三十六:祟り神とのケジメ
ふうっと呼吸をおいて一拍。
ミカフツはライの不満も聞こえないほどに、祟り神の恨めしそうな目つきも気づかないほどに集中していた。
からだをめぐる神力がざわざわと循環していく。ミカフツの右腕に冷たいような暖かいような神力が集まってくる。
祟り神の首をつかんだ手を通じてつたわってくるのは、祟り神の膨大な神力だ。これをさばききるのは難しい。でも成功させるしかない。
「はなせ、」
祟り神とはいえ、その体は子供だ。屈強なミカフツの力の前では畏ろしい声も手足をばたつかせる行為も意味はない。
神力を吸い取ろうと手に力を込めた。ぎゅうんと祟り神の神力がミカフツの手にすいよせられていく。ミカフツにはそんな感覚がこみ上げてくる。
が、その感覚は刹那に終わる。
雷が迸ったかのごとく、ミカフツの手が祟り神から弾き飛ばされた。
腕が吹っ飛んだ? と錯覚するほどに強い拒絶が生まれた。
あわてて祟り神をつかまえ直そうとするも、見えない手によって阻まれ祟り神にふれることができない。
「くそ」
毒づいても何度手を伸ばしても、祟り神にふれることができない。
これでは、吸収ができない。
状態がよく飲み込めないでいる祟り神も、これは好機ととらえたんだろう。ふっと安堵の表情がこぼれていた。
じりじりと後ずさって、ミカフツから距離をとろうとする。
牽制のつもりか、祟り神がふっと右腕を横にないだ。
それに応えたのは風だった。きらめく刃になって、目の前のミカフツに容赦なくまっすぐつっこんでくる。
ゼロにちかい距離でそんな技を繰り出されでもしたら、ミカフツでも回避や防御はままならない。直で受けたら、大けがは免れない。
風の刃は直前に迫っている。
目を閉じる暇もない。
ーーまずい
斬られる、と思った瞬間、風が何かに弾かれた。その結果ミカフツに刃は届かず消えた。
祟り神の視線を追うと、そこには妖艶に笑むアマネがいた。
「ああっ、姉さんまでいいとこどり!」
「おだまり」
「っく」
祟り神は一歩後ろへ下がる。
ミカフツはしびれる手をさすりながら、成功するまで祟り神を捕まえようと考えを巡らせた。
すると、アマネとガトーの手中をすりぬけるように、シロが前へ躍り出た。
「シロ!」
ガトーの制止もきかず、シロはととっと祟り神へと近づいていく。
「おい、よせ!」
「ご心配いりません、ミカフツ様」
シロは笑ってそう答える。その足取りは軽やかだった。
倒れた木にもたれ掛かっている祟り神に対し、シロは膝をつく。
祟り神の手を取り、額にくっつけた。
「しろ……?」
「祟り神様、あなたにはなんの悪気もないのですよね。
わたしを食べたい気持ちもあるけれど、だからといって、あなたを封印した人々に仕返ししようとか、いじわるしてやろうとか、そんなつもりはなにもないんですよね」
「……」
「でも、わたしたちは、祟り神様のお力がこわいんです。
祟り神様とご一緒に生きていくことはできないんです」
幼い澄んだ声には、はっきりとした意志がこもっていた。
「あなたは、わたしが食べます」
祟り神の目が見開かれた。シロの手をふりほどこうととっさに手を引こうとしたが、シロはそれを離さない。
「いやだ、くわれるのは、いやだ」
「だいじょうぶ、こわくはありません」
「いやだ、せっかく起きたのに、また眠るなんて……またいなくなるなんていやだ!!」
「眠りません。いなくなんてならないです。
祟り神様は、わたしと一緒に生きるんです。
わたしが見たものをわたしの目で見て、
わたしが聞いたことをわたしの耳で聞いて、
わたしがさわったものをわたしの手を通して感じて、
そうしてわたしとわかちあっていけます。
祟り神様は、わたしと一緒になりましょう。つらいこともかなしいことも楽しいこともうれしいことも、全部わたしとわけっこです」
シロが祟り神をそっと抱きしめる。ふるえている祟り神は何もしない。
安堵したのだろうか、不安がまだ残るんだろうか、ミカフツにはわからない。
「力をいっぱい使われてしまったようですから、今はまず、おやすみしましょう。わたしのなかで、ゆっくりお力を養ってください」
マガツキの体から、どす黒い瘴気が漏れ出てきた。
ゆらゆらと揺らめいたそれは少しの間行き場をなくしさまよっていたが、マガツキの手を握るシロを認識するや否や、シロに吸い寄せられていく。
「おい、シロ!」
ミカフツはシロに駆け寄った。
ややふらついてはいるものの、シロに異常は見あたらない。
澄んだ白髪を揺らしながら、シロはミカフツに微笑みかけた。
「だいじょうぶです、ミカフツ様」




