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八:口をきいてほしいの

 意外と頑固なシロに、ミカフツはおとなしく背中を流してもらっていた。

 一度くらいは口を開くかとも思ったが、シロは一度もしゃべらなかった。

 子供の力ではまるで手応えがなく、どちらかというとくすぐったかった。

「すまんな」

 そういってシロの頭をぽんぽんたたくと、シロがかすかにうなずいた。

「俺はあがる。おまえもさっさと客間へこい」

 ミカフツは浴室を後にする。きちんと畳まれていた着物をさっさと通して、客間へ足早にむかう。


 髪も乾かさず適当に梳いただけなので、髪先から滴がおちている。

 適当すぎるその姿に対して最初にため息をついたのはアマネだった。

「あんたさぁ……少しは身なりってもんをだねぇ」

「いいだろ、かしこまった集まりじゃねえんだし」

「はっは、姐さんにしかられてやんの、いい年こいて」

「うっせ」

 苔男が厨房から戻ってくる。人数分の苦茶とシロの分の甘茶を用意していた。ほどなくしてシロもミカフツのもとに戻ってきた。


「シロ、アタシのそばにおいで。お菓子あげるよ」

 アマネが優雅に手を振る。ミカフツの許しを得て、シロはアマネに従った。


「で、私らを呼んだのはシロのことかね?」

 苦茶を一気に飲み干してガトーが訪ねる。

「おぉ。偶然ではあったが、シロがしゃべったんだ」

「そうなのかい? シロ、あんた喋れないワケじゃなかったんだね」

 アマネがうれしそうにシロの頭をなでる。

「けどよ、それだけで何で俺らを呼んだんだぁ? もうちょっとイイネタが欲しいぞ俺」

「それも後で話してやるよライ公。

 なあチビ、一つ聞くが、オマエは口が聞きたくても聞けなかったのか?」

 ミカフツの問いにシロは首を横に振る。

「じゃあ、何で黙ってた?」

 なるべく優しく聞いたつもりだが、シロは黙ったままだ。ガトーが助け船をシロに出す。

「シロ、ここにいる皆はシロの味方だ。誰も君を責めたりしないし、傷つけもしない。わけを話してくれるだけでいいんだ。もちろん、秘密にしてほしいことなら、誰にも内緒にする」

「そうだぞー、ここのミカフツはおっかねぇからなー、下手にだんまりキメてっと頭からかじられるぞ」

「てめえからかじってやろうか」

「シロ、こいつの言うことは信じなくていいからね」

 真に受けたシロは固まったままミカフツを見上げる。本気でそう思われたらしい。

「しねえよ。

 なあ、聞かせてくれねえか? あのとき、どうして声を出した?

 っつーか、今まで何で声を出さなかったんだ?」

 つとめて優しく、ミカフツは自分にできうる最大限声を和らげる。いつもの仏頂面も緩めて、小さなシロにできるかぎり目線をあわす。アマネに隠れながら、シロはためらっていた。


