表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/36

番外 3 妹と私 1

 半年前、妹ができました。

 できた、といっても赤子が産まれたわけではなく、今まで隠されていた母違いの妹が発見されたということなんですけどね。


 長兄であるティファール陛下によると、妹は私より1つ年下の16歳。生まれつきの魔力過多で、母の腹を喰い破って産まれたと言われていたそうです。もちろん事実無根でしょう。ただ、魔力過多の子どもの出産は命がけのことですし、魔力が低い者が高い者を宿した場合、母体は常に魔力を吸われて魔力枯渇により生命力が奪われていきますので、出産後に亡くなってしまうことは残念ながら常の事。妹を産んだ公爵令嬢も一か月後に死亡したそうなので、あらぬ噂が立つのも仕方なかったのかもしれません。

 もっとも、妹の場合はこの世に生じた瞬間から王家の罪で塗りたくられていたようですが……。


 公爵令嬢という高位の令嬢がこれほど酷い目に遭わされたと言うのに、私はまるで知りませんでした。

 緘口令が敷かれていたとはいえ、王の血を引く私が知らなかったのは恥ずべきことだと思います。


 妹の母御である美しい令嬢は幼少のみぎりからの婚約者で、十代の花の時期を犠牲にして王家に入るための教育に努めていたそうですが、叔父は叔母を選ぶため、冤罪を着せて捨てました。

 私はまだ幼かったので知りませんが、当時は男爵令嬢と王弟の身分差の恋は世間の話題になったと聞いています。叔母との真実の愛を貫いたと市井はとても興奮したそうですが、本当のところはどうだか。派手な美貌で男を手玉に取るタイプでまったく好きになれない()()叔母を娶るためだけに、令嬢を陥れたのでしょうね。もっともその叔父はそのせいで王家から籍を抜かれ、王都近くの豪邸で税金によって養われている穀潰しなので、もともとがお花畑(バカ)だったのでしょう。叔母がドレス代のために貴族たちと派手な夜を過ごしていても、どうせ自分の元に帰ってくるから心配していないなどと言ってますしね。


 心折れて領地に戻った令嬢を、父は追いかけ、拒まれると逆上して連れ去り、監禁したそうで、もう何と言ったらよいのか……。その血が私の中にも流れていると思うとぞっとします。幼少のころはなぜ母上が離宮で暮らしているのかわかりませんでしたが、今ならば納得です。王だからと女性を拉致監禁して強姦し、子ができたら臣下に押し付けるような男と同じ空気を吸うのも嫌だったでしょうしね。


 飽きた玩具のように捨てられた令嬢の顛末を口にすることは祖父によって禁止されたそうです。10年前に父が亡くなった時にようやく、宰相から話を聞いたのだと、陛下が憤っておられました。私と15歳違う陛下は当時他国に留学していましたので叔父の話すら聞かされていなかったと聞いています。陛下が即位したときから叔父への手当てはなくなったそうなので、よほどお怒りなのでしょう。先日も叔父から嘆願の手紙が来ていたようですが、握り潰したようですしね。まあ、陛下は留学先から連れ帰った王妃殿下一筋なので同じ間違いは犯さないでしょう。そもそも父を蛇蝎のように嫌ってますし。


 まあそれはそれとして。


 正直なところ、妹を救出する命を受け、先を行くロイドとともに塔を上がっていたとき、私はとても不安でした。

 光で焼き尽くされそうでしたが、塔の中にはその光が漏れるような窓はひとつしかなく、密閉された空間の空気は湿っぽくよどんでいます。走るたびに足元から上がってくる埃に喉が潰れそうです。

 壁には一面の本。ところどころ修理の跡がありますが、どれも古く、幼い子供ならば見ただけで震えあがりそうな陰気さを漂わせています。

 聞いたところでは、妹には週に一度か二度、魔石を回収するときにだけ食事が与えられていたそうです。しかもそれはとても粗末なパンで、時にはカビだらけで腐りかけていたり、毒を混ぜられていたと聞き、怒りで目の前が真っ白になりました。幸い水は引かれているとのことですが、その水は新鮮なものなのかわかりません。


 こんなところに長年住まされ、虐げられてきた妹は、無事なのでしょうか?

