癒しの使用人
「でね。なんと、僕が思った通りに格好つけたことを言って、兄様は出てったんだ」
座学を終えたカイは、自身に与えられた長すぎる休憩時間を使って、使用人たちが暮らしている居住スペースを訪れた。
ハイトペイン家が暮らしている面積は、周囲にある城下町の半分程度の大きさを誇っていた。城壁に囲まれた城は、一つの村と呼べるだろう。
それだけの建築物を管理しているのだから、当然、そこには〈騎士〉の一族だけが暮らしている訳ではない。
「へぇー。そうなんだ。カイは、コウ様の言うことが分かるんだね。やっぱりカイは、とっても凄い人だ」
「……そんなことないよ。〈騎士の技能〉がないから、こうして僕だけ時間が余ってるわけだし」
カイにとって、長すぎる休憩時間は欲しくて与えられているのではない。力がないから、訓練しても無駄だから、邪魔にならないよう追い出されているだけだ。
〈騎士の技能〉の訓練が終われば、剣術が始まる。
〈騎士〉の血筋として恥ずかしくないように座学と剣術は、最低限受けさせて貰えているだけだ。本当ならば、力のないカイには、受けさせたくないことだろう。
使用人たちの視線があるから、〈騎士〉としてのプライドを見せるために、カイを見捨てない体風を保っているだけなのだ。
その取り繕いは実際に成功しており、この国の王であるカイの父は、
『力を持って生まれなかった我が子を見捨てない尊大な主』
として、評価を上げていた。
勿論、兄であるコウも同様だ。家の中では、カイを好き放題に罵倒し、暴力を振るうが、一度外に出れば、優しい兄に変化する。
小さいときは、その変化差に戸惑い、涙を流したが、今では、家の中にいる兄こそ、本当の兄だとカイは気付いたので、外出て、優しくされたからと言って、余計な行動、発言をしなくなった。
僕はただの飾りだと――痛いほど実感していた。
「だから、話し相手になってくれるツカサが居て、僕は助かってるよ」
「〈騎士〉の一族にそう言って貰えて光栄です」
カイの言葉にお道化たようにスカートの裾を摘まんでお辞儀した。
その仕草は、周囲にある花々と相まって、とても優雅に見えた。姉のような妖艶さとは違った気品を、ツカサは持っているのか。
彼女の名は、ツカサ・キュアート。
カイの幼馴染とも呼ぶべき存在だ。
黒いふわりとしたスカートに白いエプロン。ツカサは給仕係として、ハイトペイン家に仕えていた。
年齢はカイと同じであり、二人は小さな時から、一緒に育てられていた。しかし、共に年齢を重ね、16歳になった現在では、互いに仕事や訓練を重ねなければならなくなり、出会う時間は一気に短くなった。
だが、それでも、二人の仲は裂かれることなく、隙を見つけてはこうして会話をしていた。
「でも、ごめん。僕のせいで仕事を……中断させてしまって」
「いいの。いいの。気にしないで? なんか、カイが来ると、むしろ皆、進んで休憩させてくれるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、今度、皆にもなにか持ってくるよ」
「そうしてあげて。カイからのプレゼントなら、喜ぶと思うから」
カイは一部の使用人達からは人気を博していた。
最も、比べる対象が、自分だけが良くなればいいと、使用人達を馬車馬の如くに一方的に命じる兄と、必要最低限にしか会話をしない姉のミナと比べれば、律儀に挨拶をし、時に暇な時間に仕事を手伝うカイが人気が高いのは必然ではあるが。
「あ、そういえば、今度、また、モンスター狩りに行くんでしょ? 今度はどんなモンスターと戦うの?」
「あ、ああ……うん」
やはり、噂になっているかと、カイは微笑む。
カイたちが暮らす王国は、〈騎士〉が生まれ育った地であるからか、それとも別の理由があるのか――未だに明確な根拠は不明だが、モンスター達が違づかない傾向がある。
故に実践での経験を積むために、大掛かりな準備をして周辺の土地を探索するのだ。
使用人達の間ではちょっとした行事となりつつあり、その度にこうして話題に上がるのだ。もっとも、使用人たちが喜ぶのは仕える人間が、長い期間いなくなるために、与えられる休暇目当てなのは、カイも理解している。
しかし、それを責めようとは思えなかった。
日ごろから、それ以上にお世話になっているのだから、むしろもっと休みを与えたいくらいである。自分が王になれば、休みを増やすのにと妄想するが、なにが起こってもそれは在り得ない。
妄想は妄想だ。
「いいなー。私も外出てみたいなー」
「あ、ツカサはこの国から外に出たことないんだよね……」
カイたちが住む王国は、自然に囲まれている。北に鉱山、南と西には森林、そして東には海があった。
王国にモンスターが近づくことはないと言っても、周囲の自然には生息している。これまでにも隣国へと向かう商人や旅人たちが、幾人も犠牲になったという話は、月に一度は耳にする。
戦う力を持たない人間が、外に出るのは死と隣り合わせになるということ。だから、ツカサだけでなく、この王国に暮らす殆どの人が、外の世界を知らずに一生を終えていくのだ。
「うん。外の世界は見てみたいけど、モンスターは怖いし、それに……〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉を持った人に会いたくもないし」
「うん……」
「あ、そういえば、コウ様が捕らえた〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉を持った人は、もう処刑されたの?」
「まだだけど」
「そっかー。王様はちょっと、そういうところあるよね。いつまで、生かしてるんだろう」
「まだ、他の〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉を持った仲間を知ってるか、情報を聞き出そうとしてるみたいだけれど、中々、口を割らないんだ」
「やっぱり、〈魔王〉の力を受け継ぐ人間は、どこかおかしいのかもね」
「だね」
ならば、〈騎士〉の力を受け継ぐにはどうしたらいいのだろうか。力がないために、迫害され続けたカイは、〈騎士〉の血筋を引く者として思ってはいけないことを考えてしまう。
それは――、
「この際、力だったら〈魔王の能力(デビル・アビリティ)〉でもいいや」
「うん。なに、何か言った?」
「なんでもないよ。あ、そろそろ、剣術の修行の時間だから、またね」
幸いにもカイの邪な考えは、ツカサには聞こえていないようだった。長年一緒にいるツカサに聞かれたところで、騒がれることはないだろうが、それでも人に言うべき発言ではない。
自分を責めるようにして、カイは手短に別れを済まして、剣術の訓練が行われる広場に向かう。その背中を、冷たい視線で見る彼女に――カイは気付けなかった。