8.ついにシリアス突入で慣れない真面目な雰囲気に馴染めるのか超絶不安。しかし、せっかくなので俺はこのシリアスな流れに乗って真面目にリオたんの身体を抱きしめます。欲情はしてませんので許してください。
8話目です。
よろしくお願いします^^
「先輩、何をそんなに驚いているんですか。こいつは人類の敵なんですよ?」
伊角が手を放すと、リオさんはどさりと床に崩れ落ちる。自らの血だまりに横たわるリオさんは途切れがちな浅い呼吸を繰り返している。どうすればいい? このままじゃ死んじゃうんじゃないのか?
すると伊角はかがみこんで、リオさんの頭を掴みあげると、その首元にナイフを添える。
「ちょっと待て! 何をするつもりだ!?」
「何って、止めを刺そうとしているだけですけど」
「やめろ!」
とにかく俺は伊角をリオさんから引き離した。
「何するんですか先輩。言っておきますけど、こんなチャンスは二度とないかもしれないんですよ?」
「チャンス?」
「わたしみたいな正式な勇者ではないただの候補者が、魔王軍の大将を仕留めるなんて普通は不可能なんですよ? それこそまともに殺り合ったら、万に一つも勝ち目なんてないです。少なくとも先ほどみたこいつの本性はもはや次元が違う化け物でした」
「それはそうだろうが……」
「それを倒せるチャンスは今を置いてありません」
「だが、それは……!」
俺は伊角からかばうように抱き上げたリオさんに視線を向ける。どうやら気を失ってしまっているようだった。血まみれで、青ざめてしまっていて、いつもの高圧的な雰囲気はない。むしろ弱弱しく、今にも死んでしまいそうだった。軽い。リオさんてこんな軽かったのか。
「先輩、早くそれを置いて離れてください」
「……断る」
「では、このままそいつを見逃せっていうんですか? ……つまり、わたしに殺されろって、そういうことですか」
「そうは言ってない」
「でも今見逃して、そいつが回復したら、確実に勇者候補であるわたしを殺しに来るじゃないですか。言っておきますけど、次はわたし、絶対負けますよ」
「俺が、そうならないようにする」
「無理に決まってるじゃないですか。いったいどうやってそいつを止めるんですか? 言っちゃ悪いですが、先輩じゃわたし以上に勝ち目なんかないですよ。それはもう人外の化け物ですから」
リオさん、酷い言われようだな。まあ否定はできないけど。だけど、たとえ人外の化け物だとしても俺は、それ以外の、恐怖以外の部分のリオさんも知っちゃってるからな。
「なあ伊角。リオさんが初めてこの世界に来た日、何をしたと思う?」
「そんなの先輩を脅して無理やり従わせて、この世界の情報でも集めさせたんじゃないですか?」
うん、まあ大体その通りなんだけど。まあ、正しくは無理やりではなく、自分の意思で軍門に降ったわけだけどね。
「リオさんは、家の前の自販機でマッ○スコーヒーを飲んで、その味を気に入っちゃっておかわりをせがんできて、それからケーキ屋さんで買ったショートケーキに舌鼓を打って、満足げに眠っちまったんだぜ」
「は……?」
「おまえには、さっきじゃんけんをしている時のリオさんは、殺さなきゃいけないほどの悪い奴に見えていたのか?」
「いえ……それは」
「リオさんはこの世界に来てからまだ一度も、酷いことはしていない」
俺の教科書は燃やしたけど、まああれは、魔法の見物料だったという事にしておこう。
「だから、きっと話せばわかってくれると思う。それに勇者候補を殺さなくたって、勇者がリオさんの世界に送られないようにしてしまえば殺す必要もないだろ?」
「それは……そうかもしれませんが」
伊角がわずかに迷いを見せる。しかし、首を振ると改めて反論を口にした。
「それでも、そいつが勇者候補を生かしておくなんて保障はありません。安全策として、勇者候補も殺しておくに決まっています。というか勇者候補を生かしておくメリットがそいつにはありません」
「確かにそうかもしれない」
「ならやっぱり、この場で殺しておいた方が――」
「それでも、おまえにリオさんを殺させるわけにはいかない」
「どうしてですかッ!? わたしには先輩の考えが理解できません。目の前に確実に助かる道があるのに、どうしてそれを選ばせてくれないんですか!」
「嫌なんだよ」
「え……?」
「何というか、たとえ人間じゃなくても、少しの間一緒に過ごした奴が、殺されようとしているのを、黙って見過ごすような真似はできないんだ」
「それは、先輩がそいつの配下に加わっていて、命の心配もないから言えるんですよ」
