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終:ふきこむ風と共に誓うこと

 その日もからりと晴れていた。

 生まれたての神マガツキと、お山の最奥の祠に封じられていた祟り神。このふたつの要素によってお山は大嵐の連続だった。

 だがこれらは四方津神とシロの尽力により、退けることができた。


 シロは祟り神をその身に取り込み、マガツキはその影響か、一時的に膨大な神力を失っている。マガツキは今、ミカフツの屋敷で預かっており、神力が元通りになったら、お山の外へでるようだった。


「シロ」

「はい、ミカフツ様」

 ミカフツの呼びかけにシロはしっかり答える。祟り神を身に宿したとは思えないほど、いつもと同じだった。

「体に大事ないか」

「はい。いつも通り元気です」

「そうか」

「それどころか、今までよりも調子が良いほどなんです。祟り神を飲み込んだ副作用がでるかもしれないから、無理はするなとアマネ様からおおせつかっております」

「そうだな。無理してため込むなよ。つらいときは言え」

「お言葉に甘えますね」


 シロと祟り神の相性は悪いものではなく、祟り神はおとなしくシロの中で、シロを通してお山の風景を感じ取っているらしい。

 小さな子供に祟り神を宿すことで始末をつけた自分を、ミカフツは相当恨んでいた。シロに負担をかけてしまったことを申し訳なく感じ、シロが祟り神を飲み込んだあとすぐに、「祟り神を引きずり出す」と言って聞かなかった。

 だけれどシロはそれをやんわり止めた。ミカフツの役に立てたからと、大きなミカフツを慰めていた。


「ミカフツ様ー、四方津神のみなさまがおいでです」

「わかった。客室へ通せ」

 ミカフツはシロにそう命じて、自分はひとまず着物をととのえた。


 客室にライとアマネ、ガトーがのんびりくつろいでいる。

 茶菓子を持って入ってきたシロを、ガトーが猫可愛がりする。

「シロ、体は大丈夫かい?」

「はい、何も問題はありません」

「つらいことはないかい? ミカフツが横暴だったり泣きたくなったりしてないかい?」

「おい」

「何もないならいいけど、何かあったらアタシたちも頼りなね?」

「そーそー。暇ができたらオレと相撲しよう。強いヤツを体に入れたんだから、強いだろ」

「おめー実行したらお山の外にぶんなげっぞ」

「えーと……わたし自身は強くなっていないと思うので、ご期待に応えられるかどうかは……」

「なーんだ」

 ライは唇をとがらせた。祟り神ほどの強さを持った神といえばミカフツくらいのもので、新たな強敵がいない平和な現状にすこし不満があるらしい。ミカフツにとっては心底どうでもよかったが、シロを脅かすとなれば別だ。

「いいか、たとえシロに力が備わっても、ぜったい、ぜってぇ、おまえと戦わせなんかしねえからな」

「えー。じゃあ今度お山出て強敵さがすわ」

「あんまりお山の評判さげてくれんなよ」

「わーってるって」


 四方津神はそろってシロの様子をみに来ただけだった。お山の現状を報告し、茶菓子とシロに満足したら退散した。苔男はお山の修復で忙しくしているようで、さきほど菓子折りを持ってきたがあがらずにとっとと帰った。


 ミカフツがシロを独占できたのは、昼飯をたべて少しした後くらいだった。

 特に理由もなくシロをそばにおいて、のんびりと窓から入り込む澄んだ空気を楽しんでいた。

「ミカフツ様は」

「うん?」

 おもむろにシロが口を開く。

「供物のわたしを、いつごろいただくでしょうか」

 ミカフツは飲んでいた茶を吹き出すのをこらえた。何をいうかこの小娘は。

 ただ同時に、シロの言葉も存外素っ頓狂ではないのも確かである。


 シロはこのお山に供物として捧げられた。それもミカフツにむけて。

 供物は食うものだ。だとしたら、いずれシロは食われる運命にある。

 

 ミカフツには、シロを物理的に食べる気などまるでない。


「あのな……。おまえ食べられたいのか」

「ミカフツ様になら、供物として頂いてもらえれば、とても光栄です。痛いのは……な、なんとかこらえます」

「ちっこいおまえを食ったって腹の足しにもなんねーよ」

「ではもっと大きくなったら、食べていただけますか?」

「無理だな。おまえは祟り神を食っただろ。祟り神とはいえもとは神。

 神ってのは人間との時間が気の遠くなるほど違うんだ。俺ら神が一年歳月を過ごしてる間、人間はあっという間に老いる。


 だがシロ、おまえは人間であっても神を宿した人間だ。つまり神の力を得ている。時間も同じだ。


 人間よりも成長は遅くなる。おまえがでっかくなるのは相当先だな」

「先といいますと……どれくらい」

「おまえがいた村の子供がジジイになるよりもずっと先だ」

「そんな……」

 食べてもらうという願いをあきらめさせるために、ミカフツは多少盛った。嘘ではないが、誇張はしている。


 だがそれがいけなかった。シロは絶望したかのように目を見開き大粒の涙をこぼし始める。


「お、おい!」

「どうしましょう……、わたし、それでは……供物としてのお役目を果たせません……。祟り神様を取り込んだのは、まちがい、だったのでしょうか……」

「な、泣くな! おまえは何も悪くないから!」


 ミカフツは手をばたばた泳がせながら、シロを元気づけるためにない知恵をしぼる。


「供物ったってなあ、食うだけが役目じゃないだろ!」

「そうでしょうか……」

「そうだ! だいたい、おまえを食べたら俺はどうなる?

 俺は自分のことも満足にできない神だぞ。シロが手伝ってくれなきゃ湯もわかせねえ。それに四方津神のあいつらにひったたかれるわ。

 シロを食っても俺には何もいいことはない。おまえにもだ、シロ。

 俺は食うのは雑だからな。痛みが残って供物として死ぬのがつらくなるかもしれんぞ」

「……」


「供物は、捧げた神の世話をするための存在でもあるのだ。おまえはその世話係として捧げられたのだ。食われるためじゃない。


 だからシロ、俺と一緒に生きろ」

「ミカフツさま」

「おまえも俺と同じ時間を与えられたのだ。せいぜいのんびり、俺の世話をしてくれ」

 いいな? とミカフツはシロの髪をなでる。シロは袖で顔を拭った。


「はい、ミカフツ様」

 シロはつとめて満足そうに笑う。

 よし、とミカフツはシロを胸の中に抱き入れた。

「わっ」

「おめえ、あったけーな。寝るからこのまま抱かれろ」

「は、はいっ。あの、寝相が悪くてけっ飛ばしてしまったら、もうしわけありません……」

「いいよ」

 シロの小さな手がミカフツの着物をきゅっとつかんだ。


 窓から吹き抜ける風を味わいながら、ミカフツは供物のシロと一緒に、のんびりまどろんだ。

これでシロと四方津神完結となります。長い間のお付き合い、ありがとうございます!

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