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猫の星と猫の石 1

 夜会の日から半月経ち、暴走しかけた私の魔力はだいぶ落ち着いた。

 侯爵領にいたときは暴走すると落ち着くまで一月以上かかったので回復が早いと思う。

 多分、ティファール兄様が心配してたくさん空の魔石をくれたからだろう。過剰な魔力を適量まで出してしまえばいい話だからな。

 ただ、大量の魔石ができてしまい、塔の倉庫がパンパンになってしまったのは困った。これでは新しい本が入らない。


 セシル兄に相談すると、次の日にフィル兄様率いる筋肉軍団、もとい第一騎士団の騎士たちが魔石の箱を持って行ってくれた。全員がほれぼれするほどの体躯の持ち主で、眼福だった。あの筋肉に囲まれたいと言ったら、そばにいたフィル兄様が自分ので我慢しろと言って目の前に立って視界を塞がれたっけ。でも騎士団の訓練の見学は許してもらえたから、回復したら絶対見に行こうと思う。

 セシル兄の話では魔力がたっぷり詰まった魔石が倉庫に溢れるほどある国などここくらいだとティファール兄様はご機嫌だとか。役に立てて何より。最近では魔石の噂を聞いた近隣諸国が売ってくれないかと打診しているらしい。私の仕事が増えるかもしれないから覚悟しておこう。




 そんなある日のこと。

 久しぶりに里帰りしていたロイドが鼻息荒くやってきた。確か急に呼び出されて国王である父に呼び出されたとグズグズ言いながら旅立ったんだったな。

 セシル兄から聞いた話だと、ロイドは国王とあまり仲良くないらしい。子どものころから人質要員として他国を留学という名のたらいまわしにされていたそうだ。本人は自分の存在が国の役に立っていればいいと言ってるそうだが、国に帰るとめんどくさいと言う部分るあるという。

 そんな王からの呼び出し、めんどくさいと嘆くのもまあ仕方ないことなのだろう。


 帰って来たロイドは土産だと言って大きな石のついたネックレスをくれた。湖のような青い色の石に金色の星が入っている。星は角度を変えるときらりきらりと光り、とても美しい。


「猫の星って言う石なんだ」


 猫の星は魔石の一種で、美しいものは貴石として扱われるが、一般にはあらゆる魔法の媒体になるそうだ。そういえば宝石の本にあった気がするが、私が知っているのは猫の石という名前だった。


「猫の石は猫の星の魔力が少ないものでな」

「そうなのか?」

「猫の星は産出量が極端に少なくて、大きなものはほとんどとれない。市場に出ないからほとんど知られてないな。小粒で質が悪いものはほとんど魔力が切れているんだが、それでも生活魔法に使う程度の魔力は残っているし、モノによっては輝き方が綺麗なんで半貴石として初級冒険者のアクセサリーなんかに使われる。アルトみたいに魔力を石に入れられる魔術師はいないから使い捨てだな。もっともアルトだったら猫の石も猫の星にできそうだけど」


 なるほど。


「この石には魔力暴走しそうになったらアルトを守るように調整してもらった魔力を込めてある。猫の星と言っても、所詮は猫の石の大きい奴。使い捨てだ。お守りだと思って身に着けててもらえたら嬉しい」


 言いながら、ロイドは私の後ろに回ってネックレスをつけてくれた。

 つけた瞬間なじみのある魔力を感じる。ロイド、調整してもらったと言ってるが、自分の魔力を込めたのか。普段はあまり感じないけど、ロイドもセシル兄と同じくらい魔力高いんだったな。

 指ではじくとじんわりと温かみを感じる。


「大事にするよ、ありがとう」


 私はにこりと笑った。




 そんなやり取りをした次の日。

 私は久しぶりに王宮にいた。自分の部屋ではなく、フィル兄様のいる第一騎士団の執務室に向かっている。先日運んでもらった魔石があまりに多くて分類し損ねたから助けてくれと呼び出されたためだ。

 これに関しては私が悪い。ぱっと見だけでどの石に何が入っているのかなどわからないだろうからちゃんと分類しなくてはいけなかったのだが、いかんせん魔力暴走の時に適当に魔力を流し込んだ石だったから後回しにしていた。本当に申し訳ない。


 そんなわけで急いでいたのがいけなかった。

 もちろん廊下は走ってない。走ると叱られるからな。

 ただ、前を見てなかった。突然扉が開いて出てきた人物に気が付かず、ぶつかってしまったんだ。


「!!すまん、ケガはないか?」

「いてぇな、誰だよ!?」

「!!!あ、アルシア殿下!」


 ぶつかったのは他国の使者のようだった。尻もちをついて悪態をつきながら、落ちた書類をかき集めている。中で頬に両手を当てて驚いているのはたしかシトリンの部下じゃなかったか?


