お披露目される私
設定が甘いですがご容赦ください。
王宮に来て1年近くが経過し、明後日は私の17歳の誕生日だ。
正直、誕生日と言われてもピンとこない。今まで一度も祝われたことがないからなあ。逆に悪魔がこの世に出てきた忌むべき日とか言われていた覚えがある。
まあ、一人で塔にいれば全く関係ないことだ。しいて言えば一年分育ったのかと思うくらい? 急激に大きくなるわけでないのでそれすらよくわからないので、祝うと言われても困る。
とまあ、早い話が誕生日パーティを開くなどと言われても迷惑なのだ。
それなのに、ここにきて半年過ぎ、やっと書庫も充実してきたと思った矢先、王である兄がこう告げた。
「アルシアもだいぶ王宮に馴染んだようだし、誕生日パーティを兼ねて貴族たちにお披露目するぞ」
しかも茶会などの気軽な場所ではなく、王宮の執務室での発言だ。
隣にいたセシル兄と現宰相のシトリンが目を丸くした。どうやら先に話を通していなかったようだ。誕生日までは一月もない。準備などを考えるといろいろ大変なのだろうな。
私はその時陛下の執務室にある書棚の整理をしていたが、思わず顔をしかめてしまった。淑女にあるまじき表情らしいが、私は淑女でない。
「披露目てもらわずとも結構です。お気になさらず」
丁重に断ったつもりなのだが、陛下の耳には届かなかった。
後でセシル兄に聞いたことだが、私が魔石に再び魔力を込められることを知った高位貴族たちが一目会わせろとしつこいらしい。王女になったとはいえ、侯爵領に閉じ込められていて書庫塔の悪魔と呼ばれていた私を見たいなど、貴族とは酔狂なものだ。怖いもの見たさかもしれない。
それだけではなく、王家が大量の魔石を所持できるようになったことを見せつけたい部分もあるという。魔石は戦力だけでなく生活の源でもある。現に私がいなくなったことと父の反乱疑惑で魔石が乏しくなったアークロイド侯爵領はあっという間に衰退していると聞いた。上のやり方に振り回される領民は気の毒だが何かする義理はない。領民とて悪魔の施しはいらんよな。
あとは王族の一員になったのだからそれなりの務めがあると言うことなのだろう。それは私も理解している。税金で養ってもらっているのだから、書庫に閉じこもる生活だけではだめなのだ。
まあそんなわけで、その日から生活が一変した。
まずは姫としての立ち振る舞いなどのマナーを学ぶ。
これはさほど難しくなかった。マナーの本は古今東西そろっており、すべて読破していたからだ。
問題はそれを実践するほうだった。流れるように美しい動きをする講師のジュジュ伯爵夫人はその立ち振る舞いがすべて優美で、魅了された。直線的な動きしかできない私は作法のすべてがぎこちなく、書物だけでは学べないこともあるのだと実感した。
ジュジュ伯爵夫人も私の動きにはてこずっていた。申し訳ないと思うがまず動きがわからない。コツをつかむまで一週間ほどかかってしまった。フォークの持ち方一つでも繊細な動きがあるのを知り、毎日充実していたと思う。
ダンスやカーテシーなどの基本動作は日々の筋トレとストレッチのおかげですぐにこなせた。
ダンスは手順を憶えるのだけが大変だったが、講師のスマート侯爵夫人は諦めずに何度も教えてくれた。憶えてしまえばあとは相手にゆだねるのが淑女のマナーだそうだ。
そのあたりは実践だと言い、たまたま見に来ていたロイドとセシル兄が練習に付き合ってくれた。兄はとてもいいパートナーだったが、ロイドは体が密着するたびに動きを止めるのでスマート侯爵夫人に叱られていたな。だが何度叱られても私の腰を離さない根性は立派だと思う。これだけ真剣に付き合ってくれるのだからと私も懸命に練習し、なんとか恥ずかしくない程度の動きを身に着けた。
続けて姫教育とやらも行われる予定だったが、講師陣には初回の口頭試験ですべて断られてしまった。あまりに問題が簡単だったのでバカにされているのかと思い、突っ込んで質問したのがいけなかったようだ。語学・地学・諸国の文化・歴史など、学ぶことは多いはずなのにどうしよう?
仕方がないのでこちらは今まで通り本に教えてもらうことにした。王宮に来てから塔にいれた本はまだ半分も読んでいない。時間がある限り読み込もう。
そうして毎日を過ごし、気づけば当日になった。
「腕によりをかけますからね」
朝、塔から出て王宮の自室(ほとんど使わないのでいらないのだが)に入ると、総勢15人の侍女が待っていた。いつもの倍はいるが、共に入浴することもある見知った顔で構成されているので安心だ。
安心、だよな?
フフフと笑っている侍女たちを見ていたらなぜか背中が寒くなってきた。
なんというか、今日はみんな顔つきが違う。
獲物を前にした猫のような顔とでも言ったらいいのだろうか? やたらと目がギラギラしている。
「今日はよろしく頼む、じゃない、よろしく頼みます」
マナーの講義で習ったゆっくりしたお辞儀を披露すると、侍女たちは嬉しそうな悲鳴をあげた。
昼が過ぎ、夕方になり、もうすぐ本番。
三時間かけて全身を磨き上げられ、二時間かけて髪を結い、二時間かけてドレスを着せられ、一時間で仕上がった。途中休憩をはさんだものの、全員くたくただ。
「とても美しいです!!」
仕上がった私を見てきゃーと歓声を上げる侍女たち。ただ身を任せていた私などよりよほど疲れているはずなのに、なぜにこれほど元気なのか?
