番外 2.5 書庫塔の悪魔とストレッチ(裏)
コメディです。シリアスはなくなりました。
軽ーい気持ちで読んでいただけるとありがたいです。
ちなみに今日は2話投稿していますので、前の話からお読みください。
「ほ、本当にこんなことをしていいんだろうか……」
俺はアルシア嬢を直視できず、真剣に悩んでいる。確かにストレッチくらいの運動なら手伝うと言ったのは俺だ。しかし、この本のようには、で、できるのか、というかしちゃうのか???
「嫌なら一人でするからいい。邪魔だから帰ってくれ」
悩んでいると、あっさりと断られそうになった。
ま、不味い!ただでさえ今のところあまりいいとこ見せられてない俺だ。そんな俺と二人っきりで、密着ポーズのストレッチをしようと言ってくれてるんだぞ。
こんなチャンスを逃がしていいのか、俺!? ダメだろう、俺!!!男として、人として、立て、立つんだ、俺!!!
「やらせていただきます!」
這いつくばってでもお願いしたい、そう思ったのが体に出てしまい、ジャンピング土下座状態になってしまった俺に、アルシア嬢のため息が降ってきた。
なんでこんなことになっているのかを思い出す。
朝はいつもと変わらなかったはずだ。早朝訓練に出て大学の寮の食堂で食事。休日だからとダラダラしていたら、セシルに呼び出された。
俺を呼び出すなんて生意気だと無視しようと思ってたら、要件が『アルシア嬢とのランチ』だったので喜んで出かけたさ。
正確には『王族との昼食会』だったけど、まあ気にしない。ティファール王がアルシア嬢と仲良くしたいだけの会だ。あの王様、最初は『魔石を再チャージできる便利な妹ができた』みたいに言ってたくせに、会った瞬間骨抜かれてたもんな。
仕方ない、あの美貌と豊富な知識だけでも至宝なのに、性格が天使なのだから。あれだけの目に遭っていながら謙虚で自分を主張しすぎない。本以外の物欲もないし、自分を着飾ることすらしないのだ。
一目見た瞬間、恋に落ちてしまった俺が言ってもあんまり説得力はないそうだが、控えめに言って女神だと思っている。
そんな彼女をエスコートする権利をじゃんけんでもぎ取った俺が意気揚々と彼女の住む書庫塔を訪れたときだった。
書庫塔に入るにはまず入り口についているボタンを押す。これはアルシア嬢の魔法で、ボタンを押すと来客を知らせる鐘の音がするそうだ。
入ってよければ扉が自動で開く。留守の時や取り込み中の時は開かないのでその時はボタンをもう一度押して伝言を記録する。ボタンには同じくアルシア嬢が独自に作ったと言う記録魔法が仕込まれており、短時間話した言葉を記録し、後から聞ける優れものだ。今のところここにしかないが、そのうち城でも使いたいとセシルが言っていた。
開いた扉を通り、彼女の部屋に行く。部屋は塔の最上階なので階段を上がるのは少し大変だからか、ここにはほとんど人が来ないと聞いている。
誰もいない階段を上がり、扉を開けた瞬間、俺はとんでもないものを見てしまった。
逆さになっても美しいアルシア嬢がそこにいる。
雪のように白い肌がほんのりと上気して花のようだ。流れる銀色の髪は床に広がって輝いている。
すらりと伸びた美しい足は上半分だけ隠されている。
うっすら問われている腹筋が見える体の真ん中にあるのは、そう、へそだ。
上着は半分めくれて胸の先で引っかかっている。そう、豊かな胸が半分以上、ベロンと捲れた上着からはみ出していて、もう少ししたらポロリとこぼれそう。
ぽ、ポロリと……。
今は胸の先の薄い桃色が見えそうで見えない絶妙加減。
ああああ、まずい、すごく、俺自身がまずいいいい!!
「!!!!」
限界だった。俺は盛大に鼻血を吹き出し、その場に倒れたのだった。
「な、なぜそんな恰好で……」
気が付くとアルシア嬢が顔をぬぐってくれていた。真っ白いタオルが血まみれだ。何だか申し訳ない。
だがしかし!こんなことになっているのはすべて、目の前にいる無邪気な姫君のせいだと言っても過言ではない。
なぜにそんな襟ぐりの開いたシャツを。しかも袖なし!?わきの下までよく見えるではないか!女性のそんなところ今まで見たことがないぞ!さらに言うとズボンも半分とはなんとけしからん!美しいふくらはぎが満喫できるじゃないか。令嬢のドレスが翻って足首が見えただけで騒ぐ男子の前になんてものを置くのだ!ありがとう神様!
