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番外 2  書庫塔の悪魔とストレッチ(表)

コメディ風です。軽い気持ちでお読みください

「ほ、本当にこんなことをしていいんだろうか……」


 ロイドは私から目をそらして真剣に悩んでいる。悩むくらいなら手伝うと言わなければいいのに。


「嫌なら一人でするからいい。邪魔だから帰ってくれ」

「やらせていただきます!」


 なぜか飛んでから平伏したロイドを見、ため息をついた。


 特に難しいことを頼んではいないはずなのだが、なぜにこんなことになっているのだろうか?






 朝食後、片付けが終わって昼間でのんびりしようと思っていたら、城から使いが来た。午後、一緒に昼食をとのこと。いつものことだが急だ。少しげんなりする。今日は一日南の本棚を片付けたいと思っていたのに。

 まあ王命だし、逆らったところで利はない。せっかくなので新しい本でもねだってみるか。


 使いが帰ったのち、手持ち無沙汰だったので久しぶりに念入りなストレッチをすることに決めた。

 実は最近、ストレッチの新しい本を陛下が買ってくれたのだ。いつもなら新しい本はセシル兄が持ってきてくれるのだが、本人からじかにいただいて驚いた。


「自宅で楽しくできるストレッチ、ですか? 面白そうです。ありがとうございます」

「うむ。二人組のストレッチもあるそうだから、試すときは声をかけてくれると兄として嬉しい」


 それは丁重に断った。兄とは言え王を私事には使えないからな。


 というわけで、もらった本のストレッチを少しずつ試していたのだが、半分くらいでとん挫してしまった。一人ではできないストレッチだったのだ。

 城に行ったらついてくる侍女や侍従に頼もうとしたが、余分な仕事なので頼んでいいものか悩む。ただでさえ私は扱いづらいらしいのでな。


 というわけで、半分は放置し、いつもの本のストレッチをしていると、塔にロイドがやってきた。


「!!!!」


 塔に入り、部屋の扉を開けるなり、ロイドは声にならない悲鳴を発し、鼻血を拭いて倒れた。ただ逆立ちしていただけなのに、何故?

 仕方ないので清潔なタオルで顔を拭いてやる。汗拭き用だったが血まみれになってしまった。前と違ってたくさん物があるので何枚でも使える。ありがたいがもったいないな。


「な、なぜそんな恰好で……」


 鼻をぬぐいながらタオルを目元まで持ってくるロイド。しかし目はしっかりと私を見ている。


「なにって、これからストレッチと筋トレをするので運動着に着替えただけだが」


 たしかに襟ぐりが開いた大き目の白い袖なしシャツ一枚に膝までの半ズボンだが、そもそもここは私の部屋だし、普段は誰も来ないし、文句を言われる筋合いはないぞ。それに騎士たちだって鍛錬の時は似たように服装ではないか。

 そう言うと、ロイドは何か呟いた。自覚なしかとか言ってた気がするのは気のせいか?


「まあいい。せっかく来たのだから付き合ってくれ」

「つつつ、付き合うって、結婚を前提に!?」

「? 気遣いありがたいがそういう冗談はいらんぞ」


 悪魔と呼ばれる私を生涯面倒見てくれると言うのはありがたい話だが、陛下はずっとここにいていいと言うので不自由はしていない。このままずっといられればいいのだ。


 なぜかしょんぼりしたロイドに、もらった本を手渡すと、不思議な顔をされた。

 私はペラペラと本をめくり、二人でのストレッチという項目を見せる。


「これをやってみたいのだが、付き合ってくれる者がいなくてな。他国の王子に頼むのは申し訳なのだが、ロイドならば鍛えているので安心して身を預けられる。頼まれてくれないだろうか?」


