表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

生きる糧と私

 あれから10年経つ。


 最初のころは寂しくて泣いたりしていたけど、慣れてしまえばとても快適だった。

 私にはたくさんの時間がある。

 そして、ここにはたくさんの本があった。


 本を読んでいればいろいろなことが覚えられる上に生活に役立てることができる。最初のころは高い窓から届くわずかな光しかなかったのでかなり苦労したが、塔で見つけた基礎魔術の本の「実践・光魔法で照らしてみよう」を見つけてからはとても楽になった。

 魔法を使うと体の中の魔力も減るため、いいことづくめだ。

 最初のころは少し失敗して本の背中を少し焦がしたりもしたけど(もちろん見つかってない。ここまでくる使用人はいないからね)、7歳になるころには基礎魔術の本の魔法はすべて問題なく使えるようになった。

 それでも魔力は相当余っていたので魔石に魔力を込めるお仕事に支障はなかったが、成長するにつれて魔力量が増えたようで、暴走させないようにするのが大変だった。その都度高熱を出して光っていたのだが、助けに来る者などない。そんなときはいつも、本だけは傷つけないようにと祈りながら、必死に魔力を抑え込んだ。


 たまにそんなこともあるけど、毎日同じような日々が過ぎていく。


 塔に入るまで、周りの人間から暴力を受けたことはなかったが、同じくらいかまわれたこともなかった。だからほとんど他人と話をしたことがない。自分の声がどんなものかもわからないくらいだ。まあ食事を持ってくる侍従も私に話しかけることはないし、問題ない。


 ただ一度だけ、ここに本を取りに来たという騎士様に筋トレとかを教わったくらいかな。




 あれは私が8歳のころだった。

 その日は前日にパンを置いて行った侍従が部屋の鍵をかけ忘れていて、塔の中を自由に行き来することができた。塔の入り口の大きな扉にも鍵はかかってなかったようだけど、開けようとも思わなかった。塔から出ようとは全く思わなかったな。

 おかしいかもしれないが、この塔の中だけが私の世界だった。この中にいれば生きていくことができるし、怖い父や嫌われている義母に会うこともない。食べ物や衣服は少ないけど死ぬほどじゃないし、何よりここにいれば安全だ。本に囲まれ知識を吸収しているときは寂しくないし、とても満たされている。

 てっぺんの部屋から出られることも少なかったから、この時はただ、下のほうに行くことができたのが嬉しかった。部屋にある本はあらかた読みつくしていたので、新しい本が欲しかったのだ。幸いにもこの塔には魔石を取りに来る以外人は来ない。


 だからだろう、油断していた。


 入り口近くには比較的新しい本があるので、うきうきと物色していたら、突然扉が開いたのだ。


 多分私は悲鳴を上げたかったんだと思う。

 でも出たのは掠れた息だけだった。

 初めて見る人影は恐怖でしかない。簡単に殺されるだけならいい。この時の私はたまたま前日に『世界の拷問辞典』と『悪魔を封じるあれやこれ』を見てしまっていたので、何をするかわからない他人はとても怖かった。


 人影はとても大きかった。背が高いだけではなく、みっちりと詰まったように膨らんだローブを身に着けている。私が抵抗したところでほんの一捻りだろう。握られたら骨が砕けそうだ。


 逃げなくちゃ。


 そう思うのに、体がちっとも動かない。


 そのときだった。


「これが悪魔か? ちっちゃくてかわいい坊主だな」


 人影が言った。低い男の声だった。深みがあってとても聞きやすく、父のと違ってキーキーと耳に刺さらない。

 男はゆっくりと近づいてきて、私の頭を撫でた。

 坊主、と言われて情けなく思う。

 実はこの時の私はぼさぼさの短い髪をしていた。3日前に初めて挑戦した中級の火球魔法に失敗して長い髪を焦がしてしまったのだ。頭に燃え移る前に何とか手洗い場に駆け込めたが、そのせいで長かった髪は見るも無残なほどチリチリになってしまい、仕方なく焦げた部分を手でブチブチとちぎったらこんな頭になってしまったのだった。

 外見を気にすることもないので適当にしていたらこんなことに……。

 しょんぼりとうなだれる私に、男は優しく笑いかけた。


 それだけだった。


 驚いたことに、男は私に父のように冷たい言葉を投げなかったし、義母のように睨まなかった。たまにやってくる侍従や侍女のように棒で殴ったりしないし、本を投げることもしない。

 それどころかいろいろな話をしてくれて、とても親切な人だった。


 男は名を教えてくれなかったが、隣国から来た偉い人の侍従の騎士で、ある希少な本を探しているのだと言った。その本はずいぶん昔のものなのだが、隣国の失われた歴史の解読に役立つかもしれないそうだ。


「ボーフォート男爵の冒険という本なんだ。いろいろな国の図書館を回って探しているんだが、見つからなくてな」


 そのタイトルは覚えがあった。

 たしか、てっぺんの部屋の、一番上の書棚にあったはず。

 冒険ものは好きなので、タイトルに冒険とついている本はほぼ読み終えた。この本はお気に入りなので一昨日も読んだばっかりだ。間違いない。


 私は男をてっぺんの部屋に連れていき、はしごに上って本を取ってきて渡した。


「おおおおおおおお!!」


 男は感動したと言いながら大事そうに本を抱え込んだ。役に立てたようで私も嬉しい。生まれて初めて私がやったことを喜んでくれる人に会えた喜びは私の目から涙になって溢れ出た。

 泣いている私を見た男がびっくりしすぎて転んでしまったのは申し訳なかったけども。


 その後、男はすぐに帰ってしまったが、2.3日後にまた現れて、お気に入りだという本をお礼にと置いて行った。


 その本は今も愛読している。


 筋トレ理論

 柔軟体操の注意点

 ものづくりの魔法

 いかにして生きるか

 すべてのものに感謝しよう


 この5冊は私の生きる糧。


 筋トレのおかげでとても丈夫な体を維持しているし、柔軟体操は本を読み過ぎたときにすると体がすっきりする。ただ本を読んでいるだけではそのうち歩くこともできなくなっていただろう。今では壁を使うけど逆立ちもできるし、足も180度開脚する。健康で本が読める生活が送れるのはちゃんと体を作る方法がわかってるからだ。


 ものづくりの魔法の本はここでの暮らしをとても豊かにしてくれてる。内緒だけどこの部屋を照らしている光の魔法はこの本をヒントにして私が作り上げたものなのだ。それにパンを素材にまで分解して魔力を足し、かさ増しご飯を作ることも覚えた。正直食べているのはパンだけなのだけど、魔力がいい感じに栄養を補ってくれる上におなかも満たしてくれていいことづくめ。小さくなって着られない服もこの本を参考にして作り直した。この本がなかったらとっくに心折れて死んでいたと思う。


 いかにして生きるかとすべてのものに感謝しようの本は死んでしまったほうがいいのではと泣いていた私に生きる希望を与えてくれた。衣食住の不自由なく生活ができ、魔力を提供して家に貢献するという仕事まで与えられて生きる意味をもらった。義母や弟妹に迷惑をかけられない自立した生活を送らせてもらっている。素晴らしいではないか。すべてのものに感謝しように書いてある通りだ。今では父に感謝の念すら抱いている。




 そんな穏やかなスローライフが16歳の誕生日である今日、破られるとは思ってもいなかった。






読んでいただいてありがとうございます。


本をくれた人の描写を加筆しました。

少し先ですが、新しく追加していくお話に出てくる予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] マジで騎士様に感謝ですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