三十一:据え膳
四方津神があれだこれだとシロを取り返す作戦を考えていたころ。
とうの祟り神とシロは、最奥の祠の果てで向かい合ってすわっていた。
木々がなぎ倒されただけあってか視界は開けている。雨に濡れた葉はすべて陽光で乾いていた。
「粗末な席しか用意できなかったが」
そういって祟り神がシロに席をすすめた。シロは下手に口答えせずしたがう。自分の役目はあくまで時間稼ぎと足止め。なるべく長く、祟り神の時間を取れば、それだけミカフツたちに戦略をかんがえる猶予を与えることができるのだ。
「おひとつ、よいですか?」
「何なりと」
「く、口を利いてもよいでしょうか? わたし、お山の神様には口を利くなと言われていて……」
「なになに、いくらでも口をきいて良い。四方津神らともじゅうぶん話をしたんだろう? 私にだけよそよそしいのは寂しい」
「……では、おしゃべりさせていただきます。あんまりうるさい場合は、おっしゃってください」
「いいよいいよ。私の話につきあってもらえれば」
子供の見た目で大人びた笑いを浮かべる祟り神には余裕がある。負けまい、とシロは唇を一瞬引き結ぶ。
「ときに知っておるか」
落ちた葉一枚を拾い上げて祟り神が話題をふる。
「白の一族……まあ、きみの血族のことだが。
彼らは我ら神々にとって脅威だった」
「……」
「人間というのは知恵に富み応用がきく。その気になれば悪にでも善にでも、武人にも文人にもなれる。
神々にはとうていかなわないことを知っているから、そのぶん知恵で補って身を守る術を編み出してきた。
神々や妖怪、天界にすむ一族ってのはもともと強い力を持っている。だから何をされても力で振り払えばいいと考えてきた。
人間というのは賢く強いよな。力でかなわないなら、それを補うための知恵ですべてを乗り切ってきたんだから。力しか知らない我々神は、それがうらやましい。
白の一族というのも、その人間の知恵が生んだものといえるだろう」
「……おそれいります」
「おまえもその白の一族というわけだ」
「でも、わたしには何の力もありません。せいぜい、ミカフツ様の周りのお世話をするくらいです」
「謙遜だ。わからんか? このお山はついさっきまで大嵐に飲まれていた。
それを止めたのはおまえだ、シロ」
祟り神の言葉に嘘はない。
実際、祟り神とシロが近くにいるとお山は青空に恵まれる。雲一つない澄んだ空が。
「封じられる前の記憶にな、白の一族の存在はあったんだ」
「封印される前、ですか」
「そう。封じられたのは気が遠くなるほど昔だ。
それよりももっと昔。もう死にたくなるほどの昔から、白の一族のことは知っていた。歴史もあるんだな。
そしてどういう一族なのかも知っていた。
荒神や祟り神を鎮める力を持っていたと。
一族のひとりは、その身を食わせることで祟り神の力を弱らせたという」
「人身御供の、一種、なのでしょうか」
「そうだよ、よく知ってるね。
んで、食った荒神が言っていたのだ。
白の一族の肉はうまかったと。極上の味がしたと。
そういって、その荒神は満足そうに消滅したらしい。伝え聞いた話だから本当のところは謎だがね」
祟り神はすっと身を乗り出す。シロにぐっと鼻先までちかづけた。
「私はね、それが気になるんだ。
白の一族の肉、うまいんだろうなって」
シロの目に、初めておびえの色がにじんだ。冷静さを保とうと瞬きせず目を見開いている。
祟り神の手が、シロの髪先にふれた。
「程良く肉がついている。健康に育ってる。しかも愛らしい。
熟すにはまだ早いが……まあ、それもまたうまいだろ」
「いっ、いけません! わたしはミカフツ様の供物です! ミカフツ様のお許しなく、ほかの方に私を捧げることはできません!」
「毛先もだめと?」
「だめです! 何より……わたしがそれを許せません。わたしを食べていいのはミカフツ様ただおひとりです……! 他の方に捧げるなんて、わたしにはできません」
「なるほど。私とここにいるのも打算あってのことか。別に恨んでるわけじゃない。そういう下心があるのもまた一興。
だが、うまそうな人間を目の前にして、おあずけを食らうにゃ祟り神にとってはきついのよ」
祟り神の手が、シロの肩へと移る。優しくなでるように、もう一方の手がシロの背中をさする。
「ひ」
「他の神の供物を食うは悪事と言うが、祟り神はそんなもの知らんからな。
復活したてでろくに何も食ってない。くわえて目の前には美味いといわれた白の一族の子供がいる。
なあ、シロ。
おまえ、うまそうだ」