 ミカフツはこれ以上聞かない。シロから言い出すのを、辛抱強く待つ。


 観念したのかそうでないのか、シロがようやく口を開いたのは、苔男が三度めのお茶くみに行ったときだった。



「……お、」

 しろが、おずおずと口を開いた。



「お山の神様に、口を利くのは、逆らうことだから、なにがあっても、絶対に口をきくなって、」

 苔男がシロの前に四杯目の甘茶を差し出す。


「それは誰から聞いたんだい?」

「村の、えらいひと……。おまえはこれから、お山のくもつになるから……、お山の神様を怒らせてはいけない、って」

「やっぱり供物としてここにきたんだね」

「……。はい」

「供物にされたのは、最近続いてる嵐をしずめるためか」

 ミカフツが聞くとシロは素直にうなずく。

「お山のくもつになって、神様のお怒りをしずめろ、って……。

 そうすれば、村の嵐もおさまるって……」

「……。なるほどな」

 四方津神は沈黙する。苔男は厨房に引っ込んでおり、湯飲みを洗っていた。


「あのなぁ、シロ」

 ミカフツが最初に沈黙を破る。

「俺らはこのお山を統べる神だ。それは変わらん。

 だけど麓の村で続く嵐は俺たちじゃない」

「……」

「それにそもそも、俺らは人間を供物として受け取らない。たとえ俺たちの仕業だとしても、供物を捧げたところでなにも変わらん」

「じゃあ、嵐は……、村は……、なくなっちゃう……?」

「このままではな。おまえひとり着たところで嵐はやまない。

 ったく、村の重鎮はなに考えてんだ。子供ひとりに全て押し込みやがって」

「おーいミカフツ」

「あん?」

 珍しく苦笑しているライの視線の先にはシロがいる。シロに視線を戻すと、ミカフツはぎょっとした。


 ぼろぼろ涙をこぼして、それを小さい手でぬぐっている。

「お、おいおい!」

「おまえがいらないことまで言うからだろ。シロが不安になっちゃったじゃないか、まったく」

「今日の俺は珍しく優しかっただろーが! 怒鳴ってねーし!」

「言い方ってもんがあるんだよ。まったくだめだねえ。ほらシロ、アタシがよしよししたげるよ。泣くんじゃないよ~」

 アマネがなれた手つきでシロをなでさすった。


「わたし、村を助けろって、いわれた、のに……。嵐が止まないと、みんな、……もっとつらい、……」

「……あー」

 ミカフツは今までの言動を思い出して頭を抱える。

「おい苔野郎」

「うわびっくりした。急に呼ばれた。何でしょうか旦那」

 五杯目の苦茶を持ってきた苔男が、さっとミカフツに駆け寄る。

「オマエ、この嵐の原因を何日で調べられる?」

「まあ、七日は頂ければと」

「わかった。オマエたしか、屋敷の修理のためにお山の奥の木々が欲しかったらしいな。あれを木材として持ってってやる。ついでにガキどもの好物の肉も干して三百ちょいくれてやる。これを報酬にして、七日で嵐を調べろ」

「うわあ旦那対応早っ。かしこまりましたー。んじゃ今日寝たら、さっそく調べてみますわ。オレはひとまず帰りますね。シロちゃんまたねー」

 苔男はミカフツの報酬を口ずさみながら、屋敷から消えた。


「何だい、アンタ珍しくやる気だね」

 アマネが目を光らせた。

「村だけじゃない、ここのお山だって嵐にまいってんだ。解決しなけりゃ日課の散歩もできん」

「ひひッ。なあなあ、嵐を巻き起こしてるヤツが強かったらオレに譲れよ、ひっかき回して遊ぶからさぁ」

「正体にもよる」

「何だよ、今ここで約束しろよ! そしたらオレん家の菓子と飲み水やっからさぁ!」

「いらねえよ! オマエんトコの飯と水はいつもぴりぴり弾けて飲み食いしづれーんだよ!」

「ちぇー」

「ライ、ほんとにあの水何なの? 飲んだ瞬間口の中が弾けて、私その時一瞬死んだんだけど」

「ガトーにはまだ早かったのかもなあ? うめえのに」

「そりゃおめえだけだ……。いいからちょい黙ってろ」

 ライを片手であしらい、ミカフツはシロに向き直る。


「おいチビ」

 いつもの押しつぶすような声でシロに言う。

 そう威圧すんな、とアマネから無言の重圧を受けた。ミカフツは思い直して低い声をやわらげる。


「俺らは嵐の元凶じゃない。が、俺らも嵐に参ってるのは同じだ。

 だから俺らがそいつを引きずり出して嵐を止めてやる。だから泣くな。時間はかかるが、必ず空を晴らしてやる」

「ほんとう……?」

「本当だ。俺ら四方津神は、強いからな」

 シロが目尻を拭った。泣きはらした目が赤くなる。


「それからな、俺らは声出したくらいで口答えされたとは思わねえ。ダンマリになる必要はない。何かあったらしゃべっていい。

 村で教えられたことはいったん忘れろ。ここでは自由にしゃべっていい。……まあ、度が過ぎたらさすがに怒るけどな」

「しゃべっていい?」

「おぉ。しゃべれしゃべれ。口聞いてもらえないとこっちが不便だからな」

「そうそう。アタシもシロとたくさんお話したいんだ。またウチにおいでよ、きれいな着物もあるし、暇なら本もあるよ」

「あっ、アマネずるい。シロ、私も私も!」

「うっわガトーのおっさんが必死こいてる笑えるー、ひひッ」

「おまえら……、こいつが俺の供物だって忘れてねえ?」

「何だよ最初は手放そうとか思ってたくせに。調子のいいヤツだねミカフツは」

「うっせーぞおっさん!」

「……ぷ」

 

 とたんにシロが吹き出した。控えめに笑い声を上げている。口端があがって眉尻が下がる。張りつめていた表情がゆるんでいた。


「何だい、笑うとかわいいじゃないか。アンタは笑ってるのが一番だねえ」

「ぷ、ふふ……っ、えへへ」

「なあミカフツ、やっぱりアタシにシロくれない?」

「やんねえ帰れ。

 まあ、今後も俺の従者として働いてくれ。わからないことがあったら聞け。もちろんこいつらの屋敷に行っても構わん。要するに今まで通りだな」

「……はい」

「じゃあ、何かあるか? 俺の屋敷はいろいろと足りないモンがあるからな。着物とか器とか、欲しいものがあったら言ってみ」

「じゃあ、えっと……」

 シロがまたうつむく。指をうろうろさせて、視線を下に泳がせる」

「うん?」

 うだうだと言いよどんでいたシロは、長く沈黙してようやく口を開いた。



「……おなかすいた」

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