 本を受け取って目を通していたロイドはページが進むごとに赤くなり、卒倒しそうになった。


 そして、今に至る。


 二人で座って手足を伸ばせるのがベッドの前の床しかなかったので、とりあえず向かい合ってぺたりと座った。


「えっと、まずは二人で開脚して手を取り合います、か。ロイド、足を開いてくれ」


 ロイドはうううと呻きながら足を開いていく。体が硬いのか、私のように横一直線には開かないようだ。私はロイドに合わせて足の角度を変えた。


「開脚が大変なら胡坐でいいとある。胡坐は足を重ねるらしいが、このままでいけるか?」

「あ、ああ……」


 息を詰めているところを見ると足が痛いのかもしれないが、こちらに合わせてくれるのは嬉しい。


「なになに、この時お互いの腕を掴むようにすれば安定します、とあるな。ロイド、手を」


 両手を伸ばして催促すると、ロイドは手をつかんでくれた。これだけでも背筋と腿の裏が伸びる。これは効きそうだ。


「続けて交互に引っ張って前屈していきます、か。ロイド、私が先に引いていいか?」

「あ、うん」

「よし、最初だからゆっくり10数えよう。1.2.3……」

「う、わわわ、いたただ……」

「すまん、痛かったか。じゃあ次は私を引いてくれ」

「了解。1.2.3……、ブッッッ!!」


 唐突にロイドの手が離れたので勢い余って後ろにひっくり返りそうになった。手汗で滑ったのかもしれないが、危ないから気を付けてほしい。

 抗議しようとすると、ロイドはタオルを顔に当てて首をぶんぶんと振っていた。


「違うんだ、事故なんだ。なんで服の下に何もつけてないんだ。胸の谷間なんて見てない。胸の先が少し見えそうだったなんて思ってない。もちろん覗こうなんてしなかった!本当だ、信じてくれ!」


 何を言ってるのかさっぱりだ。運動してるんだから運動着以外着ないのは当たり前だろうに。


 しばらくするとロイドはタオルから顔を上げた。また鼻血が垂れたようだ。血の気の多い男だな。ストレッチ程度でこれならば剣術などやったら血まみれかもしれない。


「大変ならやめるが」

「……、その場合、別の誰かとやるのか?」

「もちろん。陛下から賜った本だ。すべて試したい。女性では難しいものもあるようだし、この本では女性が屈強な男性が相手をしているのでな、ロイドがダメならセシル兄に頼もうかと」

「絶対に俺がやる!!」


 すごい意気込みだ。よほどセシル兄にやらせたくないのだろう。そういえば兄はロイドより少し線が細い。進むにつれてこの姿勢は難しいと言うものがあるかもしれないしな。兄を気遣うなど、ロイドもいいところがある。友情とはいいものだな。


「それじゃあ、次のをやってみようか」


 私はページをめくり、姿勢を確認したのち、ロイドのすぐ前に座った。


「なっっ!?」

「動くな。ええと、まずは向かい合って座る、と」


 絵を見ながらロイドの右足を延ばし、そこに私の右足をぴったりと合わせる。ロイドの右足の上に私の左足を、私の右足の上にロイドの左足を持っていき、体は正面を向いたまま、お互いまっすぐ見る。


「下を向くな」


 両手で顔をはさんで持ち上げたら、ロイドは耳まで真っ赤になった。キスするわけでもないのにそんな顔されるとこちらも困るんだが。なぜか私まで頬が熱くなってくる。二人でやるストレッチには体を熱くする効果もあるのだろうか?


「ええと、前を向き、交差させた足と反対の手を顔の前で合わせ、その手と反対の手は自分の体の後ろに回し、相手の足をつかみ、しばらく静止する」


 おお、あちこちひねられて結構効く!


「ふ、ああ、き、気持ちいい……」


 体中を気持ちの良い感覚が広がっていくのを満喫している私とは対照的にロイドは体を固くしている。足をつかんでいる手に伝わってくるのはストレッチの心地よさではなくてがちがちの緊張感だ。そういえば先ほどもしんどかったようだし、体の固い者にはこのストレッチはきついのかもしれない。本当は逆バージョンもするとあるが、今回は初めてだし、ここでやめておくか。


