十七:辿り着く先に
「ミカフツ!」
事態の緊急性を察したアマネがそう呼びかける。
「何が起こったっていうんだい?」
「マガツキの仕業だろうな! あと見覚えのある雷が生まれてる。ライが近くにいるんだ」
お山の妖怪と日常的に喧嘩するライは、喧嘩や暴れるとなると周囲にいつも雷鳴をとどろかす。
ミカフツの迅速な答えを聞いて、ガトーはため息をついた。
「なんだい、あの暴れん坊がマガツキとやらをひっかき回してるって?」
「おぉ。しかも場所がいけねえ。最奥の祠近くだぞ」
「割って入って止めようか?」
「良い考えだアマネ。ついてこい! ガトーはシロとここにいろ!」
ミカフツはちらっとシロを伺った。不安と心配が入り交じった大きな瞳がこちらを見上げている。
すぐに屋敷を出ていこうとしたが、シロの顔を見ていると足が止まった。
「すぐ戻ってくる。明日は久々の晴れだ」
シロの瞳はいまだ揺れているが、それでも白い小娘はきちんとうなずいた。
「お」
「お?」
激しい雷鳴と雨音でかき消されそうな声だった。ミカフツの耳に届いたのは幸運だったかもしれない。
「おきをつけて」
ミカフツは乱暴に手を振って応えた。
お山の最奥には禍々しき何かを封じるための祠がある。
封じられている者は何なのか、四方津神ですらわからない。生まれたときから、自然とあの祠に対して恐怖心が育つのだ。
近づいてはならない。むやみに触れてはならない。何があるのか、しらべてもいけない。
そう聞かされそだってきた。
「あの馬鹿ライ。何だってあんな祠に……」
アマネがそう毒づく。自慢の髪も着物も、雨と泥を吸って汚れている。
「この件が終わったらあいつを袋叩きにしてもいいかい?」
「俺は反対しない」
「よし、やる」
「おいおい……」
苦笑してはいるが、ミカフツはその光景を想像して何となく楽しみを覚えた。
泥だらけ、濁った水をはね散らし、顔に張り付く葉や草をひっぺがしながら、ミカフツは駆けていく。
その道中で、小物の妖怪たちの死骸がそこかしこに放り投げられているのがわかった。
祠に近づくにつれ、死骸の数は増えていく。手で握りつぶせるほどの小さな妖怪だけならまだしも、ミカフツよりも巨体の妖怪が一頭二頭と、その死に様をみせつける。
「死人が多すぎだね」
「そうだな。ライとマガツキに巻き込まれたのか?」
「かもしれない。あるいは、最奥の祠の影響もあるんじゃないのかねぇ」
「だとしたら急を要するぞ。ライだって無事かどうかもわからん」
「まったく……はやくお日様を拝みたいもんだよ、アタシは」
「俺も」
緊急だと言いながらもいつも通りの会話をしている二人は、いつの間にか緊張を解いていた。
とはいえ油断はできない。思い出した頃に空が光り、続けざまに落雷だ。ライが暴れている証拠だが、その光や音がだんだんと小さくなっていく。
「ライが押されてるのか?」
「アイツを叩きのめすなんて、ガトーのほかにいたんだねぇ」
「おい俺を忘れんなよ」
「アンタのは相打ちだろ」
「うっせ」
ミカフツは舌打ちしてさっさと先を急いだ。
祠にようやくたどり着いた。
距離を置いているのに、祠から発される瘴気がミカフツの足をすくませる。下手をすると腰を抜かす。
だがここで問題が起きている以上、四方津神として止めねばならない。例の連日の雨も解決できるかもしれない。
「雷が……止まった……」
アマネがこぼした。その意味をミカフツは理解している。
せめて間に合っててくれ、と願う。
鬱蒼としげる木々をかきわけ、ミカフツは祠の前に進んだ。
「……ライ」
祠に座っているのは子供。
その下に伏すのは、
四方津神・ライ。