「そうだな。その通りだ」
伊角は必死に訴えかけてくる。当然か。あんな絶対的な力を見せつけられて、それがそのまま自分の命を奪いに来ると言われれば、必死にもなる。殺られる前に殺るしかないと考えるだろう。そして、俺は別に殺される心配はない。それが、今の俺と伊角の温度差なのだろう。
だったら、俺も……。
「俺も命を懸けるさ」
「は、何言って……?」
「俺が、命を懸けておまえを守る」
「いや、先輩じゃわたしを守るなんて無理ですよ。たぶん瞬殺ですよ」
「確かに戦うのは無理かもしれない。だったら俺はリオさんの好きな甘いものをたくさん献上して、ご機嫌伺いして、説得する」
「それでも、わたしを殺すと言ったら?」
「その時は仕方がない。俺と一緒に死んでくれ」
「は……?」
「俺も死ぬからおまえも一緒に死んでくれ。それじゃダメか?」
「そんなの嫌に決まってるじゃないですか!」
伊角は俺からの提案を思いっきり拒絶した。やっぱり駄目か。
「嫌に、決まってますけど……でも……本気なんですよね?」
「ああ、万が一の時は、俺はおまえの盾になって死ぬ。たぶん薄っぺらい盾だから貫通しておまえも死んじゃうと思うけど」
「そうですね。一秒たりとも持たないでしょうね」
「……酷いな。まあ、たぶん持たないだろうけどさ」
「……はぁ、しょうがないですね。もういいですよ」
「え……? という事は」
「魔王軍の大将は見逃してあげますよ。ですから……ちゃんとわたしのこと、守ってくださいよ?」
「ああ、ありがとう」
伊角は手に持っていたナイフを捨てると、近くにあった椅子に腰かけて、深いため息をつく。
俺は腕の中に収まっているリオさんに再び視線を向ける。そういえばかなりの重傷だが、これは止めを刺すまでもなく、死んでしまう心配はないのだろうか。というか、リオさん、息してなくね?
「なあ、伊角。なんかリオさん息してないっぽいんだが……」
「そんなことわたしに言われても知りませんよ。とりあえず二撃目で心臓は突き刺しておきましたが」
「おいいいい! それ致命傷だろおおおお!?」
え、嘘だよね。まさか本当に死んじゃったの?
「……うるさいぞ、ユウジ」
「リオさん!? え、ちゃんと生きてるの? なんか呼吸が止まっていたような気がしたんだけど」
「別に呼吸などしなくても魔族は死なない」
「でも、心臓を貫かれたんじゃ……?」
「心臓など飾りだ」
「えぇ……」
どうしよう。この人(?)完全に化け物だ。
「さてと、どうしてくれようか」
リオさんは俺を押しのけると立ち上がった。傍に落ちていたナイフを拾い上げる。
「ちょっとリオさん、安静にしていないと怪我が……」
「もう治りかけている。おまえが時間稼ぎをしてくれている間にだいぶ回復したのでな」
リオさんは伊角の方をむくと、好戦的な笑みを浮かべていた。伊角は緊張した面持ちでリオさんのことを見返す。
あれ、これ、なんかマズくね。
「こんなものでよくもまあ私を刺してくれたものだ。しかも二度も」
「……先輩、さっそく出番みたいですよ。ちゃんと盾になってわたしを守ってくださいね? まあ、あまり期待はしていませんけど」
そこは思ってなくても口に出さないで。むしろ嘘でも期待してるって言ってくれた方が俺も盛り上がれるんだけど。
ともあれ俺は急いで、リオさんと伊角の間に割って入る。
「リオさん、ちょっと待ってください。伊角は殺さないでください」
「何故だ?」
「それは……」
なんて言って説得したらいいんだ? というか交渉材料の甘味もこの場にはない。ヤバい、詰んだ! 殺される!
「冗談だ」
「え……?」
「この小娘のことは、今は殺さないでおいてやる」
「どうして……」
「おまえが……私を庇ったその働きに免じてだ。もっとも、次に私に刃を向けてきたときは容赦しないがな。それと……」
「なんですか?」
「聞いていたぞ。私がこの小娘を殺そうとしたら貴様も死ぬ気なのだろう?」
「それはまあ。そのつもりですけど」
「それは……困る。この世界の解説役がいなくなってしまうではないか。だから……今回だけは見逃してやる」
「ありがとうございます!」
リオさんの心が広くて助かった。帰りにまたケーキ屋で何か買って献上しよう。
こうして、魔王軍の軍門に降って以来初の流血事件は一応の決着を見た。
次話で一区切りになる予定です。
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