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裏切り

翌朝、カイは朝の光で目を覚ました。

 カーテンの隙間から注ぐ光が、朝と思えないほどに強い。壁に掛けられた時計で時間を確認すると、朝と言うよりも昼に近い時間だった。


「え、あれ……?」


 いつもならば、使用人が決められた時間に起こしに来てくれる。

 そして、その日に着る服等も準備されているが、今日はその全てがなかった。この時間じゃ、もう、モンスター狩りの準備は始まってしまっている。

 朝食を食べずに、その作業を行っている広間に向かう。


「す、すいません……。遅れました」


 寝坊などしたら、また、兄に暴力を振るわれるだろうと思いながらも、広間で指揮を執っている父に頭を下げた。

 カイの父――ホーン・ハイトペインは、かつては〈騎士〉として、周囲のモンスターから人々を守り、時には城を長期間留守にして、〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉を倒しに向かっていた。

 〈騎士〉と〈魔王〉の力は、決して消滅することはない。

 例えば現時点でその〈騎士の技能(ブレイブ・スキル)〉を持ったコウが、何かの事故で命を落とせば、その能力は、これから生まれてくるだろう、どこか知らない子にへと受け継がれる。いうなれば能力の転生だ。


 転生を繰り返す能力が消えることはないが、若き日の父は、「すべてを消滅させれば、一時は平和になる。その一時だけで充分だ」


 と、〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉を討伐し続けた。

 だが、今の彼にはそれほどまでの活気はない。

 皺と曲がった腰は、父というよりは祖父と言った方が相応しいだろう。もっとも、カイが生まれた時点で、祖父も祖母もいなかったので、どういうものなのか理解はしていないだろうが。

だが、カイが知らないのは祖父母だけでない。

母の顔も知らなかった。

カイが生まれてすぐに命を落とした。一人で城を守る心労ともとより病弱だった体で、子を産んだのが原因だと言われている。だから、兄はそんな弟が嫌いだし、しかも、力まで持っていないのだから、尚更嫌悪感が募っているのだ。

そして、母の死によって変わったのはコウの態度だけではない。

城を留守にしていた父は、自分を責め、それ以降、一切、外に出ることはなくなった。息子たちには、自由に外への外出を禁止し、モンスターを狩るときは安全をみて、大勢で出かける。

過保護な父の心から、『モンスター狩り』という行事が始まったのだった。

故に、なにかあったら困ると、父が子供たちの安全を守るために準備は念入りに、指揮を執るのだが、この日ばかりは、父の表情に、初めての感情が込められていた。


「あ、えっと、父様?」


「……」


 カイの言葉に無言で返す視線。

 それは怒りだった。


「よくぞ、儂の前に姿を表せたな。カイよ?」


「え……。あ、寝坊したのは……すいません」


 カイは謝る。

 だが、温厚で心配性な父が、何故、寝坊だけで人が変わったかのように怒っているのか。困惑して作業している人達を見る。

 父だけではなく、カイに浴してくれていた使用人達も皆――腫物でも見るような視線をカイに突き刺していた。


「はっはっはっは。何を困ってる? お前、自分で言ったんだろ? カイ」


「兄様……」


 カイがこの場に来るのを、ずっと待っていたと言わんばかりに、大げさに両手を広げてゆっくりと足を進める。

 一歩、また一歩と、ゆっくりと裏切者である弟に対して距離を詰めていく。


「あの……、一体、なんの話をしているのでしょうか」


「はぁ? お前、自分で忘れちゃったわけ? 昨日、言ったんだろ? 〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉が欲しいってさ……。それは俺たち〈騎士〉の一族からすれば、禁句だろう? なあ、父さん」


〈騎士〉と〈魔王〉は反対に位置する存在。

 それを望むのであれば、〈騎士〉の血筋を捨てることと同意であると。


「ああ。それは我らが一族を否定する言葉だ」


「なにを言ってるのですか? 僕は決してそのようなことは言ってません!」


 〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉が欲しいなど、自分は言っていない。また、コウの嫌がらせか。

ならば、無実を証明し、兄に罰を与えて貰わなければとカイは思う。

だが、使用人たちの中から現れた一人の少女の姿に、言葉を呑む。


「ツカサ……」


 幼馴染の姿を見て思い出す。

 昨日、自分が呟いた言葉を。

だが、それは幼馴染で在り、もっともカイを理解しているツカサの前だからこそ呟いた言葉だ。例え、聞こえていたとしても、ツカサなら誰にも報告しないと、信じていたからこそだ。

だが、何故、ツカサがここにいる?


 ここは、決して動揺をしてはいけない場面だった。

 白を切るべきだった。

 そうすれば、まだ、助かったかもしれないのに。


「やっぱり、本当のようね……カイ。それは私でも庇えないわ」


 姉の言葉によって、僅かに残されていた希望が絶たれた。

 姉に動揺を見せれば、それは全てを知られることと同じであるから。

ミナが〈騎士〉の一族として受け継いだ〈騎士の技能(ブレイブ・スキル)〉は、〈五感読(ごかんどく)〉。人の五感を読み、その人間の思いまでも読み取る能力。

 かつての〈騎士〉は、その力で人の嘘を見抜こうとも信じ続けたとされている。だが、ミナはそこまでのお人よしではない。

 嘘は嘘とはっきりと切り捨てる。

 故にミナにそう判断を下されたということは、真実であるということだ。

 ここにいる誰もがミナの力を知っている。

 つまり、カイは〈魔王〉に力を求めた、〈騎士〉の恥さらしだと烙印を押されたわけだ。


「ち、違うんです。ぼ、僕は本気で力を――」


「言い訳は聞きたくない」


「父さま……」


「はっはは。てなわけで、この裏切者をどうする? 殺すか? それとも牢獄にでも入れて拷問するか?」


 兄弟だというのに、弟が酷い目に合うのが楽しくて仕方がないのだろう。早く殺人の許可を貰い、弟を殺したいと言わんばかりに、何度も何度も、腰に付けている剣の柄に手を伸ばす。過度に宝石が散りばめられた柄が、鈍い光を放つ。


「……いや。ここで生かして置いたら我ら〈騎士〉の誇りを乏しめることになる。殺したくはないが――殺す。それもまた、優しさだ」


 嘘だ。

 カイは力などなくても父の言葉が偽りであることを見抜いた。

 邪魔者である自分を殺す口実が出来て喜んでいる。

 優しさなんてどこにもない。

 父の残酷な嘘に兄が挙手する。


「了解! じゃあ、その役目は俺でいいよな……」


「……いいだろう。我が一族の恥は、我が一族で葬るのが礼儀じゃ」


 その言葉がカイに取っての死刑宣告になった。

 もうカイは〈騎士〉の一族じゃない。

 ただの裏切り者だ。

 使用人達も興味なさそうに自分の作業に戻っていった。カイを売ったツカサも……。


「ツカサ! なんで、僕を! なぁ。聞こえてるだろ!?」


 ツカサに発言を撤回するように詰め寄ろうとするが、


「罪人が勝手に動くんじゃねぇよ!」


 兄の手によって止められた。


「真実が知りたきゃ、後で教えてやるから、黙ってついて来い。ま、黙らなくても連れてくんだがな……」

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