time
俺が選んだ黒のビキニを買ってからすぐに、薫は杏先輩達の元に戻るのかと思ったが、そんなこと無かった。
エレベーター近くのベンチに腰かけて、時間ギリギリまで、話し込んでいた。
まぁ、こういう風に二人きりで話すのも久しぶりだったし、良かった。その間だけ、昔の時間が戻ってきたようなそんな気がした。
そう思うってことは、それだけ薫といる時間が減ってしまったということだ。
時の流れというのか、何というのか。環境の変化が大きいのかもしれない。
主に、青春部が環境の変化だ。
小学校や中学校の時から、女の子と話す機会ってのは多かった。が、高校になってからも、そんな機会が減るどころか増えているかもしれない。同年代だけではなく、先輩などとも話すようになった。
それであるから、自然と薫と話す機会が減っている。
……何だかな……。
薫が好きという思いは、昔の時は少なからずあった。時間の経過につれ、薫が隣にいるのが普通になって、そんな思いが薄れてきてしまってるのかもしれない。
だけど、そんな思いは、またしても薫によって思い出された。
「ごめん。喋りすぎちゃったかも」
自分の腕時計を見ながら、薫は言う。
「気にするな」
「うん」
頷いた薫はスッと立ち上がり、続けてこっちを向いた。
「じゃ、また後でね」
「おぅ」
「…………わ」
薫の帰りを待っていた悠樹は一つの振動を受け、驚きの声をあげる。
悠樹は自分の左側に置いていた鞄から、急いで携帯を取り出す。この音は、メールではなく通話の報せだからだ。
「もしもし…………? 」
「あ、悠樹? 薫そっちにいる? 」
杏からだ。
「いないです」
「じゃ、まだ悠樹は、選んでもらってないんだね」
「……はい」
「そっか………………」
「どうかしたんですか……? 」
杏の口振りから、何か一つの予定が崩れたと、そういう印象を受けた。
「昼ご飯、どうしようって思って」
「あぁ…………」
時間は、十一時半。気が付けば、そんな時間になっていた。
自分に与えられた時間を目一杯使うとなると、終わる時間は十二時半だ。丁度昼時。
「悠樹の番が終わったら、昼ご飯。それで良い? 」
「はい」
「よし。時間取らせて悪かったね」
「いえ…………」
「それじゃ、楽しむのよ」
「はいっ」
「おっと…………」
薫の姿が見えなくなってからすぐ、それを図ったかのような形で、ジーンズのポケットに入れていた携帯が振動した。
メールでは無く電話だった。
「佳奈先輩? どうかしたんですか? 」
「悠樹はそっちにいるのか? 」
「いえ。まだです」
そんなことを聞くために電話してきたのだろうか。
「そうか。じゃ、昼ご飯は、もうちょっと後になるな」
あ、そっか。もうそんな時間になるのか。気が付けば、こんなに時間が経っていたって感じだ。
「一回のあの場所に集合ですか? 」
「あぁ、そうなる」
「分かりました。十二時半までに行けば良いですよね? 」
「そうだな……。でも、一時間も時間かかるのか? 」
「かからないかもしれませんね」
話し込むか話し込まないかで、差が出る。というか、それでしか差が生まれない。
「まぁ、楽しむことだな。こんな機会はあまり無いだろうからな」
「はい」
「後、護? 」
「はい……? 」
何か言い忘れたことでもあるのだろうか。
「佳奈って、呼び捨てにするんじゃなかったのか? 」
「………………っ」
すっかり忘れていた。
佳奈先輩と呼ぶ方がしっくりくるからだろう。まぁ、気にしてなかったというのもあるのだが。
「今は良い。私と二人きりになる時は外してほしい」
「わ、分かりました…………」
またしても、忘れそうだ。
「忘れたら、罰だからな? 」
「はい……」
一体、何されるのだろうか。逆に、そう言われると、罰を受けたくなってしまう。Mでは無いからな? 絶対に。
「それじゃ、また後でな。時間取らせて悪かった」
「いえいえ、気にしないてください」
悠樹が来るまでの時間潰しになったし。
「ありがとう。それじゃ」
「はい」
悠樹と杏の電話が終わったタイミングで、護と佳奈との電話も終わった。
「護、おまたせ」
四階に着くと、ベンチに座っている護の姿をすぐに確認した。
「いえ」
すぐに、水着を選びに行くという選択肢もあったが、悠樹は護の横に、護と同じように腰をおろした。
「水着選ぶの…………、大変……? 」
「まぁ、大変といえばそうですけど、面白いですし、そこまで感じません」
「そう」
……護、楽しんでる……。
悠樹の目には、そう映った。
こんな護を見ているだけで、自分の気分も護につられていく。護がいるからこそ、楽しく、面白く、そう過ごすことが出来るのだ。




