〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉
訓練が始まる10分前に広場に着いた。
ここは、ハイトペイン家が所持している『騎士団』の訓練に使われている場でもあり、カイ達三人は、彼ら『騎士団』に戦う術を習っているのであった。
『騎士団』は〈騎士〉の一族と共に戦うべき集められた集団であり、この国で暮らす子供たちの憧れである――というのは、10年ほど前のこと。
ここ数年の『騎士団』は堕落しきっていた。
剣術の訓練と言っても形だけ。
一番やる気があるのはカイだった。
〈騎士の技能(ブレイブ・スキル)〉を持っていなくても、正当に戦える唯一自分を出せる場所であるというのが、剣術の訓練が好きな理由の一つだろう。
気合を入れて準備運動をしているカイの元に、
「よぉ。〈騎士の技能〉の訓練がないやつは良いよなぁ」
と、意地悪くにやけたコウが近づいてきた。
「兄様……」
「しかも、彼女とお喋りしてるんだもんなー。へへへ。〈騎士〉として役に立たないくせに、その立場だけ利用して、使用人を食おうだなんて、可愛い顔して最低な奴だな。そんなんだから、〈騎士の技能(ブレイブ・スキル)〉を使えないんじゃないのか?」
「……」
「なんだよ。その目は」
「あ、いえ……」
ツカサとの関係を馬鹿にされたカイは、自分の視線が鋭くなってしまったことに、一番悟られてはならない兄の指摘で気付いた。
また、面倒なことが始まると、急いで頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。つ、ツカサとは、その……、能力を持たない下民同士が故に息があうようで……、高貴な兄様が納得できないのは、分かりますが、どうか、許していただけないでしょうか」
「はぁー」
カイの言葉にわざとらしくため息を付き、
「弟の愚かさを許すのが兄だ」
「ありがとうございます」
なにも暴力を振るわずに去っていったコウ。自分の身体に傷が増えなかったことは、純粋に嬉しいカイではあるが、だが、その無傷であることが怖かった。
妙に兄の機嫌も良かったし。
なにか、良からぬことを企んでいるのではないか。
しばらくの間、兄の動向を注意しよう。
カイは一人頷ぎ、準備運動の続きを行うのだった。
☆
「結局、剣術の訓練ではなにも仕掛けてこなかったな……」
訓練に見せかけて、執拗に痛めつけてくるのが普段のコウではあるが、今日に限ってはそれすらもなかった。普通に稽古をして終わってしまった。
因みに剣術の腕で言えば、カイの方が一枚上である。
それは、指南している『騎士団』全員が認めていることではあるが、表立って口にするとコウの機嫌を損ねてしまうので、誰もがコウが一番の実力者であると、嘘を付くのだった。
それに、人一倍やる気のあるカイが嫌いなのだ。
どうせ〈騎士の技能(ブレイブ・スキル)〉がないのだから、戦うこともないのに、人一倍訓練に付き合わされることに、『騎士団』は嫌気がさしていたのだ。
「僕の思い過ごしだったのかな……?」
このまま何事もなくときが過ぎてくれればいいと願いながら、カイはある場所に向かう。
これが終われば今日の訓練は全てが終了となる。
朝から座学でこれまでの歴史と、自分達〈騎士〉の血を引く者としての誇りを学び、その誇りと人々を守る力を身に着けるために剣術に励む。
だが、〈騎士〉として必要なことはそれだけではない。
カイは目的の場所に辿り着いた。
そこは城の地下にある牢獄。
罪を犯した人々が捕らえられているのだが――その一番奥、厳重な監視体制の元、一人の人間が幽閉されていた。
扉は重厚な金属で作られており、見張りをしていた三人の『騎士団』が、全員で力を込めて、ようやくゆっくりと開いていく。
中からヒヤリとした冷気を感じた。
〈騎士〉の血を引く者として、中にいる存在に、なにか感じるものがあるのかも知れない。
「おいおいおい。気分はどうだ? 俺が捕らえた〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉ちゃん?」
中に入るなり、鉄格子を両腕で掴み、中にいる人間を挑発するように舌を出すコウの姿が見えた。機嫌が良かったのは、自分の手柄に会えるからだったのだろうか?
