書庫塔と私
短編を連載に起こしました。よろしくお願いします
アークロイド侯爵の砦にはひときわ目立つ高い塔がある。
侯爵領は辺境ではないものの隣国との境にあるため、国の守りとして大きな砦があり、中隊クラスの騎士団が常駐していて、たくさんの人々が働いている。
そこに領主である侯爵一家が暮らしていた。
塔はその砦の一番端、居住区から遠く離れた場所に建っている。
立派な砦と造りは変わらない非常に堅牢な塔は肝試しをする子供たちも近寄らないほど陰気な雰囲気を漂わせていた。
もともとは侯爵家の罪人を飼い殺しにするための塔だったが、十三代前の侯爵が無類の本好きであり、国内国外関係なく次々と書物を手に入れては砦に積んでいくため、困った家族が塔を本の収納場所とした。
そんなわけで、罪人の塔と呼ばれていた塔はいつの間にか書庫塔と呼ばれるようになった。
侯爵家当主の本好きは引き継がれ、そのうち読まないが集めたいという収集癖のようなものに変わって、今では手つかずの本が塔の上から下まで全部が書物で埋まっている。
その後は戦争などもあってそれでころではなかったこともあり、本のことは忘れられていたが、三代前の当主が探し物をしていた折に塔に入り、希少本がたくさん見つかったことで状況は一変する。
本は日光に弱く、ぼろほろになった本には価値がない。そのために当時の侯爵は急いで塔を改装し、ほとんど窓を潰してしまった。もともと罪人の塔だからと家臣たちが止めるのも聞かずに行った工事だった。
本にとっては良かったのだが、これが家臣たちの心を塞がせた。
嫌な予感ほどよく当たるという。
罪人たちの祟りを恐れる家臣たちを侯爵は笑い飛ばしたが、三年後に起こった隣国との戦争で命を落とす。偶然だったのだが、家臣たちはそう思わなかった。
窓が一つだけになった塔はますます重苦しい見た目となり、砦の恐怖の象徴のようになった。
書物をしまいに来る召使たちも入り口に本を積んだら逃げるようにその場を去る。
ついに書物を好む魔術師たちさえ近づかない場所となってしまった。
そして今。
書庫塔はかつての名を取り戻し、罪人を閉じ込めている。
罪人は悪魔と呼ばれ、砦に住む人々だけでなく、領地にいるすべての民に忌み嫌われているのだ。
まあ、その悪魔は私なんだけども。
*****
今日も私は一つしかない窓から外を見ている。
窓はものすごく高いところにあるので、はしごをかけて登り、窓枠に手を置いて背伸びをしてやっと届く。窓は質の悪いガラス製だけど丈夫なのがいい。近くにある取っ手をくるくると回すと少しだけ外側に開いてきれいな空気が入った。
うん、いい気持ち。
隙間から外が見えるけど、角度のせいもあって真下は見えないから、地上はほとんど見えない。万一人がいたとしてもポツンとした点くらいの大きさで、それが誰かなんてわからないくらい。
まあ、わかったところで誰か知らないからいいか。
外気を少し楽しんだら、窓を閉めて梯子を下りる。
ぱちん、と手を叩くと、柔らかいオレンジの光で部屋が満たされた。
光の魔法のおかげで明るいので、日の光はいらない。むしろ本が日焼けしてしまうので邪魔だ。
この部屋には壁一面に本が並べられている。本のために窓をふさぐという話もあったらしいが、さすがにそれだと空気の入れ替えができないとなり、小さな窓が一つだけ作られたと聞く。
この程度の窓で換気なんてできるわけないし、実際には風の魔法で空気を流しているのだが、体裁が大事なのだろう。
そのせいで塔の外見がさらに不気味になったという話だが、住んでいる身としてはどうでもいい話だ。
私の部屋は塔のてっぺん。一番本が多く、鍵がかかる扉があり、それ以外は何もない小部屋。窓のわきには天井まで届くはしご、下には小さな机と椅子と狭い寝台。そのほかは掃除用にある小さな洗面台と下まで行かなくても用が足せるように作られた粗末なトイレ。水回りがあるのがわずかな救いだ。
それ以外は全部本。貴重な本から最新の瓦版まで、書物なら何でもある。
私はここで本を読みながら毎日過ごしている。
それだけだと体が鈍ってしまうので、昔一度だけ会った騎士様に教えてもらった筋トレと柔軟体操をしてひそかに体を鍛えているのだけどそのあたりは内緒だ。
カツン、カツン、と足音がして、扉の前で止まった。
扉にある小さな窓が開いて、ただの丸い石が数個と同じくらいの大きさのパンが差し出される。
それを受け取って、引き換えに金色に輝く丸い石を差し出すと、ひったくるように奪われ、小窓が閉まる。
「三日に一度のパンで何年生きるつもりだ?」
扉の向こうで男の声がする。同時にガツンと扉を蹴る音が聞こえた。
今日はハンスか。声で分かるのにばれてるとか思わないのだなあ悪魔に何かされるとかそういう危機感はないんだろうか? しないけどさ。
ちなみにこの間、約20秒。人は日替わりだけど、されることはあまり変わらない。
今日は扉を蹴られた程度だけど、たまに窓から棒で小突かれたり、食べられないパンを差し出されたりする。
石はちゃんと持っていくのにね。
ものすごい速さで遠ざかる足音を聞きながら、ため息を吐く。
これが書庫塔に来てからの私の日常。
読んでいただいてありがとうございます。
個人的に好きな話なのでもう少し書いてみたいと思い、長編版に起こしてみました。
最初の5話くらいまでは短編に加筆していく形でお届けする予定です。短編には薄かった恋愛要素は徐々に加えていきますので生暖かい目で見守っていただけると助かります。
最初のほうは加筆なのでだーっと更新する予定ですが、その後は不定期になると思います。よろしくお願いします。