「殿下? この国では女はズボンはいてとことこ歩いてるんだな?」


 使者殿が顔を歪めて私を見つめる。まあそう言われても仕方ない。今日の私は魔石の整理に来ているので動きやすい騎士服だ。しかも簡易なほうだから大きいシャツに黒いズボンといういで立ち。


「!!き、貴様、姫様に向かって……」

「ああ、気にするな」


 姫と呼ばれる姿からは程遠い自覚がある。全く問題ない。


 私は散らばった書類を拾うのを手伝ってやった。

 せっかくなので目を通す。


「ふむ、猫の石100キロか」

「!!!見るな!」

「ああ、すまん。普段引きこもっているので礼儀はからっきしだ。そちらもそのようだし、お互い様だな」


 暗に『言葉遣いがなってない』と指摘したつもりだったが、使者殿は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「貴様!私を愚弄するのか!? マイノール公爵様の使者であるテニソン子爵を!?」

「マイノール公爵か。たしかロイドのところの貴族だな」

「はあっ!?」

「し、使者殿、その方は……」


 シトリンの部下が使者殿、テニソンといったか、の耳元で囁く。テニソン子爵の顔がだんだん青くなり、ダラダラと汗をかき始めた。そんなに震えずともとって食いやしないのに。


「ししし、失礼しました!わわわわわ、私はこれで!」


 テニソン子爵は拾った書類を放り投げ、ものすごい勢いで駆けだした。あ、転んでる。お約束だな。そんな目でこっちを見なくても追いかけないぞ。というかそっちは出口じゃないと思うんだが。


「ロイドもそうだが、コンラッド王国の男は忙しない奴が多いのか?」


 シトリンの部下はなんとも言えない顔をした。




 散らばった書類を二人で拾い集める。

 シトリンの部下はエイブラム=シーグローブと名乗った。シーグローブといったら財務大臣の家系だったな。そう言うと、エイブラムは財務大臣の甥の息子だと答える。昨年王宮勤めになったばかりだそうだ。


「アルシア殿下はほかの姫君とは違うと聞いておりましたが、実際にお会いしますととても凛々しいです」


 何とか褒めようとしてくれるエイブラムに思わず頬が緩む。


「ありがとう。仕事の邪魔をしたのに褒められるとは恐縮だ」

「い、いえ!こちらこそ殿下の邪魔を。お急ぎではなかったのですか?」

「急ぎ、あ、そうだ。フィル兄様のところに行くところだったんだ」


 書類をまとめて渡す。


「ところで一つ聞きたいのだが」

「はい」

「ここのところに『麦と塩が船2隻分を猫の石100キロと引き換え』とあるが、これは等価取引なのか? 船の大きさによると思うから私にはよくわからないのだが」

「え、ええ、は??」

「いや、昨日この石をロイドがくれたときにな、猫の星には価値があるが猫の石には魔力がほとんどないためあまり価値がないと聞いたんだ」

「で、でも、使者殿は『麦と塩が船2隻分を猫の星100キロと引き換え』と……」

「そうなのか? でも、ほら、ちょっとここを見てみてくれ」


 私は気になるその書類をエイブラムに見せた。


「猫の石の部分、これはコンラッド王国の言語ではなくあえて猫の石原産国らしい西方大陸語で綴ってあるようなのだが、私の記憶が正しければ猫の星ならば『cat sta』となるが猫の石なら『cat sto』なんだ。ここにはほら、『cat sto 100キロ』と書いてあるだろう? だから」

「え、あ、あああ!!!」

「昨日たまたま本で見た場所だったから憶えてたんだが、気になったんでな」


 猫の石でそれほど高価なら猫の星だったらどれだけ、と気になったってだけだったんだが、エイブラムはせっかく集めた書類を床に落とし、へたへたとその場に座り込んだのだった。


「だ、騙された……」


 その口から小さく溢れた言葉に、私は思わず眉を寄せた。






読んでいただいてありがとうございます。


猫の星は猫目石、猫の石はタイガーアイがモチーフです。タイガーアイ、結構好きなんですよ。

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[一言] 詐欺か!? 詐欺られたのか!? こりゃ責任問題ですな!
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