カイはゆっくりと扉を潜り中に入る。
「…………」
鉄格子の中に捕らえられていたのは、一人の少女。牢獄の食事は少ないのか、彼女の頬はこけ、生気が感じられないが、それでも、鉄格子と外にいる人間を睨む瞳には力があった。
群青の髪色をした彼女は、
「豚が騒がないでよね……。空気が悪くなるじゃんか」
と、コウに向かって笑う。
勝気な彼女の表情。見た目はカイ達と変わらない少女である。だが、その仕草、表情一つが、どこか重く感じる。
〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉を所有する者として、どれほどの経験をしてきたのか。それはカイ達には分からない。
「てめぇ! 豚っつったか?」
「そう言ったつもりだったんだけど、豚に人の言葉は難しかったみたいだね。ごめんごめん」
「……おい!」
彼女の挑発に乗ったコウは、番をしていた『騎士団』の人間から、棒状の武器を奪い取り、なんども、先端を彼女の顔にぶつけた。
「この、この、この!」
牢獄の中に彼女の肉を打ち付ける音が響く。いくら、先端に刃物などが付いていないとはいえ、このまま、打撲を繰り返せば、捕らえている彼女が死んでしまうのではないか。
カイは心配するが、ここで口を挟めば、自分が狙われるだけだと気づき、喉元まで込み上げた言葉を飲み込んだ。
我慢するんだ。
我慢も〈騎士〉には大事なことなんだと。
「やっぱり殺そうとする。……もう、父上が心配した通りのことになってるじゃない。まだ、そいつは情報を吐いていないのだから、殺すなって言われてたでしょ?」
「姉様……、どうしてここに?」
彼女の拷問は女性に見せるのは毒だということで、姉であるミナは免除されているはずだ。それなのに、なぜ、ここにいるのだろうか。
「今言ったでしょ? 父上が心配してたからね。ちょっと様子を見に来ただけよ。……ふふふっ。来てみて正解だったけどね」
「っち。相変わらず父さんは……。心配性だな」
「あなたが単純だから、余計心配なのよ。それで、情報は聞き出せたのかしら?」
「まだ、これからやるんだよ」
「そう。なら……私にやらせてもらえないかしら?」
妖艶な微笑みが残酷に歪んだ。
カイは姉のそんな表情を初めてみるが、どうやら、兄は何度も目にしたことがあるようで、
「またかよ……。本当、姉さんは拷問が好きだよな」
「ええ。動けない弱い子を虐めるのが、好きみたいなの。それが、彼女みたいな可愛い子だったら尚更……」
そう言ってミナは鉄格子の中に入り、そっと拘束されている彼女の頬を撫でた。ミナから離れようとするが、壁に固定された鎖が、両手両足へと繋がっているため、顔を背けることしかできない。
抵抗できない彼女の服の中にそっと手を入れる。
薄灰色のボロボロの囚人着を、姉はそっと引き千切った。
「あっ……」
捕らえられている少女は、布一つ纏わない姿になる。
コウは食い入るように見つめ、カイは背を向けて視線を反らして、ゆっくりと牢獄から去っていた。その背後から、少女の悲痛な叫びと、コウの興奮した呼吸が聞こえてきたが、引き返すことなく、自分の部屋に戻るのだった。
「まさか、姉様が拷問好きだなんて……知らなかった」
ベットに横たわり、姉の意外な一面に驚く。
いや――それ以上にカイの脳裏に焼き付いているのは、少女の清らかな体だった。少しやせ細ってはいたけれど、それでも、柔らかそうな四肢に……。
「って、何考えてるんだ。早く寝なきゃ」
明日はモンスター狩りの準備がある。
今のうちに休んで体力を回復させなければ……。カイは脳裏に焼き付いた映像を、首を振って剥がして眠りについた。
翌日、自分がどんな目に合うのか分かっていれば、もっと別のことを考えただろうが、今のカイは、少女の裸を思い出さないようにするので一杯だった。