「なにって、これからストレッチと筋トレをするので運動着に着替えただけだが」
何事もないように言うアルシア嬢。
「自覚なしか!」
つい声が出てしまった。
あああ、これはもう一生ここに閉じ込めておかなくては危険だ!!
こんな素晴らしいもの、誰にも見せたくない。でも俺は見たい!忘れないようにしっかり目に焼き付けねばもったいない……。
「まあいい。せっかく来たのだから付き合ってくれ」
心の中で悶えていると、アルシア嬢は本を見ながら言った。
「つつつ、付き合うって、結婚を前提に!?」
「? 気遣いありがたいがそういう冗談はいらんぞ」
冗談じゃないのに。しょぼん……。
肩を落として落ち込んでいると、アルシア嬢は持っていた本を差し出した。読めということらしい。広いたページには『二人でのストレッチという項目』とあった。
「これをやってみたいのだが、付き合ってくれる者がいなくてな。他国の王子に頼むのは申し訳なのだが、ロイドならば鍛えているので安心して身を預けられる。頼まれてくれないだろうか?」
もちろん、アルシア嬢の頼みなら喜んで。
だが受け取った本をパラパラとめくると、とんでもない絵がたくさん描かれていた。
こ、これを、二人で……。こんなに密着して!? 婚約者でもない男女が!!??
アルシア嬢は俺の顔をにこりともせずに見つめている。本気らしい。
俺、今日死ぬのかな、と思ったら一瞬意識が遠くなった。
そして今に至る。
二人で座って手足を伸ばせるのがベッドの前の床しかなかったので、とりあえず向かい合ってぺたりと座った。
「えっと、まずは二人で開脚して手を取り合います、か。ロイド、足を開いてくれ」
アルシア嬢は躊躇なくすらりとした足を開く。目の前でうら若き女性が大きく足を開いているなど、それだけで思わず股間が元気になる。
いかんいかん、冷静にだ、俺。クールビューティだ、俺。
俺は自分の足を開きながら、氷になれと何度も心の中で呟いた。
とはいえアルシア嬢のような柔軟性がないので直角ぐらいしか足が開かない。唸っていると、アルシア嬢はフフフと笑いながら足の角度を合わせて俺の足首に絡めた。
「開脚が大変なら胡坐でいいとある。胡坐は足を重ねるらしいが、このままでいけるか?」
「あ、ああ……」
足首が、細くて華奢な足首が……。
思わず息が詰まる。
「なになに、この時お互いの腕を掴むようにすれば安定します、とあるな。ロイド、手を」
両の手をこちらに伸ばしてきたので、反射的につかむ。細い腕はそれなりにしっかりとした筋肉があった。筋トレを頑張っていると言ったのは伊達ではないようだ。そういえば先ほど見た腹にも綺麗な腹筋が載っていたな。あああ、思い出したらヤバイ。落ち着け、後で思い出せ、自分!
「続けて交互に引っ張って前屈していきます、か。ロイド、私が先に引いていいか?」
何とか意識を保っていると、アルシア嬢の声が聞こえてくる。
「あ、うん」
「よし、最初だからゆっくり10数えよう。1.2.3……」
引っ張られると背中がピキピキいった。朝練での筋肉痛が出てるらしい。
「う、わわわ、いたただ……」
「すまん、痛かったか。じゃあ次は私を引いてくれ」
引く、引くってのはこうかな?
俺はゆっくりと彼女の手を引いた。
「了解。1.2.3……」
手を引く速度に合わせてアルシア嬢の体がこちらに倒れてくる。
倒れると大きく開いた襟ぐりからたわわんと揺れる胸が近づいてきた。
あ、あああ、そういえば、さっき逆立ちしていた時に胸当てみたいななにかをつけてなかったような……。
彼女の体がこちらに近づき、前屈していく速度に合わせて見えてくる双丘。もうちょっとかがんだら、かがんだら……。
ブッッッ!!
俺は思わずアルシア嬢の手を振り払い、近くにあったタオルを顔に当てて首を振った。
「違うんだ、事故なんだ。なんで服の下に何もつけてないんだ。胸の谷間なんて見てない。胸の先が少し見えそうだったなんて思ってない。もちろん覗こうなんてしなかった!本当だ、信じてくれ!」
誤解だ、見ようと思ったんじゃないんだ。いや、見たいし触りたいし許されるなら埋まりたいけど!
あああああ、いかーーん!!落ち着け、俺!鼻血が止まらない、出血多量で死にそうだ、俺!!!
