風邪 #1
朝。
もうそろそろ五時になろうとする時刻、魅散は、ゆっくりと目を覚ました。案の定、他の三人は、まだぐっすりと寝ている。でも、時間だ。起こさなければならない。
「んっっ…………、ふぁぅ…………」
魅散は立ち上がると、背伸びをした。
それから、また座り込んで、護に声をかける。
「護くーん。朝だよー」
まずは、声をかけてみるだけにしてみる。
「………っ」
護は、ちょっと反応をしてくれるが、起きる気配は無い。
「ふふ………」
だから、魅散は、護の耳元に口を近づけて、囁いた。
「護君。起きないと〜、襲っちゃうよ? 」
そう言いながら、魅散は、護の耳たぶを、はむっと甘噛みしてみた。しかし、それでも護は起きない。
……おっかしいなぁ……。
これで起きてくれると思っていたので、魅散の予想は外れた。
「本当に………、襲っちゃうよ? 護君」
魅散は、自分の唇を護のそれに近づけて、声を出した。
それでも、護は起きようとはしない。その護の頬は、心持ち赤いようなそんな気がする。
そう思った魅散は、キスをしてしまおうかとも思っていたが、そんな気持ちを払拭して、護のおでこに自分のおでこを当ててみる。
「うーん…………」
自分のより、少しだけ熱いような気がする。でも、それほど気にしなくてもいいレベルのものかもしれない。
「大丈夫かな…………」
もし風邪だとするなら。
「キスしたら、治る…………? 」
おでこから離れ、護の唇に視線を注ぐ。
「魅散…………」
「ひゃぁっ…………!?
唐突に声をかけられ、魅散は、護からバッと離れる。
「起きてるならそう言ってよ…………」
魅散は、ホッと胸を撫で下ろす。
「キスしたいなら、しても良いわよ? 」
自分が何をしようとしていたのか、沙耶にはバレている。
「いいわ。するなら、起きてる時にするよ……」
「そうしときなさい。で、護、熱あるの? 」
「微熱程度だと思うよ? そんなに熱いわけではないから」
「そう? 」
沙耶も身体を起こして、また寝ている雪菜を起こさないようにして、護の元にやってくる。
そして、自分と同じようにおでこを触り。
「まぁ、これくらいなら大丈夫」
「そうよね」
沙耶のその言葉に、魅散は頷いた。
「話変わるんだけどさ……」
護を起こすのは沙耶に任せるとして、魅散は立ち上がり、キッチンの方へと移動する。
「ん? 何? 」
「電車で帰る? それとも私が送ろうか? 」
「電車で帰るよ。泊めってもらったわけだし、これ以上、迷惑かけられないよ」
「別に気を使わなくて良いのよ? 私と沙耶の仲なんだからさ」
「時間もかかるし、大丈夫よ」
「本当に? 」
「えぇ」
目をあけると、すぐ近くに魅散さんの顔があった。
……………………。
何か、前にもこんなことがあったことがある。やめてほしい。びっくりするし、この距離の近さは、色々とまずい。
「魅散さん…………」
「何かな……? 」
魅散さんが喋ると、魅散さんの息が直接俺に触れる。
「何してるんですか……? 」
「護君を見てるの」
まぁ、それは分かってるんですけど、俺が聞きたかったのは、それじゃない。
「そうじゃなくて、何で俺の上に乗ってるんですか……? 」
「護君を見るためだよ」
「………………」
それだけなのに、俺の上に乗る必要はあるのだろうか。何かそれを考えると、少し頭が痛くなってくる。ていうか、本当に、頭が痛いような気もする。風邪でもひいたかな。
まぁ、大丈夫だろう。そんな気にするほどのものではないと思う。
「起きれないんですけど……」
「ん? あぁ、そうだね」
名残り惜しそうな感じで、魅散さんは、俺の上から離れてくれる。ようやく、俺は、起き上がることが出来た。
横に目をやると、雪ちゃんはまだ寝ていた。姉ちゃんは、もう起きている。部屋にはいないようだけど。また魅散さんの部屋にでも行ってるのだろうか。
「沙耶がここに戻ってきたらすぐ出るって言ってたけど、護君もそれで良いよね? 」
部屋につけられている時計に目をやると、五時を少し過ぎたところだった。
「はい」
この時間なら、家に戻ると七時半くらいだろう。八時半には学校に着いておかないとマズイから、ギリギリな感じだ。
俺も、そろそろ準備しないといけないな……。
それからすぐ姉ちゃんが戻ってきたので、俺は急いで準備をした。
「本当に、ありがとうございました」
帰る間際、ちゃんと魅散さんにお礼を言った。危ない危ない。言い忘れるところだった。
「また来てね」
「えぇ」
時間が取れるなら、また来たい。思い出に触れることも出来るわけだし。
「ありがとね、魅散」
「うん。あ、沙耶」
魅散さんは、何かを思い出したような顔をして、姉ちゃんに耳打ちをした。何の話だろうか、少し気になる。
「ん、分かってる。それじゃ、また」
「ばいばーい」
ちなみに、雪ちゃんは起きてこなかった。本当なら、直接お礼を言いたかったのだが、とても気持ち良さそうに寝てたし、起こすのは、忍びなかった。後で、お礼のメールを送っておこう。
「護、急ぐよ」
「分かった」
魅散さんと別れてすぐ、俺と姉ちゃんは、もうダッシュで鳥宮駅に向かった。現時刻は、五時十五分。後十五分で駅に着かないと、電車を一本逃すことになってしまう。
そうなると、家に着く時間が二十分ほど遅れてしまう。そうすると、大変だ。すぐ制服に着替えて、すぐに家を出なくてはならない。
十五分で駅まで、無理ゲーだ……。