 もし無事だとしても、身体や精神が無事でいるでしょうか?

 妹は幼少期は砦の奥に、6歳からはこの塔に、一人ぼっちで閉じ込められていたと聞きます。

 ほとんど日が差さない暗い塔の中、時折与えられる食事はほぼ食べられないもので、運ぶ者たちは侮蔑の言葉をかけていく。時間だけが過ぎていく中で、ただただ生きているだけの生。

 もし、私がそうだったらと思うと、我知らず体が震えました。


 誰にも愛されずに、ただその魔力だけを奪われて生きている妹。

 知らなかったでは済まされません。王家の人間というだけでなく、兄として妹に何ができるか……。

 私はどんな顔で会えばいいのか、まったくわかりませんでした。


 そんなことを考えていると息が切れ、ロイドから遅れてしまいました。

 塔のてっぺん、妹がいる部屋はまだ先のようです。

 油断して足がもつれ、転びかけて膝をついてしまいました。がちゃんと大きな音がします。


「大丈夫か?」


 先からロイドの声がしますが、光がひどく、顔があげられません。


「大丈夫です、先に行ってください」

「わかった!」


 ロイドの足音が遠くなっていきます。

 そう長く経たないうちに、勢いよく扉が開く音と、ロイドが「ここか!?」と叫んだ声が聞こえました。

 どうやら、妹が見つかったようです。

 どんな状態かはわかりませんが、いてくれた、それがわかった途端、私は自分の足が軽くなるのを感じました。


 どんな状態でもいい。妹に会いたい。


 やっと追いついた私は飛び込むようにして部屋に入りました。


 そこには、立ち尽くすロイドの前で、なぜか肩を竦めている少女がいました。


 見つかった妹はそれはそれは美しい少女でした。月光色の髪に朝焼けの瞳は陛下と同じ色合いで、王家の血が濃いことがわかります。私は王族とは言え銀に近い灰色の髪と青が多い紫の目なのであまり気にされませんが、この色は多くの者に望まれるでしょう。

 そしてなにより、とても健康そうで生き生きとしています。朝日に透ける肢体は長年塔に閉じ込められていたとは思えないほど瑞々しく、同性でも見惚れるような凹凸に思わず目が吸い付けられてしまいます。実際に私より先に着いたロイドは妹の美しい姿に硬直し、目を見開いておりました。

 何という目で妹を!!

 私は思わず駆け寄ると、自分のマントで妹を覆いました。


「朝日に透けた白いシャツにその体は犯罪です!」


 自分でも何を言ってるんだと思いましたが、きっと混乱していたのでしょう。




 それから半年が経ちました。

 いろいろありましたが、いい関係を築けているのではないかと思っています。


 その儚げな見た目と対照的に、妹はとてもタフでした。

 妹、アルシアの話では、驚くべきことに塔での生活はとても快適だったのだそうです。


「好きなだけ本が読め、ただで養ってもらえて、仕事まで与えてもらえて、快適だったよ」


 あの頃が懐かしいと目を細めるアルシアには驚かされることばかりです。

 聞けば、師匠が贈った本が心のよりどころだったそうで、それを心の芯として自分なりの生活を作り上げていたとのことでした。


 食事が足りないのであり余る魔法を使って少ない食事のかさを増やし。

 体が資本と毎日筋トレとストレッチをし。

 足りない物資はものづくりの魔法を参考に自力で作り。

 規則正しい生活を送るために窓からわずかに差す日差しを観察して体内時計を整え。

 時に沈む心はすべてのものに感謝することで慰められた。


 そう言って、アルシアは微笑みます。


「私は忌むべきものとして生まれてしまったが、それを恨んでも仕方ない。時には死のうとも考えたが、本に生きる力をもらった。たくさん本を読んでいろいろなことを知ることができたしね。それにシミオンの話を聞いて、私がなぜ義母上から嫌われ、父に憎まれているのか分かった。そんな私に衣食住を提供し、本まで与えてくれた父には感謝しているよ。領民の生活を豊かにしてやれと仕事を与えたことも侯爵としてならば理解できる。まあ、6歳の私を死んだと言い、社会的に殺していたことや、実は魔石を横流しして私腹を肥やしていたことを聞いた今では、目の前に父が来たところで何の感慨も沸かないがな」