申し訳ないが私はすでに死にそうだ。これから夜会だと思うと気が遠くなる。あまりに疲れたので、疲労回復の魔力を込めた魔石を握りしめたらあっという間に魔石が空っぽになった。夜会の準備、おそるべし。
そんなことをしていると、侍女の二人が大きな鏡を持ってきて私の前に置いた。
「これは、すごいな……」
そこには普段とは別人の私が立っていた。
美しく磨き上げられた肌は内側から輝くような艶を持ち、とても瑞々しい。月光を閉じ込めたような銀色の髪はきれいに編み込まれ、ところどころ紫色の宝石がちりばめられている。化粧は薄目でほぼ素顔だがポイントを押さえて上品に仕上げられていた。
ドレスはティファール王の瞳の色、つまりほぼ私の目の色と同じ紫で、上から下に向かって濃くなるグラデーションカラー。体の線が程よく出るマーメイドラインで繊細なレースがとても美しいのだが、胸元と背中が大きく開いているのは困る。コルセットで押し上げられた胸はドレスからはみ出しそうだし、髪が結い上げられて露出した背中もスースーする。何より寒い。
そういえばドレスは女の戦装束だとジュジュ伯爵夫人が言っていた。なるほど、よくわかった。肌やらなにやら磨いたのも戦の支度なのだろう。寒いと感じるのは私が未熟なせいだな。気合を入れよう。
気合だ気合いだと呟きつつ鏡を見つめていると、侍女たちがそわそわしているのに気づいた。そういえばまだ礼を言ってなかった。
「自分じゃないみたいでびっくりしていたよ。ありがとう」
これだけ化ければ、次に素顔の私に会ったとき気づく者はいないかもしれない。
そう思ったらなんだか楽しくなって自然と笑みがこぼれた。
しばらくするとセシル兄とロイドが迎えに来た。
いつもと同じようにロイドは扉のところで口を開けている。あいつは毎回同じ反応だが、扉の前では口を開けるのがコンラッド王国のしきたりなのだろうか?
セシル兄は私を見ると嬉しそうに手を叩き、背後に回って素晴らしく豪華なネックレスとイヤリングをつけてくれた。肩が凝りそうなほど大きなアメジストのネックレスは国宝だと言う。
「なくすと怖いから外してくれないか?」
「だめですよ。アルトは私の妹なんだし、王家の姫としてこのくらいのはったりは大事です」
「なるほど」
確かに第一印象は大事だな、戦だし。
しかしこのネックレス、首の部分が少し長いのか、先が胸の谷間に入り込んでちくちくする。ロイドが真剣な顔でネックレスを見つめているので、さぞや変なことになっているのだろう。セシル兄に何とかならないか相談したが、困った顔をされただけだった。どうやらこのネックレスはそういうものらしい。仕方ない、慣れるしかないか。
王家の宝石で飾られた私を見て侍女たちはとても喜んでくれた。このドレスの胸元が大きく開いているのはネックレスで飾るためだったそうだ。セシル兄が気の利く男でよかった。大き目のショールまで用意してくれていて、おかげでとても暖かい。
出発の時刻、キラキラの大きな馬車に乗せられた私は侍女や侍従たちの頑張れと言う声援を受けた。
王宮の使用人はみなとても優しい。使用人たちに暖かな言葉をもらったことがなかったから最初戸惑ったが、彼らの嘘のない暖かさは心地よい。ただいつも見られている気もして(実際、王宮の部屋にいるときは誰かしら部屋にいるしな)、落ち着かないので塔に逃げてしまっている。彼らも仕事だから仕方ないとは思うが、いつも一人だったからかどうも人がいる生活に慣れない。
馬車の中ではセシル兄とロイドがどちらがエスコートするかでもめている。
「ロイドがエスコートしたらコンラッド王国をより懇意にしているように見えるのでだめです」
「却下」
「ロイドと婚約したと取られたら困るんですよ」
「婚約賛成」
「何言ってるんですか……。そもそも一緒の馬車で行くことだって駄目です。入るときは別々ですからね」
「やだ」
「……、何ならここから走っていきますか?」
相変わらず仲がいい。
だがセシル兄の正論にロイドは結局負けた。私のことを考えろと言われて泣いている。いや、本当に泣くな、ロイド……。
「……、ダンスは踊っていいんだよな?」
「ファーストダンスじゃなければいいですよ。と言っても最初は私、二曲目は陛下、三曲目は多分宰相のシトリンでしょうね」
セシル兄の説明によると、ロイドはコンラッド王国の王子だが順番から王位に就くことはほぼないし、一留学生なので優先順位はかなり低いそうだ。今日は留学している第二第三王子を除いてもこの国の高位貴族はたくさんいる。下手したら順番は回らないかもしれない。
盛大に凹んでいるロイドを見ていたら、不思議と笑みがこぼれた。
「今日踊れなかったら、塔で踊ればいいじゃないか」
「……、二人で?」
「ロイドが望むならな」
答えるともロイドは花が開くような笑みを向けたが、隣にいたセシル兄は目の上に手を置いてため息を吐いた。
読んでいただいてありがとうございます。
パーティなどの設定って難しいです。今回からは勉強のつもりで書いています。つじつまが合わないところや文章のおかしいところなどありましたら教えていただけるとありがたいです。




