猫の星と猫の石 2
青い顔でへたり込んだエイブラムを後から来た文官に託し、フィル兄様の待つ執務室に向かっていた途中、部屋からたくさんの文官たちが出てくるのにぶつかった。そういえばここは会議室が並ぶ棟だったな。第一騎士団はその奥、騎士の訓練所近くだ。意外に遠い。
「あれ、アルト?」
その中からロイドとランドル兄様とシトリンが出てきたので驚いた。珍しい組み合わせだと思ったけど、実はよく一緒に仕事をするそうだ。実は先日国に呼び戻されたことも関係していると言う。
最もロイドは留学生という身分なので、自国に関することで意見を求められた時のみ相談役として参加しているそうだ。
実はいろいろ仕事してるんだぜ、などと偉そうに言うので笑ってしまった。
「姫様、またそんな恰好で……」
騎士服だったのでシトリンは少し眉を寄せたが、こちらの事情を話すと納得してくれた(というかすごく同情された)。たくさんある魔石の分類にドレスは不向きだし、なにより騎士団に行くのに着飾っていたら騎士たちが落ち着かないと思う。ランドル兄様とロイドは見慣れた格好だと笑った。
騎士団まで送ると言う三人に礼を言い、雑談をしながら進む。
三人によると、終わった会議はロイドの国との輸出入に関する議題が主だったそうだ。先ほど内容が決まり、書類にして使者に渡したとの話だった。こちらにとってはかなりの好条件だったそうだが、ロイドはいまいち腑に落ちない点があるそうで、そこを指摘したのだが理解してもらえなかったと不満そうにしている。留学生ごときがなどと言ってくる貴族もいたそうで、だったら呼ぶなと憤っていた。確かに不憫な話だと思う。
「ああ、猫の石の奴か」
ロイドのふてくされた顔を見て笑っていたら、さっきのことを思い出した。
「いや、猫の星だよ、アルシア」
ランドル兄様がやんわりと訂正するが、ロイドはそこがおかしいとしきりに首を傾げている。
「いや、確かに猫の石でしたよ」
きっぱりと答えた私に皆が不思議そうな顔を向けるので、先ほどあったことを話した。
シトリンの顔が真っ青になった。
その場から動かなくなった三人を置き、やっと第一師団の執務室に着いた。
軽くノックをし、返事をもらってから扉を開ける。むわっと男臭いにおいが部屋から溢れた。今日も素晴らしい筋肉の男たちが15人ほどいて、箱の中身を取り出している。さほど広くない部屋の隅に追いやられた執務机やソファセットの上にも置き場のない箱が積まれていた。
「ああ、やっと来たな!」
箱の影から一段と素晴らしい筋肉が声をあげる。
「遅くなって悪い、フィル兄様」
声をかけたものの、人と箱で満杯の部屋にどうやって入ろうか悩む。立ち竦んでいると近くにいた騎士たちが全員、こっちですと手招きした。親切はありがたいが、さて、どうしたものか。
そのとき、フィル兄様が素早く私の隣に来て、子どもを抱くように片手でひょいと抱え上げた。そのまま器用に箱と箱の隙間をすり抜け部屋の一番奥まで連れていってくれる。すごい空間把握能力だと感心してたら、ソファの上の箱を邪険にどかして座らせてくれた。何故かすごい顔で騎士たちを睨んでいるが、地顔がいかついし、気のせいかもしれない。
「とりあえず中身を全部出そうって話になってるんだが、どうやってしまったらいい?」
「最初に種類で分けて、その後おおざっぱだが大中小の大きさで分けてしまいたい。種類の見分けは大体わかるが、間違えると怖いからな。小さい奴は特に間違えやすいから、そこをアルシアに頼みたい」
「了解」
魔石の種類は大きく色でわかる。
赤は火。
青は水。
緑は風。
黄は土。
金は雷。
銀は光。
黒は闇。
色が濃いほど石に含まれる魔力が高く、透き通っているほど純度が高い。
私は魔力を使い切った魔石に魔力を込めるだけなので、もともとの石の持つ力を変えることはない。だからいろいろな種類の石になるんだが、ちゃんと分けておかないとどこに何があるのかわからなくて使い勝手が非常に悪い。魔石は個性に合う用途でないと力を発揮しないばかりか道具を壊すこともある。意外にデリケートなんだと城に来て知ったよ。自分用に使うことは少なかったからな。
