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踊る私のパートナーたち

 そして夜会が始まった。


 始まってみればこんなもんかと思っていたのは最初だけ。陛下や王妃殿下、兄たちと並んだ私のところにはたくさんの人々がやってきて、口々に美辞麗句を唱えて去っていく。とりあえず軽く頭を下げるだけでいいと王妃殿下に教えてもらったのでずっとそのようにしていたら首と口角が痛くなった。


 顔? そんなん憶えられるわけがない。全員真っ黒で目だけ光っている影法師に見える。

 仕方がないのでドレスで覚えようと思ったが、途中でやめた。毎回同じ服を着てくるわけがない。なんといっても貴族は散財するものらしいからな。


 そんなわけで、ロイドが来た時には心の底からほっとした。


「姫君にはご機嫌麗しゅう」


 堅苦しい挨拶をしながら紳士の礼を取るロイド。先ほど泣いていたのを忘れるほどの堂々たる雰囲気には敬服せざるを得ない。

 周りのご令嬢からため息が漏れている。それを見てセシル兄が微笑むと、窓の近くにいた令嬢が何人も倒れた。なるほど、王子様オーラというのはこういうものなのだと感心する。先日、セシル兄からもらった市井で流行っていると言う恋愛小説は正しいのだな。

 こちらにだけ分かるように片目をつぶったロイドに思わず苦笑すると、周りから変な声が漏れるのが聞こえた。悪魔の笑みになっていたのか、気持ち悪かったのだろう。陛下に迷惑が掛からないようにせねばと反省する。


 ロイドが去ると、続けて白い服の紳士が数人と令嬢やってきた。

 どれも青い紋章の入った手袋をしている。紋章からブレアム辺境伯だと気づく。先ほど馬車でもめていた家の当主のようだ。先頭にいる壮年の男性は背は低いががっちりとした体格で、騎士というより戦士という風貌だった。

 ということは、隣にいる青髪の美人がセシル兄の言っていたお淑やか腹黒令嬢だろうか? 確かにぱっと見は触れれば崩れそうな儚い令嬢っぽいが、目は正直だ。野心的な輝きを持って私を見つめている。値踏みされているようでなんとなく居心地が悪い。


 続けてやってきた赤い紋章のオルコット侯爵は真っ赤なドレスの美少女と一緒だった。どうやらこちらがお花畑のご令嬢らしい。微妙なカーテシーをしつつ嫌悪感たっぷりにこちらを見ている。実にわかりやすい。露骨に顔をしかめたセシル兄にも気づかない辺りが面白い。もっともオルコット侯爵は兄の様子に気づき、慌てて令嬢を引きずっていったが。


「あの家とは関わらないほうがいいですね……」


 セシル兄の呟きにティファール陛下が苦笑している。聞けば二家ともに大した功績のない名前だけの貴族らしい。古い体制というものは大変なのだな。


 その後も挨拶は続き、いい加減うんざりしていたころ、音楽が始まった。


「人生で初めてのダンス、私と踊っていただけますか?」


 セシル兄が片目を閉じながら手を伸ばす。


「喜んで」


 私はにこりと笑い、その手を取った。


 セシル兄とは練習で何度も踊っているのもありほっとする。

 そういえばここに来て一番世話になっているのはこの兄だろう。陛下はお忙しいし、ほかに兄たちとの交流はなかった。最初はいろいろ戸惑ったが、こんな私に根気よく接してくれ、感謝してもしきれない。


 アークロイド侯爵領にいたころのことを思い出すと今の私は夢の中にいるようだ。

 こんなきらびやかな世界は知識の中でしか知らなかった。実際に来るといろいろ思うところはあるが、眩しすぎて落ち着かない。こういった世界に自分はふさわしくないなとしみじみ思わされる。


