魔力過多と私
私は生まれたときから魔力過多だった。
魔力過多とは文字通り魔力を多く持ちすぎるもののことを言う。人は魔力を持って生まれてくるが、ほとんどは身の丈に応じた量で収まる。
神殿が決めた魔力の基準だと10から1500。例を挙げると魔力10なら最低レベルの水を作る魔法で1日4回、生活魔法なら1人分の洗濯が20回。多少の増減はあるけど生きていくのに支障ないほどだそうだ。王宮で働く魔術師の最大値は記録にある限り154500だったかな。
私は生まれたときで18000000000だったらしい。うん、0が多すぎて自分でもよくわからない。ただ、計測用水晶がそこまで行って爆発したと聞くから、本当はそれ以上あったのかもしれない。
私を身ごもって以来、母は体調を崩した。母の魔力は180だったそうで、膨大過ぎる私の魔力に体がついて行かなかったと聞く。毎日神殿から派遣される神官や魔術師たちが私の魔力を外に流すために頑張ったらしいけど、毎日のことだから相当大変だったのは想像に難くない。
そんな環境だから、自然と出産は早くなり、早産すれすれだったという。
母は私を産んだせいで早く亡くなったと聞かされている。そんな状態でもこうして生きているのは魔力のおかげらしいけど、正直嬉しくないな。
以前、一度だけ食事を運んできた侍女は私の顔を見るなり『母親の腹を喰い破って生まれてきた悪魔!』と叫んで気絶した。
さすがに喰い破りはしなかったろうと思うが、否定はできない。なんせ悪魔だし。事実だとしたら気絶されても仕方ないと思う。
その後すぐ、父は後妻を迎えた。
母が早くに亡くなった上に魔力過多の私では公爵を継げないので、弟妹を作り、侯爵家が途絶えないようにしているのだ、と執事は言った。
「はっきり言いますが、貴方はこの領土から出られませんし、出てはいけません」
執事は私に魔力過多の恐ろしさ、周りに及ぼす悪い影響などを懇々と話した。
だから、私はずっとここにいて、この家と領民のために魔力を差し出さなくてはならないのだとも。
侯爵家の娘として生まれたのだから、私の魔力は領民に還元するのが当たり前だ、と力強く言われ、そうなのかと頷いた。
母を殺したのだから仕方ない、そうも思った。
だからだろう。物心つく前は砦の奥の部屋に閉じ込められていた。
時折魔力が体で暴れて苦しんだが、誰も助けに来なかった。今思えばそんなとこに来たところで何もできないし、自分が危険だ。魔力の暴発で激しく光る部屋はさぞ不気味だったろう。
何度も何度も助けてくれと叫び、泣いた。
もちろん誰も聞いてくれなかった。
ここに移されたのは6歳になる少し前。
6歳になるとこの国に住む子どもはすべて、王都から回ってくる神官もしくは魔術師に魔力を調べられる。私は母が身ごもっているときに神官たちの世話になっているので存在を知られていたので、調べられるまでもなく王宮に引き取られることになっていたが、父は調査が回ってくる前に私を閉じ込め、隔離した。
子ども、つまり私は6つになる前に死んだということにしたようだ。
6歳になった日、塔の下で「娘は死んだのだ」と叫ぶ父と複数の人々が騒いでいた。しばらく争う音もしたが、やがて静かになり、数日間は人も来ていたが、そのうちに途絶えた。
私はその時に死んだのだ。
悲しかった。
いらないのなら、捨ててしまえばいいのに。
何度もそう思った。
塔に移動してからは仕事ができた。
日に一度(とは名目だけで実際は数日に一度)の食事とともに、丸い石が数個届けられる。
ただの石に見えるが、実際は魔力を使いつくした空っぽの魔石。空っぽになったら使い道がないので捨てられることが多いけれど、私の魔力は規格外なので魔石に再度魔力吹き込むことができるのだ。
それを知ったのは塔に閉じ込められる日の少し前。
その日は珍しく砦の中庭に出してもらえたので、歩いていい場所をすべて回ってやるつもりで散策を楽しんでいた。
父は不在だったので、執事が隣にいた。今思えば監視されていたんだろうが、ずっと閉じ込められている私への慰めがあったのかもしれない。
うろうろしていた私の目に飛び込んできたのは赤みを帯びた灰色の丸い石だった。つるんとした石で光っていたりとかそういうのはないけれど、そこら辺に落ちている石より目立っていて興味を引いた。
私は初めて見る石に興奮した。石なんて見たことなかったから、それだけで宝物にしたいと思った。
そんな単純な理由。それだけだった。
まさか触っただけで周りのものが爆発四散して、執事が大けがをするなんて、思わないじゃないか。
たまたま私が見つけた石、それはトンネル工事のために使いきった爆発魔法用の火の魔石だった。魔力がなくなった魔石は使い物にならなくなり、ただの石と同様に扱われる。その石は捨てられていたのを召使の飼い犬が拾ってきておもちゃにしていたらしい。爆発魔法の魔石は危険物のトップに入るが、魔力を使いつくしていたのでごみ扱いだったんだな。
大騒ぎになった。
おろおろしていたメイドがたまたまあと一度で使い切る回復用の光の魔石を持っていたので、借りて触ったらすぐに石の魔力が回復した。石のおかげで執事は一命をとりとめたが、執事として仕事に戻ることはできなかった。今は職を辞して王都にある執事の学校の教員になったと聞く。執事の人生を変えてしまったけれど、生きててくれてよかった。仕事に忠実だっただけかもしれないが、執事だけはちゃんと話しかけてくれる大人だったから。石を持っていたメイドには今でも感謝している。さすがに5歳で人殺しになるのは悪魔の私でも嫌だ。
大騒ぎの中帰ってきた父は、私を再び砦の奥に押し込めた。
その後、水や風などの魔石でも試し、結果的にすべての属性の魔石に再度魔力を込められることが分かった。さらに言えば再度魔力を込めた石は前の倍使えることもわかった。
そして塔に閉じ込められて、今に至る。
「この地のために魔力を差し出せ」
父はそう言って私を塔に投げ込んだ。笑っていたと思うが、気味が悪い顔だった。
それが父を見た最後の記憶かもしれない。
後ろにいた女は多分義母。抱えていたのは多分弟か妹。どっちも顔すら思い出せないし、話したこともないので全く愛着がない。
それなのに、義母は憎々しげに私を睨んでいたし、妹か弟かわからない子供は指さして叫んでいた。
たくまたくま、って言ってたけど、たぶんあくまって言いたかったんだろう。もっとしっかり教えておきなよ、と苦笑した。
「母親のように、さっさと魔力を使い果たして死ぬがいい」
扉の締まる音と同時に届いた父の言葉は今も忘れられない。
私は母に自身の魔力を使い果たさせるようなことをしたのだろう。それで母は死んだのだ、きっとそう。
父の発した言葉を聞いた義母が何か言ったようだが、ガチャンと重たい扉が閉まった音にかき消された。何を言っていたのか、昔はとても気になったが、今となってはどうでもいい。
読んでいただいてありがとうございます。
まだ短編の加筆部分です。筋は変わらないのですが2割ほど増えてます。




