9 呪詛
〔ドリームキャッスルの地下には隠された部屋があり、それが拷問部屋になっている〕
これが巷で流れている噂である。そして今、参加者の間で囁かれている噂、それが非常に質が悪い。
「ほら、ここって外観そんなに大きく見えないじゃん? なのに同じ部屋に案内されたことってないんだよね。女性ってお手洗いが男性より近いの。だから1日で7回も8回も移動するんだけど、いつも違う通路通ってるんだよね。幅とか曲がり角の数とか微妙に違うの。それに移動中に全く人に会わないのも変じゃない? 100人も参加者いるのに」
言われてみると確かにと頷ける。
「あの薄暗い通路そのものも変だよね。どの部屋も大ホールにしか繋がってないんだよ? なのに入り口はいつも同じで分かれ道もないの」
それはボードで仕切られているからでは?
「初めはみんなそう思ってたんだけどね。朝食の後とか並んでるじゃない。ボードを動かす音とか聞いたことある?」
そんなことを考えて並んだことがないから確信は持てないが、物音を聞いた覚えはない。
「ないでしょ。扉を開けたら道なりに歩くだけ。だったら入り口でボードを動かさないとおかしい。なのにそんな気配もない。それにほぼ同じ時間に出てきても通路では絶対会わないの。会うのは決まって大ホール前。おかしいと思わない?」
もうやめてー。俺はまだ書き終わってないんだ。あの通路を最低でも2回歩くんだ。訴えたのが不味かった。女神にとってホラーはアトラクションのようなものらしく、隣で叫ばれるほど楽しさは増すらしい。キラキラと目を輝かせて新たな恐怖を語り始める女神。
「異空間に繋がってる説が今のところ最強だよ。それにね、長い距離歩いた先の部屋に当たると妙な声が聞こえる部屋があるんだって。妙っていうか不気味な声ね。そして新たなニュース。昨日開放された小ホール前回廊行ってみた? なんかね、あの辺りでも声が聞こえるんだって。そ・こ・で」
興奮してきたのか、声が大きくなる女神。そこで間を持たせないで!
「きっと噂の地下室に繋がる異空間への入り口がそこにあるの!一緒に探しに行ってみない?」
女神としては見つからなくても隣で怯えているのを見るだけで充分楽しめるのだろうが、こっちは冗談じゃない。もし入り口を見つけてしまったらどうするんだ!
そんな恐怖の女神の誘いから逃げ出した直後に現場の近くにいる俺。誰かー!
早くここから離れたい。そうだ。感想だけ確認してお手洗いへ行こう!
『ユッサユッサって、ユッサユッサってなんですかーーー?』
『あんたサイコー。あんな色気のねーラブシーン初めて見た。笑笑』
『腕枕で会話するとか、やりようはいくらでもあると思わない?思わないんだよね。思ったらあんな夢のない描写しないよね』
『爆笑しました!』
『いくらなんでもユッサユッサはない』
『ギシギシなら許せたかもしれません(笑)』
えー、最後に書きかえたベッドシーンの感想で10件埋まってました。とりあえず、この部屋から脱出します。本気でヤバイ!声が聞こえる!
急ぎ足で小ホール前回廊から大ホールへ。
「どしたの? ひどい顔してるよ?」
ああ、女神。腰が抜けそうです。
「こ、声!声が!」
「聞いたの? 何て言ってた?」
大きく首を振る。聞き取れなかった。
「いい? 今まで出てるのは、ンデ、これは多分"なんで"、どう? 言ってた?」
誰かが俺に椅子を持ってきてくれ、腰を落とす。
ンデ、言われてみれば言ってたか? いや、ずっとブツブツと繋がってたから多分違う。首を振る。
「じゃあ、ダサ、あとマル…ゴーモ…ジャ、これは? ダサは分かんないけど、あとの方は"まるで拷問"だとふんでるんだけど、どう? 似たような響き無かった?」
首を振る。違う。違うんだ。人の言葉に変換できるようなもんじゃなかったんだ。紳士が俺の手首を掴んで脈を計る。
「もう、止めた方がいい。少なくとも今は落ち着かせるべきでしょう」
「小ホールの横の隠し扉、から、入って、すぐの部屋」
俺はかろうじてそれだけを女神に伝えて両手で顔を覆った。椅子がガタンと鳴り、女神が行ったんだな、と思った。
シンと静まりかえったホールで、180㎝男がひっそりと耳に囁く。
「更新どうします?」
無理だ。とても一人でいられない。なんとなく聞こえてきた声らしきものが、少しずつ少しずつはっきりと声になっていく。なのに言葉には決してならない。感想も途中から頭に入って来なくなった。書くなんてとても無理だ。後から押し寄せて来る恐怖心。あの声は、俺にしか聞こえない気がしてくる。あの声は俺を呪っていた気がしてくる。
クリアしたから? 面白くもない作品で、感想の力でクリアしたから? 違う!ちゃんとクリアした九話目の感想は小説に対しての感想だった。気になる点ばっかり書かれた感想が半数あったから? あんなのでクリアしたから? やめてくれ。俺は本気で書いたんだ。笑いを取りにいったんじゃない。真剣に考えて、擬音で表現できて、喜びと誇りを感じてた。笑うな!
あのシーンを書いた瞬間の記憶が頭に蘇る。自慢気に誇らしげに、自信満々に投稿した自分が蘇る。記憶は勝手に遡っていく。
「くそかったるい話、読ませやがって」
『読みやすいけど印象に残る表現が足りないように思います』
「話飛びすぎて理解が追い付けねーよ」
『大きく話が進みましたね。でも少し描写不足を感じました』
毒を吐きながら言葉を飾って書き続けた。
「文章ヘタ過ぎる! 設定がもったいねーよ」
『とても続きが気になるストーリーです』
「なんでこんな奇抜な発想できんだよ! ちゃんとアラスジに書いときゃ読者食いつくのに、バカじゃねーの」
『ビックリ展開!唸りました』
嫉妬して本音から少しずらして書き続けた。
「クソッ!クソッ!クソッ!才能見せつけに来たのかよ!性格悪いにもほどがあるだろ!人の心へし折るのがそんなに楽しいか?今頃人の感想ページ読んで笑ってんだろ?」
心の表層で絶賛しながら、妬んでいた。
読者も参加者も全て敵だと思っていた。この世の全てを呪えそうなくらい、どうしようもなく黒いものに包まれていた。
あの声は俺の声だ! 今まで吐いた毒が重なって響きあったものだ。イヤだ。掴まりたくない。逃げないと。そう思うのに体はまるで動こうとしない。俺は、俺は、、、




