三十二:小さな抵抗
食われる。そう直感したシロはおもわず祟り神から距離を取ろうとする。一歩後ろへ下がって踏みとどまった。自分が祟り神から極端に離れたら、お山がまた大嵐に包まれてしまう。
そうなったら、自分が足止めと時間稼ぎのために祟り神のとなりにきた意味がなくなる。
食べられてはおしまいだ。ミカフツの供物である自分の意味が消える。
シロはミカフツのほかの誰にも食べられる気はない。だが戦う術はない。
祟り神の手を逃れながら、祟り神と一定の距離を保つ必要がある。
「白の一族は美味いらしいから、封印が解けたら食おうかと思っていたところだ。
いい具合に腹も減ってきた。空腹の神を助けると思って、髪一本でもめぐんでもらえんか?」
「いやです! 髪の毛も汗一滴でも、わたしの体はミカフツ様にささげられてるんです!」
「なるほど。ではあのミカフツを消してしまえば、その強情もいくばくかは解けるか」
「み、ミカフツ様に何かしたら……わたし、ぜったいに許しませんから!」
「許されなくて結構。腹に入れれば同じことだ」
シロの反抗は祟り神には大して脅威でもない。シロは神の力を弱体させるという力を持つが、荒っぽいことはできない。
純粋な力比べになれば、シロが組み敷かれるのはあきらかなことだ。
祠を軸に、シロはぐるぐると祠の周りをまわることで追手の祟り神の手を逃れる。祠から離れないように、祟り神の手がすんでのところで届かないように。
祟り神は急ぐでもなくじっくりとシロを追い詰めていく。
(ミカフツ様が来るまで、辛抱してなければ。
ミカフツ様はきっと来る。ぜったい来る。
供物のわたしを取り戻しに、ぜったい来る)
「こわくないよ? シロ?」
「食べられるのなんてこわくありません!」
口で言い返すのは、身体がすくんで動けなくなるのを防ぐためだ。言葉は力、音という形になって、多少はシロを支えてくれるのだ。
「小さくてか弱い割には強情で芯が強い」
子供と親の追いかけっこが終わった。祟り神が一歩で距離をつめた。その気になれば祟り神はシロを捕まえることができていた。
シロの細い手首を掴む。シロの息が止まる。
「あ」
「さて、どう調理してくれよう。焼くか煮るか。蒸すのもいいな、健康的で」
「はな、はなして!」
「いい子にしてようか」
祟り神が柔和に笑う。その笑顔はシロにとって絶望でしかない。
(たべられる!)
せめて噛みついてやろうかと身をよじって小さな抵抗をしたのち、
祟り神とシロのあいだに、ひと薙ぎ風が割り込んだ。




