門がある方向じゃなかったか?

 遠くのほうから大勢の人々の怒号が聞こえる。それがどんどん近づいてきて、騒がしくなった。

 こちらまでは届かないが矢も飛んでいるようだ。キンキンと金属がぶつかり合う音はまさに戦っている音そのもの。隙間隙間に馬のいななきも聞こえる。悲鳴も上がってるけど、大丈夫か? けが人がたくさん出ていないといいんだが……。


 私は梯子を下り、本棚を回って治療について書かれた本を取り出す。


 ええっと、たしか、治療魔法が使えない人のための魔力操作のページがこの辺に……。

 あ、あった。さすがザクラス医師の救命医療解説本。世界に3冊だっけか? 何でも載ってる。


 私は手元にある空っぽの魔石に魔力を込めながら、有り余る魔力をゆっくりと巡らせる。

 まずは落ち着け、自分。毎日やっている精神鍛錬でとりあえず気を鎮めよう。こんな時こそ冷静に、だ。いかにして生きるか332ページに載ってた。


 とはいえ初めてのことでかなり気が動転している。たくさんあった魔力を込めていない石は全部魔石に戻してしまったし、部屋にかけている光魔法が強くなってまぶしいくらい光ってるのが証拠だ。まだまだ精進が足りないなあと思うけど、安定したスローライフを過ごしていたところで突然戦が始まったら誰だったこうなるよな。仕方ないって思いたい。


 窓の隙間から煙の臭いが入る。再び梯子を上って外を見ると、空まで届きそうな炎が迫っていた。砦の端のほうは完全に焼け落ちたようで、人々の歓声が届いてくる。

何者かに攻められて、砦が陥落し、侯爵家が負けてしまったのだろう。


 ここの本が燃えたら嫌だな。


 そんなことをつい考えてしまう。私が燃えたところで問題ないが、ここの本はとても貴重なものもある。燃えた本は二度と戻らない。本がなくなったら知識も失われてしまう。それだけは避けたい。


 なんとかなるといいんだけどなあ。


 そんなことを考えていたら、勢いよく扉が開いた。


「ここか!?」


 飛び込んできた男は私を見て目を丸くしている。

 乱暴すぎて本棚の本が落ちたので、とても腹が立った。落ちた本を戻し、男を睨みつけてやる。


 私と同じくらいの年だろうか? 金髪碧眼のがっちりした男だ。相当鍛えたのか、体中がとても分厚い。部屋に満ちた光魔法が男の顔をよく照らしていた。私の美的感覚では自信がないが、たぶん綺麗な作りの顔なのだろう。すっと通った鼻筋と意志の強そうな目は令嬢たちに人気がありそうだ。

 だが、残念ながら私を指さしてあたふたしている男の態度がすべてを台無しにしていた。俗にいう残念な男なのかもしれない。本で読んだ知識だから確実ではないが。


 それにしても、まったく、何をそんなに慌てているんだか。

 まあ「ここか!?」って飛び込んできたくらいだからな。貴重な本を確保しに来たんだろう。


「探し物があるなら手伝う。どの本だ?」


 久しぶりに声を出した。意外にちゃんと出るもんだ。

 だが男は動かない。口をパクパクさせながら、微動だにせず私を見つめている。


 ああ、わかった。私の中ですとんと落ちた。


 噂通り書庫塔に悪魔がいたからか。

 

 自分が書庫塔の悪魔と呼ばれていたことをすっかり忘れていた。

 私はひょいと肩を竦める。

 悪魔とばったり出くわしたら驚くのは当たり前だ。むしろ逃げなかっただけえらい。勇気がある男なのだろう。残念っぽいが。


「大丈夫、私は悪魔ではない、多分」


 私はにこりと微笑もうとして、笑ったことがないことに気づいた。

 ええっと、笑うってのはどうするんだったか?

 たしかすべてのものに感謝しようの13ページ目に微笑みの重要性が書かれていたから練習したんだが、鏡がないから確認できてないんだよな……。

 練習の成果を試すとき、と口の端を持ち上げたら、男は口を閉じた。効果があったのかもしれない。


「見つかりましたか!?」


 その後ろから別の男がやってきた。

 今度は灰色の髪に穏やかな紫の目をした男だ。目の前にいる口パク男と年は同じくらいかな? こちらもまた令嬢に人気がありそうな美男子だ。すらりとした体型で分厚い体ではないが、そういう男を好む者も多かろう。


 などと思っていると、その男は私を見るなり走ってきて、自分のマントを私の体に巻き付けた。いきなりなので驚く。ひょっとしたらこれは魔法のマントで、書庫塔の悪魔を封印しようと捨て身の努力をしているのだろうか? なんとも称賛に値する男だ。


「朝日に透けた白いシャツにその体は犯罪です!」


 私から目をそらして叫ぶ。

 なんだ、呪文か?

 大体、この部屋には朝日など入らないぞ。光ってるのは私の魔法だ。


 なんだか意味が分からないが、どうも私は悪魔ではなく犯罪者になったらしい。

 その体? 私の体がどうかしたのか?

 筋トレをしすぎたのだろうか? 毎日頑張っているが、図のようにうまく動かせなかったのか、あちこち柔らかくなってしまってさほど仕上がっていないはずなんだが……。


 いろいろ反論しようとしたとき、外で大きな爆発音がした。

 パラパラ、と埃が落ちてくる。

 何とかしないとと気は焦ったが、魔封じ(?)のマントで巻かれ、身動き一つ取られてもらえない上に、知らない男に拘束されていてはなすすべがない。

 抵抗は無駄と判断したのでそのままおとなしくしていると、あっという間に担ぎ上げられ、塔から出されてしまった。

 優男だと思っていた灰色は私を軽々と肩に乗せ、進んでいく。


「もう大丈夫ですよ。お辛かったでしょう?」


 口パク男は担がれた私の耳元で囁く。

 いや、まったく、と言いかけてやめた。ここの生活は快適ですと言っても通じなさそうだ。


 朝の冷たい空気にはたっぷりと煙の臭いが含まれていてまったく心地よくない。それにあちこちから届く血のにおいで胸が悪くなりそうだ。先ほど読んだ本が役に立ちそうなのだが、降ろしてもらえないだろう。せっかく久しぶりの外なのに。

 こんなことでもない限り出られなかったろうが、正直出たくもなかったな。


 男の歩みは早く、あっという間に塔が小さくなっていった。

 炎は小さくなっていたのでほっとしたが、まだ安心できない。

 私は男たちに言った。


「本を」

「はい?」

「本を焼くな。あれはとても大事だ」


 特に私の命でもあるあの5冊だけは!


「「かしこまりました」」


 返答に私はとても満足した。






読んでいただいてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさに急転直下とはこの事ですなー。 朝日に透ける白い服… いいね!(*´ー`*)
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