挙動不審な俺に呆れたのか、アルシア嬢はため息を吐いた。
「大変ならやめるが」
そのほうがありがたいかもしれない、と少し思う。このまま行ったらマジで死ぬかもしれん、俺……。社会的にも死ぬかもしれん、いろんな意味で。
だが、これだけは聞いておかねばならぬことがある。
「……、その場合、別の誰かとやるのか?」
「もちろん。陛下から賜った本だ。すべて試したい。女性では難しいものもあるようだし、この本では女性が屈強な男性が相手をしているのでな、ロイドがダメならセシル兄に頼もうかと」
なにいいい!!
「絶対に俺がやる!!」
これで死んでも本望だ、俺は覚悟を決めたのだった。
「それじゃあ、次のをやってみようか」
そんな男心など気づかないように嬉しげに微笑んだアルシア嬢は、本のページをめくって何かつぶやいたのち、すぐ前に座った。
すらりと伸びた足が目の前にくる。
「なっっ!?」
「動くな。ええと、まずは向かい合って座る、と」
アルシア嬢は絵を見ながら俺の右足に手をかけて延ばし、そこに自分の右足をぴったりと合わせると、俺の右足の上に彼女の左足を、彼女の右足の上に俺の左足を持っていき、体は正面を向いたままこちらを見つめた。
うわあ、足、ほっそいのに柔らかっ。適度についた筋肉がプリプリしてなんという感触なんだ。ヤバイ、また体が反応してきた。絶対気づかれたくない!
思わず下を向いて耐えていると、両手で顔をはさんで持ち上げられた。
「下を向くな」
ち、近い、近いいいい!!
俺は耳まで真っ赤になった。頬をはさむ両手は思ったよりずっと小さくて気持ちいい。先日は勢い余って手の甲にキスしてしまったけれど、今同じ事しろって言われたら悶え死ぬ。でもそんな、キスするわけでもないのにじっとこっちを見られたら、ああああ、もう、正直きっつい!
おろおろしていると、アルシア嬢の頬も赤く染まってきた。ヤバイ、可憐すぎる!死ぬ!
一瞬理性が飛びかけたが、アルシア嬢が手を離して本を見ながら姿勢を作っているのを見て我に返った。危ないところだった。
「ええと、前を向き、交差させた足と反対の手を顔の前で合わせ、その手と反対の手は自分の体の後ろに回し、相手の足をつかみ、しばらく静止する」
足首のあたりをつかまれる。目で同じ事をしろと言われたのでやってみた。いい感じで体がひねられるが、アルシア嬢の細い足首が気になってそれどころではない。
「ふ、ああ、き、気持ちいい……」
アルシア嬢の悩ましい声が聞こえる。幻聴だよな、うん、きっとそうだ。しかし体をカチカチにして気合を入れておかないと、自分が保てなくなりそうで怖い。これってストレッチなのか? 精神修養だよな?
目を閉じて耐えていると、アルシア嬢の手が離れたのを感じた。乗り切ったようだ、頑張った、俺!
自分を褒めていると、申し訳なさそうな顔でアルシア嬢が頭を下げた。
「一人だけ気持ちよくなってしまった。すまん」
あああああ、もう、もうううう……。
俺はそのままの姿勢で倒れ、顔を両手で覆って悶絶した。
「まだ行けるか?」
頭の上から呆れた声が聞こえてくる。
「あ、ああ……」
もうこうなったらどんとこいだ。精神的にはヘロヘロだが、幸せなヘロヘロだ。頑張れ、俺!
だらしなく緩んでいる俺を心配しながら、アルシア嬢は本を見て頷いている。
「次はそこまできつくなさそうだから体が硬くてもきっと大丈夫だ。まずは背中合わせになって足を組んで座る、と」
背後に回って背中を合わせる。俺の背にすっぽりと隠れてしまうほど小さな体がとてもいとおしい。そんなことを考えていると指示が飛んだ。
「ロイド、大きく腕を広げて胸を張ってくれ」
「こ、こうか?」
「そうそう。そしたら私が下から腕とからめて手のひらを合わせ、ああ、届かない。ロイドは腕が長いんだな。しかも太い。うらやましいな」
「……、アルシア嬢の手は小さくてとてもかわいらしい」
「そうか? まあ褒めてくれてありがとう。ええと、続けて腕を地面と平行にしたまま、右手を前に、左手を後ろに回していく、か」
きゅっきゅっと腕をひねる。肩周りや脇あたりがほぐれてなかなか気持ちがいい。気持ちよさに思わずうーとかあーとか声が漏れてしまった。それにこれは背中合わせなので顔が見られないのがありがたい。
やっとお互い気持ちいいストレッチが見つかった感じだな。
アルシア嬢も嬉しかったようで、勢いのまま次のストレッチを試した。
「次はこのまま背中合わせでスタートらしいぞ。ロイド、両手をあげてくれるか?」
