三:ガトーと雨
「雨だねえ」
「雨だな」
暖気漂うガトーの屋敷で、シロとミカフツは雨をしのいでいた。
数日前から、お山に雨が降り続いている。まだその季節ではないのに、やけに長く続いていた。
シロは巨体のガトーの膝に乗っかっていた。体温が高いガトーに抱きしめてもらうと、心地よさもあって眠くなる。
「こんなんじゃ屋敷が雨漏りするよ。雨はありがたいけど、こんなに降られまくるとねえ……」
「屋敷じゅうじめじめして仕方ねえわ。保存しておいた食い物もすぐ傷むし、着物は乾かねえし」
「そうだねえ、シロをおつかいに行かせるのも不安になるしねえ」
「なんでだ」
「雨が振られると、このお山は気まぐれ起こして道を少し帰るんだよ。まあ、生まれたときからここにいるミカフツにはわかりにくいかもしれないけど」
ねー、とガトーがシロの頭をなでる。ガトーはシロを孫のように甘やかすのが常だった。それを隣で眺めているミカフツの目つきはややするどい。
「おい、それは俺の供物だぞ」
「いいじゃないか。何か減るわけでもないだろう」
「増えるもんでもねえだろ」
「それにさあ、どうせミカフツのことだ。シロとはまともに話もしてないんだろ。最低限の仕事を頼んで、それ以外は好きにさせてるって感じかな」
言い当てられたミカフツは一瞬口ごもる。やっぱりね、とガトーは目を伏せた。
ガトーに言われたとおり、ミカフツはシロに対してとくにあれこれ命令することはまるでなかった。
代わりに自分から話しかけることもなかった。してほしいことがあったらそれを伝えるだけ。命じられたシロはちゃんと従う。
供物とはいえ、束縛する気もないから、用がすんだら早いうちに寝かせている。
無茶をわざと言ってやろうかといたずら心が芽生えたこともあったが、わずかに残った良心がそれをとがめた。結局一度も無理をふっかけたことはない。
おかげでか、奇妙な供物であったシロとは平穏な関係を保っていた。
かといって、良好というわけではない。
だがミカフツは、特に進展させたいという望みもなかった。
それで何の問題も起きていないから、ミカフツはこのままを望んでいた。
よく思わないのは、ガトーとアマネだった。
「そんなだんまりじゃあ、シロの教育に良くないよ。どうしてこう、あいそがないかねえ」
「いらねえだろんなもん。愛想笑いしてこびへつらいたい相手がいるわけでもねえ」
「シロにこびろってわけじゃないよ。この子はまだ子供だよ? 会話のない生活がどれほど毒になるか……もう見てらんないよ」
「だったらあんたんとこで育てろ。俺は面倒なモン押しつけられたと思ってたところだ」
「ミカフツ、それ以上は黙りなさい」
ガトーが静かにいさめた。
ガトーの膝に控えめに座っているシロが、ミカフツから目をそらしている。顔はすっと青ざめて、指先がかすかにふるえる。
「だいじょうぶだよ、シロ。ここにはきみを脅かすものはいないからね」
ガトーは優しくシロをなだめる。それでもシロのおびえはやまない。
じじいと孫のやりとりを眺めている感覚のミカフツは、なんだか穏やかでない気持ちにおそわれた。
胸のあたりが仕えて、鼓動が少しだけ早くなる。
なんだコレは。その正体を探っていると、ガトーが神妙な面もちでこちらをにらんでいるのに気づいた。
「ミカフツ、眉間にしわ」
「……あ?」
「今日は雨でひときわ機嫌が悪いみたいだね。
ああ、じゃあシロは今夜、私のところにとまりなさい」
「ああ? 勝手にひとのもんを……」
「いらないんだろ? なら私が預かるよ。面倒だと思ってたんだろ」
「……」
「それに今日は不機嫌きわまりないみたいだからね。そんなおまえのところに小さいシロをおいておけない」
シロはガトーとミカフツを交互に見ながら、様子をうかがっている。
「大丈夫だよ、シロ。ミカフツのおゆるしはもらっている。きみの心配するものは何一つないよ」
柔和な笑顔でシロに言い、そのままの表情でミカフツを見直した。かまわないね? というガトーの許可には、有無を言わせないなにかがある。
「勝手にしろ」
ミカフツは乱暴に立ち上がり、ガトーの屋敷をあとにする。
穏やかな暖気が肌をなでる。シロはミカフツの背中を見守っていた。