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初対面の筋肉と私

 しばらく走ると夜会会場である北の離宮に着いた。

 王宮の敷地内なのに馬車で移動するのは不思議だったのだが、走ること10分だったので謎が解けた。この格好で歩いていくには無謀な距離だ。そういえば王宮から書庫塔までも少し距離がある。さすが王宮といったとこだろうか。


 馬車が車止めに着いたらしい。ちょっとだけ揺れて止まった。

 きゅっとブレーキがかかったような止まり方に戸惑う。馬車がこんな風に止まるのは御者の腕不足と言われるが、今回の御者は御者歴35年のベテランだと聞いた。私が初めての馬車で戸惑っているときにそっと手を貸してくれた髭の男がそんな不躾なことをするはずがない。先ほど、こっそりとロイドが下りたときだって止まったとわからないほどだったのだから。


 そう思ったのはセシル兄も同じだったようだ。いぶかしげに目を細め、窓を覆っているカーテンを少し開ける。


 兄の後ろから外を見ると、御者同士がもめているようだった。

 先のほうには青い紋章の入った真っ白い馬車が赤い紋章の入った金色の馬車があり、どちらが先に入るかで口論している。


「青いほうは、ブレアム辺境伯、赤いほうはオルコット侯爵の馬車だな」


 私は先日読みこんでおいた紋章辞典を思い起こしながら呟いた。セシル兄は露骨に顔をしかめている。


「あの二家ですか。困りましたねえ」

「なにか問題でも?」

「ああ、あの二家、私と婚約したいご令嬢を毎回連れてきて張り合うんですが、どっちも好みでなくて」


 セシル兄の困惑顔に私は思わず吹き出した。


「笑い事じゃありませんよ。それに、アルトの義姉になるんですよ」

「ああ、そうだったな。で、どんなお相手が?」

「前回は見た目お淑やかだけど腹の黒そうなご令嬢と華やかな外見で頭がお花畑のご令嬢でした」

「ぷぷっ!」


 セシル兄の毒舌は笑うなというほうが難しい。困った顔が想像できて腹が苦しい。コルセットで締められているのにこれ以上の腹筋運動は苦行だ。


「まったく、貴女は他人事みたいに。今夜は同じ目に遭うかもしれませんよ」

「そ、そうなのか?」

「そうですよ。お披露目ということは、貴族全員がアルトを知ると言うことです。もちろん他国の王族もですよ。自慢じゃありませんが我がヘインズ王国は大国です。食料自給率もよく、政治もティファール兄が陛下になってから安定しました。アルトを求める他国の王族は多いでしょうね」

「婚姻によって我が国と絆を深めるとか、けん制するとか、そんな感じか?」

「ええ。王族や貴族の結婚は得てしてそんなもんです」

「だけどお花畑は嫌だよな」

「そこは私も激しく同意ですね」


 顔を見合わせて笑う。


「まあ、ティファール兄はアルトを国から出す気はないと思いますよ。心当たりはあるでしょう?」

「ああ。私の魔力だな」

「それだけではないのですが、まあ、その通りと言ったほうがわかりやすいでしょうね」


 セシル兄は苦笑しつつ私の頭をそっと撫でてくれた。


「でも、忘れないでくださいね。私はアルトを愛してますよ。私も結婚どころか国から出る気すらありませんし、まだまだ楽しく暮らしましょう」


 セシル兄の言葉は髪をなでる手と同じく暖かくて、うっかり泣きそうになった。




 なかなか動かない赤と白の馬車は衛兵によって片付けられ、無事に会場内に入ることができた。

 カツン、とヒールが響く。

 まだ紹介もされていないのに、入り口から入った瞬間、人々の目がこちらに向いた。


「見て、セシル殿下よ」

「おおっ、あれが噂の……」


 どんな噂なんだか。

 まあ、よい話ではなさそうだな。


「なんと美しい」

「輝くばかりですな」

「あの美貌は陛下にそっくりだ」

「他国の王子様をたぶらかしてるって話よ」

「魔力過多らしいな」

「夜になると光るとか」

「どんな悪魔だ」

「悪魔っていうくらいだから人間じゃないのね」

「本当に王族なのか?」

「悪魔だったらいろいろ染められるわよね」


 飛び込んでくる噂話はやっぱり悪意で染まってる。思わず苦笑したが、久しぶりにぶつけられた黒い感情は重い礫のように胸を直撃した。

 苦しいし、痛い。

 塔に独りでいたときのことを思い出し、足元がふらふらする。


 隣にいたセシル兄が身を強張らせ、一歩踏み出した時だった。


「おおっ、お前が妹か!」


 突然背後から声がした。

 威勢のいい大声がその場を支配する。

 振り返ろうとしたとき、背中に衝撃が来た。続けて肩に固い顎が乗る。ごつごつしたネックレスが当たって痛かろうにと思っていたら、大きな手が頭をぐりぐりと撫でた。


「会いたかったぞー!俺がフィル兄様だ!よろしくな、妹よ!」


 何とも勢いのある御仁だ。そのまま背後から抱きしめられると、背に分厚い筋肉を感じた。これはすごい!理想の胸筋じゃないか!!硬さも厚みも申し分ない上に服の上からでもわかるこの張り!!


「フィル兄様!突然でアルシアが驚いているではありませんか!」

「おおっと、すまんすまん」


 ぱっと放された。勢いで前のめりに転びそうになり、セシル兄に支えられる。ヒールの無い靴だったら大丈夫だったのに、となんだか負けた気になった。

 改めて、振り返る。

 目の前には私より頭二つは大きな男がいた。セシル兄に似た灰色の髪と深い青紫の目をしている、がっしりとした戦士タイプのいい男だ。

 目を見張るのはその体躯。背も高ければ幅も広い。私だけでなくセシル兄でもすっぽりと入りそうだ。すべて鍛え上げられた筋肉なのは先ほどの感触で分かった。ロイドもそこそこ鍛えられてはいるがこの体に比べたら完成度は低い。筋トレの教科書に載っているような見事な体に私は魅了された。


 ああ、どんな筋トレをしたらこのようなステキな体になるのだろうか……。


 思わずぺたぺたと胸と腹を触る。服越しにわかる筋肉が素晴らしい。ああ、脱いだらどんな体なんだろう……。


 ふ、ふふふ。

 ふふふふふふふ。

 いいなあ、この筋肉いいなあ……。

 持って帰りたい……。

 枕にしたい……。


「アルト」


 セシル兄の低い声が耳元でした。


 はっ!

 いかんいかん。つい欲望に負けた。

 見れば私の右手は兄上の懐に差し込まれており、遠慮なく腹筋をまさぐっている。フィル兄様は困った顔で私を見下ろしていたが、筋肉に意識が向いていた私は思わずこう呟いていた。


「兄様、私、筋肉の枕でお昼寝したい……」


 人々に静寂が訪れる。こんな時に限ってホールは静かだった。

 私が残念な悪魔と認定された瞬間だった。







読んでいただいてありがとうございます。


誤字・脱字・感想などありがとうございます。とても励みになっています。

そんな励みをいただいているのですが、今回は筋肉大好き娘のつぶやきで終わってしまいました……。

ちなみに作者が好きなのは主に背中の筋肉です。

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[一言] 筋トレ好きだもんね…(笑)
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