3 呪
大ホールは入口と出口が分けられていた。同じ廊下に出るのだが、入口は無人、出口には案内人が待機している。出口で180㎝男と別れ、再びハイヒールのお姉さんに着いていく。一度部屋を出ると、それがトイレなどの短い時間であっても、元の部屋へは戻れないルールがあった。移動は使用人通路を想定して作られたらしきスタッフ用の通路と思われる細くて暗い隠し通路を使用して行われる。
朝は感想への期待からハイテンションで歩いた通路は、一度一人で歩いた記憶からか、やたら暗くて不気味に思えた。早く着いてくれ、出来るだけホールの近くにしてくれ、という祈りは果たして通じたのかどうか。何せ他の部屋の場所なんて知りようもない。
「こちらです」
隠し扉から出ると正面にパソコンがある。今度のディスプレイは我が家のと同じくらいのサイズだった。ログインして自分のホーム画面を見ても違和感がない。よし。これなら感想を打つのも手早く出来そうだ。さっきはあの大画面のせいで調子が今一つだったに違いない。さっそくイベントマイページへ飛んでブックマーク作品の感想ページをチェックする。残念ながらほとんどの作品が感想20件入っている。一話につき10件しか感想を受け付けない仕様だからね。20件ということは、既に受付終了ということだ。だが、それ以上に俺を焦らせるタイトルがあり、俺は衝撃を受けた。
【転生したのは乙女ゲームの世界でした】
イベントの最初に読んだ作品だ。こいつの感想件数はなんと24件になっているではないか!まだ三話目投稿から一時間たっていないらしく、読者からの、どれも興奮した様子の、つまりノリノリの感想が4件並んでいる。「ミスティ可愛すぎ」だの「ミスティちゃん最強」だのと主人公を絶賛しまくる女性読者たち。こいつの三話目の感想ノルマは残り6件。
ヤバイ!俺はまだ二話目の感想を済ませていないってのに。こんなことしてる場合じゃない。
イベントトップページで感想の少ない作品をブックマークして読み始める。1つずつだ。最早考えている時間はない。全ておざなりの感想でいい。次はちゃんと考えるから、今回は許してくれ。心の中で謝りながら作業のようにワンシーンを引っ張ってきて、ここがなんとも言えないくらいとても良かったです。と冗長に誉める。文字数稼ぎだ。
1つ読んでは感想を入れトップページで作品を探す。一話目、二話目と別々にまとめてあれば良いのだが、作品名と受付中の話の感想数しかないため、作品に飛ぶと三話目が更新されていることが多くなってきた。感想数が少ないタイトルは三話目と思った方が正解かもしれない。だが9件になっている作品も危険すぎる。読んでいるうちに10件になってしまったら、午前中の過ちの繰り返しだ。クソッ!こんなことなら昼飯は後回しにするんだった。
感想を入れるのもそうだが、読みたくないジャンルの素人作品を読むのも苦行だと知った。感想を思い付いたところまでしか読まなくなり、それでも次の感想タイムのためにブックマークをつける。同じタイムテーブルで動いている可能性が高いからだ。精神的に疲れる。罪悪感が押し寄せてきて落ち込む。しかし書かなければ更新出来ない。
まだ二話目だというのに、疲れはててしまった。人の作品を楽しむなど遠い世界の暇人たちの優雅な暇潰しにしか思えなくなった頃、ようやく10作品に感想を送り終わった。
しかしまだ投稿は出来ない。三話目を投稿するためには、自分の作品にきた感想に返信をしなくてはならないのだ。一話目の時のようなワクワクした感情は消えてしまった。感想を開けるのに何の希望も持てなかった。どうせおざなりなことしか書いてないんだろ、最後まで読んだ奴なんているのかよ。
すんませんでしたーーーー!
薄汚れた自分は浄化された。俺の小説を細部にわたり理解しようと努め、更にはこうしたら?という提案まで入った感想が二つも!二つもあったのだ。他の8件のおざなり感想におざなりなコメントを返して、俺はその二つの感想と向き合う。
1つは軽快で勢いのある文章を絶賛したのちに、苦難を乗り越える描写に深みを与えるための技法を詳しく書き記されているもの、1つは軽快なストーリー展開で読みやすい作風を生かし、苦難イベントよりもヒロイン描写に力を入れて、キャラの魅力で読ませる手法を伝授してくれているもの。
あれ? 2つの感想で見えてきた俺の小説の弱点、苦難イベントですか? そこ、自信があったんですけど……
全く別方向のアドバイス、つまり好みが別れるってことだ。うん。たまたまこの二人にはウケなかったんだよ。えっと、次の作品に活かしますっとこれでいいよな。さあ、三話目投稿だ。
「お知らせします」
うわっ!俺が三話目の[投稿]をクリックしたのと同時に館内放送が入り、ちょっとびっくりしましたよ。いや、タイミングがね?良すぎて驚くことってあるよね?
「一人の参加者がイベントクリアしました。中ホールを開放します」
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イベントクリア人数に応じて館内スペースが開放されます。ドリームキャッスル全館開放を目指しながらの更新をお楽しみ下さい。
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ふうん。中ホールか。見に行きたい気もするが、このパソコンは捨てがたい。晩飯までここで粘ることに決めて、イベントクリアしたタイトル見たさにトップページに飛ぶ。
タタンタタンタタン作【転生したのは乙女ゲームの世界でした】
やっぱりこいつか。俺は一旦イベントページから抜けて、ユーザ検索でタタンタタンタタンのページへ飛んだ。投稿作品は1つ。クリックして作品情報を確認して確信する。間違いない。180㎝男だ。
クソッ!クソックソックソッ!イケてる奴だと思ったのに、とんでもない裏切り者じゃないか。
いつの間にか立ち上がって歩き回っていた。ブツブツ声まで出していることに気づいた時には自分で自分が恐ろしくなった。
俺の思考は間違っている。気づいていながらも呪詛の言葉を吐き続けた。