またまた泊まり #3
「この柱、覚えるよね? 」
隣を歩いていた魅散さんは、急に立ち止まって、俺の後ろを歩いていた雪ちゃんに話しかけた。
「柱……? 」
魅散さんが指差す方に、俺も視線を向ける。
「覚えてる……」
「俺も、覚えてます」
ここの角にある柱は、この家の中でそこそこ大きい柱である。
昔、遊びにきた時は、毎回この柱に、俺と雪ちゃんの身長を刻んでいったような気がする。
「懐かしい……」
「だな」
雪ちゃんの言葉に、俺は頷く。
本当に、懐かしい。結構、この家に色んな思い出がある。
「護君も雪菜も、昔はこんなにちっちゃかったのにね」
魅散さんは、その刻まれている跡を、さぁ〜っと指でなぞる。
雪ちゃんがしゃがんでこの跡を身始めたので、俺も、雪ちゃんに倣う。
「小さい頃は………、そんなに身長変わらなかったんだよね」
「そうだったな」
柱に刻まれている跡が、俺達にそう教えてくれる。
今となっては、俺と雪ちゃんとの身長差は、十五センチくらい離れてしまってる。
それでも、雪ちゃんは百六十センチはあるだろうし、女の子なら、身長の高い方に分類されるだろう。
「や、お姉ちゃん……」
「……魅散さん? 」
そんな風にしてた俺達の髪を、魅散さんは、わしゃわしゃとしてくる。
「懐かしいね、本当に」
魅散さんの笑みは、とても柔らかく優しいものだった。こんな風な魅散さんの笑顔も、何か懐かしい気がする。
「うーん…………」
雪菜よりも咲きにお風呂に入っていた沙耶は、魅散の部屋に来ていた。バスタオルを身体に巻いただけの姿で。
お風呂に入ったわけだし、もう一回同じ服を着て、同じ下着をつけるわけにはいかない。
だから、こうやって悩んでいるのだ。
どうせなら、このまま開放感に任せていたいものだが、如何せん、それは出来ない。自分の家ではないわけだし。
「…………ん? 」
廊下の方から、楽しげな声が聞こえてくる。護、魅散、雪菜の声だ。
……あの柱を見てるのかなぁ……。
この部屋に入る前、沙耶も、あの柱の前で思い出に耽っていた。懐かしい思い出だ。
自分も、その輪に混ざりたいとそう思う。しかし、出来ない。
バスタオル姿で行くわけにはいかない。沙耶自身は別に良いと思っているのだが、沙耶の自制心が、沙耶を止めている。
「着替えないとな…………」
魅散達がこの部屋に入って来ても自分がこの姿のままだったら、魅散に怒られるかもしれない。護にも、雪菜にも怒られることだろう。
それ自体は対したことが無いのだが、そんなことに時間を使うわけにはいかない。
……護、眠たそうにしてたし……。
この家に来てからずっと、眠たそうにしている。本人は隠してるつもりなのかもしれない。
だけど、そんな変化は、すぐに分かる。
なんたって、護のお姉ちゃんなのだから。
「着替えよ…………」
そう思いながら、沙耶は、自分の身体を巻いていたバスタオルを取った。
まだまだ思い出に浸っていたいところだったが、こんなところで時間を消費していても仕方ないので、俺達は、すぐに、魅散さんの部屋に向かう。
「な…………」
ドアを開けて中に入ると、そこには、何も服を着ていない姉ちゃんがいた。え? 何で着てないの?
「姉ちゃん!? 何て格好してんだよっ…………」
俺の後に続くように魅散さん達が入ってきても、姉ちゃんは何も隠そうとはしないので、俺は、慌てて、視界から姉ちゃんを外した。
雪ちゃんも、顔を赤くしている。そりゃ、いきなり姉ちゃんの裸なんかを見たら、そうなるわな……。
「何でそんな格好してんよの? 」
魅散さんだけは、いつも通りな感じたった。
「今から着替えるところだったんだけどねぇ……」
ということは、姉ちゃんが着替えるためにバスタオルを脱いだ、その時に、俺達が部屋に入って来た、ということになる。お互いのタイミングが悪かったとしか言いようが無い。
「じゃ、俺部屋から出てるんで…………」
姉ちゃんといえども、女の子がこれから着替えるのに、一緒の部屋にいるわけにはいかない。
「別に出る必要はないんじゃない? 後ろ向いてれば良いだけだし」
魅散さんは、突然そんなことを言い出す。
いや、まぁ、それでも良いんだけどさ…………。
「はぁ、分かりました……。姉ちゃんも早く着替えてくれ…………」
ため息混じりに、俺は返事をした。
それからすぐに姉ちゃんは着替え終えたくれたので、俺の気苦労もすぐに無くなった。
「…………」
「どうしたの? 魅散」
「いや、何でもないわ……。それより、早く運びましょ」
魅散さんは、何やら姉ちゃんを羨ましそうな目で見ている。
姉ちゃんが、今着ている服は魅散さんのやつなのだが、少しだけ、ほんの少しだけ、お腹がチラッと見えている。
姉ちゃんも魅散さんも、どちらも胸が大きいというのは、見ればすぐ分かる。見ただけでは、どちらもそんなに変わらないように感じるが、やはり、姉ちゃんの方が大きいということなのだろう。魅散さんに抱きつかれた時も、そう思ったし……。
「はい。まーくん」
雪ちゃんが、俺に布団を渡してくれる。
「おぅ、サンキューな」
