魔力暴走と私 2
泣いたのはいつぶりだろう?
小さいころ、暴走した魔力が苦しくて苦しくて泣き叫んだ。痛くて苦しくて辛くて、助けてと悲鳴をあげても誰も聞いてくれなかった。むしろ暴走が収まったあとでうるさかったと暴行されたことを憶えている。
だから、ロイドが見つけてくれた時、同じように嫌悪されるのが怖かった。
でも、ロイドは助けてくれた。最初は信じられなかったけれど、今、私を包んでいる暖かさは本物だ。
嬉しくても泣けるのは本で知っていたが、体験するのは初めてだった。
泣いてどうなると最初は堪えていたけれど、ロイドに礼を言った瞬間、堰が崩れてしまった。気が付けば声をあげて泣いていて、ロイドが背を叩いてくれていた。
子どもをあやすような、柔らかなリズムが心地よい。
不思議だ。
ロイドといると、今までになく気持ちが楽になる。
ロイドの腕に包まれると安心するし、胸に額を押し付けるとずっとこうしていたくなる。大きな手で撫でられると今までの辛かったことが流れていくようだ。
ロイドの匂いと体温が好ましい。
暖かな日だまりのような心地よさに包まれていたら、涙が溢れて止まらなくなった。痛くも苦しくもないのに、体の中から自然と声が出て、嗚咽になってこぼれていく。
そんな私を、ロイドはただ黙って抱き締めてくれた。
大丈夫、そう言いながら、何度も頭を撫でてくれた。
その暖かさに甘えていると、涙はとめどなく溢れた。
胸の奥がぎゅっと苦しくなり、満たされた気がした。
体の内側で暴れていた魔力が凪いでいくのがわかる。涙は輝く粒になって溢れた魔力とともに落ちた。
「綺麗だ」
ロイドが呟く。顔を上げると、目が合った。碧い目には化粧が落ちて髪もぼさぼさになった私が写っている。しかもコルセットを外してもらうのに服を脱いでしまったため、上掛けでくるまれただけの情けない姿だ。
急に恥ずかしくなった。
頭からかけられている上掛けに顔をうずめ、両手で覆う。おかしい。トレーニングの時はもっと崩れた髪型だし、そもそも化粧などしてないから今と変わらないはずだ。いつもは気にならないのに、なぜか今はロイドと密着してると思ったら頬が熱を持つ。
まだ魔力が制御しきれてないのかもしれない。
それにしても、何が綺麗だったんだ?
「どうした?」
ロイドが覗き込んでくる。それだけで耳まで熱い。なんでだ?
「なんでもない。ちょっと寒くなったから、もう少し……」
「ん?」
「もう少し、ぎゅってして」
言ったとたんに顔から火が出そうになった。
同時に、なぜかロイドは私から手を離し、両手で顔を覆ってじたばたし始めた。きっと私をさらに温めようとして運動してるのだろう。律儀だな。
その後、体が楽になった私はドレスからいつもの運動着に着替え、ベッドに入った。正直眠たくはないが、体のほうは起き上がれないほど消耗している。
「もう大丈夫だから帰っていいぞ」
そう言うと、ロイドは困った顔をしたのち、首を横に振った。書棚の前にあるスツールを引っ張ってきて横に置き、座る。
「心配だから寝るまで見てる」
「私の寝顔を見たいと」
「うっ……。そ、そうなんだが、心配させてくれ……」
顔を真っ赤にして頭を下げるロイド。心配してくれるのはありがたいけど、セシル兄に叱られそうだ。
でも、なんだろう、すごくほっとする。
「誰かに心配されるってのは嬉しいものなんだな」
思わず呟いたら、気持ちが止まらなくなってしまった。
頬を何かが伝って落ちる。
ああ、なんだか今日は心がおかしいな。いつもより早く暴走が止まったからだろうか?
