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五重奏 ~クインテット~  作者: 村谷 直
第壱幕 落日
5/42

其ノ四

 

 刃に付いた血を払ってそれを鞘に収めると、楸は床に倒れ伏した男を見下ろした。

 志村大介。かつては将軍の下でその卓越した剣技を振るい、東国はおろか西国でもその名を轟かせた程の剣豪である。

 それが今は、こうして己の足元に転がっている。その身を、鮮血に染めながら。

「時代とは斯くも(うつ)ろうものですなあ。志村殿にはお悔やみ申し上げまするが、やはり新たな時代を担う若者に時代遅れの老爺(ろうや)が太刀打ち出来る筈もございますまい」

 呵呵(かか)と嗤い声を上げながら背後から現れた萍に、楸は見下ろしていた目を逸らした。

 萍はしげしげと大介を眺めた後、すっかり曲がった背中越しに楸を振り返ってきた。皺くちゃの顔が奇妙に歪む。どうやら嗤っているらしい。

「しかし楸様じきじきにお相手するまでもございませんでしたでしょうに。儂等にお任せくださっておれば、お手を煩わせることなど」

「……志村大介殿と言えばその道では名を知らぬ者の無い剣の名手。同じ剣士として手合わせを願いたいと思うのは道理であろう」

 目を伏せたまま萍の問いに答える。

 萍としてもそれ程興味のある質問ではなかったようで、左様でございますかと言うだけでさっさと話題を切り替えてきた。

「それより、『正崇』はどこに? 志村殿が持っているのではなかったのですか?」

「さてな。それこそお前達の仕事であろう。後は任せる」

 言い捨てるようにそう言うと、楸は大介の元に(ひざまず)き、物言わぬその体を抱き上げた。

 それを見て萍が怪訝そうに目を(すが)める。

「何をなさるお積もりで?」

「例え今は道を(たが)えたものであっても、敬意を払うべき先人の(むくろ)を化け物の餌食にするのは忍びない」

「はっ、何を仰るかと思えば。志村殿程の剣客の骸であれば、良き亡兵が作れましょうに」

 下らぬ感傷だ、とでも言いたげに吐き捨てる口振りの萍を、楸は敢えて無視した。

 その態度が気に食わなかったのだろう。萍は咎めるような口調で楸に訴えかけた。

「楸様、その様な態度は感心出来ませんぞ。椿様への背信と捉えられても仕方がないかと」

「好きに捉えるが良い。俺が兄上より賜った命は飽くまで『神器の奪取』、それのみ。これを裏切りと捉えるならばそうすれば良い」

 楸は萍に背を向け、そのまま敷居を跨いで部屋を出て行く。

「ほ……左様で。……まあ、良いでしょう。お好きになさりませ」

 萍はまだ不満げな様子だったが、負け惜しみのように楸の背に言葉を吐くと別の方面から外へと出て行った。

 改めて神器の捜索に向かって行ったのだろう。その気配が完全に遠のくのを確認すると、楸はもう一度腕の中で眠る大介へと視線を落とした。

 そしてそのまま、沈痛な面持ちで目蓋を閉じた。

「……申し訳ありません……」

 

 

 

 

 

 

 東の空が赤く染まる。向こうの山の奥から差す後光が夜の帳を剥がしてゆくようだ。

 木の幹に寄りかかって座りながら、大樹は呆然とその光景を眺めていた。

 まるで世の中から音が失われてしまったかのように辺りはしんと静まり返っている。風鳴り一つ聞こえてこない。

 それは、途方に暮れる大樹の心を映し出しているかのようだった。

「いつまでボーっとしてるんだ? 充分休んだろう。いい加減行くぞ」

 頭上から掛けられた声に、徐に顔を向ける。そこにはあの女の顔があった。

「行く? どこへ?」

 怒涛のような一夜を過ごしたお陰で、すっかり思考が鈍ってしまったらしい。すぐに頭が回らず、素っ頓狂なことを尋ねてしまう。

 すると女は呆れたような表情で溜め息を吐くと、大樹の腕を引っ張ってひとまず立ち上がらせた。

「とりあえず峠を下りよう。またいつ追っ手が掛かるか分からない。ここじゃ身の隠し場所も無いしな」

 女の言葉に大樹は深く考えず頷いた。

 それを知ってか知らずか、女は小さく笑いを洩らすと大樹から手を放し、そのまま先に歩いていった。

 大樹はまた暫くぼうっと空を見つめていたが、促すような女の視線を感じてのろのろとその後に続いた。

 どうにもうまく頭が働かない。疲れているんだろうか。

 ――これから、どうなるんだろう……

 漠然とした不安感に駆られながら、大樹はぼんやりとした思考のまま峠の道を下っていった――

 

 

 

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