四:ミカフツと苔男
シロがガトーの屋敷に引き取られて数日。
ミカフツの機嫌は最低に達している。
加えて連日の悪天候もあって、外は荒れ放題である。
外に出て気ままに出歩くのが好きなミカフツは、好きなことを奪われた気がして苛々がさらに増している。
「あー……、桶がいっぱいだ。旦那ぁ、ちょっと桶の水捨ててきますね」
シロのいない屋敷にひとりきりかと思いきやそうではなく。
シロが不在の間は、ミカフツの世話はどういうわけか、この苔男がこなしていた。しかもシロ以上に手際がよい。
「おー……」
「洗濯物乾かないっすねー。お茶でも飲みますか?」
「そうしろ。茶菓子も忘れんな」
「うえぇーい。ライ兄が持ってきたびりびりする菓子でも出しますかね」
「やめてくれ、あれはまずい」
「味は良いんですけどねえ」
シロにも同じように、ミカフツは茶菓子を頼むことがあった。が、苔男に対してほど理不尽な要求はしなかった。
「倉から適当に持ってきましたよ。傷むのが早いヤツから」
「すまねえな」
アマネ特製の菓子は見た目も味も上品である。ひとつつまんで茶をすすると、いい具合に後味が流れていく。
「で、」
ミカフツ湯飲みを揺らしながら、せこせこと働く苔男をにらんだ。
「現状で構わん、お山で集めた情報を教えろ」
「あ、やっぱりそれで俺を呼んだんですね。よかったー、シロちゃんの代わりにキリキリ働けって言われたらどうしようかと思いました」
「こっちから願い下げだ。何が悲しくて苔野郎に世話してもらわにゃならん」
「ひでえ。まあいいや。話しちゃいますけど、姐さん方を呼ばなくても良いんで?」
「まずは俺が聞いて判断する。手に負えないほどのモンなら、素直にあいつらを頼るさ」
「へえい。じゃあ、今のところわかってることをお話しますねん」
苔男は抜けた顔を少しだけ引き締めた。
「まず今のお山の天気についてですが……。明らかに自然の理からはずれています。部下にお山の外にむかってもらったところ、外はからから晴れ。お山を囲うようにして雨雲と雨がかかっていたようです」
「ほう……」
「麓のいくつかの村にも被害はでています。見たところ、お山に一番近い村……シロちゃんのいた村は惨憺たるもんですよ。作物も家屋も流れて、人も洪水に巻き込まれているとか。生き残った住人はかなり少ないですね。もうめちゃくちゃっすよ」
「へえ」
苔男は湯飲みを揺らす。
「過去何度か、このお山や麓にかけての嵐は発生してました。けど今回みたいな大嵐は前例がないっすね。ちなみに最後に起こった嵐は、オレのじじいの代のころなんで……ざっと三百年前か」
「……。嵐、な。余所者による差し金だと思うか?」
「はい、お山の外の者のしわざでしょうね」
苔男はミカフツの考えに同意した。
「といっても、この先はもっと調べなきゃなりません。
どいつが糸を引いてるか、どんな力を持ってるか、どうしてここへ来たか。ここら辺はまだ手つかずですんで」
「そうかい。
まあ、外のモンの仕業ってわかっただけでも収穫だ。
この話はオレからあいつらに話す。おまえは調査を続けてくれ。供物は出す」
「ういーっす。まいど」
このお山の住人に貨幣でのやりとりはない。代わりに、食い物や光り物などの物を供物として捧げることが取引となる。
苔男の場合は、部下に食わせる飯をとくにこのむ。あるいは衣類や屋敷に必要な素材を欲している。
ミカフツはそういった物と引き替えに、苔男に対してこの大嵐の原因を探ってもらっていた。
苔男はミカフツに仕えているわけではなく、お山で一番物知りで情報を集めるのが上手いだけである。
その力はお山全体で重宝され、四方津神やお山の住人たちからはこういったことでよく活かされる。
「あ、そういや旦那」
「あんだよ。供物が不足だったか」
「や、充分っす。
それはそうとして、シロちゃんのことはいいんですか?」
「……。別に、面倒なものを押しつけられただけだ。
ガトーが今頃猫っかわいがりしてんだろ。その方があの子供にとってもいいんさ」
「ふーん。まあ、オレはいいっすけどね、シロちゃんかわいいし。よく手伝ってもらえるし」
「はあ? あいつに仕事の手伝いさせたのか!?」
ミカフツの形相ががっと恐ろしくなる。
「いやいやいや!屋敷の手伝いっすよ!ウチは大家族なんで洗濯とか掃除とか手が回らないから!」
「何だそうかよ……。仕事手伝わせたら首シメて干物にしてやるからな」
「しませんて」
苔男はこれ以上首を突っ込むと命にかかわると判断し、さっさとミカフツの屋敷を出ていった。
(ここずっと続く嵐……。さっさと原因つきとめて、日課の散歩をしたいもんだ)
ミカフツはごろんと寝ころんだ。