「どうしました?」


 セシル兄が優しい声をかけてくる。いかんいかん、視線が落ち、顔が下に向いていたようだ。ダンスは常に相手をまっすぐ見るんだったな。


「いえ、夢のようだと思って」

「ふふ、アルトでもそんなことを言うんですねえ」

「自分の世界はここではないと痛感します。心が痛い」

「……、そうですか」


 セシル兄はゆっくりと私の体を回す。ひらり、と柔らかに回るにはコツがいる、特に折れそうな高いヒールなので気を遣うので、目が覚めるような気持になる。


「私もね、夜会は苦手なんですよ」

「セシル兄が?」

「ええ。ほら、見てくださいな。少しでも良い条件を探し、美しい皮をつけた女と自己主張の激しい男が戦っている。私は小心者なので、あの目で見られると怖いんですよ……」


 言いながら目だけでホールを追いかける。同じようにすると目をギラギラさせてこちらを見つめる淑女があまりにたくさんいて腰が引けそうになった。


「王子って大変なんだな」

「王女も大変ですよ。お互い狩られない様にしないとね」


 違いない。


 そんなことを話している間に曲は終わってしまった。

 溜息をつきながら離れた兄には早くも令嬢が群がっている。踊りたくないと言っても無駄らしく、黒髪の淑女の手を取っていた。結婚している女性のようなので家同士の付き合いかもしれない。頑張れ、セシル兄。


「次は俺と踊ろう!」


 答える前に手を取り、踊りの輪に加わる。相手は国王、ティファール陛下だ。


「陛下、私には『いいえ』と答える楽しみがあるのですが」

「却下だ!というか断るつもりだったのか!? 兄は悲しいぞ!」


 大きく目を開いて驚いたぞという顔を作る陛下。人たらしとはこういう人を言うのだろう。


「あと、陛下じゃなくティファール兄様と呼んでくれないと寂しい」

「……、ここは公式ですよ」

「じゃあ明日、ライラに茶会を開かせるからそこで呼んでくれ」

「明日は無理です」

「なんでだ!?」

「きっと靴擦れできますからね。塔でゆっくり休ませてください」


 むう、と黙るティファール兄様を見ていると思わず笑みがこぼれる。

 ここに連れてこられた時は何という強引な王だと思いもしたが、あのまま侯爵領にいても使いつぶされるだけだったろうし、なにより百倍は豊かな生活をさせてもらっている。この人には頭が上がらない。国のために魔力を差し出せと言われたら喜んで従うだろう。

 そう言うと、ティファール兄様は頬を膨らませた。


「俺はそこまで薄情に見えたか?」

「はい」

「ひでえ!しかし否定はできないか。それはすまなかった」


 ティファール兄様はほかの人が気づかない程度に頭を下げる。


「魔力過多なのは事実だ。便利に使わせてもらえるのもありがたいと思っている。最初はそれだけだったし、実際にそれ目当てでアルシアを連れてきたと言ってもいい」

「そうですか」

「でもな、今は違うぞ。それはアルシアの個性だ。俺が王として素晴らしいのと同じだ。俺がもし王じゃなかったら、アルシアは兄とは呼ばないか?」

「そんなことはないです!」

「だろう? アルシアは可愛い妹だ。だから自慢したくてこんな会をつい開いてしまった。それじゃだめか?」


 とても嬉しそうに笑う兄。どうしよう、嬉しくて涙が出る。化粧が流れるから我慢しなくては。 


「ティファール兄様のおかげで私はとても幸せです」


 曲の最後、ティファール兄様の胸に額をこつんと当てて呟くと、兄様は最後のステップを踏まずに立ち止まり、そっと抱き締めてくれた。


 陛下が離れるとホールのあちこちから人が来て囲まれそうになった。

 ほとんどが男で、なぜか目が血走っている。正直怖い。


「「「「「「「踊ってください!!」」」」」


 あちこちから差し出される手。欲望の塊がぶつかってくるような気持になり、思わず口の中で悲鳴を飲み込んだ。


「おーーっと、お前らの出番は当分来ない!」


 身を固くした瞬間、大きな体が割り込んできてぐっと抱き寄せられる。

 あ、この素敵な筋肉は、フィル兄様だ。


「フィル殿下、それはあんまりにも酷い」

「そうですよ、私達にも姫君と踊る権利を!」

「せっかくお近づきになるチャンスなのに!」


 口々に不満をぶつける男たち。フィル兄様は王族なので話しかけるときは許可が必要なのではと思ったが、今宵は問題ないのかもしれないし口を出さないほうがよさそうだ。

 フィル兄様は私の肩を包むように抱きながらにやりと笑う。


「なぜなら次は俺、その次はランドル兄、次にシトリン、最後はロイドって決めたからな」

「そ、そんな!横暴だ!!」

「ランドル殿下はまだ到着しておられませんよね?」

「シトリン公爵はさておき、なぜロイド殿下が!?」


 まあそれは私も思う。二番目の兄上とはまだお会いしてもいないし、他にも他国の使者はいるようなのになぜロイドだけ?