「一人だけ気持ちよくなってしまった。すまん」


 反省し、姿勢をほどいてから頭を下げると、ロイドはそのままの姿勢で倒れ、顔を両手で覆って悶絶した。このストレッチはもう少し体が柔らかい者とやったほうがよさそうだ。


 次のストレッチはこれと比べると楽かもしれない。絵面だけだからやらないとわからないが。


「まだ行けるか?」

「あ、ああ……」


 ストレッチだけで息の荒い男。本当に騎士の訓練を受けているのか? 私より体力がなさそうだが……。

 でもまあこんなにヘロヘロになりながらも協力してくれるのは嬉しい。会ったばかりのころは頼りない残念な男だと思ったが、悪魔と呼ばれる私を案じてくれるいい男だと思う。

 ありがたく甘えることにして、次に進むことにした。


「次はそこまできつくなさそうだから体が硬くてもきっと大丈夫だ。まずは背中合わせになって足を組んで座る、と」


 背後に回って背中を合わせる。想像していたよりいい背筋をしているな。広くてなんだか落ち着く。このままぼーっとしたくなるけど今はそれどころではないな。


「ロイド、大きく腕を広げて胸を張ってくれ」

「こ、こうか?」

「そうそう。そしたら私が下から腕とからめて手のひらを合わせ、ああ、届かない。ロイドは腕が長いんだな。しかも太い。うらやましいな」

「……、アルシア嬢の手は小さくてとてもかわいらしい」

「そうか? まあ褒めてくれてありがとう。ええと、続けて腕を地面と平行にしたまま、右手を前に、左手を後ろに回していく、か」


 きゅっきゅっと腕をひねる。肩周りや脇あたりがほぐれてなかなか気持ちがいい。これはロイドも痛くないようで、うーとかあーとか気持ちよさそうな声をあげている。

 やっとお互い気持ちいいストレッチが見つかったのがなんだか嬉しい。


 勢いのまま次のストレッチを試した。


「次はこのまま背中合わせでスタートらしいぞ。ロイド、両手をあげてくれるか?」

「あ、ああ。こうか?」

「そうそう、用語では「バンザイ」ってやつらしい。ここから私の両腕をつかんで少しずつ前に倒れてくれ」

「こ、こうかな」


 体を折りたたむようにして倒れるロイドの背に乗るような形で上半身が伸びていく。


「おおー、これはとても気持ちいい」

「そうか? それはよかった」

「ありがとう。私の体は重たくないか? かなり体重がかかってると思うが」

「いや、まったく問題ない。アルシア嬢の体はしなやかで子猫のように軽い」


 しなやかとは嬉しい。筋トレを頑張っている甲斐がある褒め言葉だ。


「じゃあ次はロイドの番だ。私が腕をつかむので、背をそらして倒れてきてくれ」


 手をほどいてロイドの腕をつかむ。ロイドは私の手首くらいのところを持ってくれたが、私の腕ではそこまで届かず、ひじと手首の真ん中ほどの位置をつかむ形になってしまった。何とか引っ張ってロイドを背に乗せる。広い背中に私の体は狭いようでバランスをとるのが難しそうだ。というか、筋肉質のロイドは見た目より重たい。


「アルシア嬢、重たくないか?」

「だ、大丈夫だ」

「この姿勢は背中が伸びて俺はとても気持ちがいいが、アルシア嬢が辛かったら困る。我慢しないでくれよ」


 こちらの我儘で付き合わせていると言うのになんとも優しい。


 ここでふと気づいた。ロイドは私をとても丁寧にアルシア嬢と呼んでくれるのに、私はロイド呼びだ。これは不公平だなと。


「アルトだ」

「は?」

「私のことはアルトと呼んでほしい。遠い昔、好きだった本の主人公の名がアルシアだったのだが、皆からはアルトと呼ばれていた。とても羨ましかった。私には話す相手などいなかったからな。親しい相手ができたら、アルトと呼んでほしいと思っていた。ロイドにはそう呼んでほしいのだが……」


 ぴたり、とロイドが止まった。気持ちよかったと言われたとはいえやりすぎたか?

 そう思ったとき、呻くような声で聞かれた。


「それは、セシルには?」

「……、兄様たちどころか、まだ誰にも言ったことがないんだ」


 なんだろう、この恥ずかしさは。親しくなるってのはこんなに勇気がいることなのか。

 答えた瞬間、ロイドは横に転げ落ち、無言で体をよじらせた。

 ああ、となんとなく察した。突然悪魔の私に距離を詰められたのだ。セシル兄と仲が良いので断れないだろうし、申し訳ないことをした。


「すまん、忘れてくれ」

「……、あ、アルト、でいいのか?」

「い、嫌じゃないか?」

「なんでだよ。むしろ俺なんかがいいのかって思ってる」


 口元を覆ってじたばたしながら目だけあげてこちらを見ているロイドはなんだかかわいく見えた。体の大きな男を可愛く見てしまうってのも謎だが。

 私の悩みは杞憂だったようだ。アルト、アルト、と何度もつぶやいているロイドを見ていたら、とても嬉しくて泣きそうになった。

 こんなことは初めてだなあと思う。


「すごく嬉しいな。ありがとう。ロイドの特別になった気がする」


 この後、ロイドはうずくまって顔を覆ったまま動かなくなってしまい、ストレッチの続きはできなくなった。

 残念だったが、しゃがみこんで置物と化した体をいいように使って鍛えた男の体を観察させてもらったので良しとしよう。図鑑ではわからないような質感が触って感じられたので満足だ。


 しばらくしてセシル兄が本を抱えてやってきて、薄着の男女が組んず解れつ何やっているのだと大変叱られた。反省はしたが後悔はしていない。


 ページの先にはまだまだ試していないストレッチがたくさんある。さらに先にはお互いの体を使ったアクロバットな筋トレもあるようだし、先が楽しみだ。


「続きは後日な」


 兄に隠れて耳元で囁くと、ロイドは盛大に鼻血を拭きながらその場に倒れた。








読んでいただいてありがとうございます。


今回は「彼女と楽しく自宅で出来る筋トレ15選」というサイトを参考にしました。いやー、最後のほう「こんなんできんわ!」って感じです。自宅でできるのはせいぜい半分くらいですよ……。


次回はこの話をロイドの視点でお送りする、ラッキースケベありコメディ風です。

最初のシリアスは終了しました、的な番外編をお送りする予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロイド君には刺激が強かった様ですねー。
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