看病
「よしっ…………」
料理を作るのに必要な食材で、家の冷蔵庫に無かった食材。レンコン、長芋、大根を買ってきた沙耶は、それらを調理台に並べて、調理を開始する。
「エプロン付けないと……」
家でエプロン着るのは初めてだなぁ……、と思いながら、沙耶は、ゆっくりとエプロンを身に付けようとした。
「あれ……? 」
後ろ手で、エプロンの紐を結ぼうとしたのだが、距離が足りないらしく結ぶことができない。
「おかしいな…………」
このエプロンは、護も母も使っているやつなので、付けられないというのは、道理に合わない。
「まぁ、いっか…………」
沙耶は、エプロンを着ることを諦めた。別に、エプロンが無くても料理は出来るのだから。
まず、ボールにレンコンを入れて、そのレンコンが浸るくらいまで水をいれる。
「そして、そこにお酢を入れて……」
お酢が染み込むまでの時間、次の作業に取り掛かる。時間は無駄に出来ない。
今度は、大根を適量すりおろす。多過ぎず、それであって少なくなりすぎないようにする。
「えと…………」
こうしてる間にレンコンに酢が染み込んできたので、そのレンコンをすりおろす。
「最後まですりおろさないんだったっけ…………」
さっき調べた内容を思い出しながら、沙耶は、料理を続ける。
すりおろすのが終わったら、今度は、それらを鍋にいれる。この時に、残しておいたレンコンをみじん切りにして入れるのだ。
長芋もみじん切りなのだが、少し大きめにして、鍋に入れる。
それらが入っている鍋に水を五百CC入れて、火にかける。
「これで、沸騰するまで待つ………」
沸騰してきたら弱火に切り替えて、アクを取り除く。ここまできたら、後十分ほど、焦げないように注意しながら煮込めば完成だ。
「この間に…………」
食器棚から、このスープを入れる器を探し出す。
「あった………」
目当てのスープカップがあった。
それを手にしたまま、沙耶は完成の時を待つ。
「出来たっ!! 」
セットしていたアラームが、十分経ったことを知らせてくれる。これに、ごま油をちょっとだけ入れて、完成だ。
「風邪に効くレンコンスープの完成ーっ!! 」
気が付けば、時間は十二時になろうとしているところだった。
「護、今行くから…………」
もうお昼時。本来なら、もう少し寝かせてあげたいが、この頑張って作った料理を、早く食べてもらいたかった。
数時間振りに護の部屋に戻った沙耶は、今作ってきたばかりのレンコンスープを勉強机の上に一旦置いて、その側に置いてある折りたたみ式の小さい机を取り出しす。
それをベットの近くに組み立て、その上にレンコンスープを置く。
「護、一回起きて」
沙耶は、ゆっくりと、護の身体を揺らす。朝より顔色がよくなっていて、沙耶は、少し安堵する。
「ん…………、ふぁ……」
護の背中を支えるようにして、沙耶は、護が身体を起こすのを手伝う。
「ありがと。姉ちゃん……」
「気にしなくて良いのよ」
護は、ゆっくりとベットから降りてくる。
「よっと……」
護の隣に、沙耶も座る。
「姉ちゃん、料理出来たんだな……」
「当たり前じゃない。一人暮らししてたんだから」
「そうだったな」
護の顔に、少しの笑みが溢れる。
良かった。まだ辛そうにはしているが、この護の顔を見れただけで、沙耶は、ひとまず安心できた。
護が沙耶が作った昼ごはんを食べている頃、護がいない教室では、葵、薫、心愛のテンションは、いつもより格段に下がっていた。
「「「はぁ…………」」」
三人のため息が、珍しく重なった。
昼休み。いつもなら、この護を含めた四人で弁当を食べたりしている。たまに、青春部まで行って食べたりもして、この昼休みは、いつも楽しいものであった。
それなのに、護がいないだけで、こうもなるとは思っていなかった。
それのおかげが、自分達の中で、護がどれだけ必要であるかを再確認した。
「薫、心愛」
「どうしたの? 」
「何? 」
唐突な葵の呼びかけに、二人はすぐに、ご飯を食べる手を休める。
「放課後。護君の家に行きますよね? お見舞いに」
「当たり前じゃない」
「そうよ。心配だし」
葵に聞かれるまでもなく、薫と心愛は、そう決めていた。
「そうよね」
心強い二人の返事に、葵はホッとする。
この日、羚は、屋上にいた。昼ごはんを食べるためだ。
羚としては、教室で食べる方が良かったのだが、栞達が誘うものだから、ここに来たのだ。
奇しくも、羚は、昨日保留した答えを出す機会を得られた、ということになる。
しかし、この場にいるのは、羚、栞、楓、凛の四人では無かった。
「羚君っ! その卵焼きちょうだいっ! 」
「駄目ですよ、ララ」
「えぇ…………、良いじゃないのよぉ」
ララとラン。そして、
「星華、これあげるよ」
「ん? ありがと」
星華と玲奈の姿もあった。
女の子七人に囲まれている羚。という構図が、そこに出来上がっていた。
