9.勇者候補者はどうやら後輩以外にも結構いるようです。だけど、お願いですからバトル展開になるのだけはやめてください。死人が出ます。たぶん戦闘力皆無の俺が死にます。
9話目です。
真面目な感じはこれで終わります。
よろしくお願いします。
部室では俺とリオさんによる伊角への尋問が始まろうとしていた。
「まずは貴様が勇者候補だという話だが、間違いないのか?」
「ええ、間違いありませんよ。契約書にサインしましたから」
え、契約書? 何、勇者ってそんな世知辛い感じでなるものなの? もっとこう、女神さまだとか神様っぽいおじいさんにいきなり異空間に連れ去られて、任命されるものじゃないの?
「その契約書とやらを見せよ」
「無理ですよ。もう燃えてなくなっちゃいましたから」
伊角によるとある日突然郵便受けに差出人不明の茶封筒が投函されていて、その中に勇者の契約書が入っていたそうだ。というかそんな大事なものが普通郵便で届けられているという事態に驚きだ。せめて本人確認郵便とかじゃなくていいの?
「ああでも、大体覚えてますよ。契約書の内容は、確か、『おめでとうございます。あなたは勇者の候補者名簿に記載されます。以下の内容に了承いただけますか。了承していただける場合はチェックボックスにチェックを入れてください。了承していただけない場合は今すぐこの用紙を破いてください。記念に取っておくとかはやめてください』みたいな感じでした」
「なんか最後の方がアレだけど……って、勇者の候補者名簿?」
「はい。なんか席次順に登録されて、時が来たら席次が一番高い人が異世界に送られるそうです」
何その制度。入試で席次一位の人が新入生代表の挨拶をするみたいな感覚で、勇者って異世界に飛ばされちゃうの?
「ちなみに伊角は席次何位だったの?」
「わたしは四位でした」
「ってことは、少なくとも勇者候補はあと三人いるってことになるのか」
勇者候補があと三人以上。まあ名簿とかいうくらいだからもっとたくさんいそうな気はするけど。
「貴様は何故、勇者候補になることを了承したのだ? 最終的に異世界に飛ばされる可能性があるだけでメリットなどないだろう」
「そんなの勇者候補になったら特殊能力がもらえるからに決まってるじゃないですか。俗にいう勇者のチートスキルですよ」
「何? 勇者のちーとすきる? なんだそれは?」
ああ、やっぱりそこはちゃんとチートスキルあるんだ。ですよね。じゃなきゃリオさんよりも強いであろう魔王なんて倒せるわけがないもんね。というか、異世界に行く前からもらえるんだ。ナニソレずるい。羨ましい。
「えーと、チートスキルっていうのはリオさんが言っていた、何故か異世界に行くと勇者がいきなり強くなるっていう話の原因にあたる部分ですよ。簡単な話、人知を超えたとんでもない力を神様的な何かからもらえるんです」
「なんだと? 例えばどんな?」
「そうですね。やけに成長速度が速くなったり、時間を止められるようになったり、不死身になったり、魔法が効かない身体になったり、あとは相手の能力を一目見ただけで知れるっていうのもあったな……」
全部ネット小説とかそういう創作物から得た知識だけど。
「なんだその反則的な能力は」
「それが勇者のチートスキルです。そういえば伊角はどんなスキルを手に入れたんだ?」
俺は伊角に視線をやる。まだ勇者候補とはいっても、能力が欲しくてなったと言ったわけだから、もちろんすでに何かしらのスキルは持っているんだろう。
「わたしのスキルは『武装無双』です」
「何そのかっこよさげなスキル。え、強いの?」
「どうなんですかね。能力としてはあらゆるものを武器として扱えて、かつ百パーセントの性能を引き出せるそうですが……あと、武器を手にしている間は魔力耐性と精神安定度がアップします」
こいつ、だからナイフなんて持ち歩いていたのか。しかし、魔力耐性と精神安定度も増すってどういうことだ。ああ、もしかして認識疎外の魔法を使っていたリオさんに普通に気付いていたのって……。
「ちなみに廊下で先輩の隣にいたリオさんに気付けたのは、ポケットに忍ばせていたナイフを握りしめていたからです」
「おい! ナイフを握りしめながら廊下を歩くな!」
「だって、前方に先輩の姿が見えたので」
「え、何、もしかして俺を刺す気だったの?」
「どうして先週も先々週も無断で部活を休んだのか問い詰めて、あり得ないですけど彼女とか作ってリア充じみたことをしているようなら……」
あぶねえ。今日はまさに部活サボってリオたんと抜け駆けデートしようとしてたわ。あ、でも彼女じゃないからセーフか。いや、さっきの見た限り、問答無用で刺されそう。
「それで、貴様はこれからどうするのだ?」
