お見舞い #1
遥は、驚きで口を聞くことが出来なかった。
図書委員長なのだから、このパソコンに借りた本の記録が残るということは、無論知っている。だから、朝、この本を借りにきた時、一瞬躊躇したのだ。
だけど、借りてしまった。基本、生徒から頼まれた時しか、このパソコンは触らないから、安心だと思っていたのだ。その思いは、残念ながら間違っていたらしい。
「遥も恋してるんだね? 」
赤面してる遥に追い打ちをかけるかのように、美魅音は、言葉を遥にかける。
「い、あ…………、別に………………」
遥の口から出たのは、否定の言葉だった。
護のことは好きだ。しかし、それは、一目惚れに近いものだった。そこから、護の優しさに触れ、そう思うようになったのだ。
でも、遥は、恋をしたことが、これまでに無かった。だから、この護のことが好きという気持ちが、本当に「好き」というものなのかが、分からない。
「ふぅん……? この本を借りておいて? 」
「わ、分からないんです…………」
「分からない? 何がさ」
「今、好きだと思うこの気持ちが本当なのかどうか、それが分からないんです」
半分ヤケクソで遥は、思いの丈を美魅音にぶつけた。
「護が風邪を引いてるというのは、もう皆知ってることだと思う」
護以外の全員が集まった青春部の部室で、杏は、大声をあげる。
その杏の声に、佳奈、成美、渚、悠樹、心愛、薫、葵の七人、そして佳奈の横にいる真弓も頷く。
佳奈が続くように、言葉を作る。
「さっきも言ったが、これから皆で、護の家に行く。だけど、お見舞いだということを忘れないで欲しい」
「佳奈の言う通りだね。はしゃがないようにね。護に迷惑はかけられないし」
……本当に、大丈夫かな……。
杏のその言葉に、少し不安を覚える。
……まぁ、良いか……。
少々騒がしくなってしまうだろうが、楽しくなるのは間違いなく分かる。護に元気になってもらうのなら、これが、一番良いのかもしれない。
「それじゃ、護の家に出発!! 」
同じように大声を出した杏に、また同じように、八人は頷いた。
青春部の皆、そして真弓が家に向っている途中、護の熱は、大方下がっていた。
昼からずっと護の側にいた沙耶には、熱を測らなくてもすぐに分かった。
でも一応、念の為に。
「はい、護。体温計持ってきたよ」
「ありがとう」
護が熱を測っている間、沙耶は、部屋の窓を開けて、外を眺めることにした。ちょっとした時間潰し。
窓を開けると、少し生温く夏の始まりをちょっと感じることの出来る風が吹き、その風が、沙耶のポニーテールを静かに揺らす。
「すぅ…………はぁ…………」
そんな風が吹き止んでから、沙耶は、大きく深呼吸をした。
時間はもうすぐで五時になる。そろそろ日が暮れてくるころ合いだ。
同じ空を見ているとしても、ここから見る空の景色と、昨日、魅散の家から見た景色とは、感じるものが全くといっていいほど、違うかった。
……また行きたいな……。
と、沙耶は思う。無論、護を連れてだ。護と一緒に行った方がより楽しくなるのだ。
ふと、沙耶は、視線を目の前の空から、御崎高校の方に移動させる。
「ん…………? 」
六人七人を超える女の子が、ひとかたまりになって歩いている姿を、沙耶は、視界の端に捉えた。
それ凝視しようとしたが、護の熱を測っている体温計が、熱を測り終えたことを音で伝えてくれたので、窓を閉め、護の元に戻った。
体温計が鳴ったので脇から取り出して、確認してみる。
三十六度八分。
これが今の俺の体温だった。
「もう大丈夫だな」
姉ちゃんにも、体温計を見せて、大丈夫だということを伝える。
これで安心だ。
「すぐ下がって良かったね、護」
「あぁ、本当にそう思う」
姉ちゃんが三十八度くらいあると言っていたから、熱が下がるまでもうちょっと時間がかかると思ってた。まぁ、これで明日から学校行けるし、皆に心配をかけずに済む。
「あれ…………? 」
何かを忘れているような気がする。
「姉ちゃん、明日って何日? 」
「十一日だよ」
十一日…………。六月十一日……。
「思い出した。明日、学校休みだ」
「あぁ、記念日だっけ」
危ない危ない。金曜日に、先生がそんなことを言っていた。忘れるところだった。
ピンポーン。
一息ついたところで、家のチャイムが鳴る。誰だろうか。
「私が見てくるね。熱ないけど、寝てなさいね? 」
ここで油断してたら、また熱が振り返すかもしれないし。
「分かってる」
俺が頷いたのを確認すると、姉ちゃんは、大急ぎで階段を下っていった。
「よっと……」
まぁ、寝ていた方が良いのは確かだが、ちょっとくらい良いだろう。誰が来ているのかも気になるし、もしかしたら、薫とかが来てくれたのかもしれないし。
そう思いながら、俺はゆっくりと玄関に向かった。