気づいたら、子どものころからずっと思っていたことや苦しかったことを口に出していた。
「魔力が暴走すると、人々はことさらに私を避けた。子どもの時からずっと、助けてって泣いたけれど、誰も来てはくれなかった。というかいつも以上に放置された。自分に害が及ぶのだから仕方ない。暴走時は何が起こるかわからないし、実際に塔の一部を壊したこともある。暴走後に魔法で戻したけれど、その時に失った書物もあった。もちろん気づかれていないが、惜しいことをした。あれは今でも後悔してるよ」
一息つく。
「魔力が制御できない私は悪魔でしかない。今のところはなんとかなっているが、成長すればどうなるか私でもわからないのだ。なんせ赤子のころに計った私の魔力は18000000000。今はもっとあるらしいけど計る技術が追い付かないそうだ。今回は光るだけで済んだが、次は劫火になるかもしれないし激流を作るかもしれない。魔力は便利なだけじゃないんだ」
だから。
今回も、一人でなんとかしなくてはと思ってた。
「あんな人の多い場所で暴走して、みんな殺してしまったらと思うと、身の毛がよだつほど怖かった」
目を閉じる。
炎の向こうでティファール陛下が燃えている。
ランドル兄様は氷の像になって崩れる。
フィル兄様が全身を風で切り刻まれて揺れている。
セシル兄は水の柱の中を漂っている。
ロイドは床に押し付けられながら手をこちらに差し出していた。
すべて幻、勝手な妄想だ。
だけど現実にならない保証はない。
そんなことをしたら私は死んでしまうだろう。そして暴走した魔力は国を亡ぼす。
「そんな目で見ないでくれ、ロイド」
私は目を閉じたまま呟く。瞼の下ではロイドが嫌悪で顔を歪めたままこちらを見ている。
その目は侯爵領の人々がいつも私に向けていたものだ。
もし誰も殺さなかったとしても、魔力暴走しているときの私を見たら、絶対、周りはあの目で見る。
冷たい、敵意ある、嫌悪の目。
目に映っているが見ていない、そういう目。
私は悪魔だし、嫌われるのは平気だと思ってた。
でも、兄様たちや、義姉上や、親しくなった人に、嫌われたくない。怖い……。
だから、あの場から離れなくちゃと思った。
それだけしか、考えられなかった。
でも体が動かなくて、どうしようもなくて、もうだめなのかと諦めかけた。
そしたら、ロイドが来てくれた。
とてもとても、嬉しかったんだ。
「大丈夫だ、アルト」
ロイドは優しく囁きながら、私の髪を梳いてくれた。大きな手はそのまま頬に移る。暖かくて優しい手は涙と一緒に私の恐れを少しずつ拭ってくれた。
「話してくれて嬉しいよ。アルト。俺は、アルトがとてもとても大事だ」
「……」
「ティファール陛下に頼まれてアルトを救出した気になっていたが、アルトにはアルトの想いがあるのだから無理強いさせてないかと心配していた。だけど、申し訳ないが後悔はしてない。アルトと知り合えて、こうして側にいられるのは俺の幸せだ」
「っ……」
「アルトは悪魔じゃない。俺にとっては女神だ。アルトは俺が近くにいたら嫌か?」
まさか!私は身を起こし、大きく首を横に振った。
「よかった」
溜息が聞こえる。
目を向けると、ロイドはとても嬉しそうに笑っていた。
「いやー、嫌われてるとは思ってなかったけど、しつこいとかうざいとか思われていたら嫌だなあって思ってた」
「そんなことはかけらも思ってない。ロイドはいつも私に付き合って苦手な筋トレとかストレッチをしてくれるだろう? セシル兄に怒られても足を運んでくれるのはとても嬉しい」
トン、と額をロイドの胸にぶつける。フィル兄様ほどの厚みはないけど落ち着く。ロイドの体に慣れたのかもしれない。
「変な話を聞かせて、すまなかった」
謝ると、ロイドは軽く頭を叩いたあと、髪を梳いてくれた。ロイドの指は気持ちいい。
「いや、吐き出す相手が俺で嬉しかったよ。できれば他の奴にはしないでくれると俺が喜ぶ」
「……、バカ」
呟いたらうんと甘えたくなった。人に甘えた経験などほぼないのでこれが甘えることかはわからないのだが、きっとそういうことなのだろう。
ということで、私はロイドに頼んで一緒にベッドに転がってもらい、たくさん話をした。
最初、ロイドはものすごく抵抗したのだけど、必死にお願いしたらなぜか鼻血を出しながら了承してくれた。鼻血のせいで服が汚れてしまったので、トレーニング用に置いているロイドの運動着に着替えさせる。運動もしないのにと二人でひとしきり笑ったのち、一緒に上掛けに包まった。
そのまま、他愛ない話をする。
ロイドの留学の話はとても面白かった。夜通し話す相手など今までいなかったので、とてもとても楽しいひと時だった。
時間を忘れて話していたらそのまま一緒に寝てしまい、朝になって様子を見に来た兄様たちにものすごく叱られたのだけど、それはまた別の話。
読んでいただいてありがとうございます。
アルト視点にしたのでロイドがさほど暴走しなかったのは良かったのですが、その分アルトが暴走してしまいました。。。意外と似た者同士でした、はい。
次回からは全く話が変わる予定です。基本ほのぼのです。