リオさんの問いかけに伊角は悩んでいるようだった。今更戦うわけにもいかないが、勇者候補である限りはリオさんの敵になる。しかし、一度契約した以上勇者候補をやめることはできないらしい。
「何も思いつかぬのなら、いっそわが魔王軍の軍門に降るというのはどうだ? いかに敵だったとはいえ、配下になるなら殺しはせぬ」
「わたしが、いいのですか? 勇者候補なんですよ? しかもさっきリオさんのことを二回ほどぶっ刺しましたよ?」
「刺したことに関してはいずれ埋め合わせをさせるとして……配下になることについては、構わん。ただ、貴様は勇者候補者で初めて魔王軍に降った者という不名誉をいただくことになるがな」
「うわぁ……それは何か嫌ですね。ああ、でも先輩は人類で初めて魔王軍の軍門に降ったんでしたっけ?」
うるさいぞ後輩。俺はリオさんをうまく制御して世界の安寧を守るためにわざと降ったんだ。
「わかりました。じゃあ、わたしも魔王軍の軍門に降ります。よろしくお願いします」
「うむ。これからは私のために身を粉にして働くように」
後輩が魔王軍の軍門に降った。これで一件落着という事になるのだろうか。
「ちなみに魔王軍に降ったわけですから、リオさんもわたしのことを守ってくれるんですよね?」
「それは構わぬが……いったい何から守るというんだ?」
「そんなの他に勇者候補からに決まっているじゃないですか」
え……? ほかの勇者候補? どういうこと?
「言いましたよね? 時が来たら席次が一番高い人が異世界に勇者として送られるんですよ?」
「……そういう事か。貴様は自分より低い席次の勇者候補に狙われているというのだな?」
「そうです。わたしは別に異世界なんて微塵もいきたくないですけど、中には異世界に生きたい勇者候補もいるみたいで、そういった席次の低い人たちが席次の高い人を襲っているらしいです」
ナニソレ。勇者候補殺伐としすぎじゃない? え、チートスキル持ち同士がやり合ってんの? それって魔王軍幹部よりも危ない気が……。
「どうやって、勇者候補は別の勇者候補を見つけているのだ?」
「さあ。しいて言うなら不審な人がいたら勇者候補なんじゃないですか?」
なるほど。例えばポケットにナイフを忍ばせているとかね。
「やっぱり、スキルとか手に入れると使ってみたくなるもんなんですよ。そんな感じでおかしな行動とか様子の人がたぶん勇者候補です」
「そうか。これからは注意して観察せねばな。雄二が」
「え、俺がですか? リオさんも注意深く観察してくださいよ」
「いや、私はこの世界の常識がまだわからん。ゆえに不審な行動というのが見分けられない」
「ああ、そういえばそうですね」
「そこの小娘がナイフを持っているのも、特に普通のことだと思っていた」
「え、ナイフ持ってることに気付いていたんですか?」
でも、気付いていたならなんであんなにあっさりやられたんだ?
「気づいていたが、まさかナイフ一本で私の魔力障壁の隙間を的確に狙って刺し込んでくるとは思わなかった」
「それはきっとわたしのスキルの効果ですよ。ナイフ持ってたら、何となくリオさんの身体を覆っている靄みたいなのが見えたので、その隙間を刺してみたんです」
なんか俺にはついていけない系の話をしているな。でもそれでいい。俺くらいはせめて血なまぐささとは無縁の世界にいさせてくれ。魔力障壁とかそういうバトルっぽいのは勘弁。巻き込まれたらただの一般人である俺は、たぶん死んじゃうから。
「魔力節約のために障壁を薄くしていたのがまずかったか。この世界が大したことなさ過ぎて油断していたな」
「次はあっさりやられたりしないでくださいよ? 部下になったんですからわたしのことをちゃんと守ってくださいね?」
「わかっている。もう油断はしない」
というか、実際のところ守ってもらうほど後輩弱くないよね? むしろそんなバトル展開になるなら二人で俺のことを全力で守ってほしいんだけど。
「で、今後どうするかだが……」
「ひとまず甘いものでも食べに行きませんか? 二回刺した分、ケーキ二つくらい奢りますので」
「それは良い案だ。そうしよう」
リオさんと後輩が仲良く(?)部室を後にする。というか、二回刺した分はケーキ二個で済ませちゃうんですね。
「先輩、早くしないとおいていきますよ? せっかくの美少女二人と一緒にお茶できる機会をみすみす逃してしまいますよ?」
「待ってくれ、今行く」
ちなみに美少女はリオさんだけだからな。後輩、おまえは美少女というカテゴリには入らんぞ。
こうして、魔王軍の大将と部活動の後輩の邂逅という初のシリアス展開は終わりを告げるのだった。
……というか、俺たち揃って服血だらけなんだけど、このまま商店街に繰り出すのはマズくね?
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