六:しゃべった供物
「危ないっ!!」
背後から聞こえた幼い声に、ミカフツは思わず振り返る。
目線を移したさきには、必死の形相でこちらへつっこんでくる白い子供がいた。見覚えがある。シロだ。
「な、」
すばしっこいシロはまっすぐとぬかるんだ道を駆けていく。
不意打ちだったのもあり、ミカフツはそれをよけられない。ましてや防御にも移れない。
胴に容赦なく小娘をつっこまれ、のどから何かがせりあがってきた。
「っ、ぐふ、ぅ」
体勢も後ろへと崩れ、二人仲良く転げおちる。
「あ、おい」
視界に雨空が広がる。
その空を走るように、一筋の黒い線がしゅっと現れる。ミカフツの神経はその瞬間一気に鋭くなった。
ミカフツはシロを片手で抱きとめ、残った手で受け身をとる。
ぬかるみに転びはしたが、すぐに体勢は整った。シロを小脇に抱えて、研ぎ澄ました目で目的のものを探す。
視界を横切った黒線。お山の住人の影だろう。
目に映ったかぎりはさほど大きくない。
上空からまっすぐこちらめがけて降りてくる。ミカフツは乱暴にそれをつかみ取った。
造作もないことだ。手中におさめた黒い物体は、トカゲにコウモリのツバサが生えた形の生物である。いたずら好きで下っ端にちょっかいを出しては楽しんでいる小物だ。
下っ端にしか手を出さない小物が、お山の大将のひとりであるミカフツに喧嘩を売った。
(苔野郎にも及ばねえチビが)
ひいひいと金切り声を上げているそいつなど、ミカフツにしてみれば対して握りつぶす価値もない。慈悲では決してない心で、空のかなたへ投げ飛ばした。
急に、木々がざわめいた。
森に隠れていた小物の下っ端が、一斉にこちらへ威嚇する。
「なんだぁ?」
小物も下っ端も、ミカフツにしてみればそれほど脅威ではない。ただ数が多すぎるのはこちらにとって不利だ。
ここで片づけてもいいが、小脇にシロを抱えている。つっぱねはしたものの供物として捧げられた以上、守る必要がある。
「あばよ」
ミカフツは落とした傘を盾代わりに、さっさとその場を走り去った。
小物に構っている暇はない。
シロが、しゃべったのだから。