 言いながら、すべて師匠の本で学んだことだと照れるアルシアを見て、私は妹の強さを誇りに思いました。血がつながっていなかったら、などと思えてしまうのは仕方ないことなんでしょうね。

 もちろん、妹に恋心など抱きませんよ。ただただ可愛い、それだけです。だからこんなかわいい妹を苦しめた公爵を許すつもりは毛頭ありません。今後が楽しみですね。ふふふ。


 ただ、一つだけ、困ったことがありまして……。


 それは、いつものように塔に本を持ってきたときのことでした。


「あ、あ、いや……。もっと頑張って、ロイド」

「う、うう、こ、これ以上はもう……」

「あ、ダメ、もっと、そこ……」


 息も絶え絶えな悩ましい声が部屋からとぎれとぎれ聞こえ、思わず部屋に飛び込んだ私は、二人が息を切らせながら重なっているのを見てしまいました。


「何やってるんですか!!??」


 ベッドの前の床に這いつくばったロイドが、茹でたロブスターのように全身を赤くして腕立て伏せをしています。その上にはアルシアが乗っているのですが、ロイドの体に沿うように、背に体をぺたりと密着させたうつぶせの形なのです。ロイドの肩甲骨辺りにはアルシアの形のいい胸が潰されているのがシャツの襟ぐりから見えています。二人とも騎士が運動するときと同じシャツにズボンという服装なのはよいとしても、同じサイズなのか、アルシアのそれはとても露出が多いのです。


「なにって、筋トレだ」

「筋トレって……」

「こうしてロイドに腕立てをしてもらい、その上に乗ることでバランスと体幹を鍛えている。ロイドは私という重りが乗ることでさらに負荷が増していい筋トレになるのだ」

「……」

「おっと、揺れたぞロイド。大丈夫か? 疲れたようならセシル兄に代わってもらうが」

「だが断る!!」


 ロイド、いろいろな意味で死にかけてますね。この状況を陛下が見たら、きっと留学も取消でしょう。私は親友として黙っていますよ。もちろんです。ああ、もちろん見返りはいただきますがね。


 しばらくしてロイドが崩れ落ちた。ああ、鼻血出てますね。いつものことなのかそばにタオルが置いてあります。困ったものです。

 私はアルシアに綺麗なタオルを渡しつつ、いつものように話をします。


「アルシア、いつも言っているでしょう? 筋トレやストレッチを否定はしません。しかし、その恰好はダメです」

「なぜだ? 動きやすくて成果もわかりやすいのに」

「百歩譲って一人でトレーニングの時はいいでしょう。しかし、誰かとともにいるときはいけません。特に男性はダメです」

「それは性差別ではないのか? 騎士や衛兵たちは訓練時は今の私に似た格好だし、訓練後は半裸で体を拭いたりしているのではないか」

「差別ではなく区別ですよ。本来、女性はそのように肌を見せてはいけないのですよ。兄である私はもちろんですが、他人であるロイドはもっとダメです」

「なぜ区別なのだ?」

「そこからですか……」


 困ったこととは、つまり、こういうことです。

 実はアルシアには男女の理についての知識がほとんどないのです。男がするとは女がしてもいいし、逆もまた問題がないと言い、女性らしい、男性らしい、という話に首を傾けます。


 塔にある本には男女の性差についての本はあったようなのですが、それは生物学的なものや魔力の差などの学術的なものばかりだったそうなのです。

 恋愛についてはもちろん知らず、「子をなすこと? つまり交尾か?」と言って周りを引かせてしまいました。

 そのため、自身の体に触れられても危険なのかそうでないのか、理解できないようなのです。逆に自分が異性に触れたときに見られる反応は不思議だと首を傾げたりします。末恐ろしい……。ロイドが耐えられなくなる前にこちらで対処できれば良いのですが。