……はぁ、何でこうなってるのよ……。
羚の向かい側に座っている星華は、心の中だけで、盛大にため息をつく。
本来なら、自分と玲奈だけが、この屋上で、女子トークに花を咲かせながらお弁当を食べていたのだ。
それが今では、こんな大人数になってしまっている。
別に、羚がいるのだから、別に人数は気にしない。むしろ、人が多い方が少しばかり好都合なのだ。
だか、今回は違う。
羚の姿を確認した時、星華は、羚とも一緒に昼ごはんを食べようとした。もう一度、自分達の仲を深めるために。
しかし、羚に続くようにして、栞、楓、凛が入ってきた。それぞれがお弁当を持って。
その時、星華はすぐに分かった。この三人は、羚と自分達だけの空間を作りたくてここに来ているのだと。そうなら、星華は邪魔出来なかった。
だけど、栞は、星華が考えていたことに反して、「一緒に食べよ」と、誘って来た。
だから、今こうしている。さらに、ララとランも加わったことは、予定外だったが。
「はぁ…………」
生徒会室で、早めにお弁当を食べ終えていた佳奈は、少しだけ溜まっている書類を整理しながら、ため息をつく。
「どうかしたの? 」
そのため息に、佳奈の左斜め前に座っている真弓が反応した。猫耳のようになっている髪飾りも、ピクっと動く。
「いや……、何でもない……」
「何でも無いようには、見えないんだけどな〜? 」
……まぁ、真弓になら言っても構わんか……。
「護が熱をだしてな……」
「護君が!? 」
「あぁ…………」
真弓は、驚き顔を見せる。真弓が驚くのも無理は無い。自分だって驚いているのだから。
「自分の風邪が移ったかも? って、気に病んでる? 」
「まぁな……。護はずっと私の側にいてくれたわけだし」
佳奈は、ここで一つの違和感を感じた。
「な、真弓……」
「ん? 」
「何で、私が風邪を引いていたことを知ってるんだ? 護から聞いたのか? 」
「うん、そういうことだね。偶然、昨日電車で会ったんだよ」
「そういうことか……」
「あ、そうそう。佳奈はさ、護君の家知ってる? 」
「そういえば知らないな。どうしてだ……? 」
「護君が熱出してるなら、お見舞いに行こうと思ってね。昨日、いつでも家に来てくださいって言われたし」
「なるほど……、お見舞いか…………」
「うん。もしかしたら、私達が行くころには、熱下がってるかもしれないけどね」
「それでも構わん。一回護の家に行きたいと思ってたし、護と会えるのならそれで良い」
「へぇ…………。なるほどねぇ」
佳奈のその言葉に、真弓は、ニヤニヤしながら頷く。
「何だ、その笑い…………」
「何でもないよ〜? 放課後が楽しみだね? 佳奈」
「そうだが……、授業中寝るんじゃないぞ? 」
「分かってるよぉ」
完全に、頭の中が、これからの授業より護のことに変わってしまっている真弓に、佳奈は注意する。自分もそうなっているから、自分に対しての戒めとしても。
薫達から、護が今日熱で学校休んでいる、ということを聞いてから、もう心ここに在らずの状態だった。
自分が移した。そうとしか思えないからだ。ずっと側にいてほしいなんてことを言ったから、護はずっといてくれた。
そのことには、とても感謝している。護が隣にいるというだけで、すごく安心出来たから。
なら、今度は。
…………私が隣にいる番だ。
都合の良いことに、明日六月十一日は火曜日だか休みなのだ。御崎高校の、創立記念日だ。
時は同じく、昼休み。
いつもと同じように速く昼ご飯を食べ終えた遥は、生徒会室ではなく、図書室に向かった。
遥は図書委員長であるが、昼休みは滅多に行かない。生徒会室に行くことが多いからだ。どちらにしても、そこにいる人と喋ったりして、時間を潰すだけなのだが。
「あれ? 遥じゃないか」
図書室に足を踏み入れると、遥に一つの声が届いた。
その声の方向に目をやると、貸し出しカウンターの所にいきついた。
「美魅音先輩っ!?」
佐倉 美魅音。赤色の髪を持ち、長さはショートヘア。それだけなら普通なのだが、美魅音の前髪は、いつも美魅音の左目を隠しているのだ。
「どうしたんですか? こんな所で」
慌てて、美魅音の場所まで移動する。
「瑠奈が風邪を引いちまったみたいでさ、あたしが変わりにしてるってわけ」
「そうだったんですか………」
美魅音は、さっきから、ここのカウンターに置かれているパソコンをいじっている。
このパソコンは、どの生徒がどんな本を借りているかを調るためのものだ。
「誰も借りにこないから、ずっと色んな人のやつみてたんだけど」
「は、はい」
美魅音はニヤっとして、ある一人の生徒名をクリックする。
「あ、私の? 」
「あぁ、そうだ。で、遥」
美魅音はそう言うと、遥の肩に腕を回して、言葉を続ける。
「面白い本借りてんだな? 『恋を叶えるための方法』ってやつ」
「なっ………………」