 遠くでロイドがガッツポーズしてるのが見える。周りの令嬢がドン引きしてるぞ、それでいいのか、ロイド……。


「ええい、やかましい!今日はアルシアは見せるだけだ。異論は認めん!文句があるなら第一騎士団まで来い!」

「ひっ!」


 フィル兄が吠えると蜘蛛の子を散らすように男たちは逃げてしまった。見上げれば野獣のように歯をむき出している顔が目に入る。王族なのにいいのか?


「俺は辺境を見回って他国を牽制する役なんでな。怖がられてちょうどいいのよ」


 ガハハ、と豪快に笑う兄はとても頼もしい。


「それにな、ランドル兄ならとっくにホールにいるぜ。というかさっきからずっとアルシアの後ろにいたが、ひょっとして気づいてないとか?」

「ええっ!?」


 驚いては見たが、よく考えればまだ紹介されてもいない兄に気づけと言われても困る。それにぐるりと見回してもそれらしい人物は……。王家の人間は髪と目に特徴があるので簡単に見つかると思ったが、そうではないのかもしれない。


「そう、ずっと、ここにいるのに……」


 突然背後から声がした。


 驚いて振り返ると、そこには私と同じくらいの背丈の男がいる。こんなに近くにいたのに全く気配が感じられなかった!影が薄い、いや、線が細いと言えばいいのだろうか?


「ランドル兄、久しいなあ!」

「フィルは相変わらず声が通る。少し静かにしてくれないか?」

「悪い悪い、あはははは」


 笑いながら男に抱き着くフィル兄様。フィル兄様の体が大きすぎて男の体はすっぽりと覆われてしまった。私より華奢なのでは? と思うほど細い男は顔もまた繊細で美しい。銀の髪は絹糸のようだし、肌など陶磁器のようにすべすべだ。そこらにいる令嬢よりよほど色香がある。


「初めまして。私はランドル。君のことはいろいろ調べたけど悪く思わないでほしい」


 ランドル兄様は私の手を取り、美しくお辞儀をした。滑らかな動きに魅了される。それにしても存在感が儚いな。


「ランドル殿下……」

「久しぶりにお会いしたな」

「王宮にはいないと思っていた」


 周りがざわついている。この兄は人前にめったに出ない御仁のようだ。


「フィルには悪いが、私はこの後外すので先にアルシアと踊るよ。アルシア、お相手願えるかな?」


 私は人形の手のような兄の指に手をそっと置いた。


 兄のダンスはとてもなめらかで床に足がついていないようだった。そのくせ腰に回された手はしっかりと頼りがいがあり、安心して足を運べる。


「初めましてと言ったけど、実は私は塔に何度もお邪魔しているのだよ」


 なんと。でも塔で会うのはたまに世話をしに来る侍女以外ではロイドかセシル兄だけだった気がするんだが。


「私はこの通り影が薄いのでね。こちらから声をかけない限り認識されにくいんだ。普通にしているのに気配がないと言われている。ティファール陛下にだけはすぐ見つかるのだけど、ね」

「それは魔力が関係しているのでしょうか? 私の魔力過多のような?」

「多分そうだと思う。お互い苦労するね」


 ふふ、と笑うランドル兄様は少し寂しそうだった。


「アルシアとロイドが楽しそうに運動しているのも見たことがあるよ」

「そうでしたか。声をかけていただけたらよかったのに」

「いやいや、それしたらロイドが泣くよ? あの子は私にとって弟みたいなものだからね。この際本当に弟になってくれないかと思って応援している」

「お戯れを。私は悪魔ですから」


 そう言うと、ランドル兄様は少し困った顔をし、足を止めて私の頬を軽くつねった。


「いつまでも昔のことを引きずってはだめだ。アルシアは私の可愛い妹で、決して悪魔ではない」

「可愛い、ですか?」

「ああ。今日話したばかりで言われたくないかもしれないが、可愛いと思っているよ。私もそのうちアルトと呼びたいものだ」


 返事をしようとしたら曲が止まった。まあいい、近いうちにまた会えそうだ。


 続けて踊ったフィル兄様はステップがとても豪快だった。


「いやー、ダンスなんて苦手だからな!」


 そう言って脇に手をかけて高く持ち上げられる。そのままくるくると回されるとドレスがふわりと広がった。とても楽しかったが、セシル兄が飛んできてフィル兄様を叱っている。ドレスの中身が見えてしまうと大変ご立腹だったが、これだけいろいろと重ねて着ているのだから多少まくれたところで問題ないと思うがなあ。