 以前、砦に初めて連れていき、侍女たちに磨かれたときは「ずっと魔法で身ぎれいにしていただけだったので新鮮だった」と言って侍女にも同じことをしようとしたと聞きましたし、王宮の風呂に入るときは世話をする侍女も共に入浴しているのだと聞きます。アルシアが入浴しているときは侍女たちがそわそわするそうです。確認したところ「今日は誰が一緒に入れるか楽しみ」と言っているとのことでした。妹が侍女たちと打ち解けて嬉しい反面、王女としてはまずいと感じております。


 どこから話そうか、今はそれが私の課題ですね。


 鼻血を拭いてじたばたしているロイドを足蹴にしていると、アルシアは困った顔をし、頭を下げました。


「セシル兄に心配かけているのはわかっている。私も貴族形状のことは学んだつもりだったのだが、残念ながら令嬢言葉を学ぶ機会がなかったのでこんな話し方で申し訳ない」


 そして膝をつき、ロイドの額に貼りついた髪を指でそっと梳きました。

 ああ、ロイドがまた死にそうな顔を……。わかりやすい男でよかったのかなんだかわかりませんね。


「アルトは悪くない。謝らなくていいと思う」


 ロイドはどさくさに紛れてアルシアの指に触れようとしているので、そっと手を伸ばしてそらします。

 ところで、今、耳慣れない名前が出ましたね。


「アルト?」


 にこりと笑って尋ねると、アルシアの頬が薄いバラ色に染まりました。


「最近、ロイドにはそう呼んでもらってるんだ」

「ほぉ……?」

「あ、いや、実は……」


 アルシアは昔読んでいた本の主人公アルシアが親しい人々にはアルトと呼ばれていたのでロイドにそう呼んでほしいと頼んだと、つっかえながら言いました。言いながらうつむく顔はとても可憐で、可愛い妹最高!と口走りそうになりましたが、もちろん内緒です。


「私はアルトと呼べないんですね」


 わざと寂しそうに言うと、アリシアは顔を上げ、私の腕をつかみました。


「いいえ!私に勇気がなく、頼めなかっただけなんだ!」

「それでは私もロイドのようにアルトと呼んでも?」

「もちろん!むしろ呼んでほしい、セシル兄」

「わかりましたよ。アルト。呼ばせてくれてありがとう。ところで陛下や上の兄君達にはどうしよう?」

「……、そちらは、まだ私からは呼んでほしいと言えない。今は二人にだけアルトと呼んでもらえたら……」


 ああ、やっぱり私の妹はものすごくかわいい。

 上の兄たちがどんな反応をするか、今からとても楽しみですね。


 そんなことを考えてほくそ笑んでいると、床に転がっていたロイドが悔しそうに呻きました。


「不満なのか?」

「う、うう……」


 まあ、そうでしょうね。私もわざと、いわゆる嫌がらせでしたし。

 すると、アルトはロイドの耳元でなにやら囁きました。

 それだけで、ロイドは全身を真っ赤にし、硬直して気絶してしまいました。アルトはものすごく慌て、必死に私に助けを求めてきましたが、もちろん何もしませんよ。


「初めてはお前だ。問題なかろう?」


 こんな言葉を耳にして、兄に何をしたらいいって言うんでしょうね?

 まあ、困った妹には市井に溢れている恋愛小説でも差し入れることにしましょう。もちろん、描写はキスまでです。







読んでいただいてありがとうございます。


王子様2 セシルお兄ちゃんの回でした。こちらも趣味全開ですみません。楽しく書かせていただきました。

妹大好きなお兄ちゃんはあと一人でてますが、王家には残り二人の王子がいるんですよ。そのうち出てくると思いますのでよろしくお願いします。


誤字報告・感想などありがとうございます。とっても嬉しいです。これからもよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ロイド君の特権が減りましたね(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