第22章 悩み
第22章 悩み
第1話 内側(8)
グラフ理論の中で「連結,連結成分」という記述があります。
直感的には、分かるような気がします。
ですが、僕自身の言葉で表現出来ません。
つまり、よく分かっていないのだと思います。
なので、保留にしておきます。
無向グラフで,全ての頂点の間に辺があるグラフを完全グラフというようです。
この完全グラフの姿は、TSPの命題そのものです。
グラフG =(V,E)で、Vは、頂点を示します。
Eはエッジ(辺)を示します。
そして「NP完全」問題には、Eの要素の全てを、等価として扱うものがあります。
つまり、Eの要素の全てを、=1として扱います。
TSPは、Vを座標、Eを距離として扱います。
つまり、Eの要素の全てが異なる値を持ちます。
この事を「Eに重みがある」と表現するそうです。
この文章上で、図が描けないのが残念です。
頂点数がnの時、完全グラフを「Kn」で表現するそうです。
Vの要素数(頂点数)n=5の時、K5となります。
そして、Eの要素数(辺数)は10になります。
さらに、各頂点を1回ずつ通る単純パス(経路=道)は、12になります。
辺数の計算は、n(n-1)/2となります。
道数の計算は、(n-1)!/2となります。
TSPの命題は「この道数の中から最短の距離の道を探索せよ」になります。
そして、O(n!)になります。
力ずく探索では、nの数がいくつまで許されるのでしょうか?
nは、それほど大きい数が許されません。
ここで「素早いアルゴリズムを見つけよ」となったのだと思います。
間違っているのかもしれませんが、僕は次のように信じています。
アルゴリズム論を目指す者にとって、
「NTMは、それほど大きな問題ではない」と思います。
むしろ「グラフ理論の方が重要」だと思います。
今、気付きました。
何故、話の題名が「内側」なのでしょうか?
僕自身の中では「内側」で、違和感がないのですが、不思議に思う読者の方も
居られると思います。
ですが、取り敢えず、このままでお願いします。
第2話 完全2部グラフ
無向グラフにおいて,辺の集合がA とB に分割され,A に属する全ての頂点と
B に属する全ての頂点の間に辺があり,それ以外には辺がないグラフを
完全2 部グラフというそうです。
A の頂点数がnで、Bの頂点数がmの時、Kn,mと表現するそうです。
この時、頂点数はn+m個で、辺数はn×m個になります。
ここでも文章上で、図が描けないのが残念です。
この「完全2部グラフ」が、後で重要になるかもしれません。
第3話 一筆書き
完全グラフで無い時、つまり、グラフG =(V,E)で、Eの要素数が完全グラフの時の
要素数に満たない時(辺が欠けている時)「一筆書き」できないケースが存在
するようです。
完全グラフの時、つまりTSPには、必ず「一筆書き」できる単純パスが存在します。
あれっ。ハミルトン閉路問題はこの事を命題にしているのでしょうか?
僕は、違う理解をしていたのかもしれません。
「一筆書き」できないケースの存在を示したのは、Eulerさんと言う人らしいです。
そして、この事がグラフ理論の始まりとなったようです。
Eulerさんは、他にも面白そうな定理や公式を発見しているようなので、
後で学びたいと思っています。
後が、何時になるかは、分かりません。
第4話 悩み
今、非常に悩んでいます。
それは、TSPの解法をここで記述する事が、僕にとっていい結果を齎すのか?否か?
僕は、TSPの解法(厳密解)のアルゴリズムを20年考え続けていました。
そして、数年前1つのアルゴリズムに辿り着きました。
その検証の過程で、NTMの存在を知り、酷い挫折感に襲われました。
(アルゴリズム論の存在を知りませんでした)
その挫折感が、引き金となり、再飲酒となりました。
その結果、自殺願望まで行きました。
その時から、現在までの自分に辿り着くまで3年必要としました。
現在でも、精神状態を常に平常に保つ事は困難です。
救いは、精神状態の乱れの周期が長くなった事と、振幅が小さくなった事です。
昨日「数学」「自殺」をキーワードにネット検索を行いました。
ここでも、救われました。
明確な根拠どころか、そのような事実(数学と自殺の因果関係)が無い事が分かりました。
その検索の過程で、ある数学の先生が、次のような事を言われている事を知りました。
それは、数学を志す者にあてたメッセージなのか?心構えなのか?
「数学を考えながら、いつのまにか眠り、朝、目が覚めたときは既に数学の世界に
入っていなければならない。
どの位、数学に浸っているかが、勝負の分かれ目だ。
数学は自分の命を削ってやるようなものなのだ」
僕は、自分の事を数学者や研究者だと思っていません。
ただ、興味のある事を考え続けただけです。
TSPに関連した事にのみ思考を集中させていました。
「TSPを考えながら、いつのまにか眠り」は、その通りでした。
「TSPは自分の命を削ってやるようなものなのだ」は、実際に自殺願望まで行きました。
死への恐怖は持っています。
それより酷いのは「再飲酒してから死の間際まで」です。
その間で、1番怖いのは「原因の分からない恐怖感」です。
次に怖いのは、立ち直ろうとした時の「酷い苦悩」です。
「TSPの解法をここで記述する事が、再飲酒に繋がるのでは?」と躊躇いを感じています。
この文章を書き始めた時は、TSPそのものに触れる事はタブーだと思っていました。
しかし、数日前の文章で棘が抜けた事で、タブーではなくなりました。
この文章を書き始めた時は、TSPそのものに触れる事無く、別の形で何かを
考えたいと思っていました。
しかし、その事が「学ぶ楽しさ」を知り、棘抜きにまでなりました。
「考える事」が好きです。
おそらく、一生続くと思います。
「TSPの解法をここで記述する事」に対する決断は、もう少し先になりそうです。
その前に必須なのが「集合論」になります。
記述の仕方を学ぶ必要があります。
そして「位相幾何学」も学ぶ必要があるかもしれません。
位相幾何学は、1988年頃に僕に重大な影響を与えました。
しかし、その頃は「学ぶ事」より「考える事」が大切だったので、深く学ぶ事をしませんでした。
決断まで「集合論」「位相幾何学」を学びたいと思います。
尚「TSPの解法」は、途中で放棄したもので、未だ完成されていません。
僕の解法には、分解と結合の2段階があります。
分解については、完成させたと思っています。
アルゴリズムで大事なのは、この「分解」の段階だけだと思っていました。
何故なら「分解」の段階で、計算量が相当数減るからです。
どのくらい減るのかは、決断がついたなら、計算して見たいと思います。
そのため「結合」は、力づくでも計算可能だと思っていました。
僕の解法は、僕の知る限りでは、世に出ていません。
僕は「既に世に出ている事」を、願っています。
又は「それほど計算量が少なくなるのではない事」でも受け入れられます。
そうすれば、僕の棘がまた数本抜けます。
そして、その先を考える事が出来ます。
1番恐れるのは、僕の解法が争点になる事です。
この時、僕は「蚊帳の外」にいたいと思います。
「見向きされない事」が、最も望ましい事です。
そうすれば、僕の頭の中が整理されて、多くの棘が抜ける事が
期待されます。
僕にとって重要な事は、
「多くの棘を抜く事」
「何かを考える事」
です。
そして、平穏な日々を暮らせたなら、これ以上の喜びはありません。