「うん」
それぞれが、布団を持ったところで気付いた。ドアを閉めたまだだったということに。
はいはい。俺が開けますよ。
魅散さん達に何かを言われる前に、俺は布団を一回下に置いて、部屋の扉を開ける。
「ありがとね。護君」
「いえいえ」
和室に戻った俺達は、部屋の真ん中にある机を部屋の端にへと移動させて、布団を引いた。
縁側の方から順番に、姉ちゃん、雪ちゃん、俺、魅散さんの順番で寝ることになった。
やっぱり、俺は、挟まれるのね……。
まぁ、そうなるだろうと思っていたし、今さら、驚いたりはしない。あぁ……、これにも耐性がついてしまったのだろうか……。
「電気消すよ〜? 」
魅散さんは、部屋の入り口に立ち、電源のスイッチに手を置く。
「うん」
雪ちゃんが答えてくれたので、魅散さんは、部屋の電源を落とした。
その瞬間、部屋は真っ暗になる。
本当に真っ暗なので、しばらく時間が経たないと、目が効いてこない。
それ以外に、光となるものは、縁側の外からこちらへと注ぎ込んでくる月光だ。
その光により、うっすらと部屋の中が照らし出される。
……寝よ……。
魅散さんが何もしない内に寝ることにしよう。本当に眠たい……。朝早く起きないといけないけど、起きれるかちょっと心配だ。でも、皆が起こしてくれそうだけど。
俺はゆっくりと目を瞑り、寝る体制に入った。
沙耶は、外からの光を受けながら、目を瞑ることなくボーッとしていた。することがない。まぁ、すぐに寝たら良いだけなのかもしれない……。
……護のは寝たのかな……。
雪菜をまたぐようにして、視線を護に送る。
……寝てるのかな?
目は瞑っている。だからといって、寝てるとは限らない。
護の場合、そうしていても起きているということが多々ある。毎日、護のベットに潜り込んでいたから、それで分かった。
護にちょっかいを出したくなる。だけど、出来ない。自分と護の間には、雪菜がいる。だからといって、雪菜にちょっかいをかけるわけにはいかない。
……寝れない……。
魅散が部屋の電気を消してから、ずっと目を瞑っていた雪菜であったが、全くといっていいほど、寝れないでいた。何てたって、護と一緒に寝るのは久し振りなのだ。
心臓がドキドキしていて、どうしても寝れない。
雪菜は、ふっと護の方に視線を送る。
……まーくん……。
目を瞑っているし、寝ているようにも見えた。しかし、寝てないかもしれない。
小学校の頃、護が泊まりに来た時、今回と同じように護の隣で寝たことがあった。
その時、護が、もう寝ていると思って、手に触れようとしたら、起きていたらしく逆に手を掴まれた、なんてこともあったりした。
……ちょっとだけ……。
その時のように、雪菜は、護の手を触ろうとした。
……さわれちゃった……
これで分かった。護は、本当に寝ているのだと。
護の横にいる魅散は、電気を消して部屋を暗くしてから、ずっと、護の寝顔を観察していた。
……懐かしい……。
この寝顔は、昔から、何回も見てきたものだ。しかし、そんな寝顔を見るのも久し振りな今日、久し振りすぎて、ずっと見ていても飽きない。
……護も高校生か……。
昔から、護のことを知っている魅散としては、少し考え深いものがある。
魅散は、ふいに、護の方に手を伸ばした。
……ぷにっ……。
護のその頬を触ってみる。その動作を、魅散は、何度も何度も繰り返す。
本来なら、もっとしたい。護を抱きしめたり、いじったりしてみたい。
だけど、そこまでは出来ない。自分を抑えなければならない。
……はぁ……。
「………………」
魅散は、音を立てないようにしながら、ゆっくり、起き上がった。
そして、皆に気付かれないように 縁側まで移動し、腰を下ろす。
「はぁ…………」
月を見上げる。
「魅散…………? 」
「起きてたの? 沙耶…………」
「まぁね……」
こちらの行動に気付いたのは、沙耶だけだった。なら、まだ起きているのは、沙耶だけだということだ。
「寝れないの? 」
沙耶は、そう聞いてくる。
「護君の隣だからねぇ。襲いたくなっちゃうし…………」
魅散は、冗談ぽく言ってみた。
「それは冗談? それとも本気? 」
「どうだろうね? 」
「魅散さ、彼氏いるんじゃないの? 」
沙耶は、そう疑問をふっかけてくる。
「別れたよ? 」
「どうして? 結構良さげだったと思うけど……」
「良かったのは良かったんだけどねぇ。やっぱり護君より良い男じゃなかったからさ」
「護みたいな男は、滅多にいないと思うよ? 」
「そりゃそうよね…………」
そんなことは分かっている。
しかし、護ほど優しくないと、駄目なのだ。昔から、護の優しさに触れていたから。
「護は渡さないよ? 」
「分かってるよ。それに……、護君のことを好きな女の子はたくさんいるでしょ? うちの雪菜を含めてさ」
「まぁ、そうだね」
護の優しさは、何かを求めてやっているわけではないのだ。自分がそうしたいから、そういう行動に出ているのだと、魅散は、思っている。周りを見て、自分が何をすべきなのかが、分かっているのだ。護は。