 曲の始まり部分でこれだったので、途中からは宰相のシトリンと踊ることになった。


「なんだかすみません」


 しきりに恐縮している。とても申し訳ない。


 シトリンは私に事情を説明してくれたシミオンの息子で42歳の紳士だ。私より少し高い身長だが重さは三倍くらいありそうな恰幅の良い男で、プロッサー公爵家の当主だという。シミオンがしっかりしているので大変苦労しているようだが、人当たりのいい柔らかな印象を与える人物だ。もちろんこの国でただ一人の宰相なので王族に次ぐ地位があると思うのだが、初対面では肩書が読み取れないと思う。


「こちらこそ申し訳ない。公爵夫人にも迷惑をかけてしまったな」

「いえいえいえ。あれは王妃殿下とおりますので心配ご無用です。いろいろと準備が足りず、アルシア殿下の御心を乱してしまっていることのほうが心苦しいですよ」

「そう言ってもらえるとありがたい。私はこの通り、ずっと塔で暮らしている無作法者なのでな。シトリンのような物を知る者と話を交わせてありがたい。今後もいろいろと教えてもらいたい」


 素直に言っているのだが、シトリンは苦虫を噛んだように顔をしかめた。


「わかってます。王女教育での識者たちのことですよね?」

「なんのことだ?」

「あの者らの処遇です。まさか殿下のほうが博識だから逃げ出すなど思いもしませんでした。こちらの不手際です。何も教えてもらえないと思うのも当然」


 シトリンの手が少し震えている。静かに怒っているらしい。講師陣が初回でいなくなったのは逃げ出したからなのか?


「いや、まったくそんなことは思っていないが?」

「え?」

「そもそも私は侯爵領で悪魔と呼ばれていた女だ。侍女が待機しているかもしれないが、ほぼ二人で密室に閉じ込められると思えば怖がられるのも仕方ないと思っている。全員に断られたのはさすがにショックだったがな」

「……」


 その後、曲が終わるまで、シトリンはずっと無言だった。その分複雑なステップを踏むものだからついていくだけでやっとだったよ。誰だ、太った男は動きが緩いなどと言ったやつは? めちゃくちゃ運動神経がよいではないか……。


 動きが止まって初めて我に返ったシトリンはやたらと汗をかき、何度も何度も頭を下げながら夫人の元に戻っていった。何だか叱られているようだ。すまん。

 手を合わせて頭を下げたら王妃殿下が小さく手を振ってくれた。優しい方だ。


 それにしても、立て続けに踊ったので疲れてしまった。

 でもおかげで兄様たちと話すことができた。フィル兄様とはほとんど話してないがそれはまあそれとして。初対面だがフィル兄様とランドル兄様は私を迎え入れてくれた。とても嬉しい。もっと嫌われるのではと正直怖かった。私は望んでこのように生まれたわけではないし、好きで悪魔と呼ばれるようになったわけではないが、そんな相手を温かく迎える義務はないし、嫌われても仕方ないと思っていた。

 ティファール兄様は私の魔力は資源として使えるけれど、それはあくまでも私の個性だと言ってくれた。どんな言葉よりもうれしかった。

 幸せだなあと思う。


 さて、フィル兄様のおかげで踊ろうと言ってくる者もいなくなったし、少し休憩しよう。


 そう思った矢先。


 ドクン……。

 胸の上に痛みが走り、視界が狭くなってきた。


 まずい。

 しばらく来ていなかったので大丈夫だと思っていたら、こんな時に……。


 それは私の中の魔力が溢れる前兆だった。






読んでいただいてありがとうございます。


お兄ちゃんたちがやっとそろいました。よかったよかった。全員末尾に「ル」が入る名前にしてみましたよ。


新型肺炎がとんでもないことになっていますね。風邪で病院に行けないので拗らせないように皆様も自愛ください。

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[一言] ぇ?このまま退場か?ロイド涙目…(笑)
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