「あ、ああ。こうか?」
「そうそう、用語では「バンザイ」ってやつらしい。ここから私の両腕をつかんで少しずつ前に倒れてくれ」
「こ、こうかな」
だいぶ密着も慣れた気がする。そうだ、これは準備運動でするあれなんだ。運動でときめいていたら訓練できないじゃないか。落ち着け、俺。
そう言い聞かせつつ、体を折りたたむようにして倒れていくと、背にアルシア嬢の体を感じる。
「おおー、これはとても気持ちいい」
「そうか? それはよかった」
これもいいストレッチらしい。気に入ったようでよかった。
「ありがとう。私の体は重たくないか? かなり体重がかかってると思うが」
「いや、まったく問題ない。アルシア嬢の体はしなやかで子猫のように軽い」
答えると、アルシア嬢は嬉しそうに笑った。
「じゃあ次はロイドの番だ。私が腕をつかむので、背をそらして倒れてきてくれ」
手をほどいて腕をつかまれる。アルシア嬢は俺より小さいので、ひじと手首の真ん中ほどの位置をつかんだ。そろそろと引っ張られ、華奢な背に乗せられる。重い俺が乗っているからか、ふらふらと揺れ、申し訳なく思った。
「アルシア嬢、重たくないか?」
「だ、大丈夫だ」
「この姿勢は背中が伸びて俺はとても気持ちがいいが、アルシア嬢が辛かったら困る。我慢しないでくれよ」
潰してしまったら大変だ。体制を戻そうとするが意外に頑固なアルシア嬢は手を放してくれない。柔らかな手の感触は心地よいし、俺を支えようと頑張っている背中も嬉しいけど、無茶はさせたくないと思う。なんといっても彼女は女性だし、俺が一目惚れして守りたいと思っている相手だからな。
頃合いを見て離れようと思っていたところで、唐突にアルシア嬢が言った。
「アルトだ」
「は?」
「私のことはアルトと呼んでほしい。遠い昔、好きだった本の主人公の名がアルシアだったのだが、皆からはアルトと呼ばれていた。とても羨ましかった。私には話す相手などいなかったからな。親しい相手ができたら、アルトと呼んでほしいと思っていた。ロイドにはそう呼んでほしいのだが……」
親しい相手!
そんな風に言ってくれるなんて、思わなかった。
正直、あんまり好かれてないような気がしていたので言葉に詰まる。
「それは、セシルには?」
「……、兄様たちどころか、まだ誰にも言ったことがないんだ」
答えを聞いた瞬間、俺は横に転げ落ち、無言で体をよじらせた。
どうしよう、嬉しい。ものすごく、嬉しい。
俺のことをそんな風に思ってくれたことが、嬉しくて仕方ない。自然に体が悶えてしまう。
「すまん、忘れてくれ」
だが、アルトはすぐに横を向き、悲しそうな声を出した。
しまった、何か勘違いさせたらしい。
「……、あ、アルト、でいいのか?」
「い、嫌じゃないか?」
「なんでだよ。むしろ俺なんかがいいのかって思ってる」
嬉しくて笑ってしまう口元を覆ってじたばたしながら目だけあげる。誤解は解けたようで、ほっとした顔のアルトがにこにこしていた。よかった。悲しい顔を一瞬でもさせてしまった自分を殴りたくなる。
アルト、アルト、と何度も呟いてみる。声と同じアルトか。すごく似合う。
そうしていると、アルトは泣きそうな顔で俺を見て微笑んだ。
「すごく嬉しいな。ありがとう。ロイドの特別になった気がする」
ああああああああ!!!
ぷつん、と何かが切れた。
も、もう、俺、アルトの特別なのか!!
神様ありがとう!俺、絶対この子と幸せになる!!!
俺はうずくまって顔を隠し、喜びと幸せを噛み締めた。
その後しばらく記憶が飛んでいる。
顔を隠してしゃがみこんだまま固まっていたらしい。他に何かしたかと聞いたがアルトは照れた顔で「いい体してる」と言っただけだった。いろんな意味で恐ろしい。
しばらくしてセシルが本を抱えてやってきて、薄着の男女が組んずほぐれず何やっているのだと大変叱られた。反省はしたが後悔はしていない。セシルは多分羨ましかったのだろう。逆だったら俺も同じことを言うと思う。
あとでうんと自慢しよう、とニヤついていたら、セシルの目を盗んでアルトが身を寄せてきた。
「続きは後日な」
耳元で囁かれた言葉はとても甘く、俺は盛大に鼻血を拭きながらその場に倒れた。
読んでいただいてありがとうございます。
前話のロイドバージョンでした。こういうの大好きです。趣味全開で失礼しました。ものすごく楽しく書かせていただきました。
ロイドはいい奴なので幸せになってほしいです、はい。