箱から出してくれた石を色ごとに分けると、端から騎士たちが重さを確認して空いた箱に詰めていった。魔法を発動しない限り魔石は石ころと同じだから雑に扱っても問題はない。ぽいぽいと投げ込まれる石は自分でも驚いたがすごい数だった。
作業を始めると、時間などすぐに過ぎる。
午前中が終わり、簡単に昼食を取り、気づけば夕焼けが広がる時刻になっていた。
「これでやっと半分か……」
フィル兄様が後ろでうんざりした声を出している。単純作業は苦手だと叫んで、叱られていた。兄様でも叱られるんだなとちょっと笑った。
とはいえこれは私が悪い。ちゃんと分けて届ければよかった。
「手間かけさせてすまない。次回はこっちで分けてから取りに来てもらうようにする」
頭を下げたら、周りにいた騎士たちが殺気を飛ばした。特に兄様の隣にいた副官のクルトはすごい深い皺を眉間に刻んでいる。その通りだと思ったのだろうな。全員に責められてるようでいたたまれない。
「騎士の貴重な時間を雑事に使わせて、本当に悪かった。反省してる」
訓練などいろいろとやらなくちゃならないこともあるだろう。それに比べ、私は時間はたくさんあるのに手間を惜しんでしまった。心が痛む。
「いやいやいやいや、姫様は何も悪くないですよ!」
再度詫びて深く頭を下げると、クルトが走り寄ってきてそんなことはしないで下さいと言ってくれた。何だかものすごく必死な感じでとりなしてくれてる。
「うんうん、今のは団長が悪い」
「軽く殺したくなったよな」
「闇討ちしたくなった」
「姫様がこんなに頑張ってるのに大人げない」
周りの騎士たちが全員、フィル兄様を押しのけて私の周りに来て、頭を撫でてくれた。
(頑張ったら騎士に撫でられたいと初日に呟いた結果、最近はこうして第一騎士団の全員に頭を撫でられるようになった)
優しさが身に染みる。筋肉は正義だ、といい体の騎士たちに囲まれて和んでいたら、フィル兄様に抱え上げられた。ごめんようと言いながら頬を頭に擦り付けてくる。しっかり抱え込まれると、頬に当たる胸筋が大変良い。適度な弾力と張り。その下のしっかりと割れた腹筋といい、私の腕の三本分くらいありそうな上腕と言い、細部まで素晴らしいつくり込みだと思う。私の胸も結構鍛えたんだが、失敗したらしく無駄に大きく柔くなってしまった。なぜこう兄様のように美しくならなかったのか……。明日からもっと鍛えよう。鍛え上げられた美しい筋肉の騎士たちといると、緩んだ私の体は恥ずかしい。
その後も黙々と作業をし、あらかた片付いたころには日付が変わっていた。
残りは粉に近いような小さなクズ石ばかり。石同士がぶつかるのでどうしても欠けるのだとクルトが言った。欠片のようなそれにも魔力はあるのだが使い道はないと言い、塵取りでとって袋に入れる。
キラキラと美しいクズ石はドレスを飾るビーズのようだと思う。
何かに使えるかもしれないので、捨てるならと全部もらった。
「こんな猫の石みたいなの使えますかねえ」
クルトが苦笑する。
「猫の石か」
今日はよくその名前を聞く。
そういえばシトリンのほうはどうなっただろう? 夜が明けたらランドル兄様に聞いてみようかな?
ひょっとしたら輸入される猫の石は私が魔力を込めるためにわざわざ取り寄せたのかもしれない。そうだったら変に問い詰めて悪いことをした。
そんなことを思いながら、塔に戻った私は、夜明け前に叩き起こされることになる。
読んでいただいてありがとうございます。
すっかり間が空いてしまいました。
こちらはやっと桜が咲く時期になりましたが、普段通りにはなかなか戻れませんね。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。




